表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
うちの愛生ちゃん  作者: 横溝 啓介
1年1学期
29/80

奥多摩でバーベキュー

「ねぇねぇ、みんな見てくれよ!」


明宏が得意げにロッドを構える。


「俺の必殺技――アンダーキャスト&マジックジャーク!」


ドヤ顔で披露するが、技の正体は誰も分からない。


「……何を言ってるの?」


冷ややかな目で里香が一刀両断。


「ふふっ、かわいい〜」


穂乃花はぽわぽわとした笑顔でつぶやく。


「やめてよ、ほんと……」


弟の意味不明な大立ち回りに、愛生は顔を覆い、

穴があったら入りたいくらい恥ずかしがっていた。


「行くぞ! 明宏必殺技――アンダーキャスト&マジックジャーク!」


気合いを入れてキャストした瞬間、ルアーは大きく弧を描き……


バシャーン!

目の前の浅瀬に落ちて、派手に水しぶきを上げただけだった。


「ぷっ……あはははは!」


堪えきれずに笑い出す里香。冷たい目どころか、完全にバカにした笑い声だ。


「えっと……ちょっと残念でした、ね」


穂乃花は優しくフォローしようとするが、言葉の選び方が逆に突き刺さる。


「もうやめてよ……恥ずかしいんだから」


愛生は顔を真っ赤にしてうつむき、穴があったら入りたい様子。


ドヤ顔から一転して、肩を落とす明宏。

必殺技デビューは、あえなく失敗に終わったのだった。


失敗して肩を落とす明宏に、里香がため息をつきながら説明を始めた。


「アンダーキャストっていうのはね、障害物を避けてルアーをポイントに入れる時とか、風が強い時にラインの影響を最小限に抑えるためのキャストなの。カッコつけるための投げ方じゃないわ」


