2学期が始まった
読んで下さる皆様、心より感謝致します。
ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。
楽しかった夏休みもついに終わり、今日から2学期。
「いってきま〜す!」
元気いっぱいに家を出る愛生と明宏。
「いってらっしゃーい」母の声は相変わらず優しい。
二人がバス停に向かって歩いていると、向こうから夜勤帰りの圭介が歩いて来る。
目の下にうっすらクマを浮かべつつも、兄の顔はにっこり。
「2人とも今日から2学期か。学校、楽しんでおいでよ」
さわやか兄ムーブ。
愛生は満面の笑みで
「うん、2学期も楽しみだよ!」
明宏は……無言。目も合わせない。
その時、後ろから聞き慣れた足音。
「……あ、里香!」
愛生がぱっと笑顔で手を振る。
「里香〜おっはよ〜!」
明宏も負けじと。
「里香姉〜!」
両手ぶんぶん。
里香も爽やかに「おはよう」と返す。
──その瞬間。
圭介の声が裏返った。
「り、里香ちぃゃ〜ん! おはよ〜〜!」
……街に響くキモい挨拶。
里香は一瞬ピタリと足を止め、無言で圭介をジロリ。
圭介も負けじと真剣な眼差しで見つめ返す。
(数秒の沈黙……)
フッ……微笑んだ? いや、違う。
「フンッ」そっぽを向いたのだった。
その仕草に、なぜか胸を撃ち抜かれる圭介。
(くぅぅ……このツン! このデレる直前みたいな間合い! たまらん!)
そして
「いってらっしゃ~い!」
圭介が手を振ると、
「いってきま~す!」と愛生、
「いってきます」と無表情の明宏。
そして──
里香が一瞬だけ振り返り、ほんの小さな声で。
「……いってきます」
その瞬間。
圭介の心の中
(きたぁぁぁぁぁあああ!!!!!)
(今!今、俺にだけ微笑んだよな!? 小声で返してくれたよな!?)
(こ!小悪魔ちゃん!いやもう結婚してください!!!)
……だが、外見は冷静を装い。
「ふん……まぁ当然だよな。ご近所だからな……」
と、クールぶった表情。
しかし目尻はピクピク、口元はニヤけそうで危ない。
両手はバタバタ喜びたいのに必死でポケットに突っ込み、
靴のつま先で地面を小刻みにトントン。
(やべぇ、顔に出したらまた“キモい”って言われる……耐えろ俺……!)
愛生は呆れ顔で横目チラリ。
「……お兄ちゃん、なんかキモいよ」
──圭介、冷静装った大喜びモード全開。
バス停に並んだ3人。
朝の空気は少し涼しく、制服の袖を直す仕草も自然に揃う。
愛生:「あーあ、夏休み終わっちゃったねぇ」
のんびり空を見上げて大きな伸び。
里香:「でも文化祭あるし、2学期って意外と楽しいじゃん」
前髪を指で整えながら、少し楽しげに笑う。
明宏:「ふん、文化祭より芦ノ湖解禁まであと何日って数えてる方が大事だよ」
腕を組みながらドヤ顔。
愛生:「また釣りの話〜? 2学期始まったばっかりだよ」
里香:「ていうか明くん、芦ノ湖解禁まであと何日とか数えてるって……解禁って3月でしょ? 半年も先じゃん!」
軽く呆れ顔でツッコミ。
明宏:「ふっふっふ〜ん、知ってて当然さ! 芦ノ湖は毎年3月第1土曜日が解禁日なんだよ。しかも——」
得意げに人差し指を立てて語り出す。
愛生:「えっ……意外とちゃんと知ってるんだ」
目を丸くしてぽかん。
里香:「3月第1土曜日じゃなくて、3月1日なんだど……」
呆れつつも、ちょっと笑ってしまう。
明宏:「まぁね、ネイティブレインボーを狙う男だから少し位の間違いは大したことじゃないさ!」
胸を張る。
愛生&里香:「はいはい……」
同時に肩をすくめて笑う。
ブロロロロ……とエンジン音を響かせてやってきたバス。
「よし、乗ろっ!」
愛生が勢いよくステップを上がる。
里香も後に続き、二人は迷わず並んで席を確保。
「今日はここだね〜」
「うん」
仲良く腰を下ろす。
その横で明宏、キョロキョロ。
「え、ちょっ……あれ? え、俺の席は……?」
結局、ぽつんと一人席に座る羽目に。
少ししゅん……と肩を落とす明宏。
だが愛生と里香は、まるで気づかないかのようにガールズトークで盛り上がっている。
バスはゴトゴトと学校へ向かい走る。
途中のバス停で、
「おはよ〜」
元気よく乗り込んでくる穂乃花。
「おはよ〜!」
「おはよう〜」
バスの中で一斉に挨拶が返ってくる。
そして穂乃花は、自然な流れで明宏の隣へ腰を下ろした。
その瞬間――
ふわん、と揺れる“たわわ”なお胸。
もちろん穂乃花本人は全く気にも留めていない。
が、横にいた明宏は……
(ラッキー!)
