夏休みキャンプ ②
読んで下さる皆様、心より感謝致します。
ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。
その日の夕食時。
母、圭介、愛生、明宏がいつもの食卓を囲んでいた。
「ねぇねぇ、聞いて聞いて!」
愛生が箸を置いて元気いっぱいに宣言する。
「鱒釣り部で、本栖湖キャンプへ行くことになったの!」
「へぇ〜そうなんだ〜。」
と、圭介はいつもよりちょっと楽しそうに返事。
しかし、向かい側の明宏は……
片手で箸を持ちながら、もう片手でスマホを凝視している。
画面には、どアップのブルーバックレインボーの写真。
「明宏!」
母の鋭い声が飛ぶ。
「食事中にスマホはやめなさい!」
「……あっ、はい……。」
明宏はしぶしぶスマホを置くが、
目だけは名残惜しそうにブルーバックの画像をチラ見。
「なるほどねぇ〜、本栖湖に行くから、明くんはさっきから虹鱒ばっか見てたんだね。」
と圭介が笑いながら言うと、
「……まぁな。」
明宏はバツが悪そうに頭をかき、
でも内心では“絶対釣る”と決意を固めているようだった。
母に叱られた明宏がしぶしぶスマホを置いたところで、
愛生はタイミングを見計らってお兄ちゃんにぐいっと身を乗り出した。
「ねぇ、お兄ちゃん♡」
愛生がにこにこ上目遣いでお願いする。
「本栖湖キャンプ行くとき、荷物運んだり車出したり、お手伝いしてほしいな〜♡」
圭介は一瞬だけ「え?」と驚いた顔をしたが、
すぐににやりと笑い、
「かわいい妹に頼まれたら断れるわけないだろ!」と胸を叩く。
「やったぁ〜♡ さっすがお兄ちゃん!」
愛生は両手を挙げて喜ぶ。
「……またシスコン発動してるし」
明宏が呆れ声でつぶやくと、
「シスコンじゃねーし!」と反射的に言い返す圭介。
そのまま食事を続けながら、
(……里香ちゃんにも会えるしな)と内心でひそかに思い、
少しだけニヤける圭介。
その横顔を見た愛生は、
「……お兄ちゃん、何か企んでない?」と疑いの視線を向ける。
「な、何も企んでないし!」
と焦ったようにフォークを動かす圭介。
母はそんな兄妹のやり取りを微笑ましく見て、
「じゃあお願いね、圭介」 と言葉を添えると、
「任せとけ!」 とますます張り切る圭介だった。
キャンプ前日の夕方。
圭介は学校の駐車場に車を停め、部室へ向かった。
部室前では寺ノ沢先生と、愛生、明宏、里香、穂乃花が待っていた。
「お兄さんですね、お待ちしておりました。」
寺ノ沢先生はきちんと背筋を伸ばし、深々とお辞儀をした。
「妹と弟がいつもお世話になっております。愛生と明宏の兄、圭介です。」
圭介も負けじと深々と頭を下げる。
「野外活動鱒釣り部のボランティアを、自ら引き受けてくださったと愛生さんから伺っています。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。」
寺ノ沢先生はさらに丁寧に頭を下げる。
「いえいえ、こちらこそ……よろしくお願いします。」
と圭介は言ったが、内心は
(……ちょっと待て、"今後とも"って何だ?今回だけじゃないのか?)
と完全に動揺していた。
じろりと愛生を見る圭介。
「おい、愛生……まさか、勝手に俺を専属ボランティアにした?」
しかし愛生はにっこり満面の笑み。
「えへへ〜、お兄ちゃんしか頼める人いないし♡」
「えへへ〜じゃないよ!」
圭介は思わず声を上げるが、先生や部員の前なのでそれ以上言えず、
「……まぁ、がんばります」 と苦笑いでごまかした。
そんな圭介の困惑ぶりに、里香は小さく肩を震わせ笑いをこらえ、
穂乃花は 「わぁ〜優しいお兄ちゃんだねぇ」 とぽわぽわ笑顔、
明宏は 「だからシスコンって言われるんだよ」 と小声で突っ込んだ。
ますます複雑な顔で荷物を運ぶ圭介であった。
荷物を全部車に積み終え、駐車場には圭介と里香だけが残った。
ふと視線を上げると、里香と目が合う圭介。
「……里香ちゃん、久しぶり。湯ノ湖以来だね。」
圭介は少し照れくさそうに笑った。
里香は一瞬だけ「は?」という顔をして、心の中でつぶやく。
(久しぶりって……ひと月くらいしか経ってないし。)
そして無言で 「フン」 と鼻を鳴らしてそっぽを向く。
圭介は 「お、おお……」 と少しショックを受けるが、
(まぁ、里香ちゃんってこういうとこあるし……。)
と自分をなぐさめる。
里香はそんな圭介を横目でチラリと見て、
(でもボランティアしてくれるんだし、これからも頼りにはなるかも。嫌いじゃないし……)
と心の中でちょっとだけ譲歩する。
「ま、荷物運んでくれるのは助かるけど。」
里香はツンとした顔のまま、さらっと言う。
圭介は一瞬キョトンとしたあと、
(い、今、里香ちゃんから会話もらえた……!)
