明宏 調子に乗る
読んで下さる皆様、心より感謝致します。
ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。
釣り場からの帰り道、電車の中でもまだテンションが高い明宏と、ちょっと眠そうな愛生。
家に着くと、明宏は靴を脱ぐのもそこそこに母親のもとへ駆け寄り、
「母さん見て!これ今日の釣果!」
とスマホの画面を見せる。
画面には、ランディングネットに収まった虹鱒と満面の笑みの明宏。
「まあ、立派な虹鱒ね!すごいじゃない!」
母親に褒められた明宏は、ますます得意げに胸を張る。
一方、すっかり疲れた愛生は 「あ〜、まずお風呂入りたい〜」 とタオルを抱えて浴室へ向かうが、
明宏が駆け足で先に脱衣所に入ってしまう。
「え〜!明くんずるい!私が先だったのに〜!」
ドアの前で足をドンドンしながら不満を訴える愛生。
そこへ圭介がやって来て、苦笑いしながら頭をポンと軽く叩き、
「まあまあ、明くん今日すごく頑張ってたみたいだし、少し待ってあげな」
と優しくなだめる。
「……もう、わかったよ〜」
と、愛生はむくれ顔のままリビングへ戻っていった。
圭介がリビングで冷たいイチゴミルクを愛生に渡して声をかけた。
「奥多摩は楽しかったかい?」
優しい問いかけに、愛生は疲れた顔をぱっと明るくして、
「うん、楽しかったよ!」 と満面の笑みで答える。
それからスマホを取り出して、
「見て見て、これ、先生とみんなで釣った虹鱒!」
と、1枚ずつ圭介に見せていく。
穂乃花の嬉しそうな顔、里香のドヤ顔、先生のちょっと照れくさそうな笑み……
愛生は一枚一枚、思い出を語るように説明していった。
圭介は微笑みながら写真を眺め、
「いい顔してるなあ、愛生も楽しそうだ」
と優しく言った。
「そんでね、これがバーベキューの写真だよ!」
愛生はソファに腰かけた圭介の隣にぴょこんと座り、スマホを差し出した。
画面には、炭火を囲んで笑顔を見せる部員たちが、ピースサインで写っている。
愛生も明宏も、先生も里香も穂乃花も、みんな最高に楽しそうだ。
愛生は写真をスワイプしながら、
「ね、楽しそうでしょ? この時、ソーセージちょっと焦げちゃって大笑いしたんだ〜」
と、思い出し笑いをして頬を緩める。
圭介も思わずつられて笑い、
「いいなあ、すっかり立派な鱒釣り部だな」
と、愛生の頭を軽くなでた。
撫でられた愛生は、にっこり笑って圭介にピトっとくっつく。
「ほら見て、これ!」 とスマホを操作し、里香や穂乃花と並んで自撮りした写真を見せる。
釣り場の前での一枚、奥多摩駅前での一枚。
どの写真にも、満面の笑顔の愛生が写っていて、楽しさがあふれていた。
圭介は写真を見ながら、(楽しそうでホントに良かった……)と胸をなで下ろす。
同時に、こんなに楽しそうに笑う妹が愛おしくてたまらない気持ちがこみあげてきた。
そんな息子と娘の様子を、台所からそっと眺めていた母親は、ふぅと小さくため息をつく。
(仲良しなのはとってもいいことだけど……ちょっと仲が良すぎて心配だわ)
そう思いながら、二人の笑い声に耳を傾けていた。
そこへ、風呂あがりで髪をタオルで拭きながら明宏が登場。
「ねぇ、圭ちゃん!」 と、いつもの調子で声をかけてくる。
「俺さぁ、エリアじゃもう余裕なんだよね。だからさ自然湖のネイティブトラウトが俺を呼んでるんだよ!」
愛生に癒されてほんわかモードだった圭介は、急に現実へ引き戻される。
(……お前はどこまで釣りバカなんだ) と、心の中でツッコミを入れた。
「つまりさ、ネイティブトラウトにステップアップする時が来たってことなんだね!」
と、自信満々に言い放つ明宏。
釣り堀の鱒釣りがちょっと上手くいっただけで、このテンションである。
圭介は呆気にとられ、口を開けたまま言葉が出ない。
「……あっ、やっぱり圭ちゃんも、俺が放つ釣り人オーラに圧倒されたかな?」
本気でそう思っているらしく、明宏は照れくさそうに笑った。
(いや、ただの中二病だろ……)
圭介は心の中でそっとツッコミを入れた。
「はいはい、わかった、わかった」
と、愛生は、いちごミルクを飲みながら冷たく言い放つ。
母親はため息をつきながら、
「困った子ねぇ……」
と呟いて、台所へと戻っていった。
それでも明宏は得意げに腕を組んだまま、
「いや〜、やっぱ俺、次はネイティブ行くしかないっしょ!」
と一人で盛り上がり続けていた。
「それで、どこでネイティブトラウトを釣るんだ?」
と、圭介が明宏に問いかける。
「本当はさ、中禅寺湖でレイクトラウトって言いたいところなんだけどさ、運転の圭ちゃんが大変だろ? だから芦ノ湖でいいよ」
と、明宏はなぜか上から目線で答えた。
「……芦ノ湖でいいよ、かぁ」
圭介は思わず苦笑しながら心の中でつぶやく。
(お前、芦ノ湖を軽く見すぎだろ……)
「はいはい、明ちゃん天才天才〜」
愛生は冷たい声であしらう。
自然湖での釣りに少し困惑しつつも、芦ノ湖という名前を聞いた愛生は、ぱっと顔を輝かせた。
「芦ノ湖って、有名な観光地だよね? 鱒釣りも有名なんでしょ? 行ってみたいなぁ」
と、圭介の袖をちょこんとつかんでおねだりする。
「うん、俺も行きたい!」
と、明宏も元気よく便乗。
かわいい妹と弟からダブルでお願いされてしまい、圭介は苦笑いしながらも、
「……わかったよ。じゃあ次の日曜日は芦ノ湖行きにしようか」
と、観念して頷いた。
「やったー!」
愛生と明宏は声をそろえて喜び、母親はそんな三人を見て、
「本当に仲のいいきょうだいねぇ」
と、嬉しそうに微笑んだ。




