みんなで食べると美味しいね
読んで下さる皆様、心より感謝致します。
ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。
翌日の放課後。
里香は奥多摩課外活動の報告を作るため、他の部員より一足早く部室へ向かった。
「さて、掲示板に貼る写真とコメントをまとめないと……」
とドアを開けると、なぜか部室の真ん中に七輪が三つ、どーんと並んでいた。
「……は?」
里香は思わず立ち止まり、眉をひそめる。
(なぜ七輪? しかも三つ? 誰の趣味よ……)
さらに気になって冷蔵庫を開けると、昨日釣り上げた虹鱒がぎっしりと並んでいるではないか。
「うわ、まだこんなに残ってるの?」
その瞬間、昨日の光景が里香の脳裏によみがえる。
『皆さんで釣り上げた虹鱒は、顧問である私が責任を持って預かります!』
と、寺ノ沢先生が胸を張って言っていたあの場面だ。
(……責任を持って預かるって、そういう意味だったのね)
里香は七輪と冷蔵庫の中を交互に見て、ふぅとため息をついた。
「先生、ほんとにやる気満々なんだから……」
と、半ば呆れつつも、なんとなく納得する里香だった。
そこへ、部室のドアが開いた。
「おや〜、里香ちゃん、今日は来るの早いね〜」
ゆるりとした声とともに、穂乃花が顔をのぞかせる。
里香が「ちょっと課外活動の報告作ろうと思ってね」と答えると、
穂乃花の視線はすぐに部室中央の七輪に吸い寄せられた。
「あれれ〜、七輪があるよ〜? もしかして焼き肉でもするの?」
と、いつものぽわぽわした調子で尋ねる穂乃花。
「ちょっと、これ見てよ」
里香はため息まじりに冷蔵庫を開ける。
中には昨日釣った虹鱒がびっしりと並んでいた。
「わぁ〜、昨日の虹鱒がまだこんなに〜。美味しそう〜」
穂乃花は目を輝かせ、思わず手を合わせる。
その時、いつの間にか里香の後ろに明宏が立っていた。
「おお〜、昨日先生が全部持ってっちゃったけど……こういうことだったのか〜」
納得したように何度も頷く明宏。
そして七輪を見て目を輝かせると、
「七輪で虹鱒を焼く……これぞ釣りロマンだぜ!」
「……はいはい、何でもかんでも釣りロマンにしないの」
里香は呆れた顔で肩を落とした。
そこへ、部室のドアが再び開き、寺ノ沢先生が顔をのぞかせた。
「はいはい、皆さん〜! 今日の活動は七輪で虹鱒を焼いちゃいま〜す!」
誰よりもテンション高く、嬉しそうに両手を広げる先生。
「……先生が一番ノリノリじゃない?」 と里香が思わず苦笑い。
「おや、あれ? まだ愛生さんが来てませんね〜」
先生がきょろきょろと部室を見回した、そのタイミングで――
ガラガラッ、と勢いよくドアが開く。
「やぽ! 部員のみんなに愛と夢をお届けする〜、みんなのみんなの愛生ちゃんだよっ☆」
お決まりの決め台詞と共に、元気よく登場する愛生。
「愛生ちゃんはかわいいねぇ〜」
穂乃花はうっとりした笑顔で、両手をぱちぱちと小さく叩く。
「……なんでこんなのが俺の姉なんだよ……」
明宏は額を押さえて天井を仰ぐ。
里香はというと、愛生のテンションについていけず、しばし思考を停止していた。
「先生、調理実習室から塩を借りてきました〜!」
愛生が胸を張って報告する。
「えっ、愛生は七輪のこと知ってたの?」
里香が目を丸くする。
「実はですね、お昼休みに愛生さんと会ったので……お塩をお願いしちゃいました〜」
寺ノ沢先生がにこにこしながら補足した。
「えっへん!」
愛生はさらに胸を張り、得意げな笑みを浮かべる。
「そして、なんとっ! 本日はスペシャルゲストをお呼びしました〜!」
愛生が手をひらひらと振りながら続ける。
「家庭科教師歴うん十年! いく千もの優秀な生徒を輩出したプロフェッショナル!
高木先生の登場です!」
愛生は部室のドアの方を指さして、声を張り上げた。
「部員の皆さま、拍手でお迎えくださ〜い! 高木先生、どうぞっ!」
その瞬間、部員たちが顔を見合わせ、
「えっ、本当に来るの?」
「マジで!?」
とざわつき始める。
ガラガラッ、と勢いよくドアが開く。
そこには――本物の高木先生が立っていた。
「さあさあ、みんな!拍手、拍手〜!」
愛生がテンション高く叫ぶと、
「パチパチパチパチ!」
と部員たちがそろって手を叩く。
「皆さんこんにちは〜!」
高木先生は片手をひらひらと振りながら、堂々と部室に入ってきた。
「私の腕にかかれば、な〜んでも美味しくしちゃうざます!
