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うちの愛生ちゃん  作者: 横溝 啓介
1年1学期
28/79

奥多摩で釣り

読んで下さる皆様、心より感謝致します。


ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。

日曜日の朝、集合場所の駅前。


「おっはよん! みんな揃ったね!」


ピンク羊さん帽子を被った元気いっぱいの愛生が声を上げる。


「鱒釣りデビュー、すっごく楽しみ!」 と穂乃花が笑顔を見せ、


明宏はというと大きなリュックを背負いながら、


「今日は俺のエリアトラウトの腕を披露するぜ」 と不敵な笑み。


「はいはい、電車に遅れず来られただけでも奇跡よ」


と里香が冷ややかに返す。


そのやり取りを眺めながら、寺ノ沢先生がやって来た。


「いやいや、皆さんおはようございます〜。いやぁ、今日は絶好の釣り日和ですね! …いや、ちょっと暑いかもしれませんが」


と、いつもの調子で和やかに挨拶。


「先生まで一緒に行くんですね!」 と穂乃花が嬉しそうに言うと、


「もちろんですとも!顧問として、皆さんの安全管理と活動記録のために、ね〜」 と寺ノ沢先生。


改札を通り電車に乗り込むと、窓の外の景色は都会からだんだんと山あいの緑に変わっていく。


「わぁ〜、山がどんどん近づいてくる!」 と愛生が声を上げ、


「空気が澄んできた感じするね〜」 と穂乃花がのんびり微笑む。


「駅に着いたら釣り場までダッシュだぜ」


明宏の独り言に気づいた里香がギロリと睨みつける


「駅に到着しても勝手に先に行ったら、どうなるか解ってるわね」


里香のツンとした言葉に、

「わかってるって!」 と震える明宏。


そんな賑やかなやり取りに、寺ノ沢先生は目を細めて微笑むのだった。


こうして、鱒釣り部の奥多摩遠征は、顧問も交えた一行で、元気に始まりを告げた。


一行は御嶽駅に降り立った。


目の前には観光客で賑わう土産物屋、そして遠くには深い緑の山々。澄んだ空気に混じって、川のせせらぎも聞こえてくる。


「わぁ〜、空気が美味しい〜!」


と、ぽわぽわした穂乃花が両手を広げて深呼吸する。


「川も山もすっごく美味しそう。ほら見て見て〜、ソフトクリーム売ってるよ」


と、天真爛漫で食いしん坊な愛生は見るもの全てが食べ物に見えまくる。


「ちょっと、はしゃぎすぎじゃない?」


と呆れ顔の里香。腕を組みながらも、ちらりと景色を見ては小さく「…確かに綺麗ね」と呟く。


「いやいや〜、奥多摩は観光地としても有名ですからねぇ。お蕎麦も美味しいし、鮎も……」


と寺ノ沢先生がのんびり語り始めるが、


「先生、寄り道してる暇ないですから!」


と里香がピシャリ。


「ははは〜、そうでしたね〜」 と苦笑いする寺ノ沢。


明宏はリュックを揺らしながら前を歩き、


「うぉ〜、川の音がどんどん大きくなってきた! もうすぐ釣り場か?」


と待ちきれない様子。


愛生は 「ほらほら、早く行こうよ!」 とスキップしながら先頭を歩き、


穂乃花は 「ん〜、このまま川沿いをお散歩するだけでも楽しいなぁ」 とマイペース。


そんな2人を、里香は「はぁ〜、やれやれ」と言いながら後ろから引っ張るように歩いていた。


こうして観光地の賑わいの中を抜け、川の美しさに惹かれながら、一行は管理釣り場へと到着したのだった。


一行がたどり着いた管理釣り場は、川沿いに開けた明るい場所だった。

入口には 「釣り」 「バーベキュー」 「レストラン」 と並んだ看板があり、観光客の笑い声と釣りを楽しんでいる様子が一望できる。


「わぁ〜! バーベキューまでできるんだ!」


愛生は目を輝かせ、すでに釣りよりもお腹を空かせている様子。


「バーベキューと電車の時間を考慮して、お昼までの半日券にしましょう」


里香は受付で券を受け取り、きっちりした部長らしさを見せる。


