いざ忍野、桂川へ
読んで下さる皆様、心より感謝致します。
ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。
週末の深夜――出発!
忍野釣行当日、
家の中はすっかり戦場のよう。
圭介は眠そうな顔でトートバッグに道具を詰め込みながら
「いや、今回は真剣勝負じゃないんだから…ルアーそんなに持ってかなくても…」
とブツブツ言うが、明宏は無視して大興奮。
「予備スプーンも、替えフックも、ランディングネットも!
万全の体制で挑むぞ!」
とリビングを走り回る。
愛生はというと、ソファに座って髪をゆっくり結びながら
「魚は待ってくれるから、そんなに焦らなくていいよ〜」
とマイペース。
圭介がクーラーボックスを抱えて右往左往している横で、
愛生は麦茶を水筒に入れ、ストローをぷすっと差して一口飲む余裕っぷり。
ようやく全員が車に乗り込み、出発!
明宏は後部座席でシートベルトをガッチリ締めると、
目をつむって両手を前に出し、
「キャストッ……着水ッ……カウントダウンッ……ヒットォ!」
とブツブツ声に出しながら、脳内で完璧な釣りのイメトレを開始。
時々ニヤッと笑ったり、両手でリールを巻く動作をしたり、
圭介はバックミラー越しにそれを見て苦笑い。
愛生は横でスマホを見ながら、
「明ちゃん、怪しい人みたいになってるよ〜」
と笑うが、明宏は一切聞いていない。
車が走り出すと、明宏はさらにイメトレに熱中し、
「今のは40アップ……いや50か……フフフ……」
とひとり勝手に大物を釣り上げる妄想でニヤニヤ。
圭介はため息をつきながらハンドルを握り、
心の中でそっとつぶやいた。
「今日は頼むから、現実も少しは釣れてくれよ……」
まだ夜明け前――忍野へ向かう車内
普段なら高速道路をビューンと走る圭介の車。
だが今日は夜明け前、下道をコトコト走行中。
街は真っ暗で、車もほとんど走っていない。
静まり返った商店街を抜けるたびに、
愛生は窓の外をうっとりと眺めている。
「昼間はあんなに賑やかなのに、こんなに静かなんだ〜……なんか好き」
愛生の声はやけにリラックスしていて、
BGM代わりに流しているラジオの音よりも落ち着く。
やがて、信号待ち。
不思議そうに愛生が首をかしげる。
「ねぇお兄ちゃん、今日は高速使わないの?」
圭介はハンドルを握りながら、
ちょっとドヤ顔で答える。
「節約だよ、節約。」
すると愛生は、まるで圭介の苦労を察するかのように
ふわっと優しい顔になり、
「そっか〜……お兄ちゃんも大変なんだよね」
と、しみじみ。
その瞬間、圭介は心の中でガッツポーズ。
(よし、今なら言える……!)
次の赤信号で、
圭介は愛生の横顔をチラリと見つめ、
「節約する代わりにさ、夕飯は愛生の好きなハンバーグにするからな」
と宣言。
愛生は一瞬きょとんとしたあと、
パァァァッと満面の笑顔。
「うんっ!」
と勢いよく頷く。
その笑顔はハイビームよりまぶしかった。
前の座席は愛生スマイルでほっこりムード……
だが後部座席では――
明宏が大口を開けて爆睡中。
しかも夢の中でキャストしているのか、
寝言で
「ヒットォ……!よっしゃぁ!」
と叫んでいる。
圭介と愛生は同時にクスクス笑い、
車内は節約ドライブとは思えないほど
平和でほっこりした空気に包まれたのだった。
忍野到着!
コンビニの駐車場に車を止めると、圭介がまず釣り券を3枚購入。
手渡された瞬間、明宏はチケットを高々と掲げて
「これが勝利の切符だぁぁ!」
と意味不明な宣言。
圭介は苦笑しつつ、愛生は「ふぅん」と相槌だけでスルー。
いざ桂川へ。
前回訪れた水族館横の駐車場に車を駐めて川沿いを確認すると、足場がきれいに整備されていて、
観光地らしい雰囲気。
愛生はスニーカーをパタパタ鳴らす。
「愛生ちゃん、所々ぬかるんでいるから長靴にした方が良いよ」
スニーカーが汚れる前に長靴を薦める圭介
そんな中、明宏はすでにテンションMAX。
橋の上から川をのぞき込みはしゃぎながら
「ほら!見て!めっちゃ魚泳いでる!