と内心ガッツポーズ。
「お、おう!任せとけ!力仕事は俺に任せろ!」
と、ちょっと張り切った声で答える圭介。
しかし里香は 「はいはい」 とだけ言い、スタスタと部室へ戻っていった。
残された圭介は、なぜかちょっと嬉しそうに車のドアを閉めるのだった。
キャンプ前夜の夜、夕食も終わってリビング。
ソファでスマホをいじりながら、ひとりでニヤける圭介。
(明日はキャンプか……里香ちゃんと話せるチャンスだ……ふふっ。)
妄想が止まらず、口元がゆるむ。
そこへ愛生がやって来る。
「……お兄ちゃん、なんでそんな顔してるの?ニヤニヤして気持ち悪い。」
「き、気持ち悪いって言うな!別に普通だろ!」
慌ててスマホを置いて姿勢を正す圭介。
「ふ〜ん……どうせ里香のこと考えてたんでしょ。」
愛生は疑いの視線を送る。
「な、な、何言ってんだ!そんなわけ……あるわけ……」
と、しどろもどろになる圭介。
「ほら〜やっぱり図星なんだ〜。」
愛生はにやにや笑いながら、ソファの前にどっかり座り込む。
「明日さ、お兄ちゃんは愛生のお世話係ね。愛生といっぱい遊んでくれる?」
「そ、それはもちろん……でも、みんなで行くキャンプなんだからな?」
「やっぱり里香を優先にするつもりじゃん〜!」
愛生はぷくっと頬をふくらませ、わざとじっと睨む。
圭介は冷や汗をかきながら、
「ち、違うって!みんなと仲良くしたいだけ!」 と必死に弁解。
「ふーん……まあ、いいけど〜。でももし里香ばっかり見てたら、明宏に言いつけるからね。」
「ひっ、それは勘弁……!」
圭介は頭を抱えつつ、心の中で(絶対バレないようにしないと……でも明日はちょっとくらい里香ちゃんと話せるといいな……)と密かに決意するのだった。
翌朝、いよいよキャンプ出発の日。
校門前に集合すると、寺ノ沢先生は7人乗りのワンボックスを用意して待っていた。
部員4人は当然のように先生の車へと乗り込む。
その横では、圭介は愛車の4人乗りの軽トールワゴンにキャンプ用品をぎゅうぎゅうに積み込んでいた。
「……ふぅ、なんとか積めた。」
荷物で後部座席はすっかり埋まり、圭介はひとりで運転席へ。
「まあ、妹と弟が楽しいなら……これが一番いいんだろ。」
と少しだけ寂しげに笑い、エンジンをかける。
一方その頃、先生の車の中では——
「しりとりしよ〜!」
愛生が元気いっぱいに言い出す。
「いいね〜!」と穂乃花もノリノリ。
「お、俺も……」と明宏が参加しようとすると、
「じゃあ『ん』がついたら罰ゲームで変顔ね!」と里香が勝手にルール追加。
「はぁ!? なんでそんなルール……」
と文句を言う明宏の横で、
「じゃあ『りんご』!」と愛生がいきなり始める。
「ご……ごま!」
「ま、まぐろ!」
「ろ……ロールキャベツ!」
「つ、つくね!」
「ね……ね、ね……ねこー!」と愛生。
「こ、こけし!」と里香。
「し……しまった、『し』か……し、しま……シマウマ!」と明宏が必死にひねり出す。
わいわい大盛り上がりの車内。
先生はハンドルを握りながら(まるで遠足だなぁ)と微笑んでいた。
そして、少し離れた後ろを走る圭介は、
「……なんか、俺だけ修行僧みたいじゃん……」
とため息をつきつつも、
「ま、みんな楽しそうならいいか。」
と苦笑いしてアクセルを踏み込んだ。
