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うちの愛生ちゃん  作者: 横溝 啓介
1年2学期
51/80

山梨渓流計画 上

読んで下さる皆様、心より感謝致します。


ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。

自宅のリビング。


文化祭の話し合いも一区切りつき、

愛生はちゃっかり次の「釣り計画」に頭を切り替えていた。


(ふふっ、文化祭コスプレ作戦は順調。

 でも明くんの“ネイティブレインボー計画”も進めないとね♪)


にやりとほくそ笑む愛生。


「ねぇ~お兄ちゃ~ん♡」

ソファでくつろぐ圭介に甘え声で話しかける。


「次の鱒釣りなんだけどね、愛生ちゃん、山梨の渓流に行ってみたいな~って思うんだ♪」


圭介、腕を組んで少し考え……

「山梨かぁ~。忍野も山梨だったし、いいんじゃないか」


「山梨の渓流って、何が釣れるんだろう?」

期待に胸を膨らませる明宏。


「岩魚でしょ」

あっさり一言で切り捨てる愛生。


「渓流岩魚かぁ~!やった、釣ってみたかったんだよね!」

少年の目がキラキラに輝く。


「じゃあ、近日中に釣り具を少し買い足して……次の日曜日に山梨へ行くか」

即決する圭介。


「やったぁーー!!」

両手を突き上げて飛び跳ねる明宏。


「やったーーー♡」

同じく両手を上げてはしゃぐ愛生。


……が、その愛生を横目で見て、圭介は首をかしげる。


(明宏が喜ぶのはわかるけど……なんで愛生まで“狩猟民族の雄叫び”みたいに喜んでんだ?)


不思議そうに見つめる兄。

愛生はその視線に気づかぬまま、キラッキラの笑顔で叫んでいた。


「次はイワナ祭りだぁぁ~~っ!」


──なぜか誰よりテンション高い妹に、圭介はますます首をひねるのであった。


リビングにこだまする愛生のテンション。


「ふふーん♡ 9月の山梨県といえばぁ……」

わざとらしくタメを作ってから、両手を広げて叫ぶ。


「巨峰にぃ~、シャインマスカットぉ~!

 キャー!ぶどう狩り♡ お腹いーーっぱい、ぶどうが食べれる~~っ!