ここなら余裕だな、楽勝だな!」
と大声でアピール。
だが足場がちょっと高いことに気付いた圭介、長いネットを見せて注意する。
「な、明宏。魚が掛かっても、これで掬わないと取れないんだぞ」
愛生も取っ手の長い網をぶんぶん振り回しながら
「へぇ〜、これで救出するんだね!かっこいい〜」
と的外れな感想。
そんな妹の天然コメントに圭介は頭を抱えつつも、
「まぁ、今日はとりあえず楽しめればいいか」と諦めモード。
透き通った水がキラキラと光り、川のせせらぎが涼やかに響く。
しかし管理釣り場のように整備された場所ではないため、
草むら等が自然そのままの姿が広がっている。
圭介は川を見渡しながら、すぐに現実的な不安を覚える。
「……ここ、エリアみたいに見晴らし良くないな……。もし明宏が迷子になったら、
絶対見つけられないぞ」
すぐ横で愛生は、ピンクの羊さん帽子を押さえながら素直に返事。
「うん、3人一緒に行動しようね。迷子とか、遭難とか、ぜったいイヤだから〜」
にこっと笑う愛生、天真爛漫に可愛い。
一方その後ろで、すでにタックルを握った明宏は、
川に向かってキャスト動作のフォーム確認。
「ここから投げれば、絶対釣れる……!よし、あのポイントでヒット間違いなし!」
圭介が不安そうに呼びかけるも、
「あのさ、明宏。絶対、俺から離れるなよ?この川はな、エリアと違って……」
「シュッ……シュッ……」
(明宏、エアキャストに夢中で完全スルー。)
圭介は頭を抱えて空を仰ぎ見た。
「あぁ……朝から胃が痛い……。今日は釣れるか釣れないか以前に、
まず“弟サバイバル”が始まる気しかしない……!」
遊歩道みたいに整備された川沿いを、
明宏は「隊長気取り」でズンズン進む。
後ろから圭介が「おい、そんなに急ぐなよ!」と声をかけても、
明宏はまるで聞こえない。
愛生はマイペースにテクテクと歩きながら、
浮き輪でも持ってるかのような軽い足取りでついて行く。
それぞれ竿を構え、いよいよキャスト開始。
圭介と愛生は「よし、まずは肩慣らしだな」と投げてみるが、
ルアーはぽちゃんと手前に落ちてガックリ。
ところが――
「……キタッ!」
突然、明宏の竿が大きくしなった!
水面を割って銀色の魚影がバシャバシャ跳ねる。
「よっしゃぁぁ!!」
必死の巻き取りでついにランディング。
小ぶりだけどピカピカ輝く虹鱒だ。
明宏はドヤ顔全開で、
鼻を天に向けて仁王立ち。
「どんなもんだい! これが僕の実力だぁぁ!」
愛生はぱちぱち手を叩いて
「明ちゃん、やるじゃない!えらいえらい、さすがお姉ちゃんの弟!」
と優しい声援。
圭介も慌てて
「お、おぉ〜!やったな!さすが!」
と褒めてみせる。
明宏は褒められてますます得意げになり、
鼻の穴をふくらませながら胸を張っていた。
そして、ついに愛生のロッドがググッと曲がった!
「わっ、わっ!なになに!? 釣れてる? 釣れてるよね!?」
と半分パニック、半分テンションMAXでリールを巻く愛生。
そしてネットインされたのは――キラキラ光る虹鱒。
しかも口には、緑色のバッタルアーがしっかり掛かっている。
「やったぁぁ! バッタさんがんばったぁぁ!」
愛生は虹鱒よりもルアーを持ち上げて大喜び。
まるでバッタのぬいぐるみでも褒めるみたいに
「バッタさん、ありがとう、かわいい〜♡」と抱きしめそうな勢いだ。
その様子を見ていた明宏は、
「……え、バッタで釣れるの……? ぼくのスプーン、無反応なのに……」
と軽くショックを受けていた。
一方、圭介は二人の釣果にホッと肩の力を抜く。
(よしよし、弟も妹も釣れたし……これでドタバタ泣き顔も迷子も回避だ。
俺は別に釣れなくても御の字。よし、今日は任務完了!)
満足げにうなずきながら、
「お兄ちゃん的には今日はもう100点満点だな」
と心の中でガッツポーズを決める圭介であった。