家庭科の魔女、高木聡美、見参ざますわ!」
一気に場の空気が明るく……いや、濃くなる。
(また濃いキャラが増えた……)
里香はこめかみに手をあてて、頭を抱えたのだった。
「さあ、それでは七輪の授業を始めるざますわ!」
高木先生がビシッと七輪の前に立つ。
「穂乃花さん、あなたの熱く燃えたぎる情熱の炎で炭火を起こすざます。」
(私そんなに食いしん坊じゃないのに)と内心呟きながら
高木先生の高すぎるテンションに圧倒され、渋々と着火剤で火を起こす穂乃花
「まずは炭の火加減が命ざます。強火すぎると焦げる、弱火だと生焼け……
ここは、表面カリッ、中ふっくらを狙う中火ざます!」
先生はトングで炭を上手に並べ、遠火になるよう調整していく。
「そして、虹鱒は軽く塩をふるざます。塩は振りすぎない、ほんのり白くなるくらい。
こうすると皮がパリッと、身の甘みが引き立つざます〜!」
部員たちが息を呑んで見守る中、
先生は虹鱒を丁寧に金網に並べる。
「ここがポイントざます!」
先生が指をピンと立てる。
「裏返すのは一度きり! 何度もひっくり返すと、身が崩れちゃうざます。
じっくり、じわじわ、火を通して……皮がプクっと膨らんできたら合図ざます!」
じゅ〜〜っといい音がして、香ばしい匂いが広がる部室。
「ほら、見てごらん、脂がポタポタ落ちて……これが最高のタイミングざます!」
高木先生の目が輝く。
「さあ、誰か裏返してみるざます!」
高木先生が促すと、穂乃花が恐る恐るトングを握った。
じゅ〜っと音を立てる虹鱒をひっくり返すと、皮がこんがりきつね色に!
「パーフェクトざますわ〜!」
高木先生が両手を広げ、満足げにうなずいた。
……が、次の瞬間。
「よーし、俺もやる!」
明宏が待ちきれずトングを奪い取り、勢いよく隣の虹鱒をひっくり返した――
――バサッ!
「あっ! あぁ〜〜〜っ!」
ひっくり返した勢いで虹鱒が網から落ち、炭の上に直撃!
「ぎゃー! あっつ!」
慌てて取り上げる明宏。その様子に里香が額を押さえ、
「だから一度だけって言ったじゃないの!」
「ご、ごめんなさいぃ〜!」
明宏は真っ赤な顔で正座。
穂乃花はくすっと笑って、
「でも、ちゃんと拾えてよかったね〜」 とフォロー。
「明くん、ドジすぎる……」
愛生は顔を覆ってため息をつき、
「これもまた青春ざます!」
高木先生はなぜか満足げに頷いた。
部室は笑いと香ばしい匂いでいっぱいになった。
その頃、部室の外では虹鱒がこんがりと焼き上がり、
香ばしい匂いが校舎中に漂っていた。
「……なんだ、この匂いは?」
職員室の先生たちが鼻をひくつかせる。
「う、うまそう……」
「誰かバーベキューでもしてるのか?」
ざわざわと職員室が騒がしくなる。
やがて、数人の先生が部室へ様子を見にやってきた。
「これはこれは、虹鱒の塩焼きですか! おいしそうですねぇ〜」
と、嬉しそうに言う理科の先生。
「昨日、奥多摩で釣ってきた虹鱒なんですよ」
寺ノ沢先生が胸を張って説明する。
「ほぉ〜、そりゃあ立派だ」
「いいなぁ、羨ましいなぁ」
他の先生たちも、思わずごくりと喉を鳴らしてしまう。
そんな姿を見た寺ノ沢先生、にやりと笑い、
「これからみんなで食事ですから、先生方もご一緒にどうぞ」
「おおっ、いいんですか!」
「では遠慮なく!」
気がつけば、部室は小さなパーティー会場のようになっていた。
テーブルには焼きたての虹鱒がずらりと並び、
部員たちと先生たちがわいわいと席につく。
「うんまっ!」
「身がふわっふわですね!」
穂乃花はにこにこしながら、
「みんなで食べるともっとおいしいね〜」
愛生はもぐもぐしながら、
「こういうの、最高〜! あぁ、幸せ〜!」
明宏は得意げに、
「この虹鱒、俺が釣ったやつかもな!」 と自慢するが、
里香が冷たく、
「そんなのわかるわけないでしょ」と一蹴。
先生たちも笑いながら箸を伸ばし、
部室は笑い声と香ばしい匂いに包まれた。
みんなで食べる虹鱒は、ただ美味しいだけじゃない。
心までぽかぽかと温かくなるような気がして、
愛生は頬をゆるませながら、みんなの楽しそうな笑顔をじっと見つめていた。