内心で小さくガッツポーズ。
2学期初日から幸運のスタートダッシュに、心の中でにやけを必死に隠していた。
ガタゴトと揺れるバスの中。
穂乃花がぱっと顔を上げ、
「みんな〜、文化祭の出し物って、ちゃんと考えて来たの?」
「もちろん!」
即答の里香。軽い調子で返事をしながらも、目はキラリと真剣。
「ふんふ〜ん♪」
愛生は妙に得意げに鼻歌を歌って、胸を張る。
(何か変なこと考えてそうだな……)と里香が内心で警戒。
「私も考えてきたよ〜!」
穂乃花もにこにこ。
「じゃあ、放課後は部室集合ね。そこで披露会だ!」
里香がしっかり仕切る。
すると――
「あの〜、俺は……」
明宏がおずおずと挙手。目が泳ぎ気味。
「どうせ『リアル釣り堀』とか、そんなトンデモ案でしょ」
里香がすかさずバッサリ。
「…………」
図星過ぎて、完全に声を失う明宏。
視線は床に落ち、口は半開きのまま石化状態。
バスの空気に「シーン……」とした間が流れる。
その後ろで愛生は、
(あ、やっぱり考えてなかったんだ……)
と苦笑しながら、横目で弟の沈黙を眺めていた。
そして放課後!!
カタカタと扇風機の回る放課後の部室。
机を囲んで、いよいよ文化祭の出し物会議がスタート。
勢いよく手を上げたのは――やっぱり明宏。
「よし!俺の案はこれだ! リアル釣り堀!」
どや顔で身を乗り出し、手を広げる。
「俺が近所の川で鯉をガンガン釣ってくるからさ、それをプールに放流するんよ〜!」
キラキラした目で未来を語る明宏。
「いやいやいやいや!」
里香が即ツッコミ。机をバンッと叩く。
「そんなの絶対無理!てか近所の川の鯉、勝手に連れてきちゃダメだから!」
「プールに鯉って、掃除どうするのよ……」と愛生。
「文化祭で水しぶき飛ばされたら怒られるよ〜」と穂乃花。
三方向からの同時ダメ出しに、明宏のどや顔はあっという間にしょぼくれ顔に。
その横で――
穂乃花がこっそり里香に耳打ち。
「……でもさ、子供用のビニールプールで金魚釣りなら、ちょっと出来そうじゃない?」
しかし、里香はすかさず小声で返す。
「ダメダメ!明くんが本気になっちゃうでしょ!絶対言わないで!」
(既に本気顔100%だけど……)と心の中でツッコむ。
そして、きっぱりと声を張る里香。
「生き物を扱うなんて大変すぎ!はい、却下!」
バッサリ切られてガクッと肩を落とす明宏。
その姿はまるで釣り針から逃げ損ねた魚のようだった。
次は里香の番。
背筋をピンッと伸ばし、胸を張って発表する。
「私の提案は――活動記録を展示すること!」
ぱぁっと笑顔。
「写真をたくさん並べて、訪れた地域の情報もパネルにして、詳しく紹介するの!」
(どう?完璧でしょ!)と目がキラキラ。
しかし――
「う〜ん……普通かなぁ〜」
ぽつりと呟く穂乃花。
「なんか、どこにでもありそうな文化祭だね」
愛生もあっさり追加ダメージ。
バキッ。
里香の心の中でガラスの何かが砕ける音。
「……ふ、ふつう? ありきたり……?」
(嘘でしょ!? この私の完璧プランが!?)
机に両手をついて硬直。
優等生スマイルは引きつり、頭の中では「優秀里香プレゼン大成功」の妄想映像がスローモーションで崩壊していく。
「ガーーーーーン!!!」
(効果音が聞こえるくらいのショック顔)
…優等生、まさかの文化祭初戦でノックアウト寸前。
「里香姉の案に――俺は賛成だな!」
と、急に堂々と言い出す明宏。
その瞬間、里香・穂乃花・愛生の三人が同時に 「えっ?」 と注目。
スポットライトを浴びたかのように、明宏はニヤリと得意満面。
「だってさ、活動記録って最高じゃん!
