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うちの愛生ちゃん  作者: 横溝 啓介
1年1学期
46/80

迷子

読んで下さる皆様、心より感謝致します。


ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。

……明宏ーっ!」

「明くーん!」


桂川沿いに、兄と姉の必死の声が響き渡る。


二手に分かれ、地図を片手に川沿いを捜索する圭介と愛生。

だが――見つからない。

どこにもいない。


圭介の頭に最悪のイメージが浮かぶ。

(まさか川に落ちた?流された?いやいやいや……!)


愛生もまた、顔を真っ青にして走り回る。

(明くん、虫網で魚追いかけてて転んだとか……?あぁぁ〜っ!)


やがて再び、水族館近くの駐車場で合流する二人。

肩で息をしながら、圭介はガシッと頭を抱える。


「もしも……もしも明宏が流されてたら……!どうしよう……!」

声が裏返り、ほぼ半泣き。


そんな兄に対し、愛生は一見冷静に見えるが――実は足がガクガク震えている。

「だ、大丈夫だよ……だって釣り人いっぱいいるし……もし溺れてたら大騒ぎになってるはずだから……!」


口では落ち着いて言うものの、声がどんどん上ずっていく。


圭介「じゃあ、なんで見つからないんだよ〜!」

愛生「そ、それは……えっと……きっと……トイレとか!」

圭介「トイレで1時間以上戻らないか!?」

愛生「お、お腹壊したとか!」


――二人とも完全にパニック寸前。

周囲から見れば「お祭りか?」と思えるほどオーバーリアクションで右往左往しているのであった。


その頃――。

明宏は相変わらず竿を振り続けていた。

ランガン、キャスト、リトリーブ。

魚がかかる気配はないが、そんなことは気にしない。


(絶対に次は釣れる……!)

真夏の太陽の下、キラキラ汗を光らせながら夢中でルアーを投げていると――


「坊や、ここは釣り禁止だよ」


突然背後から声が飛んできた。

振り返ると、漁協の帽子を被ったおじさんが腕を組んで立っている。


「……?」

何を言われたのか分からず、明宏はキョトン顔。

竿を持ったまま、まばたきを繰り返すばかり。


おじさんは苦笑しつつ、ゆっくり説明した。

「おじさんは漁協の人間でね。この辺りを見回ってるんだよ」


「漁協……?」

さらにポカンとする明宏。

頭の中は「トラウト」と「ルアー」のことでいっぱいなので、単語が右から左へすり抜けていく。


「釣り券は持ってるかな?」

「はい!」


明宏は素直にポケットから釣り券を取り出し、ペラリと見せた。


おじさんはそれを受け取り、目を細める。

「……ふむ。釣り券はちゃんと持ってるな。ってことは密漁者じゃない」


腕を組み直し、顎に手を当てて考え込むおじさん。

「となると……ここで一人で釣ってるってことは……」


チラリと明宏の顔を見る。

汗だく、泥だらけ、でも無邪気に竿を握る中学生。


「これはきっと……迷子だなぁ〜」


推理小説の探偵ばりに結論づけた漁協のおじさん。

その横で明宏は「次のキャストどう投げようかな」としか考えていなかった。


「坊や、ここはね、釣りしちゃいけない場所なんだよ」

おじさんはニコニコ顔で説明する。


「……え?」

明宏は竿を持ったまま固まった。

夢中でランガンした結果、いつの間にか区間の境界を越えていたのだ。


その事実にハッとし、次の瞬間――


(ぼ、僕……釣り禁止エリアで釣りしてた……!?)

(これって……警察に逮捕……!?手錠……!?留置場……!?)


大きな不安が、末っ子の小さな心をガブリと噛む。

顔はみるみる青ざめ、釣竿を落としそうになるほどガクガク。


そんな明宏の肩に、ポンと手を置く漁協のおじさん。

「坊や、お父さんとお母さんと来てるの?」


「ち、ちがいます……!」

明宏は首をブンブン横に振る。

「お兄ちゃんと……お姉ちゃんと……来てます」


「そうかそうか。じゃあ、お兄ちゃんとお姉ちゃんのところに戻らないとね」

おじさんは優しく笑った。


その柔らかい笑顔に――


(……よ、よかった……!この人、怖い人じゃない!)

(もしかして……僕、逮捕されない……!?)


明宏は胸を撫で下ろし、ホッと安堵のため息をつく。

一瞬前までの「留置場シミュレーション」は、跡形もなく霧散していったのであった。


「坊や、お名前は?」

おじさんがにこやかに尋ねる。


「……市川明宏です」

ちょっと緊張しながらも、ハキハキと名乗る明宏。


「おぉ〜、明宏くんかぁ。いい名前じゃないか!」

おじさんは大げさに頷き、にっこり笑う。


(えっ……名前、褒められた……!)

明宏の頬がポッと赤くなり、先ほどまでの「逮捕シミュレーション」はどこかへ吹き飛んでいた。


「明宏くん、スマホは持ってるかい?」

「うん!」


明宏はフィッシングベストのポケットをごそごそ。

すると、汗で少し湿ったスマホを誇らしげに取り出した。

(ほら見て!僕、ちゃんと文明人!)