明宏はバツが悪そうにうつむく。


「それに、マジックジャークは本来ミノーで使うテクニックよ。明くん、今スプーン投げてるでしょ? もう、めちゃくちゃなんだから」


呆れ顔で突き放すように言う里香に、部員たちからクスクスと笑いがこぼれた。


その時、穂乃花の脳裏に愛生の姿が浮かんだ。


『みんなに愛と夢をお届けする、あなたの、あなたの愛生ちゃんでーす』


愛生の決め台詞がふと蘇り、穂乃花はクスッと笑った。


「明ちゃんって、お姉ちゃんによく似てるね」


「え? 私と弟が似てる?」 と愛生は目を丸くする。


そして次の瞬間、ぶんぶんと首を横に振り、


「そんな事ないよ!」と全否定。


その勢いに、周囲は思わず笑ってしまうのだった。


皆で過ごす楽しい時間は瞬く間に過ぎていった。


そろそろ正午を告げるチャイムが釣り場に鳴り響いた。午前釣り券の時間が終わる合図だ。


「さあ、バーベキューに行きましょう」


里香も穂乃花も、そして愛生も、それぞれが釣り上げた虹鱒を手に、足取り軽くバーベキュー場へ向かい始める。


だが、その中でただ一人、明宏だけは竿を握ったまま踏ん張っていた。


「あと、もう一回だけ投げたらバーベキューに行くから!」


そう言いながら、何度も何度もキャストを繰り返す明宏。


「明くん、もう行こうよ〜」


愛生が優しく声を掛けるが、聞く耳を持たない。


次の瞬間、ピシャリとした声が飛んだ。


「明宏!」


振り返ると、里香が腕を組み、鋭い眼差しで仁王立ちしていた。


「時間守れない人は、バーベキュー抜きよ!」


ビシッと落とされた雷に、さすがの明宏も直立不動。


「ご、ごめんなさいっ!」 と声を張り上げ、深々と頭を下げるのだった。


「さあ、バーベキューだ!」


寺ノ沢先生が声を弾ませると、里香も穂乃花も愛生も 「わーい!」 と笑顔で続いた。


焼き網の上で弾ける虹鱒を思い浮かべながら、楽しげに歩いていく一行。


ただ一人、明宏だけは竿を握りしめた手を名残惜しそうに見つめ、後ろ髪を引かれる思いでバーベキュー場へと足を運んでいった。


「では、炭の火起こしと虹鱒の下処理、二つのグループに分かれます」


部長の里香がきびきびと指示を出す。


「私と明くんは火起こし、愛生と穂乃花は虹鱒の下処理、先生は記録係ね」


「はーい!」 と元気よく答える愛生と穂乃花。


早速、二人はまな板と包丁を手に虹鱒の下処理を開始する。

ウロコを丁寧に落とし、お腹を裂いて内臓と血合いを取り除き、最後にエラを外す。


「わぁ、意外とちゃんとできるね!」と穂乃花が嬉しそうに笑えば、


「愛生ちゃんにかかればお魚なんて朝飯前だよ!」と愛生は胸を張った。


一方、火起こしチームでは、明宏がせっせと炭を運び、着火剤を並べて火をつける。


「次はこっちの炭にも火を回して」 と里香は的確に指示を出し、


明宏は 「はいっ!」 と答えながら作業を続ける。


そんな二組の様子を、寺ノ沢先生はカメラ片手ににこにこと撮影していた。


炭をせっせと仰ぐ明宏。


「よーし、いい感じに火が回ってきたぞ!」


着火剤のおかげで、あっという間に火起こしは完了。


「どんなもんだい!」 明宏は胸を張ってドヤ顔。


しかし7月の炎天下、炭を運んで汗だくになった明宏は、

黒く汚れた手で顔の汗をぬぐったせいで、顔が見事に真っ黒。


「……ぷっ」


里香は気づいたが、あえて何も言わず、腕を組んで様子を見ている。


そこへ下処理を終えた穂乃花が近づいてきて、


「明ちゃん……なんか、ちょっと真っ黒くろすけだよ」 とほんわか笑う。


「えっ? えっ? 何が?」


自分の顔が真っ黒だとまだ気づいていない明宏。


「写真撮っておけばよかったね〜」 と愛生がくすくす笑いながら言うと、


「もちろん撮りましたよ〜」 と寺ノ沢先生がスマホを掲げる。


「やめてぇぇぇ!」


真っ黒な顔のまま必死で止めにかかる明宏。


「はいはい、じっとしてて」


愛生がタオルを取り出し、弟の顔をやさしく拭いてあげる。


「…ありがとう愛生」


ちょっと照れたように笑う明宏と、満足そうに微笑む愛生。


その様子を見た穂乃花と里香もつられて笑い、

寺ノ沢先生は「いい写真が撮れましたよ」とほほえんだ。


バーベキュー場は、なんともあたたかい空気に包まれた。


炭火がいい具合におこり、塩をふった虹鱒を串ごと並べると、

香ばしい匂いがふわりと広がった。


「フフフフ……なんと、愛生ちゃんおにぎりを握ってきたのです!」


愛生が胸を張る。

今日のおにぎりは、いつものまん丸ではなく、少しだけ三角っぽい形だ。


「私もおにぎり握ってきたよ〜」


穂乃花が見せたおにぎりは、角がぴしっと立った四角形。

まるで教科書に載っていそうなきれいなおにぎりに、愛生は思わず「負けた……」とつぶやく。


