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うちの愛生ちゃん  作者: 横溝 啓介
1年1学期
45/79

単独行動 ②

読んで下さる皆様、心より感謝致します。


ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。

午後の釣りを開始した三人。

兄と姉にたっぷり叱られた明宏だったが――


「……ふん、別に怒られただけだし」

全く気にしていない。


兄弟仲が悪くなるわけでもない。

なぜなら、彼は末っ子。

「ちょっとくらいのワガママは、きっと許されるんだもん♪」

そういう甘えの公式が、明宏の頭の中にはしっかりインストールされていた。


――が。


相手が魚となると、話は別。


竿を振る。ルアーが水面を走る。

「……食え!食え!食えよ!」

水中のトラウトに念を送り続けるが、返事はない。


忍野の流れは澄んで美しく、管理釣り場に近い整った環境。

だからこそ、虹鱒はそれなりに釣れる。

――それはそれで嬉しい。


だが、ネイティブは別格。

野生のトラウトは、まだ一匹も釣れていない。


魚は兄や姉のように甘やかしてはくれない。

ぷぅ〜と膨れても、スネても、全く相手にされない。


「……ぐぬぬ、魚って冷たい」

そうぼやきながらキャストを続ける明宏の背中は、

どこか“末っ子の甘えが通じない現実”を突きつけられているようでもあった。


時刻は正午を過ぎ、魚がいちばんやる気をなくす時間帯。

鱒たちは岩陰でお昼寝、虫も少なく、水面は静まり返っていた。


だが――末っ子明宏は止まらない!


「よしっ!次はあのポイントだ!」

ぴゅんっ!とルアーを投げ込む。

……無反応。


「ちぇっ、移動!」

とことこ、そしてまたキャスト。

……やっぱり無反応。


「ちぇっ、次!」

まるで“魚のいない早口回し稽古”のように、数投ごとに移動を繰り返す。


その後ろをついていく圭介と愛生。


「……なぁ愛生」

「……なに?」

「これ、修行だよな?」

「うん、完全に練習試合のノリだよね」


二人はもう悟っていた。

釣れる・釣れないは二の次。

今の明宏は“ネイティブ挑戦のための模擬戦”をしているのだ。


とはいえ――


ランガンする明宏のペースは、子犬が散歩でリードをぐいぐい引っ張るかのよう。

兄と姉は「ちょ、待って!」と小走りで後を追う羽目に。


「はぁ、はぁ……お前さぁ……」

「もうちょっと落ち着いてキャストしなさいよ!」


しかし明宏は振り返りもせず、元気いっぱいに叫ぶ。

「だって練習なんだから!いっぱい投げないと意味ないだろ!」


……結局、魚は釣れないが。

兄と姉の“体力トレーニング”としては完璧に成立していたのだった。


時刻は午後2時。

川沿いを歩き続けた圭介と愛生の足取りは、もはやスローモーション。


「……喉、からっからだなぁ〜」

「……自販機どこ……オアシスどこ……」


二人が干物のようにふらつきながら辺りを見回すと――

愛生の目がキラーン!✨


「あっ!ここ、水族館の近くじゃん!

ねぇねぇ!前のカフェでかき氷食べようよ!」


その一言に、圭介の顔がパァァッと輝く。

「おぉ〜〜!それだ!冷たくて甘いやつ!俺も食べたかったんだよぉ〜!」

さっきまでの死にかけた顔はどこへやら、まるで復活の呪文を唱えられたかのように元気になる。


だが、その横で――


明宏は。

ルアーを投げ、リールを巻き、また投げる。

喉の渇き?暑さ?そんなもの忘れた。

今の彼の頭にあるのは「魚、魚、魚!」の三文字のみ。


「……こいつ、完全に別世界の住人だな」

圭介がぼそり。

愛生は腕を組んで一歩前に出る。


「ねぇ〜明くん!」

「……(キャスト中)」

「ちょっと!休憩しよ!かき氷食べよ!」

「……(キャスト継続)」


愛生はピシャリと声を張り上げる。

「真夏だよ!?熱中症になるよ!?」


その言葉にようやく圭介も援護射撃。

「そうだぞ!俺たちはもうカラッカラだ!氷だ!糖分だ!生きるためだ!」


明宏はルアーを回収しながら、ちらりと二人を振り返る。

(……かき氷……?冷たい……甘い……?)


ほんの一瞬だけ、釣り脳が揺らぐ。


果たして――魚か、かき氷か!?


確かに――かき氷は魅力的だ。

冷たいし、甘いし、頭キーンってなるのもまた夏の風物詩。


……でも明宏の本音は違う。

「釣りしたい」

ただその一言に尽きる。


(わざわざカフェ行かなくても、すぐそこに自販機あるじゃん。スポーツドリンクで十分じゃん)

そう思う気持ちは、顔にもしっかり出ていた。


その微妙な表情を見逃さなかったのは愛生。

にっこりと優しく微笑み、

「ねっ、明くん、かき氷行こ?」

まるで甘えるように、おねだりするように、声をかける。


……しかし。


明宏の頭の翻訳機は、こう変換してしまった。

《お姉ちゃんがどうしてもかき氷食べたいんだな》

《仕方ないなぁ〜、俺が付き合ってあげるか》


「はぁ……しょうがないな」

ため息をつき、まるで“姉のわがままを受け入れてあげる末っ子”というポジションで頷く明宏。


……もちろん現実は逆である。

本当は愛生が、末っ子の熱中症を心配しての提案。

姉としての優しさ100%なのだ。


圭介はそのすれ違いを横で眺めていて、

「お前なぁ……完全に勘違いしてるぞ」

と心の中で突っ込みながらも、あえて口には出さない。


結果、三人は仲良く(?)カフェへ。

だが明宏の脳内ナレーションはこうだった。

「……ったく、姉ちゃんのわがままに付き合うのも楽じゃないな」


一方で圭介は、

(……ほんとは明のためなのに)

