忍野、桂川に行きたい。
読んで下さる皆様、心より感謝致します。
ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。
8月中旬、平日の午後。
本栖湖キャンプから帰宅して数日――圭介は密かにある作戦を実行していた。
**「明宏回避作戦」**である。
なぜなら、明宏の口から出るであろう言葉が想像できるからだ。
「エリアなら余裕で釣れるし、楽勝さ、だからつれてって!」
脳内明宏、ドヤ顔で腕を組み、なぜかサングラスまでかけている。
(うわぁ……生意気……!お財布にダメージ……!!)
圭介、思わず額を押さえる。
そーっと自室のドアを開けて様子をうかがうと、明宏はパソコンの前で釣り動画に夢中。
キャストのフォームをエアで練習しながら、さらに自信満々な表情。
(やっぱり釣り脳じゃんコイツ……!絶対また言うじゃん!!)
圭介は何も言わず、足音を忍ばせてリビングへ避難。
リビングでは、愛生がソファに座り、真剣な表情でアニメ『ピノノちゃんといっしょ』を視聴中。
横には特売シュークリームの袋。
以前はジャンボシュークリームを要求していた愛生だが、最近は一言も文句を言わず、安いシュークリームをモグモグ食べている。
(ああ……かわいい妹よ……!)
(特売で我慢してくれるなんて、なんて意地らしいんだ……!)
(もう、世界一かわいい……!!)
圭介、思わず愛生の頭をなでなでしたくなるが、今はアニメに全集中しているのでそっと見守る。
まるで高貴な猫を邪魔しない執事のように。
こうして、圭介の財布は相変わらずペラペラだが、愛生の存在だけは心を満たしていた。
アニメ『ピノノちゃんといっしょ』が終わるやいなや、
すかさず圭介はキッチンから紅茶を持参。
「はい紅茶いれたよ、良かったら飲んで」
愛生の前にそっと置くと、愛生はテレビから目を離さず、
「うん」
とだけ頷く。
すぐさま次の動画、**『ミニミニアニマル大冒険』**を再生。
画面いっぱいのちっちゃい動物たちが、ちまちま動き回る。
「かわいい、かわいい、かわいい~~!」
と連発しながら、ソファの上で足をパタパタさせて大喜び。
圭介はそんな愛生の隣で、紅茶を一口すすりながら心の中で叫ぶ。
(かわいいのはその動画の動物じゃない!!)
(目の前の愛生が世界一かわいいんだぞォォォ!)
もはや心の声が大声で漏れそうになり、口元を押さえて耐える圭介。
シスコン兄、限界突破寸前。
愛生はというと、動画の「ピョコピョコ音楽」に合わせてゆらゆらと体を揺らしているだけ。
圭介の気持ちなど知るよしもない。
(うぅ……この無自覚な可愛さ……尊すぎる……!)
圭介は心の中で尊さゲージが爆発し、完全に昇天しかけるのであった。
ソファで愛生の横に座り、
「かわいい……かわいい……尊い……」と心の中で連呼していた圭介。
その至福の時間は――
> バタンッ!!
ドアが乱暴に開く音とともに、釣りバカ弟・明宏乱入。
圭介、思わず頭を抱える。
(あぁぁ……せっかく愛生に癒されてたのに……俺の尊みタイムがぁぁぁ!!)
明宏は全く空気を読まず、
「ねぇ、圭ちゃん、愛生、忍野連れてってよ!」
といきなり本題をぶっ込む。
愛生は動画を一時停止し、ちょっと眉をひそめて圭介を見る。
「……今、アニメ見てたのに……」
と言いたげな顔。
それでも妹はしっかり質問する。
「忍野って、水族館の横の川で釣りしたいの?」
図星を突かれ、明宏は顔を輝かせる。
「そうそう!それそれ!」
(まだ一言も「釣りしたい」って言ってないのに……)
圭介は心の中でツッコミ。
どうやら愛生、兄よりも明宏の行動パターンを完全に把握しているらしい。
「明宏の釣りおねだりセンサー、感度100%だな……」
圭介は諦め顔で天井を仰いだ。
癒しのひと時は、もう完全に終了であった――。
圭介はスマホで忍野の釣り場情報をチェック。
キャッチ&リリース区画とお持ち帰り区画があること、
釣り券が大人800円、子ども400円と激安なことを確認し、胸をなで下ろした。
(おお……給料日前でも行けるじゃん……助かった……!)
と、ホッと笑みをこぼしたその時――
愛生が突然、真剣な顔つきになった。
「行ってあげてもいいけど、条件があります」
圭介も明宏も思わず固まる。
「えっ……な、何だよ?」
明宏はゴクリとつばを飲み込む。
愛生はゆっくりと告げた。
「お昼ご飯は――富士吉田うどんにしなさい」
一瞬の沈黙。
「も、もちろんだよっ!!」
明宏、即答。
愛生の圧に完全に押されていた。
圭介は思わず吹き出す。
(お前……そんなに富士吉田うどん好きなのかよ……)
うどんのために釣り遠征を承諾する妹に、
ますます愛おしさが止まらないシスコン兄・圭介であった。
圭介、愛生、明宏の3人はスマホやタブレットを囲み、
**「忍野桂川 釣り情報」**を真剣に検索。
「ウェイダー不要だって!」
「長靴必須って書いてある〜」
「しかも足場高いから“長い網”必要だって!」
情報をまとめながら、釣り遠征の作戦会議は盛り上がる一方。
圭介がメモを取りつつうなずく。
「タックルはエリア用でOKか……じゃあ新しく買うのは網だけで済むな」
3人で顔を見合わせ、同時ににやり。
その足で近所の100円タイゾーへGO!
店内で真剣に魚取り網コーナーを吟味する3人。
子供用の小さい網を手にした愛生が首をかしげる。
「これじゃメダカしか取れなそう」
明宏はドヤ顔で長めの網を持ち上げる。
「これだ!これならトラウトだって余裕だ!」
レジで会計を済ませると、まるで宝物を手に入れたかのように網を掲げる明宏。
「よーし、準備完了!あとは週末を待つだけだ!」
明宏はテンションはMAX、
そんな明宏を優しく見守る圭介と愛生だった。