 やったぁ~~!バンザーイッ!」


ぴょんぴょん飛び跳ねながら、両手を振り回す愛生。

その顔には――にたり、と妖しく光る笑み。


「……ニタニタしてる顔が完全に食いしん坊のそれだな」

冷静にツッコミを入れる圭介。


「どうせ釣りより食べ物だろうって、バレてたかぁ~!」

舌をペロッと出してごまかす愛生。


一方、明宏は「え、ぶどう狩り!? 岩魚よりそっちかよ!?」と驚愕。


圭介は深くため息をつき、

「やれやれ、うちの妹は釣り部員じゃなく“食べ歩き部員”だな……」と心の中でぼやくのであった。


計画会議、リビングにて――


「午前中は岩魚釣り、午後はぶどう狩りで決定だな!」

圭介がバシッと手を叩いて宣言。


「えぇぇ~~~!1日中渓流がいいよぉ〜!」

椅子に突っ伏して、全力でグズる明宏。


そこへ愛生が、腕組みしてドヤ顔で切り込む。

「明くん、3人で協力するって約束したでしょ? ネイティブ・レインボー釣りたいんでしょ?」


「いや、ぶどう狩りとネイティブ・レインボー、全然関係ないし!!」

両手を広げてツッコむ明宏、ぷく〜っと膨れ顔。


そんな弟を横目で見つつ、圭介が優しい声でフォロー。

「正直言うと、1日中渓流歩くと疲れちゃってさ。翌日の仕事がキツいんだよ。午後はぶどう狩りくらいが丁度いいかなぁ」


「……うっ」

圭介の“社会人の重み”ある言葉に、思わず言葉を詰まらせる明宏。


そこへ愛生がすかさず追い打ち。

「確かにお兄ちゃんは運転もするし。だからさ、仕方ないよ明くん。ぶどう狩りでいいよね♪」


「……うぅぅ、仕方ない……圭ちゃんに疲れられると困るし……」

と、しぶしぶ納得する明宏。


その横で、愛生はニヤリと勝ち誇った笑みを浮かべ、

「やった♡ ぶどう食べ放題ゲット~!」と心の中でガッツポーズするのであった。


そして土曜の朝、圭介のベッド。


「……ん? 左側が……なんか生温かいぞ……」

寝ぼけ眼で確かめる圭介。


「……あ〜、やっぱりかぁ……またかよ……」

視線の先には、圭介の左腕をガッチリと抱き枕代わりにし、ぴったりくっついてスヤスヤ眠る愛生。


――愛生、高校生。

――圭介、社会人。


「……子供の頃は、絵本読んで寝かしつけたり、一緒に寝てやったりしたけどさぁ……」

ため息まじりに天井を見つめる圭介。


愛生の安らかな寝顔を見ながら、ぼそっと一言。

「もう高校生なんだから……そろそろ卒業してくれませんかね、抱き枕生活……」


その瞬間、ふと頭をよぎる危険なイメージ。

――母に部屋へ入られたら。

【愛生:すやすや】

【圭介:一緒のベッド】

「……いやいやいや! 絶対に誤解されるやつだろコレ!!」


布団の中でジタバタしながら、必死に抜け出そうとするも、愛生の抱き枕グリップは鉄壁。

「……って、なんで高校生になってもまだこんなに寝相が子供なんだよぉ〜!」


朝から一人で心の中でツッコミを入れる圭介なのであった。


圭介は横でスヤスヤ眠る愛生の頬を、指先でトントンと優しく叩いた。

「愛生ちゃん、朝だよ。起きて〜」


ぱちり、と目を開ける愛生。まだ夢の余韻が残る顔。


「どうしたんだい? ……また恐い夢でも見ちゃったの?」

圭介は妹の寝癖を直すみたいに、少し髪をなでながら尋ねた。


愛生は小さくうなずいて、でも次の言葉は思いのほかポップだった。

「うん……ピノノちゃんとバニラちゃんと一緒にね……お菓子のお家で遊ぶ夢を見たの」


圭介は眉をひそめる。

「いやいや……恐いっていうか、それ、むしろ糖質が恐いだろ……」


愛生は小さく笑って、でもすぐに真剣な顔に戻る。

「……お菓子食べてたら、突然ね……怪獣があらわれて襲ってきたの。バニラちゃん……怪獣に食べられちゃったんだよ」


一瞬、空気がしん……と静まる。

愛生の声がかすかに震えていた。


――メルヘンな世界と、不条理な恐怖の侵入。

それは、愛生が抱えてきた心の影そのものだと、圭介には直ぐにわかった。


お菓子の家は、愛生が夢見る少女らしい世界。

だが、そこに突然現れる怪獣は……かつて暴力により家庭を壊した父親の影。

甘くて優しい場所に、唐突に恐怖が入り込む――そんな夢の形になって現れているのだろう。


圭介は、眠そうに瞬きを繰り返す妹を見下ろしながら、胸の奥でそっと呟く。

「……やっぱり、不憫だな。こんな夢を見るなんて」


両親の離婚の原因となった父の暴力。

幼い頃の記憶は、もう遠いはずなのに……まだ愛生の心のどこかで怪獣として生き続けているのだ。


圭介はそっと愛生の髪を撫でた。

「大丈夫。怪獣なんて、もうどこにもいないから」


愛生は小さく「うん……」と頷き、少し安心したように瞳を閉じた。


