目指せネイティブ・レインボー
読んで下さる皆様、心より感謝致します。
ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。
忍野桂川の水面が橙色に染まり、風も肌寒さを帯びてきた。
「そろそろ帰るかぞ〜」
圭介が声をかけると、普段なら「あと一回! あと一投!」と駄々をこねる明宏が、珍しく素直に竿を片づけ始めた。
「(あれだけ“ネイティブレインボー”を餌に説得されりゃ、そりゃ言うこと聞くか……)」
圭介は横目で愛生を見る。ドヤ顔の残り香を漂わせる妹に、内心モヤモヤ。
──が、それどころではない。
「(ヤバい、夕飯のハンバーグまでに“芦ノ湖ネイティブ計画”をでっちあげないと……!)」
圭介の脳内ホワイトボードは落書きだらけでパンク寸前。
3人が車に乗り込む。
「とりあえず帰り道で適当なファミレスに入って、ハンバーグでも食うか……」
圭介は一息つきながらキーを回す。
しかし次の瞬間。
助手席の愛生が、無言でカーナビに手を伸ばした。ピッ、ピッ、ピッ。
「(おい……また始まったぞ……!)」
圭介の胃がズーンと重くなる。
「ここ行こ! 御殿場の“かろやかハンバーグ”ね!」
ウキウキと笑顔で指差す愛生。
圭介はハンドルを握り直し、深いため息をついた。
「……はぁ、やっぱりな。毎度のことだし、もう慣れっこだよ……」
振り返ると、後部座席の明宏が目を輝かせていた。
「えっ、御殿場!? 僕、初めてだよ! ハンバーグ楽しみーっ!」
圭介は観念したようにウィンカーをカチリ。
「……はいはい。じゃあ御殿場へ行くか」
助手席からは「やったぁ〜!」と愛生の勝ち誇った声。
その横顔は、どこか小さな“カーナビ魔王”のように見えた。
御殿場の街に着いた一行。
店先から漂う香ばしい肉の香りに、愛生のテンションは爆上がり。
「ふふっ、静岡名物“かろやかハンバーグ”…♡ ご当地グルメはやっぱり外せないんだよね〜」
(おいおい、つい数時間前に“ご当地グルメは釣りに関係ない”って言い切ったヤツがよく言うよ……)
圭介は苦笑しながらも入店。
3人そろってハンバーグを注文すると、いよいよ始まった。
──愛生の無茶ぶり企画。
「さぁ! お兄ちゃんによる“ネイティブレインボー計画・大発表会”〜っ!」
店員が水を置いた瞬間に、無慈悲な司会進行。
(え、ちょ…このタイミングで!? ハンバーグ焼ける前に胃が焼けそうなんだけど!?)
「はいっ、ではお兄ちゃん。ネイティブレインボーを釣るための壮大な計画を…どうぞっ!」
愛生はドヤ顔+拍手で場を盛り上げる。
圭介はスプーンを持つ手を震わせながら、ゴクリ。
(あぁ〜胃が痛い……! てか俺、魚探も船舶免許もノープランだぞ……!)
後部座席から解放された明宏は、キラキラした瞳で前のめり。
「ねぇ圭ちゃん、早く! 早く聞かせてよっ!」
──プレッシャー MAX。
圭介は額に冷や汗をにじませつつ、なんとか笑顔を作った。
「えーっと……そ、その……これからは芦ノ湖で経験を積みながら……みんなで協力して……えっと……」
ドッと押し寄せる二人の期待の眼差し。
「……胃に穴が空く……!」と心で叫びながら、圭介の“苦肉の発表”が幕を開けた。
熱々の鉄板で「ジュワァ〜ッ」と音を立てるハンバーグを前に、圭介は背筋を正した。
(あぁ…胃が痛い……でも言うしかないっ!)
