表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
うちの愛生ちゃん  作者: 横溝 啓介
1年1学期
34/80

芦ノ湖デビュー ③

おじさんに曳航され、ポイントに到着すると、

明宏が張り切ってアンカーを落とした。


「さあ、ワカサギ釣り開始!」


3人はサビキをほどき、仕掛けを湖へと投下する。


明宏は得意げに魚群探知機を操作し、スマホ画面を凝視する。

しかし、5分経っても10分経っても、映るのは湖底のシルエットだけ。


「……全然映らないんだけど」


不満顔の明宏は、あっさりと魚群探知機を愛生にパスしてしまった。


圭介も気になってスマホを覗き込むが、やはり反応なし。


「まぁいいか。景色を眺めながら、のんびり釣ろうか」


すっかりピクニック気分になっている圭介だった。


そのとき、愛生がスマホを見ながら首をかしげた。


「あれ……なんかモコモコしてきよ」


「モコモコ?」


圭介は苦笑いしながら、 「ピンクの羊さんばっかり抱っこしてるから、頭の中までモコモコなんじゃないか?」 と軽口を叩く。


「またアホなこと言ってるよ……」


明宏が呆れてツッコむが、その直後――


3人の竿が同時にピクピクと震え始めた!


「これ、きてんじゃないの!?」 と明宏が大興奮。


「うん、モコモコ、ピクピクだね!」 と愛生も謎の表現でテンションアップ。


すかさず巻き上げようとする明宏の腕を、圭介が止める。


「待て、落ち着け。ちょっと待った方がいい」


「え、なんで!? 今きてるのに!」


「すぐに巻かないで、少し待てばもっと掛かるかもしれないだろ?」


圭介の冷静な提案に、明宏もハッとした。


「あ、そうか……よし、ちょっと待つ!」


愛生も 「モコモコもっと増えるかな〜」 と、にこにこしながら竿を構え直すのだった。


少し待ってから、3人同時に巻き上げる。

すると、仕掛けの先には――


「うわっ、スゲー!!」


明宏が思わず叫ぶほど、サビキにはワカサギがビッシリ!

12本針に、まるで鯉のぼりのように連なっていた。


「いっぱいだね〜!」


愛生も目をキラキラさせて大喜び。


「空針でこれは驚きだな……」


圭介も思わず感心してしまう。


しかし、喜んでばかりもいられなかった。

12匹のワカサギを、狭い手漕ぎボートの上で外す作業は想像以上に大変だった。


「うわ、ちょっと待って! 針絡まってる!服に引っかかったー!」


「いたっ、俺の袖!」


ボートの上は大騒ぎ。

ワカサギはビチビチ跳ねるし、仕掛けはぐちゃぐちゃになるし、

気付けば明宏の服にも針がプスリ。


「なるほどな……おばちゃんがサビキを10個も渡した理由、よくわかった」


圭介は苦笑いしながら、新しい仕掛けを準備するのだった。


船上でサビキとの格闘に悪戦苦闘する3人。

針からワカサギを外して、仕掛けを直して……と、かなりの時間をロスしてしまった。


再び仕掛けを落としても、さっきまでの入れ食い状態はどこへやら。

ワカサギの群れはもう通り過ぎてしまったようで、湖底は静まり返っていた。


「……シーンとしてるねぇ〜」


愛生がつぶやく。


しばらく沈黙が続いたその時――

魚群探知機を見ていた愛生が、目を丸くして言った。


「お兄ちゃん、またモコモコしてきたよ〜!」


圭介もスマホ画面を覗き込む。

確かに、さっきと同じように湖底の画面に“モコモコ”とした塊が映っている。


「……なるほど。このモコモコが、ワカサギの群れってことか……!」


圭介はついに理解した。

愛生の“モコモコ”は、立派な魚群探知機用語(?)だったのだ。


モコモコ――つまりワカサギの群れが、再び船の下にやってきたということだ。


「よし、モコモコチャンスだ!」


圭介が思わず声を上げる。


明宏もスマホを覗き込み、目を輝かせる。


ほんとだ! めっちゃモコモコしてる!」


その瞬間、愛生の竿がピクピクッと震えた。


「わっ、きたきたきた〜!」


圭介の竿もピクピクッ。

明宏の竿もピクピクッ。


「落ち着け、ここは多点掛けを狙うんだぞ……!」


明宏が冷静ぶった声を出すが、竿を握る手はぶんぶん震えている。

どう見ても一番興奮しているのは明宏だった。


と、その時――


「きゃっ!」


愛生の竿が大きく弓なりになった。


「うわっ、俺のも!」


明宏の竿もグイッと引き込まれる。


突然の出来事に、ふたりとも目を丸くする。


「な、なんか重たよ〜!!」


愛生は半泣きでリールを巻く。


「やっべー! 走る走る走る〜!」


明宏も大声を上げる。


しかし次の瞬間――


プツンッ。

ふたりの竿から同時にラインがはじけ飛んだ。


「え……今の、何……?」


呆然とする愛生。


「ちくしょー……!」


明宏は頭を抱える。


そんな二人の横で、圭介だけは平和そのもの。

落ち着いて巻き上げたサビキには、ワカサギがまるで銀色の鈴のようにビッシリとかかっていた。


「おぉ〜、これはいい感じだな!」


圭介は思わず顔をほころばせる。


一方、愛生と明宏は、さっきの“何か”に頭の中がいっぱいだった。

ワカサギの群れの下に、もっと大きな何かがいる――

そんなワクワクと、ちょっとした恐怖が、二人の胸をざわつかせていた。


「今の……何だったんだろう……」


明宏は、逃した魚のことが頭から離れなかった。

サビキに食い付いていたワカサギを、大きな魚が横取りした――

その衝撃の一瞬が、何度も脳内でリプレイされる。


一方、愛生は目をキラキラさせていた。


「ねぇねぇ、あんなに重たいの、初めてだったよ! すっごくドキドキした〜!」


ウキウキが止まらず、口元にはずっと笑みが浮かんでいる。


圭介だけは状況が掴めず、首をひねる。


「……いったい何が起きたんだ? 俺にはさっぱり分からない……」


でも、ひとつだけ確かなことがある。

――大きな魚が、ワカサギを食べに来た。

それだけは間違いない。


「次は絶対ルアーで釣ってやる!」


明宏の目がギラリと光る。


その真剣な横顔を見て、愛生もこくりと頷いた。


「うん、私もルアーで釣りたい!」


圭介は、その愛生の言葉にハッとした。

好きこそものの上手なれ――

愛生はきっと、明宏が大好きな釣りを通じて、もっとのびのびと成長してほしいと願っている。


だからこそ、自分も兄として、この二人の成長を助けなくてはならない。

それが長男である自分の責任なんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