「私はソーセージを持ってきたわ」


里香がクーラーバッグから取り出したパッケージを穂乃花がのぞき込む。


「あれれ、これ日本語じゃないよ? 何語なの?」


「ドイツからの輸入品だから、多分ドイツ語じゃないの」


里香は涼しい顔で答える。


「私はアルミホイルとジャガイモと、チューブバター、野菜ですねぇ」


寺ノ沢先生が得意げに見せる。


「ホイル焼きにすると美味しいんですよ〜」


バーベキュー場は、虹鱒とおにぎりとソーセージとジャガイモ、野菜

どれから食べようかと笑い声でいっぱいになった。


炭火の上でじゅうじゅう音を立てる虹鱒とソーセージ。

ちょっと焦げてしまったけれど、それがまた食欲をそそる。


「うわっ、ソーセージ焦げてるじゃない」


里香が眉をひそめると、


「お焦げも美味しいよ〜」


愛生が胸を張ってドヤ顔。


「ほら見てください、この絶妙な焦げ目。活動報告には程良いですね」


寺ノ沢先生はスマホでパシャパシャ。


「先生、食べる前に撮影大会やめて〜」 明宏はお腹を押さえてぐぅと鳴らす。


「虹鱒も焦げてるけど、絶対美味しいやつだよね〜」


穂乃花はほわほわ笑顔で串を持ち上げる。


ジャガイモはホクホクに蒸し上がり、

バターをのせるとじゅわっと溶けて、いい匂いが広がった。


「ジャガイモさん、ほくほくでとろけちゃいそう〜♡」


愛生が両手をほっぺに当てて感動すると、


「愛生は何を食べてもとろけてるでしょ」


里香が冷静にツッコむ。


「わ、私のおにぎりもあるよ〜」


穂乃花が差し出したのは、四角形でお手本のように綺麗なおにぎり。


「愛生ちゃんのおにぎりはね、いくらだよ。虹鱒と一緒に食べるとお口の中で親子丼!」

愛生は得意げににっこり。


「では、皆さんの晴れやかな顔と焦げたソーセージを一枚……はいチーズ!」


寺ノ沢先生がまたスマホを構え、


「先生、もう食べていい?!」


と明宏が叫んで、みんなで大笑い。


バーベキュー場は、部員たちと先生の笑い声でお祭り騒ぎのようだった。


「みんなで釣りしてバーベキューって楽しいね〜」


ほわほわ笑顔の穂乃花が言うと、


「でも日帰りだと往復移動に時間かかるから、ちょっと忙しないよな」


明宏は串をかじりながらぼやいた。


「そうですね〜。デイキャンプはどうしてもスケジュールに制限がありますからねぇ〜」


寺ノ沢先生も同意し、頷く。


「もっと美味しいもの、ゆっくりもぐもぐしたいなぁ〜」


愛生は頬を押さえて夢見るように呟く。


「なら、デイキャンプじゃなくてキャンプにしたらどう?」


里香が提案すると、


「えっ……」


一瞬、場に沈黙が落ちる。


だが次の瞬間、


「いいね!」 「賛成!」 「楽しそう〜!」


みんなの顔がパッと明るくなった。


バーベキュー場は、キャンプ計画への期待でさらに賑やかになった。


「先生、鱒釣り部って、まだ正式な部活動として認められてませんよね?」


部長の里香が真面目な表情で尋ねる。


「そうですね、まだ立ち上げて間もないですから、学校からは愛好会扱いですね〜」


寺ノ沢先生が落ち着いた声で答える。


「じゃあ、部活動名を“鱒釣り部”から“野外活動鱒釣り部”に変更しても問題ないですよね? みんなはどう思う?」


里香が提案すると、


「確かに今なら、名前を変えても問題ないですね〜」


先生も賛成してうなずいた。


「うんうん、いいと思うよ〜」


穂乃花はゆっくりと、でも嬉しそうに頷く。


「賛成、賛成!」


明宏も元気よく手を挙げる。 (泊まりならいっぱい釣りできるな……) と内心ニヤリ。


「えっとね〜、“野外活動もぐもぐ鱒釣り部”がいいなぁ〜!」


愛生が満面の笑みで言うと、


「それ、絶対ただの食いしん坊クラブでしょ」


里香が呆れたようにツッコんだ。


「では、夏休みの活動はキャンプに決まりね」


里香が部長らしくピシッと宣言する。


「お泊まりしたら、綺麗なお星さまがキラキラして……きっとメルヘンなんだろうなぁ〜」


穂乃花は両手を胸の前でぎゅっと握り、夢見るようにぽわぽわ。


「よっしゃー!釣って釣って、釣りまくってやるぜ!」


明宏は拳を突き上げ、やる気満々。


「飯盒炊飯にカレー、焼きマシュマロでしょ? お星さま見ながら夜のカップラーメンとか絶対おいしい!しかも夜に食べるっていう背徳感が……あ〜たまんない!」


愛生は妄想が止まらず、ニヤニヤ。


「さてさて、子供達はどんなキャンプを計画するのでしょうか……先生も楽しみですね〜」


寺ノ沢先生は優しい笑顔で、わくわくする生徒たちを見守った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