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うちの愛生ちゃん  作者: 横溝 啓介
1年1学期
33/79

芦ノ湖デビュー ②

読んで下さる皆様、心より感謝致します。


ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。

時刻は午前11時。少し早いが、圭介は 「もうお昼にしよう」 と決断した。

くろざわボートの店内に入ると、おばちゃんがニコニコしながらお菓子とお茶を用意してくれる。


「はい、どうぞ」


と差し出されるお茶とお菓子を、 「ありがとうございます」 と受け取る圭介と愛生。

明宏は相変わらず末っ子らしく、ただニコニコして待っているだけだ。


圭介はお茶用のお湯をもらい、3人分のカップラーメンにお湯を注ぐ。


「お茶とコーヒーはいくらでもおかわりしてね〜」


と、くろざわボートのおばちゃんが笑顔で声をかけてくれる。


湯気の立つカップラーメンを手渡しながら、


「愛生ちゃん、明くん」


と圭介。


愛生も、朝早くから握ってきたおにぎりを取り出して、


「お兄ちゃん、明くん」


と手渡す。


明宏はもちろん、当たり前のように受け取って、


「いただきまーす!」


と真っ先に食べ始める。


おばちゃんからもらったお菓子をつまみながら、3人はほっと一息。

店の窓から見える芦ノ湖を眺めつつ、穏やかな昼食タイムを楽しんだ。


窓の外には、青く澄んだ芦ノ湖とゆるやかな山々。

その景色を眺めながら、圭介はカップ麺をすすった。


――美味い。

ただのカップ麺のはずなのに、やけに美味しく感じる。


「ねえ、なんでだろ。お家で食べるとそんなに美味しくないのに、今日はすっごく美味しい」


愛生が首をかしげながら麺をすすり、顔をほころばせる。


「……景色がスパイスなんじゃないか?」


圭介は笑って、次は愛生が握ってきたおにぎりにかぶりつく。


――うん、うん、美味しい。

かわいい妹の手作りおにぎりが、湖の空気と合わさって胸に沁みる。

妹がいい子すぎて、泣きそうだ。


「どう?おにぎり美味しいでしょ!」


愛生が得意満面で胸を張る。


「……ああ、すごく美味しい」


圭介が素直に答えると、愛生はさらにドヤ顔になり、


「だって、愛と夢をお届けするのが愛生ちゃんなんだもん!」


と意味深な決め台詞を披露する。


「……え?なにそれ?」


圭介はポカンとしながら、もうひと口おにぎりをかじった。


「ねえ、見て、湖の奥に富士山が見えるよ!」


愛生がカップ麺の割り箸を置き、湖の向こうを指さす。


「ほんとだ……。富士山を見ながら食事なんて、最高だなぁ」


圭介も思わず見入る。

雄大な自然に包まれ、心の底からリラックスできる時間だった。


しかし――末っ子・明宏だけは違った。

富士山には目もくれず、店内の壁に飾られた魚拓をじーっと見ている。


「……この魚、でっかいな」


ぼそっとつぶやきながら魚拓のサイズを目で測っていた。


その時、明宏は外の湖面に目をやり、ハッとした。

湾内の沖合に、手漕ぎボートが何十隻も並び、アンカーを打って同じ場所で釣りをしている。


明宏は慌てて店のおばちゃんを呼び止める。


「あの……あそこで釣りしてる人たちって、虹鱒釣れるんですか?」


おばちゃんはニコニコ笑いながら言った。


「みんな、あそこでワカサギ釣ってるんだよ」


「えっ、ワカサギ!?」


3人そろって声を上げる。


「ありゃ、あんたたちワカサギ釣りじゃないのかい?」


おばちゃんはちょっと驚いた顔で尋ねてきた。


「僕たちは虹鱒狙いです!」


明宏が胸を張って答える。


するとおばちゃんは、ふふっと笑って首を横に振った。


「ルアーの手漕ぎボートで虹鱒は……無理だよ」


「やっぱり無理なのか……」


圭介はどこか納得したように、ため息まじりにつぶやいた。


おばちゃんは続ける。


「夏はね、湖の表層の水温が高いから、鱒は深いところに潜っちゃうんだよ。