「ごほんっ……えー、では“ネイティブレインボー計画・第1次案”を発表します!」
愛生は「待ってました!」と手を叩き、
明宏は「おお〜っ!」と身を乗り出す。
圭介は真剣そのものの顔で語り始めた。
「まず……船舶免許についてだ。」
「出たっ!」と茶化す愛生を無視して続ける。
圭介は水を一口飲んでから、さらに熱弁。
「来年3月、芦ノ湖解禁までに――2級、湖・河川限定の船舶免許を取得する!」
バンッ! とテーブルを叩いて気合を込める。
愛生は目を丸くし、明宏は「すごーい!」と拍手喝采。
「さらに……魚群探知機も購入して放流虹鱒ではなく野生のヒレピンを狙います。」
「おお〜っ!でも、ルアーはどんなの使う?」とまたもや少年のように輝く明宏の目。
「う〜ん、わかんない」と正直に話す圭介
「ただな……」と圭介の声色が一気にシリアスになる。
「これからは、なるべく出費を抑えたい。だから管理釣り場は……控える方向で行く!」
愛生は「えぇ〜! ご当地グルメまで控える気じゃないでしょうね!?」と抗議するが、圭介はあえて無視して語り切る。
「――まずはそんな感じかなぁ〜」
そう言って、大きく息をついた。
周囲から見れば、ただのファミレスでハンバーグを前に語ってる青年なのに、本人の雰囲気はまるで“釣り界の革命プランナー”。
明宏は純粋な目で「圭ちゃん、かっこいい!」と叫び、
愛生は「まぁまぁ及第点ね」とドヤ顔を決める。
(……あぁ、本気で胃が痛い……)
圭介は笑顔を引きつらせたまま、ハンバーグを一口ほおばった。
愛生が眉をひそめて、ハンバーグのフォークを突き立てながら問い詰めた。
「管理釣り場は控える? じゃあ私のご当地グルメ楽しみ、どうなるの!?」
圭介は即座に手を広げ、力説モード。
「ネイティブレインボーを釣る為には、ネイティブ――つまり野性の魚を釣って経験値を上げなくてはならない!」
「ほぉ〜!」と目を輝かせる明宏。
少年漫画の主人公のように「経験値!」とオウム返し。
圭介はさらに畳みかける。
「渓流や冬季鱒釣り場、さらに海の小物釣り……幅広く挑戦して経験を積むんだ!」
「うんうん!」と身を乗り出す明宏。まるで弟子が師匠の言葉を一語一句吸収しているかのよう。
そして圭介は愛生に視線を向けて決め台詞。
「だから、愛生ちゃんは“ご当地グルメ担当”として活躍を期待しているよ!」
「えっ、私!?」と一瞬きょとんとした愛生だが、すぐににっこり笑顔。
「……そっか! わかった!」と元気に頷く。
が、その頭の中は――
渓流=やっぱりお蕎麦と山菜天ぷらセット。
冬季釣り場=熱々のうどんで決まり。
海の小物=お寿司! 海鮮丼! アジフライ!
……完全に「釣り経験値」ではなく「食の経験値」で頭がいっぱい。
圭介は「よし、理解してくれたな」と安堵のため息をつき、
明宏は「ネイティブへの道が見えた!」と拳を握りしめる。
その横で愛生だけは「次はどこのお蕎麦にしようかな〜♪」と口元をゆるませていた。
ハンバーグをもぐもぐしながら、明宏が突然キラキラ顔で口を開いた。
「俺、里香姉を誘うよ! 里香姉、釣り上手だから、ネイティブレインボー計画に誘ってみるといいと思うんだ!」
その瞬間、愛生はフォークをピタリと止めて冷静に突っ込む。
「えっ……里香は管釣りだよ。管釣り。」
しかし圭介は目をキラーンと輝かせ、すぐさま便乗。
「そうだ! 里香ちゃんにお願いしよう! 明くん、いい考えだぞ〜!」
「えへへ」と得意顔の明宏。
「そ、そうだよね!」と必要以上に食いつく圭介。
(……いや、絶対“ネイティブ計画”より“里香を巻き込みたい計画”だろ)と顔に書いてある。
愛生はその様子をじーっと見て、ナイフとフォークをカチリと揃えた。
「……里香はダメ。ダメと言ったら、ダメ!」
語尾にズシンと重さが乗った。
圭介は「えぇ〜!?」と情けない声を上げ、
明宏は「なんでぇ? いいじゃん!」とブーイング。
しかし愛生はテーブルの下で足を組み替えながら、姉らしいドヤ顔。
「この話は・終・了。」
……その空気はまるで「裁判長・愛生の最終判決」であった。
圭介と愛生は明宏の願いを叶える為に芦ノ湖での50cm、60cmの大物虹鱒を釣りあげる決意を固めます。
広い湖を自由に泳ぎ回る虹鱒を釣るのも大変なのに、更に大物を釣るという大きなチャレンジ
を決意した3人きょうだい、ネイティブ・レインボーを吊り上げる日は訪れるのだろうか




