わがまま末っ子
読んで下さる皆様、心より感謝致します。
ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。
おじさんが去り、場に残されたのは――
「反省会」という名のお説教タイム。
まずは兄・圭介、
「勝手にひとりで行動しちゃダメだって約束しただろ!」
ビシッと人差し指を立てる。
続いて姉・愛生、
「そうだよ、三人一緒に行動する約束したでしょ!」
腕を組んで仁王立ち。
その迫力に対し、明宏は……
「……(ムスッ)」
無言でほっぺたを膨らませる。
圭介と愛生がさらに追撃。
「明くん、反省しなさい」
愛生は“お姉ちゃんボイス”でトドメ。
ところが、ここで明宏の不満が大爆発!
「うどんは愛生が悪いんだ! 行列の店を選んでさぁ~! 釣りが出来ないじゃないか!」
「えっ、私ぃ!?」
愛生の目が点になる。
さらに矛先は兄へ。
「かき氷は圭ちゃんが悪い! 水分補給なら自販機で飲み物買えばいいじゃん! 釣りの時間が勿体ないよ!」
「な、なぬっ!? 俺ぇ!?」
圭介は思わずのけぞる。
こうして――
お説教をするはずが、
逆に弟から「釣り時間泥棒」呼ばわりされてタジタジになる兄姉。
明宏は腕を組み、ぷいっと顔を背けて完全勝利のドヤ顔。
(……いや、反省しろよ!!)
心の中で同時にツッコむ圭介と愛生であった。
これ以上小言を言えば――
「ぐわぁぁぁ!!」と怒り狂うか、
「うわぁぁん!!」と泣き出すか。
どちらにしても修羅場まっしぐら。
圭介と愛生は視線を交わし、同時に「……はぁ」とため息。
重苦しい沈黙が数十秒ほど流れる。
その空気を破ったのは、愛生だった。
「明くんは、ネイティブレインボーを釣りたいんだよね?」
ピクッ! と明宏の耳が反応。
「うん」コクン。即答。
愛生は畳み掛ける。
「しかも、50cmとか60cmの大物を釣りたいんでしょ?」
「うんうん!」力強く二回うなずく明宏。
目がキラッキラに光り始める。
そこですかさず愛生、声を落として真剣に――
「お兄ちゃんと私と明くん、きょうだい3人で協力しないと釣れないと思うよ」
「えっ!? そうなの? ……でも、だから何?」
一瞬「陰謀論でも聞かされた?」みたいな怪訝な顔の明宏。
愛生は微笑んで続ける。
「お兄ちゃんと私は、明くんが50up、60upのネイティブレインボーを釣れるように協力するから――明くんも、お姉ちゃんに協力してよ」
「……うん、確かにそうかもしれない」
明宏、まんまと愛生の“巧みな誘導作戦”にハマりかける。
その様子を横で見ていた圭介は、心の中でガッツポーズ。
(さすが愛生……! 俺たちのチームリーダーはやっぱりお前だ!)
こうして“お説教モード”から“協力作戦モード”へと、見事に空気をシフトさせたのだった。
愛生はにっこり笑って、
「ネイティブレインボーを釣るためにはね、色んな釣り場で経験を積み上げたい……その気持ちはね、お姉ちゃんは、よ〜〜くわかるの」
「うんうん!」
明宏はもう完全に愛生ワールドに引き込まれ、こくこく頷く。
愛生はさらに畳みかける。
「そのためには、ご飯もしっかり食べなくちゃいけないし、時には休憩も必要でしょ?」
「うんうん! 確かにその通りだ!」
まるで宗教の信者のように素直に頷く明宏。
ここで愛生、つい調子に乗ってしまった。
「ご当地グルメは特に大切でね!」
……しまった。
愛生の顔が一瞬「ピキーン!」と凍る。
(あっ、つい本音出ちゃった!)
明宏はじろりと疑惑のまなざし。
「……なんでグルメ?」
愛生、心臓バクバク。
「えっ、えっと……そ、その……栄養学的に大切なの!」
と、謎の方向へ逃げ始める。
「ふ〜ん……」
疑惑の視線を送る明宏。まるで名探偵のように顎に手を当てている。
愛生は「ご当地グルメ」の失言を取り繕うため、焦りながら頭をフル回転。
(な、何か……何かエサを与えなくちゃ……! 明くんの目が怪訝すぎる!)
そこでパッとひらめいた。
「実はね……お兄ちゃんが明くんのために小型船舶免許取得と魚群探知機購入を考えてるんだよ!」
――ドォォン!
その瞬間、明宏の顔が「ピカーッ!」とまるでスポットライトを浴びたかのように輝き出す。
「えぇぇ! 本当なの!? 圭ちゃん!」
キラキラした目で兄を直撃する明宏。
圭介は「え、は、えっ?」と完全に固まる。
(おいおいおい! 船舶免許なんて考えたこともないし、魚群探知機なんて更に眼中にないぞ!?)
恐る恐る愛生の方を見ると……
そこには「どう? 私のファインプレー✨」とでも言いたげに、ドヤ顔で親指を立てる愛生の姿。
(いやファインどころか、とんでもないボール投げ込んだだけだろ!?)
圭介の頭の中でツッコミが木霊する。
しかし、目の前には「信じる心100%」の少年、明宏。
その期待の眼差しに圭介は胃がキリキリ。
「……そ、そうだよ。ホントは今日の夕食でハンバーグ食べながら話そうと思ってたんだ。明くんを喜ばせようって考えてて……」
とっさに口から出たのは、まさかの嘘。
自分で言っておいて「俺、何言ってんだ」と冷や汗ダラダラ。
だが明宏は「うわぁぁ! やったぁ! 俺、絶対60up釣るぞ〜!」と大喜びで飛び跳ねている。
その横で愛生は「フフン」と鼻を鳴らして、まるで作戦成功のヒロイン気取り。
圭介は頭を抱えながら、
(……これ、夕食のハンバーグタイムで俺、完全に詰むパターンだよな)
と心の中で嘆いていた。
そんな兄の苦悩をよそに、明宏はピカピカの笑顔で釣竿を抱きしめる。
「ごめんね! 圭ちゃんも愛生も、僕のために色々考えてくれてたんだね!」
素直すぎる受け止め方に、圭介はますます胃がキリキリ。
(いや、考えてないし……むしろ、愛生の口から飛び出した“船舶免許と魚探”って爆弾に振り回されてるだけだし……!)
一方、愛生は腕を組み、ふふんと鼻を鳴らしてドヤ顔。
「うんうん、解ればよろしい!」
まるで“末っ子調教完了”といった余裕ぶり。
「これからは3人で行動するよ! ネイティブレインボー、待ってろよ!」
明宏は拳を握り、釣り場で一人燃え上がっている。
「……チョロいもんよ、弟なんて」
愛生は心の中で勝ち誇り、ニヤリ。
だが圭介は――
(小型船舶免許……魚探……両方合わせたら……いったい……いくらの出費に……!?)
頭の中で巨大な電卓がガチャガチャ鳴り響き、桁数がどんどん跳ね上がる。
冷や汗ダラダラの圭介と、ドヤ顔の愛生、夢に燃える明宏。
桂川の水音だけが、無情にも爽やかに響いていた。