圭介は、布団の中で愛生の寝顔を見つめながら、心の中で揺れていた。


――「何があってもお兄ちゃんが守るから」

そう言ってやりたい。言ってしまえば、きっと愛生は安心して笑うだろう。


けれど、それではいつまで経っても兄離れできない。

自分だって妹離れができないままになってしまう。


愛生はまだ高校生。守ってやるべき年頃だ。

けれど同時に、この子はしっかりしている。

弟の明宏を守ろうとする気持ちも人一倍強い。

そういう芯の強さがあるから……きっと大丈夫だろう。


――問題は、明宏。


末っ子特有の甘えん坊気質に、心の奥に隠した傷。

あの子が思春期を迎えてもなお、時々子供のように泣きそうになる姿を見ると、圭介の胸は締めつけられる。


「……あいつ、大丈夫かな」


愛生が強くなろうとする分、明宏の弱さが際立って見えてしまう。

守るべきは、妹だけじゃない。弟も――そして、この家族そのものを守っていかなくてはならない。


圭介は大きく息をつき、天井を仰いだ。

兄としての責任の重さが、改めて肩にのしかかる。


圭介は、愛生の寝顔を見つめながら、ふっと小さく笑った。

「……まぁ、もうちょっとこのままでいいか」


そう思った矢先――


コンコン。

「圭ちゃん、起きてる? ちょっと手伝って欲しいことあるのよ〜」


――母の声。


「や、やばっ……!」

慌てて飛び起きようとする圭介。しかし愛生はまだ腕にしがみついたまま。


ガチャリ。

あろうことか、母がそのままドアを開けて入ってきた。


目に飛び込んできたのは――

ベッドでぴったりとくっついて眠る、我が娘と息子の姿。


「……えっ……な、なにこれ……?」

母の目が点になる。口がぱくぱくと開いたり閉じたり、魚のようだ。


「ち、ちちちちがうんだよ母さん! これは、その、事故! いや不可抗力! とにかく誤解だ!」

圭介、片手をブンブン振り回しながら必死に弁解。


「すー……すー……」

当の愛生は、兄の腕に抱きついたまま幸せそうに熟睡中。


「……圭介……あんた……まさか……」

母の視線は冷たく鋭く、圭介の背中を氷柱で突き刺すようだった。


「いやだから違うってぇぇええええ!」

圭介の悲鳴が朝の家に響き渡った。


母は額に手を当て、ふらりとよろめいた。


「圭介……あなた……余りにもモテないからって……よりによって……実の妹に手を出すなんて……!

お母さん、ショックだわぁぁぁぁぁ〜〜!!!」


大げさに天を仰ぎ、舞台女優ばりに両手を広げて嘆き叫ぶ母。


「ちょっ、ちょっと待て! なんでそうなる!? 違うから! 完全に誤解だから!」

圭介は必死に片手をブンブン。顔は真っ赤。


「どうしたらいいの……? こんなこと親戚に知れたら……ご近所に知れたら……!

あぁ……シンママ仲間に合わせる顔がないわぁぁぁ!」

母はぐるぐる回りながら頭を抱える。


「やめろ母さん! ご近所とか余計な想像すんなぁぁぁぁ!!!」


その横で――

「んん……お兄ちゃん、あと5分……」

愛生は無防備に兄のシャツをぎゅっと握りしめたまま、夢の中。


「ほら見なさい! 現行犯よ!」

「だから違うってぇぇぇええええええ!!!」


朝の家に、圭介の絶叫と母の嘆きが響き渡った。


「なんだよ〜、朝っぱらからうるさいなぁ〜」

寝ぼけ眼でリビングへ現れた明宏。


そこには――兄と姉がベッドでぴったりくっついている光景と、額に手を当てて嘆きポーズを決める母の姿が。


「……な、なんでこうなるんだよっ!」

必死に否定する圭介。


明宏は鼻をホジホジ、ついでに大あくび。

「お母さん、大丈夫だよ。単なるシスコンとブラコンだから、気にすることないって」


「シ、シスコン!? ブラコン!? な、なにそれぇぇぇ!?」

母、さらに混乱。


「だって圭ちゃん、里香姉が好きだからさ。愛生にはただのシスコンなんだよ。

妹離れできない、ちょっと可哀想な兄ってやつ?」

明宏、妙に納得した顔でうんうんと頷く。


「……そ、そうなの? 里香ちゃんが好みなら……お母さん、ちょっと安心したわ」

母、胸を撫で下ろす。


だが次の瞬間、明宏はさらっと追い打ち。

「でも心配いらないよ、お母さん。圭ちゃんなんか、里香姉から全っ然相手にされてないから」


「おい! フォローになってねぇぇぇぇぇぇ!!!」

圭介、布団をかき分けて大絶叫。


母は「えぇぇ……そうなの……」と複雑な表情。

愛生はまだスヤスヤ夢の中。


――朝の家庭内、混乱だけがぐるぐると渦巻いていた。

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