最初の目的地、山梨県立さかな公園・富士湧水の里水族館に到着。
「わぁ〜〜!森の中の水族館だ〜〜っ!」
愛生がピョンピョン跳ねる。
「じゃぶじゃぶ池あるんだって〜!」
穂乃花もテンション急上昇、すでに靴を脱ぎそうな勢い。
「おおっ!ニジマスいるかな……いや、絶対いるでしょ!」
明宏は水族館の入り口前で、すでに釣りモードにスイッチ入りかけている。
3人がキャッキャと大はしゃぎする横で、里香だけは冷静。
カチリと腕時計を確認すると、
「寺ノ沢先生、今のところ予定通りの時刻ですね。」
と事務的に報告。
「ええ、その調子です。」と寺ノ沢先生は満足げに頷く。
──対照的に、3人は水族館の看板をバックに記念写真を撮ろうと大盛り上がり。
「ほら、明ちゃんも真ん中来て来て〜!」
「俺!? ちょ、近い近い!」
「ピノノちゃんも一緒に撮る!」
わちゃわちゃ騒ぐ3人の横で、里香はスッとメモ帳を取り出し、
「……このペースなら昼食は予定通り13時ね。」
とひとり冷静にスケジュール管理していた。
さかな公園の横を流れる川に、ズラリと並ぶ釣り人たち。
それを見た明宏の目がギラリと光った。
「えっ、この川って……釣り、出来るんだ!!」
まるで犬がリードを引っ張るみたいに、橋の方へダッシュ。
橋の上から川を覗き込むと、虹鱒やヤマメがスイスイ泳いでいるのが見える。
「うおぉ〜〜っ!めっちゃ魚いるじゃん!あそこに1匹、あそこに2匹……!」
完全に釣り師の顔になった明宏、指差し確認が止まらない。
すると、背後から寺ノ沢先生の穏やかな声。
「ここはキャッチ&リリース専用区ですね〜。」
「へぇ〜、じゃあいっぱい釣ってもリリースすればいいんだ!てことはめちゃくちゃ釣れそうだな〜!」
明宏、テンション爆上がり。
が、先生はにっこり微笑みながら冷静に現実を告げる。
「いえいえ、あれだけ魚影が見えるのは、みんな放流魚ですけど……キャッチ&リリースなので
魚は激スレ状態、なかなか釣れませんよ〜。」
「そ、そうなんだ……」と肩を落とすかと思いきや、
明宏は一瞬だけうつむき、次の瞬間ニヤリと笑う。
「……いや、俺なら釣れる。」
謎の自信をキラリと放つ明宏。
「もう〜〜!明くん、先生〜〜!早く水族館行こうよ〜〜!」
川に夢中の兄を見て、愛生が両手をメガホンみたいにして叫ぶ。
「ふふ、では水族館に入りましょうか。」
と先生が促すと、明宏は名残惜しそうに川をチラチラ振り返りながら、
しぶしぶみんなの後を追った。
水族館の入り口で、里香がすっとポケットから取り出したのは――
真っ赤な帽子。
「明くん、これ被りなさい。」
「えっ、何それ……真っ赤じゃん!恥ずかしいって!」
明宏、両手で帽子を押し返そうとするが、里香の冷たい視線に動きが止まる。
「……穂乃花、ちょっと来て。」
里香が指先で「おいで」と手招きすると、穂乃花がトコトコやって来る。
「明ちゃん、赤い帽子かわいいよ〜〜♡」
と優しい声でおだてられると、
「そ、そう?……じゃあ、被る。」
一瞬でニコニコになり、帽子を深くかぶる明宏。
「……フッ。兄も弟も、ほんと単純ね。」
と圭介をチラリと見て、意味ありげに笑う里香。
圭介は「えっ、俺も?」とちょっと照れながら頭をかく。
そして一行は水族館へ入場!