「ん〜、ここなら釣りも楽しいし、お弁当じゃなくてレストランもあるんだね〜」


と穂乃花はぽわぽわした笑顔で辺りを眺める。


「おぉ、俺は絶対大物を釣り上げてやる!」


と明宏は腕をまくり、やる気満々。


そこへ寺ノ沢先生がにこやかに言った。


「釣った虹鱒でバーベキュー、なんていいですよねぇ〜。今日は存分に楽しみましょう」


その言葉に、一行は 「おぉ〜!」 と歓声をあげ、さらに期待で胸をふくらませるのだった。


川原へと下りた一行。

緑の木々に囲まれた渓流からは涼しい風が吹き抜け、水面はきらきらと輝いている。


そこで寺ノ沢先生が得意げにケースを開け、緑色に輝くリールを取り出した。


「このリールはですね、“オールドミチャエル”という名機でしてね。発売は——」


先生の釣りヲタク全開の解説が始まる。


「へぇ〜! 渋いじゃないですか先生!」

目を輝かせて聞き入っているのは明宏だけ。


一方、他の部員たちはまるで聞いていない。

愛生はさっさと川辺に立ち、ピンクのロッドを振ってキャスト開始。

里香は部長らしく腕を組んで解説を聞き流した後、穂乃花の元へ歩み寄った。


「ルアーは初めてなんでしょう? 最初はこうやって糸を送って——」


里香は丁寧にキャストの仕方を実演してみせる。


「わぁ、難しそう〜。でも面白そうだね」


と穂乃花はぽわぽわした調子で笑いながら竿を構える。


釣り場の空気はそれぞれに分かれていたが、皆どこか楽しげで、奥多摩での鱒釣りに心を弾ませていた。


川のせせらぎをBGMに、寺ノ沢先生の釣り具自慢は続いていた。


「この“オールドミチャエル”は当時の最新技術が結集されてましてね。ギア比が——」


先生の手元のリールは、どこか誇らしげに日の光を反射して輝いている。


明宏だけが 「すごいなぁ、先生!」 と食い入るように聞いているが、他の部員は竿を手に取り釣りに集中していた。


その時だった。


「せ、先生! なんか、なんか来たみたい〜!」


ぽわぽわした声を上げたのは穂乃花。


小さな体で必死に竿を立て、川面にきらめく魚影と格闘している。


「わぁ! 穂乃花ちゃん、ヒットだ!」 と愛生。


「すごいじゃない、初めてで」 と里香も目を細める。


部員たちの視線は一気に穂乃花へ。

愛生はランディングネットを構え、里香は冷静に 「落ち着いてラインのテンションを意識して」 とちょっと難しいアドバイスを飛ばす。


一方で寺ノ沢先生は、まだ手の中の“オールドミチャエル”を掲げたまま立ち尽くしていた。

誇らしげだった声もいつの間にか消え、


「……あ、あぁ……ファーストヒット……そっちに……」


と小さく呟く。


先生のリールより、穂乃花の竿先に揺れる命の輝きの方が、圧倒的に魅力的だった。

ちょっと寂しげな寺ノ沢先生だったが、その顔にはほんのり優しい笑みも浮かんでいた。


「よしっ、網入れるよ!」


愛生が勢いよく川に飛び込み、ランディングネットを差し出す。

水しぶきと一緒に、きらめく魚体が見事にネットインした。


「やったー!」


その瞬間、部員たちから大きな拍手と歓声が上がる。


穂乃花は顔を真っ赤にしながら 「えへへ……」 と小さく笑った。

その照れくさそうな仕草に、里香も 「初めてでこんなに釣れるなんて、大したものね」 と大絶賛。


みんなが覗き込むネットの中には、見事な虹鱒。

キラリと輝く魚体に目を輝かせていると、愛生がひとこと、


「わぁ〜、美味しそう!」


と無邪気に呟いた。


「もう〜、お昼ご飯はまだ早いよ〜」


穂乃花がほんわかした笑顔で返す。


わいわいと賑わいながらも、互いを支え、喜びを分かち合う姿。

その光景に、寺ノ沢先生はふっと目を細めた。

生徒たちの輪の中で釣りが確かに 「部活動」 として根付いていくのを、何より嬉しく思いながら。

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