「じゃあ、お兄さんかお姉さんに電話してもいいかな?」

「うん、いいよ」


明宏は素直に頷き、まるで“自分が電話するのはめんどくさいから代わりにやって”とでも言いたげな顔でスマホを差し出す。


おじさんはそれを受け取りながら心の中で思う。

(これはきっと兄さん姉さんも探してるはず……電話したらすぐ繋がるな)


そしてほんのりドヤ顔で、

「よし、じゃあおじさんが繋いであげよう!」


明宏はホッと安心して、まるで“なんでも解決してくれるヒーロー登場”みたいにおじさんを見上げていた。


プルルルルル……♪


桂川の駐車場。

圭介のスマホが震え、画面には【明宏】の文字。


「! 明宏からだ!」

圭介は弾かれたようにスマホを掴みスマホを耳に当て、

愛生も圭介のスマホに耳を近づける


「明くん!大丈夫か!?」

ほぼ叫ぶように第一声。


……しかし。


「えっと……わたし、漁協の者ですが」


電話口から聞こえたのは、落ち着いた大人の男性の声。


「……えっ?」

圭介、フリーズ。


愛生は横で「ぷっ」と吹き出しそうになるのを必死にこらえる。


電話口のおじさんは穏やかに続ける。

「お兄さんですか?明宏くんを、釣り禁止区間で見つけましてね」


圭介の顔はみるみる赤くなる。

「(や、やっちまった……!思いっきり“明くん大丈夫か!”とか叫んじゃった……!)」


愛生は隣でニヤニヤ。

「……お兄ちゃん、すっごく恥ずかしいねぇ〜」と小声で突っつく。


圭介は耳まで真っ赤になりながら、

「は、はいっ!兄です!ご迷惑おかけしてすみません!」と頭を下げるのだった。


電話口のおじさんは落ち着いた声で、

「いえいえ。とても素直ないい子ですよ」


その横で当の明宏は、のんきに水を飲みながら竿をいじっていた――。


『お兄さん、今どちらにいらっしゃいますか?』

電話口の漁協のおじさんの声は、やわらかくて落ち着いていた。


「えっと……水族館、向かいの駐車場に居ます!」

圭介は食い気味に答える。


『わっかりました〜。では、明宏くんをそちらまでお送りしますね』


その瞬間、圭介の口からは――

「すみません!すみません!すみません!」

謝罪マシンガンが炸裂。


横で愛生も、ペコペコと電話に向かって頭を下げている。

(いや、電話だから見えないんだけどね!)


おじさんはクスクス笑いながら、

『大丈夫ですよ〜。明宏くん、とても元気ですから』


――その言葉に、兄姉は同時にドサッと腰を落とした。


「……よかったぁぁぁ〜〜〜」

圭介は両手で顔を覆い、魂が抜けるほどの安堵。

愛生も胸を押さえ、目尻にうっすら涙。


二人とも、数分前までの「パニックモード」が一気に解除され、へなへなと駐車場のアスファルトに崩れ落ちそうになっていた。


まるで「救助隊に保護された遭難者」のような脱力感。


それもそのはず。

弟を保護してもらった安堵は、何にも代えがたい――。


(ありがとう……漁協のおじさん……!)

二人の心の中では、おじさんがスーパーヒーローに昇格していた。


おじさんに連れられて、明宏が無事ご帰還!

その姿を目にした瞬間――


「明くぅ〜〜んっ!」

愛生は突然、駆け足で水族館の方へダッシュ。

(えっ!? どこ行くの!?)

圭介はツッコミを入れる余裕もなく、ただ呆然。


一方で、保護者の元へ帰ってきた明宏。

漁協のおじさんの横で、のほほんと立ち、あくびをひとつ。

「ふわぁ〜……眠い」

(おい! あんた迷子だったんだぞ!?)


そんな弟の横で――

「ご迷惑をおかけしました! 申し訳ありません! すみません! ありがとうございます! 本当にすみません!」

圭介は謝罪と感謝のフルコンボを連打。

その姿はまるで「壊れた謝罪マシン」。


漁協のおじさんはというと、

『いえいえ、どうかお気になさらないで下さい』

にこやかに両手をヒラヒラ。

もう、仏様のような笑顔である。


ちょうどその時――

「お待たせしましたぁーーっ!!」

ゼェハァと息を切らし、愛生が猛烈な勢いで戻ってきた。

両手には、自販機で買ったペットボトルのお茶をしっかり2本。


「ありがとうございました! このくらいしかお礼が出来ませんが、どうか召し上がってください!」

愛生は腰を直角に折り、深々と頭を下げる。

(その姿は、もはや“お礼のプロ”!)


「これはどうも、ご丁寧に」

漁協のおじさんは、お茶を受け取り、最後まで優しい笑顔を浮かべたまま去っていった。


残されたのは――

へなへなと座り込む兄、呑気に伸びをする弟、汗で髪の毛が額に張り付いた姉。


なんだかんだで「家族3人+おじさんの人情劇」だった。

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