愛生と穂乃花、そして赤い帽子の明宏は、まるで遠足の小学生のように大はしゃぎで館内を突き進んでいく。
数歩後ろから、落ち着いた里香と寺ノ沢先生。
さらにその後ろで、何となくついて行くだけの圭介。
里香は前を行く3人を常に視界に入れつつ歩く。
(まぁ、高校生と中学生だし迷子になる年じゃないけど……)
と心の中で思いつつも、明宏だけは別格。
――あのテンションだと、どこに飛んで行くかわからない。
だからこその赤い帽子。
「見失っても、一発で分かるから安心。」
そう、これは“明宏レーダー”なのだ。
水族館の中は、涼しくて少し暗くて、まるで森の中の小川みたいな雰囲気。
愛生と穂乃花は、入口からもうテンションMAX。
「わぁ〜!カエルさんだ〜!こっち見てる〜!」
「かわいい〜!ぴょんってしてる〜!」
2人でガラスに張り付いて大はしゃぎ。
その横で明宏は――
「おおっ、鱒!ニジマスだ!デカい!」
と鼻息荒く水槽にかじりつき、まるで解説員のようにぶつぶつ独り言を始めている。
里香は一歩下がった位置で腕を組み、冷静にその様子を観察。
横にはマイペースに付いてきた圭介。
「……あれ、早速明くんがいない。」
と愛生が淡々と告げると、
「えっ、先生もいないよ?」
と穂乃花がきょろきょろ。
里香はスッと指をさす。
「あそこ。」
見ると――明宏と寺ノ沢先生、二人並んで巨大なイトウの水槽に張り付いていた。
目がキラッキラして、まるで兄弟のように盛り上がっている。
「すご〜い!どうしてすぐに明ちゃん見つけられたの?」
と穂乃花が感心すると、
「赤い帽子。」
と里香。
「あ〜、なるほど!明ちゃん迷子対策だったのね〜!」
と穂乃花はニコニコ顔。
「……でも、先生まで一緒に迷子になるのは想定外だわ。」
とぼやきながら、里香は少し肩をすくめる。
その時、愛生が圭介の手をぐいっと引っ張った。
「お兄ちゃん見て見て〜!オオサンショウウオ〜!」
水槽の中でゆったりと動く巨大な生き物を見て、
「わ〜!おっきい〜!カワイイ〜!」とジャンプして喜ぶ愛生。
「いや、カワイイ……か?」
と苦笑しつつも、愛生に引っ張られて水槽に顔を近づける圭介。
里香は横目でその様子を見て、
(ほんと、この兄妹は騒がしいわね……)
と小さくため息をついたが、口元はほんの少し笑っていた。
明宏は水槽の前にぴったり張り付き、目を輝かせて寺ノ沢先生に質問した。
「先生、この魚は何ですか?」
「これはブラウン・トラウトですね〜。」
寺ノ沢先生は満面の笑みで解説モードに突入。
「ブラウン・トラウトって芦ノ湖にもいますか?」
と明宏、興味津々。
「もちろん芦ノ湖にも居ますよ。肉食性が強い鱒だからね、ルアーフィッシングの対象魚としては大人気です!」
と先生、ちょっと熱が入る。
「じゃあ、ミノーで狙えるって事なんですよね!?」
と明宏、さらに前のめり。
「もちろんです!ブラウンを狙ったミノーイング、それはもう、ハラハラドキドキ……男の釣りロマンそのものですよ〜!」
先生、両手を大きく広げてオーバーアクション。
「ブラウンかぁ〜……!」
明宏は水槽のブラウン・トラウトを凝視し、まるで何かに目覚めたかのように真剣な顔つきになる。
その背中からは、炎のようなオーラがめらめらと立ち上っている気がする。
「……明宏、なんか悟り開いてない?」
と圭介がぽつり。
「完全に釣りスイッチ入ったな。」
里香は小声でため息。
こうして明宏の心に“ブラウン・トラウトへの果てしなき憧れ”が、強烈に刻み込まれたのであった。
水族館を出て、さかな公園の芝生広場へ。
レジャーシートを広げると、愛生がピョコンとリュックを開けた。
「じゃーん!お昼ごはんは愛生が仕切りまーす!」
リュックからはお弁当と一緒にピノノちゃんの顔がひょっこり。
「では〜、いただきま〜す!」
全員、声を揃えて手を合わせる。
色とりどりのお弁当が並び、まるで芝生の上にカラフルなおもちゃ箱が出現したかのよう。
「見て見て!タコさんウインナーもカニさんウインナーも、ほら、ほら!愛生、めっちゃ上達したでしょ〜!」
愛生は得意げに小さなウインナーを突き出す。
「ほんとだ〜!かわいい〜!」
穂乃花も笑顔。
彼女の弁当は相変わらず、煮物・焼き魚・卵焼きと、純和風でほっこり。
里香はというと、三角のサンドウィッチを上品に口に運ぶ。
「やっぱり外で食べるサンドウィッチは映えるわね。」
などとひとりごちている。
寺ノ沢先生はというと、鮭弁当を一心不乱に頬張り中。
その横で、圭介はお茶を配ったり、箸を落とした明宏に新しいのを渡したり、すっかり保護者モード。
「はい愛生、お茶な。」
「ありがとーお兄ちゃん♡」
愛生は当然のように圭介の横にぴったり座り、幸せそうにモグモグ。
そんな微笑ましい(?)兄妹の光景を見た里香は、心の中で腕を組んでため息。
(面倒見のいいお兄ちゃん姿は素敵なのに……私にデレる時のあのキモさ、どうにかならないのかしら……)
と思いながら、冷ややかな視線を圭介に向ける。
圭介はその視線に気づかず、愛生の肩をポンポンしながら「食え食え〜」とニコニコ。
(……この温度差、どうしたらいいのよ)
里香の心の叫びが空しく公園に響いた……ような気がした。
お昼ご飯もすっかり食べ終わり、のんびりモードの一行。
……と、ここで愛生の腹話術ショーが開幕!
