文化祭の話し合い
読んで下さる皆様、心より感謝致します。
ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。
里香が手をパンと叩いて場を仕切る。
「大体決まったから、あとは寺ノ沢先生に報告ね。」
「はーい! 私、呼んでくる〜!」
愛生が元気いっぱいに立ち上がり、ピューッと駆け足で職員室へ。
しばらくして戻ってくると、後ろからゼーゼー言いながら現れたのは寺ノ沢先生。
「はぁっ……! はぁっ……! ま、待って、愛生さん……! そんな全力ダッシュで呼びに来られたら……! 先生も……全力で走っちゃったじゃない……!」
ドアにもたれかかり、汗を拭う先生。
愛生は首をかしげてニコッ。
「えっ、普通に走ればいいのに、なんで全力で来たの?」
「そ、それは……呼ばれたら……すぐ行かなきゃって思って……!」
ぜぇぜぇ肩で息をしながら必死に答える寺ノ沢先生。
「先生はやっぱり釣り人のノリなんだねぇ〜」
穂乃花がクスクス。
「いや、釣り人っていうより……ただのせっかちなんじゃ……、しかも何故釣り人なんだか」
里香が冷ややかに突っ込む。
一方、明宏は腕を組みながらポツリ。
「……先生の全力疾走、鯛焼き屋の呼び込みで使えそうだな」
「やめろ!」
と即座にツッコまれるのだった。
寺ノ沢先生が眼鏡をクイッと上げて、真剣な顔で語り始めた。
「鯛焼き屋さんですが……小豆を煮たり、粉から生地を作るのは相当大変です。それに何より……保健所の許可が必要なんですよ。部室での営業なんて……不可能です!」
「えぇぇ~~!」
部員たちの声が見事にハモる。
しかし先生は指をピシッと立てる。
「ですが! 冷凍鯛焼きを温めて販売なら簡単です。保健所への手続きもグッと楽になりますよ。」
「なるほど〜! 冷凍鯛焼きにペットボトルのお茶を組み合わせればいいんですね!」
と穂乃花が即座に反応。
「そうそう、穂乃花さんは物分りが良いですねぇ」
にっこりと褒める先生。
「愛生さん、コスプレ姿は絶対かわいいですよ。人気間違いなしですね」
「えへへ〜、任せてくださいっ」
愛生がご満悦。
「そして里香さん。活動報告の展示、さすが部長です。責任感がありますね」
「当然よ」
里香は鼻高々。
……と、ここまで順調に褒めポイントが続いたところで、部屋の隅から視線が突き刺さる。
「あれ……僕は?」
褒め待ちモードの明宏。キラキラした目で寺ノ沢先生を凝視。
「……っ!」
先生の顔が一瞬凍る。しまった! 完全に忘れてた!
その瞬間、明宏の瞳がみるみるうるみ始める。
「……」
もう泣きそう。ぷるぷる震える下唇。
「ちょっ……ちょっと待ってね明くん! 泣かないで!」
穂乃花が慌ててオロオロ。
一方で、愛生と里香は慣れた様子で肩をすくめる。
「また始まった……」
「はいはい、いつものパターンね」
大焦りの寺ノ沢先生、手をぶんぶん振りながら必死にフォロー!
「ま、まあまあ! 明宏くんだって真剣に考えたんでしょう! 釣り堀は文化祭では無理ですが……代わりにどうです? 11月の活動でトラウトの管理釣り場キャンプ!」
「!!」
さっきまで涙目だった明宏の表情が、一瞬でパァッと晴れる。
「やったぁ! 先生最高!」
「……はぁ〜〜……よかった……泣かれたらどうしようかと……」
額の汗を拭いながら、内心ヒヤヒヤの寺ノ沢先生であった。
「じゃあ……」
寺ノ沢先生が咳払いして仕切り直す。
「文化祭の出し物は――冷凍鯛焼き販売! それにペットボトルのお茶を添えて! そして部室内では活動報告の展示! さらに……愛生さんたちの可愛らしいコスプレで接客!」
「わーい! 決まりだねっ!」
愛生がぱぁっと笑顔で両手を広げる。
「えっ、ちょっと待って。コスプレ? 私は絶対やらないからね!」
里香がバンッと机を叩いて拒否。表情は真剣そのもの。
「えぇ〜! 里香ちゃん可愛いのにコスプレしないなんて、超もったいないよ!」
愛生が前のめりで迫る。
「そうそう! 里香ちゃんは校内1の美少女なんだから、集客のためにもお願いしたいな〜」
穂乃花はニコニコしながら、さりげなく“美少女”ワードを差し込む。
「……っ! び、美少女って……」
その一言に、里香の耳までほんのり赤くなる。
「それにさ、圭ちゃんも喜ぶと思うよ!」
明宏がニヤリと爆弾発言。
「な、なんで圭介が出てくるのよっ!」
里香は顔を真っ赤にして机をバンッ! でも内心、まんざらでもない。
「ほらほら〜、美少女のコスプレ姿なんて、誰もが見たいに決まってるじゃん!」
「うんうん! 宣伝効果バツグンだよ!」
愛生と穂乃花に畳みかけられ、明宏のニヤニヤも加わって――
「……し、仕方ないわね! そ、そんなに言うならやってあげるわよ!」
と、渋々受け入れる里香。
「やったーー!!」