と呆れ笑いするのだった。


三人はカフェへ。

冷房の風がふわりと頬をなでると、圭介は思わず声を漏らした。


「はぁ〜〜、涼しいなぁ〜〜!」


汗でシャツが張り付いていた体が一気に解放される。

テーブルに並んだのは、いちご・ブルーハワイ・メロンの三色かき氷。

まるで夏祭りの屋台のような彩りだ。


「いちご美味し〜♡ 生き返るみたい!」

愛生は嬉しそうに頬を緩める。


「随分と汗をかいたからなぁ〜、かき氷はありがたいなぁ〜」

圭介も頭をキーンとさせながら、幸せそうにスプーンを動かす。


……一方で、明宏は。

無言。

ただひたすらにシャクシャクシャク。

かき氷を砕く音だけが響く。


(……この二人、完全に観光気分じゃね?)

明宏の心の声は、やや冷め気味。


そんな中、圭介がちらりと腕時計を見る。

(お、意外と食べ終わるの早いな……でも、明宏をもうちょい休ませたい)


すると圭介、腕時計を指さして愛生に見せる、そしてテーブルのメニューを愛生に向けて指差す先は「アイスティー」。

愛生はピクッと反応し、コクリと頷く。


圭介「……甘い物食べたら、アイスティーが飲みたくなったなぁ〜」

愛生「そうだね〜。もう少しゆっくりしたいしね〜」


――まるで小芝居のように息の合ったやり取り。


しかし!


その瞬間、明宏のスプーンが止まった。

スッと立ち上がり、呆れ顔で一言。


「……俺、先に釣り戻るから」


(まったく……兄貴と姉ちゃんのわがままには困ったもんだ)


そう思いながら立ち去ろうとする末っ子。

――が、圭介と愛生の心の声は真逆だった。


(お前のために休ませてんのにぃ〜〜!!)


冷房の効いたカフェの片隅で、兄姉と末っ子の“すれ違いトライアングル”は今日も健在だった。


ガタッ!


立ち上がった明宏は、圭介の伸ばした手をヒョイッと振り払い、そのまま出口へ。


「おい、待て明宏!」

圭介も慌てて椅子を引き、追いかけようとする――


が、スッとその袖を掴む影がひとつ。


「ちょっと待って、お兄ちゃん」

愛生の低い声。


圭介「でも、このままじゃ――!」

愛生「ダメだよ。ここで毎回助けに行ったら、明くんは“身勝手しても兄ちゃんと姉ちゃんがどうにかしてくれる”って思っちゃう」


圭介「……!」


愛生の目は真剣だった。

カフェの冷房よりも冷たく鋭いその眼差しに、圭介は思わず口をつぐむ。


「ここは心を鬼にして、追いかけない方がいいよ」

愛生はしっかりと言い切った。


圭介はぐっと拳を握る。

「……そうだな。甘やかすだけじゃダメだもんな」


愛生はにっこり微笑み、さらりと一言。

「それにね、明くんの後ろを歩いてたとき、漁協の地図にチェック入れといたから大丈夫」


「……!!」

圭介の胸にじわ〜っと広がる感動。


(うちの愛生ちゃん……めっちゃお姉ちゃんに成長してるじゃん!)

(嬉しい……!嬉しい……!)


その感情が顔に出すぎて、圭介の頬はゆるゆる。

愛生は照れくさそうに「愛生ちゃんまっかせなさ〜い」と満面の笑顔。


そして二人は、ゆったり腰を下ろすと――


「アイスティー、お願いします」


結局、仲良くティータイム。

グラスの中で氷がカランと鳴り、外では末っ子が全力疾走している。


兄姉は優雅にティータイム、弟は真夏の炎天下でランガン。

なんともシュールな「夏の兄妹模様」であった。


カラン、と最後の氷を飲み干し、アイスティー終了。

圭介と愛生はすっかり涼んで、のんびりと桂川へ戻っていった。


しかし――


「……あれ?」

圭介が辺りを見回す。

川のほとり、釣り人は数人いるが……肝心の明宏の姿がない。


「まあ、大丈夫だろ。明宏は気が小さいし、怖がりだし……絶対近くでオドオドしてるよ」

余裕たっぷりに笑う圭介。


「そうだね。直に“おっそ〜い!”って出てくるよ」

愛生もにっこり同意。


――が。


……待てど暮らせど、出てこない。

川岸にも、橋の上にも、草むらの陰にも……いない。


「……え?」

「……あれ?」


二人の表情がじわじわ凍りついていく。


圭介「ま、まさか……」

愛生「リアル迷子……?」


静かな川のせせらぎが、逆に恐ろしく聞こえてくる。

つい数分前までの余裕が一気に吹き飛び、二人の心臓はドキドキ最高潮。


圭介「ちょ、ちょっと待て!笑い事じゃないぞ!」

愛生「ど、どうしよう……!やっぱり追いかけるべきだったんだよ〜!」


――そう、末っ子・明宏。

この炎天下の桂川で、まさかのガチ迷子状態に突入していたのである。

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