愛生はリュックからピノノちゃんを抱っこして、
「お弁当美味しかったね〜」と語りかける。
すると――いや、もちろん愛生の声なのだが――
「ピノノね〜、お弁当美味しかったけど〜、デザートも食べたいピノ!」
ピノノちゃんが急に主張し始める。
「えっ、ダメだよピノノちゃん。今は部活動中なんだから、スイーツなんて…」
と愛生が“理性的な保護者”役を演じる。
だがピノノちゃんは聞かない。
「やだもん!ピノノはかき氷が食べたいピノ〜!」
「も〜、わがまま言っちゃダメです!」
と愛生は叱るが、ピノノちゃんはさらにヒートアップ。
「ヤダヤダ!かき氷食べたいもん!今食べたいもん!」
ぬいぐるみを上下にぶんぶん振り回しながら駄々っ子演技。
「や〜ん、ピノノちゃんの駄々っ子攻撃で愛生は困っちゃうよ〜!」
と大げさに泣きまねする愛生。
気づけば、全員が愛生の一人芝居をぽかんと見ている。
「……えっと……みんな、ピノノちゃんがどうしてもかき氷食べたいって言うから……
隣のカフェ行こ?」
にこにこ顔でおねだりする愛生。
「結局、自分が食べたいんじゃん……」
と里香がため息をつき、穂乃花が吹き出す。
「愛生ちゃんの腹話術、全力すぎ……!」
穂乃花は苦笑しながらも財布を確認し始めていた。
さかな公園を後にした一行、愛生の“ピノノちゃん駄々っ子攻撃”により、隣のカフェへ強制寄り道決定。
「仕方ないなぁ〜……」
寺ノ沢先生は苦笑しながら財布を取り出し、みんなを引率して入店する。
ずらりと並んだかき氷メニューを前に、全員のテンションが一気に上がる。
「わ〜い!やっぱ夏はかき氷だよね!」
と愛生。
圭介は定番のイチゴ、穂乃花は上品に抹茶、明宏はテンション高めにブルーハワイ、寺ノ沢先生はあんこたっぷり宇治金時を注文。
「暑い夏には最高ですね〜!」
寺ノ沢先生がほっこり顔で一言。
そんな中、愛生の隣にひょいと座る里香。
愛生がピノノちゃんをひざに乗せてスプーンを手にした瞬間――
「ねぇ〜、ピノノちゃんって羊さんなのに氷食べるんだ〜?」
とクールにいじる里香。
愛生は慌てて腹話術モードに切り替える。
「ピノノはね〜、メルヘンランドの羊さんだからかき氷大好きピノ〜!」
「へぇ〜、じゃあ食べてみなよ?」
里香がスプーンをピノノちゃんの口元に差し出す。
愛生は必死に演技、ピノノちゃんを揺らして
「モグモグ……ひんやり美味しいピノ〜!」
「へぇ〜、美味しいんだ〜」
と、さらに追い打ちのツッコミを入れる里香。
「も〜!早く食べないと溶けちゃうんだよ〜!」
愛生はスプーンをもどかしそうに揺らし、半泣き顔。
そんな愛生の慌てっぷりに、里香はちょっと口角を上げて満足げ。
「愛生ちゃん、面白いからもう少し見てよっかな〜」
と、さりげなく小悪魔モードを楽しんでいた。
その様子を圭介は、(あぁ……やっぱ里香ちゃん怖いけどいいなぁ……)とニヤけながら眺めるのだった。