「これで完璧!」
愛生と穂乃花は大喜び。
「……くぅ、完全にのせられた気がする……」
そう呟きつつも、鏡の前でどんな衣装になるかを少しだけ想像してしまう里香だった。
「コスプレなんだから……もちろん“メイド系”だね!」
と自信満々に言い放つ明宏。
その瞬間――なぜか視線は横の穂乃花へ。
「……え? なんで私を見るの?」
首をかしげる穂乃花。
(メイド服着た穂乃花……スカートひらひら、胸がこう……強調されて……)
――ブワッと頭の中に妄想が広がる明宏。
にやけそうになった顔を慌てて隠すが、今度は「やっぱり無理だぁぁぁ」と泣きそうになり、感情ジェットコースター発動中。
「……はぁ。泣いたり、妄想したり。ほんっと、思春期の中学生って忙しいわね」
呆れ顔の里香、完全に大人目線。
「メイドは絶対ダメだよ!」
愛生がピシャリと釘を刺す。
「だって鱒釣り部なんだから、せめてお魚系にしなくちゃ!」
「……お魚系メイド??」
妄想の方向性を修正しようとする明宏。
「いや、違うでしょ!」
全員から総ツッコミ。
「ちぇっ……“たわわ”が無くなっちゃったよ……」
明宏、机に突っ伏して残念モード。
「では!」と、穂乃花がぱんっと手を叩く。
「展示担当が里香ちゃん! コスプレ担当が愛生ちゃん! 鯛焼き担当が私!これで決定にしようね~♪」
「そうね。10月第1週目開催の文化祭は、これで決定ね」
部長・里香はすっきりした表情で宣言。
「うむうむ、それが良いでしょう」
寺ノ沢先生も“したり顔”で頷く。
愛生も「楽しみ~♡」とご満悦、穂乃花は「わーい♪」と拍手。
みんな笑顔。
……ただひとり。
明宏だけが、ほっぺをぷくーっと膨らませて座り込み、
「なんで僕だけ“妄想禁止&役割ナシ”なんだよぉぉ……」
と不満顔でジタバタ。
まるで「駄々っ子中学生 in 文化祭計画会議」。
みんなに完全スルーされ、文化祭会議は終了した。
「ねぇ、帰りにベニーズ寄って行こ~♡」
愛生がぱぁっと笑顔で提案。
「いいわね、行こ行こ」
里香もバッグを肩にかけ直しながら即答。
「穂乃花ちゃんも早く早くっ!」
愛生がぐいっと穂乃花の手を引っ張る。
──気付けば、JK3人の女子会モード突入。
キャッキャッと盛り上がりながら歩いていく3人。
後ろをとぼとぼ歩く男子中学生・明宏。
(……ま、女子会に男は不要ってわかってるけどさ……でも、ちょっとだけ……さびしいんだよなぁ……)
心の中でしょんぼり。
そんな背中を見た穂乃花が、ふと立ち止まって振り返る。
「明ちゃんもご飯行こっ!」
にっこり笑って声をかける。
ぱぁぁぁっと顔を輝かせる明宏。
「う、うん! 行く行くっ!」
その瞬間、しょんぼり少年は笑顔少年に早変わり。
「やっぱり部員が男の子1人って、ちょっとかわいそうだよね……文化祭で男子部員募集もしてあげなくちゃ♪」
心の中で決意する、ほんわか穂乃花。
……一方その横で愛生と里香は「スイーツ食べよ!」「パフェがいい!」と、すでにメニューで盛り上がっていた。
ベニーズのテーブルには色とりどりのスイーツが並ぶ。
チョコパフェ、苺タルト、ふわふわパンケーキ……女子力MAXのラインナップ。
「見て見て~!このクリーム、映えすぎじゃない?♡」
愛生がスマホを構える。
「ほんとだ、角度こっちの方がかわいく撮れるよ」
里香が真顔でアドバイス。
「じゃあ3人で一緒に撮ろうよ~!」
穂乃花も笑顔で乗っかる。
──キャピキャピ、キャッキャッ。
まるでインスタの中から飛び出してきたような女子会タイム。
……そんな中、同じテーブルに座っている男子ひとり。
明宏。
ドリンクバーのアイスコーヒーを前に、スプーンを持つ手が止まる。
「……」
無言。
(完全に場違いだ……。なんで来ちゃったんだ俺……。)
目の前で盛り上がる女子トークの波に、一切入れない。
「かわいい~♡」「このクリーム最高~♡」の言葉が飛び交うたび、心の中で一歩、二歩と引いていく。
(俺、絶対来るべきじゃなかった……!)
ひとりテーブルの端っこで小さくなりながら、スプーンでアイスクリームを食べる明宏であった。
女子トークの嵐の中。
明宏、完全に蚊帳の外。
そんな中、優しい穂乃花だけは時々振ってくれる。
「ねぇ明ちゃん、チョコと苺だったらどっち派?」
「……えっと、どっちも美味しいと思うよ(にこっ)」
※笑顔で頷くしかできない。
女子トークに参加不可能。
(無理だ……この空間、俺の知らない言語が飛び交ってる……)
しかし──
ふと横を見れば、隣には穂乃花先輩。
一番近い距離で、にこにこスイーツを食べる姿を見られる。
(……まあ、隣に座れただけで勝ちだな)
「えへへっ」
なぜかポジティブスイッチが入って笑顔になる明宏。
──蚊帳の外でも、少年の心は案外満たされているのであった。




