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うちの愛生ちゃん  作者: 横溝 啓介
1年2学期
52/79

山梨渓流計画 下

読んで下さる皆様、心より感謝致します。


ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。

「よし、それじゃあ釣り具屋に行くぞ」

そう言ってエンジンをかける圭介。


助手席の愛生は、すかさずカーナビを操作。

「ピッ、ピッ、ピッ……ピッ!」


「……お、また始まったな」

運転席から見つめる圭介。


が、今回は様子が違う。

後部座席の明宏も、なぜか神妙にうなずいている。

「うんうん、それでいい。それが正義だ」


「……あれ、これって愛生の単独犯じゃなくて……共犯か?」

圭介の脳裏に、不穏な文字が浮かぶ。

【兄、絶体絶命】


「目的地、設定完了っと♪」

愛生がにっこり。


画面を覗き込んだ圭介は思わず叫ぶ。

「えっ!? 磯子区!? ちょっと遠くないか!?」


「だってさぁ、磯子には直系の家系ラーメンがあるんだよ」

腕を組み、どや顔の明宏。


「いやいや、直系じゃなくても近くに家系あるでしょ?」

圭介が常識的なツッコミを入れるより早く、愛生がさらっと暴露。

「私もそう言ったんだけどね〜、明くん、直系じゃないと嫌だって」


後部座席で明宏が両手を天に掲げる。

「俺は本物を知る男なんだ! そう、神に選ばれし者は正統派を貫かねばならん!」


「……はぁ……」

助手席の愛生は「また始まったよ〜」と小声で苦笑。


圭介は重くため息をつく。

「……はいはい、中二病ね。解った解った。磯子区に行きましょう」


――かくして、釣り具屋へ向かうはずの兄妹の車は、神に選ばれし男(自称)に導かれて、家系ラーメンの聖地へと進路を変えたのであった。


家系ラーメン直系の人気店――到着した瞬間、目の前に現れたのは、道を二重三重に折り曲がる巨大な人の蛇。


「うわぁ〜……やっぱ、すげー……」

圧倒される圭介。


忍野のうどん屋で「行列やべぇ」と思ったが、あれなんてかわいいものだ。

今回は数倍、いや数十倍は長い。


しかも炎天下。

頭上でジリジリと照りつける太陽。

「……こりゃあ地獄だぁ……」

内心で観念する圭介。


「暑いよぉ〜、フーフー……」

タオルで顔をあおぎながら、すでに参り始める愛生。


それを横目に、後ろで腕を組む明宏は――

「ふっ……この程度の行列で音を上げるとは。やっぱり愛生は甘ちゃんだな」

と、謎のラスボス感漂う不敵な笑み。


「はぁ!? なにそれ!」

とムッとする愛生――が、暑すぎて反論の勢いも3割減。


思わず恨み言が口から漏れる。

「だいたいさぁ……忍野のうどん屋、あの短い行列でグズってたの、誰だっけ?」


図星を突かれた明宏は、一瞬言葉に詰まるも、すぐさま顔を上げて芝居がかった声を張り上げる。

「お、男ってやつはだな! 自らに課した高き試練を、成し遂げねばならぬ時があるのだっ!」


「……なんなの、その暑苦しいセリフ……」

愛生はもう怒る気力もなく、タオルで顔を覆ってぐったり。


圭介はその横で、

「……どっちもどっちだなぁ……」

とため息をつきながらも、背中に流れる汗を感じていた。


やっとの思いで暖簾をくぐると、ふわっと広がる家系スープの香り。

汗だくの圭介と愛生は、席に着くなりセルフの水をゴクゴク。


「ぷはぁ〜! 冷たい水、美味し〜! 生き返るね〜!」

愛生は幸せそうに声を上げる。


圭介も二杯目をゴクリ……と、横を見ると――

そこには、口元を吊り上げ、妙に不敵な笑みを浮かべる明宏の姿。


「……なんだなんだ?」

頭の中に「???」が飛び交う圭介。


ほどなくラーメンが登場。湯気がもう暴力的に立ちのぼる。

明宏はすぐさまレンゲを構え、

スープを一口――ごくり。

水を一口――ごくり。

そしてまたスープを一口――。


「……なに、その交互飲み……?」

怪訝な顔の圭介。


極めつけは――

ノリをライスにオン!

