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うちの愛生ちゃん  作者: 横溝 啓介
1年1学期
27/81

奥多摩へ行こう

読んで下さる皆様、心より感謝致します。


ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。

7月中旬、梅雨明け目前のじめじめとした暑い日の放課後。


明宏はひとり部室のテレビで「開高健二 世界を釣る」を食い入るように見ていた。

そこへ穂乃花が顔を出す。


「明ちゃん、なんか古そうなドキュメンタリー見てるのね」


「これさ、寺ノ沢先生が“ぜひ見なさい”って言うから見てるんだ。幻のイトウを釣るドキュメンタリーなんだけど、めちゃくちゃ面白いんだよ」


そこへ里香もやって来る。


「明くん、同じの何度も見てよく飽きないわね」


すると明宏はニヤリと笑って、肩をすくめる。


「フッ、男の釣りロマンさ。女には解らないぜ」


「明ちゃんも、なかなか残念な生き物ね。でも、そういうとこ好きよ」


穂乃花がクスッと笑いながら言う。


「えっ、俺、今、告白されちゃったの!?」


嬉しそうに身を乗り出す明宏。


しかし里香が冷静に釘を刺した。


「はぁ~…穂乃花のはLOVEじゃなくてLIKEの“好き”だから」


「うん、LIKEだよ」


穂乃花もにっこり笑って同意する。


その瞬間、明宏の顔は一気にガッカリ色に染まってしまった。


そこへ愛生が元気いっぱいに部室へ入ってきた。


「はい、は〜い、みんなに愛と夢をお届けする──あなたの、あなたの、愛生ちゃんで〜す!」


満面の笑顔でポーズを決める愛生に、穂乃花は 「おぉ〜!」 と歓声を上げて拍手。


一方で里香と明宏は、シラけた表情を浮かべていた。


掲示板に貼られた活動報告について穂乃花がぽわんとした笑顔で言った。


「掲示板に貼った活動報告、なかなかの反響だよ〜」


(のんびりぽわぽわした穂乃花は、周りから話しかけやすい存在だ)


「えっ、私、何も言われないけど」


と里香が小さくつぶやく。

(ツンツンとした雰囲気の里香は、同学年から若干近寄りがたい。惜しいほどに美少女なのに、そこが少し残念でもあった)


「私はね〜、お弁当食べる姿が 『愛生ちゃんぽいね〜』 って言われたよ」


と愛生が天真爛漫に胸を張る。

(それがもう自然なことになっているのだ)


部室の空気は和やかだが、どこか笑いをこらえるような雰囲気が漂っていた。


「それで、活動報告を見た生徒から何て言われたの?」


と里香が少し身を乗り出す。


「う〜ん、 『楽しそう〜』 って言われたよ」


と穂乃花がにこにこ答える。


「『お弁当も楽しそう』って言われたよ」


と愛生も元気に続けた。


「……活動報告を見ていた生徒の様子をちらっと見たら、私と目が合って、そのまま逃げていったわ」


と里香がふくれ顔で言う。


(里香は目がキツイからなぁ…)

愛生は心の中でそう思った。


「みんなが見てくれると、やっぱり嬉しいよね〜」


と穂乃花がほわんとした声で言う。


「感想とか聞くと嬉しくなっちゃうね」


と愛生も笑顔で頷いた。


(……私は誰からも何も言われてないけど)

里香はちょっと不満げに唇を尖らせる。


一方、話題が高等部中心になっていく流れについていけず、明宏は無言で椅子に座ったまま。


「ね〜ね〜、今月の課外活動はどこへ行こうか?」


と穂乃花が楽しそうに提案した。


フフフフ……と何故か勝ち誇ったような笑みを浮かべながら、明宏が胸を張って提案する。


「自然渓流で虹鱒釣りがいいと思うなぁ!」


そう言ってドヤ顔で、先日釣り上げた虹鱒の画像をスマホに表示して見せつけた。


「わぁ〜、大きな虹鱒だねぇ」


と穂乃花が素直に感心する。


「大きくないから。これ、明くんの手を見てよ。異常に大きな手じゃん」


と里香がすかさずツッコミを入れる。


画像には、まるで魚より存在感のある巨大な明宏の手が映り込んでいた。


「遠近法を利用して、虹鱒を大きく見せてるのよ」


と里香が冷静に暴く。


つまり、明宏はめいっぱい手を伸ばし、スマホに近づけて虹鱒を撮影していたのだった。


ちょっと恥ずかしそうにうつむく明宏。

まさか部室であの画像を自慢されるとは思っていなかった愛生は、さらに恥ずかしさで顔が真っ赤になる。


(このままじゃダメだ、話題を変えなきゃ!)

と心の中で焦った愛生は、少し声を張って言った。


「今月の課外活動は、鱒の管理釣り場がいいと思うなぁ」


「私、虹鱒の管理釣り場って行ったことないから、行ってみたい」


と穂乃花が目を輝かせる。


「じゃあ、管理釣り場に決定ね」


と里香があっさりまとめ、場の空気がスッと落ち着いた。


「部活動だから、電車で行けるエリアがいいわね」


と里香が提案する。


「う〜ん、わかんないや」


と首をかしげる愛生。


「私も全くの無知だから解らないなぁ〜」


と穂乃花ものんびり笑う。


(解らないとか知らないとか言うの、カッコ悪くて……)

明宏は何も言えず、黙り込んでしまった。


「奥多摩はどうかしら。駅から徒歩の距離に管理釣り場あるし、半日券がある所知ってるよ」


と里香が落ち着いた声で提案する。


「おぉ〜!」


部員たちから歓声があがった。


「じゃあ次の日曜日に行こうか」


と里香がまとめると、


「鱒釣りデビュー、楽しみ〜」 と穂乃花がにこにこ顔。


「奥多摩、初めてだからワクワクする!」 と愛生が瞳を輝かせる。


一方の明宏は腕を組み、不敵な笑みを浮かべながら 「エリアトラウト得意なんだよね」 と自信満々に言い放った。


「餌釣り用の釣り具しか持ってないよ」 穂乃花は心配そうに呟いた。


すると里香が 「私がルアータックル貸してあげるから大丈夫だよ」 と優しく声をかける。


その言葉に、穂乃花の表情はほっとしたように和らいだ。

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