俺が釣り上げた数々のトラウト写真とか、
それに、バシャーンって水しぶき上がった瞬間のヒットシーンとか!
ドーンと展示するべきだよ!」
両手を広げ、まるで自分の銅像でも建てるかのように熱弁。
……一瞬の静寂。
そして、里香がスッと立ち上がり、冷たい表情で一言。
「――はい、却下。」
パシッ、とハサミで紙を切るように冷酷に。
「えっ!? な、なんで!?」
ショックで机に突っ伏す明宏。
愛生と穂乃花は顔を見合わせ、クスクス笑いを必死にこらえている。
…結局、ヒーロー気取りの明宏、あっけなく撃沈。
愛生が胸を張って、突然アイドルっぽく手を広げる。
「私はね〜、みんなに愛と夢をお届けする女の子だから〜!
ぬいぐるみを使った……えっと……人形劇! じゃなくて、ぬいぐるみ劇がやりたいなぁ〜♡」
キラキラ〜っと効果音が飛びそうなポーズ。
その横で里香、こめかみに手を当てて小声でぼやく。
「(……忍野で披露した、あの下手っぴな腹話術をまたやる気なのかしら……)」
思わずツッコミたいのを必死に我慢。
穂乃花は両手を合わせて、にっこにこ。
「ぬいぐるみ劇かぁ〜! 愛生ちゃんらしくてかわいいねぇ〜!」
すっかり乗り気。
一方、明宏はガタッと椅子を鳴らして立ち上がりそうな勢い。
「そ、そんなのヤダ! 男の俺がぬいぐるみ劇とか……無理だって!!」
顔を真っ赤にして首をブンブン振る。
しかし愛生は涼しい顔で、
「明くんはクマのぬいぐるみで出演ね♪」
と、勝手に配役を決定。
「ぎゃー! そんなのぜっっったい無理!!」
机に突っ伏してジタバタする明宏。
里香は腕を組んで、ため息をひとつ。
「(……もうカオスになる未来しか見えない)」
穂乃花はちょこんと首をかしげ、指先を唇に当てて考え込む。
「う〜〜ん、私はね〜……」
少し間をおいて、にっこり笑顔。
「鯛焼き屋さんがいいっ!」
テヘッと舌を出して照れる穂乃花。
部室に一瞬「えっ?」とした空気が流れるが、彼女はマイペースに続ける。
「でね! 部室に活動記録も展示して、文化部っぽさもちゃんと残すの。
お魚さんと触れ合いたい明ちゃんは……鯛焼き係り♡」
「えっ、俺!? 魚を触るんじゃなくて、鯛焼き……!?」
ショックでガーンと固まる明宏。
「私は飲み物係りするから〜、愛生ちゃんと里香ちゃんは接客係りさん!
それにね、みんなでお魚さんの被り物とか着ぐるみ着れば……
かわいいしか勝たん! っていう、愛生ちゃんの好みも満たせると思うんだ〜♡」
「きゃ〜! ほのちゃん、神〜! めちゃかわプランじゃん!」
目をキラキラさせて両手を叩く愛生。
「なにそれ……かわいいしか勝たんて……」
里香は呆れながらも、口元がちょっと緩む。
「ちょ、ちょっと待て! 俺が焼き係って……しかも被り物まで!? そんなの地獄だぁぁ!」
机に突っ伏してジタバタ暴れる明宏。
穂乃花はそんな明宏の肩をぽんと叩き、満面の笑み。
「大丈夫だよ明ちゃん、鯛焼きは丸ごとお魚さんだから……きっと相性ばっちり!」
「うぅ……俺の“釣り人の未来”が、鯛焼き屋で終わる……」
魂が抜けかける明宏。
「うぅ……俺の“釣り人の未来”が、鯛焼き屋で終わる……」
魂が抜けかける明宏。
そこへ里香が冷静に告げる。
「明くんは中学生だから、初日の校内発表は中等部に専念してもらうわ。で、2日目の一般公開は掛け持ちしてちょうだい。」
「えぇぇ!? 俺、掛け持ち!? つまんない!」
大げさに両手を広げる明宏。
「まぁ、ただの人手不足要員ね」
里香がサクッと切り捨てる。
「ぐはっ……! 中等部の文化祭より、鱒釣り部の方が断然おもしろいのに……つまんない〜!」
机に突っ伏し、膨れる明宏だった。