そのままワシワシ豪快にかき込んで、

「……決まったぜ」

と、謎のドヤ顔。


一方その隣では、愛生がレンゲに麺をちょこんと乗せて――

「ふー、ふー……ちゅるん」

まるで赤ちゃんの離乳食のような慎重さ。


それを見た明宏が鼻で笑う。

「なんだその食べ方は!ラーメンはもっと豪快に食べるもんだ!」と一喝する


「だって……熱いんだもん! フーフーしないと食べられないよ!」

愛生はむくれ顔。


その様子を見ていた周囲のお客さんが――

(ぷっ……クスクス……)

明宏(中学生の子供)の“通ぶりドヤ顔”に、くすくす笑いをこらえきれない。


たちまち顔が真っ赤になる明宏。

「……」

そして黙々と麺をすすり始めたのだった。


明宏は――顔から火が出そうなほど恥ずかしい。

もう味なんて分からない。ただただ無心で麺をすすり続けるのみ。


ズルズルズル……(無表情)


一方の愛生は――

レンゲにちょこんと麺をのせて、

「ふ〜、ふ〜……チュルチュルッ♪」

と、にこにこしながら食べる。


「やっぱり直系だけあって美味いなぁ〜……」

と、しみじみ感心する圭介。


……だが、結局。

いちばん幸せそうに、いちばん美味しそうに食べていたのは――

愛生だった。


食後、一行は釣具店へ。

前回は圭介の金欠で買えなかった愛生のフィッシングベストとランディングネット、ルアーを買わなくてはならない。


愛生はあっさり、

「うん、これでいいや〜」

と、ベストもネットもテキトーに選んでしまう。


問題は――ルアー。

狙った通り、真っ先に明宏がルアー売り場へ突進する。


「おっ……BBコンタクトミノー!」

キラリと目を輝かせて手に取る明宏。


「寺ノ沢先生がね、これが定番だって言ってたよ」

とドヤ顔。


「じゃあ1つにしようね」

と圭介。


「ヤダヤダ! 3つ欲しい!」

と即座に駄々っ子モード突入。


「……1つね」

「3つ!」

「1つ!」

「3つ!!」


ヒートアップし、ついに目に涙を溜める明宏。

「もう泣いちゃうもんね!」と無言の圧力。


しかし――ここで兄・圭介、勝負の一手!


「その手には乗らぬぞ、弟よ!」

ジャーン!と懐から取り出したるは、くたびれた財布。


「この財布が目に入らぬか!」

まるで水戸黄門の印籠よろしく、掲げて見せつける。


財布の中身――予算ギリギリ。

現実を突きつけられ、涙がスッ……と引いていく明宏。


「……チッ」

無念の敗北である。


圭介は心の中で叫ぶ。

「悪党よ、観念するがよいっ!」


弟よ、こうして大人の階段を一段登るのだ。


横で見ていた愛生は――

「はぁ……またやってる……」

と、呆れ顔である。


釣具屋を後にした3人はホームセンターへ。


そこで圭介は――

「うん、これでいいや」

と、作業用の安物ベストをカゴにポイッ。


さらにランディングネットは、なんと100円ショップ製の物を流用。

「俺のはこれで十分!」と笑顔で言い切る。


――そう、兄・圭介はいつだって自分の物は後回し。

妹と弟を優先し、最後に残った安物を身につけるのである。


愛生は思う。

(……お兄ちゃんって、ほんとそういう人だよね。私と明くん優先で、自分は最後。だから……だから私、お兄ちゃんが大好きなんだ)

目がうるっとする。


明宏は――

「ふぁぁぁぁ……」

豪快なあくび。


(……多分、何も感じてないんだろうな)

と、愛生は深いため息をつく。


その後、圭介はドラッグストアでちょっとした日用品を買い足し――


「よし!これでお買い物完了!」

達成感に満ちた笑顔。


兄の小さな自己犠牲と、妹のささやかな感動と、弟の圧倒的無関心。

3人の温度差が絶妙にかみ合わないまま、買い物ツアーは終了するのであった。

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