水深も深くなるし、鱒の回遊コースをある程度理解してないと、釣りにならないよ」


それはまるで、さっきエンジン船の釣り人に言われたことと同じだった。

明宏はガックリと肩を落とし、テーブルに突っ伏しそうになる。


おばちゃんはにこやかに続けた。


「おじさんが回遊コースまで引っ張ってってあげるから、そこで釣りしてみるかい? もしかしたら釣れるかもしれないよ」


そして、少し考えるように顎に手を当てると、


「他はねぇ、ムーチングって釣り方だね。ワカサギ釣りしてる人たちに頼めば、ワカサギを数匹わけてもらえるかもしれないから、それを餌にしてみるといいよ」

と親切に教えてくれた。


だが、意気揚々と芦ノ湖に乗り込んできた明宏にとって、それはどれも現実の厳しさを突きつける言葉だった。


「……こんなにも難しい釣りだったなんて……」


明宏はショックのあまり呆然とつぶやく。


場の空気が一気に重たくなり、圭介は内心で頭を抱えた。

――やばい、このままだと完全に明宏が折れてしまう……。


すると、空気を読んだ (のか、読んでないのか)、 愛生が元気いっぱいに手を挙げた。


「はいっ! 愛生ちゃんはワカサギ釣りがした〜いで〜す!」


わざとらしくニコニコ笑い、ど天然ぶりを全開にする愛生。

そのアホっぽい明るさに、圭介はちょっと感動すら覚えた。


そして、妹に合わせて圭介もふざけて手を挙げる。


「圭ちゃんも〜、ワカサギ釣りした〜〜い!」


2人でふざける兄妹の姿に、重たかった場の空気は少しずつほぐれていった。


すると、おばちゃんの表情もパッと明るくなった。


「そうそう、それがいいよ。ワカサギなら間違いなく釣れるからね!」


その言葉に背中を押されたのか、明宏も小さくうなずく。


「……わかった。午後はワカサギ釣りにしよう」


その言葉を聞いた圭介と愛生はホッと胸をなで下ろした。



「ところで、3人はどんな竿で釣りしてるの?」 とおばちゃん。


圭介が 「エリアロッドです」 と答えると、おばちゃんは嬉しそうに笑った。


「そりゃ丁度いい! ワカサギにはエリアロッドがピッタリなんだよ」


「えっ、エリアロッドを使うんですか?」 と愛生が目を丸くする。


「もちろん専用竿が一番いいけど、流用するならエリアロッドが向いてるんだよ」 とおばちゃんは丁寧に説明してくれた。


さらに、棚からサビキ仕掛けを取り出して、


「とりあえず10個渡しておくから、使った分だけ最後に買い取りでいいよ」


と、太っ腹な提案。


「それと、これもサービスね」


そう言って、おばちゃんはスマホ用の魚探センサーを手渡してくれた。

専用アプリを入れれば、スマホがそのまま魚群探知機になる優れものだ。


明宏は目を輝かせて魚探を受け取り、思わず声を上げた。


「すごい! 魚探だぁ!」


新たな装備を手に入れ、明宏のやる気は一気に回復。

午前中まで沈んでいた表情はどこへやら、俄然ワカサギ釣りモードに突入していた。


サビキは使った分だけ買い取り、魚群探知機は無料レンタルという太っ腹なサービスに感謝しつつも、圭介はふと現実的な疑問が頭をよぎった。

――あれ? でも、餌は買わなきゃダメだよな……。


「餌は何を使えばいいんですか?」 と、圭介が尋ねると、


おばちゃんはケラケラと笑いながら答えた。


「餌はいらないよ。空針でじゅうぶん釣れるからね」


「えっ……餌無しで釣れるんですか?」


圭介も愛生も明宏も、思わず声を揃えて驚いた。


おばちゃんからサビキ、魚群探知機、バケツを受け取り、準備万端になった3人は、いよいよおじさんのボートに曳航されてポイントへ向かうことになった。


湖面を滑るように進むボートの上で、圭介は1人しみじみと感動していた。

――漕がなくていいって、なんて楽ちんなんだろう……。

腕も肩もまだ元気、しかも景色を楽しむ余裕まである。

思わず頬がゆるんでしまう圭介だった。

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