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うちの愛生ちゃん  作者: 横溝 啓介
1年1学期
26/79

ネイティブデビューかな? 実釣

読んで下さる皆様、心より感謝致します。


ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。

渓流装備を買い揃えたその日から、明宏は毎日のように天気予報を確認しては、


「晴れてくれ〜、晴れてくれ〜」


と祈り続けていた。


一方で圭介はホームセンターや100円ショップを巡り、足りない道具を買い集め、

愛生はスーパーマーケットで食材を用意するなど、週末に向けて着々と準備が整っていった。


そして迎えた土曜日の朝――。

空は晴天ではなかったが、釣り日和にふさわしい見事な曇り空。


明宏は待ちきれず、まだ眠る圭介と愛生を叩き起こし、渓流へと急かしたのだった。


明宏は買ったばかりの渓流装備を手際よく車に積み込み、圭介も釣り具や荷物を積み込んで、いよいよ出発となった。


「いよいよ俺も自然渓流で野生の虹鱒と戦うのか〜!」


と胸を高鳴らせる明宏。


(野生じゃないんだけどなぁ……)

と圭介は内心で苦笑いしながらも少し心配になる。


「明くん、釣れるといいね」


と助手席の愛生が小声でささやいた。


車は東名高速を快調に走り、思いのほか早く目的地へ到着してしまう。


「あれ? もっと山奥かと思ってたのに、めちゃ近い」


と不思議そうに明宏がつぶやくと、


「あは、あはははは……」


圭介と愛生は愛想笑いで誤魔化すのだった。


「さて、まずは日釣り券を買わなくちゃね」


と圭介が声をかける。


「管理釣り場じゃないのに釣り券を買うの?」


と不思議そうに首をかしげる明宏。


「河川や湖の大半は、その地域の漁業組合が権利を持っていて、釣り券を買わないといけないんだ。漁協は放流も行っているぞ」


と圭介が説明する。


「えっ、放流? ……なんか引っかかるなぁ〜」


明宏は納得しきれない表情を見せる。


「日釣り券って、愛生も知ってたの?」


と尋ねる明宏に、


「もちろん愛生ちゃんはアングラーだからね」


アングラーの意味もよく解らないが、下見したとは言えないから適当に理由を付ける愛生


3人はスマホで日釣り券を購入し、いよいよ入渓だ。


明宏は数万円もした新品の渓流装備に身を包み、まるでカタログのモデルのようにバッチリ決めている。


一方、愛生はフィッシングウェイダーにお気に入りのピンクロッドという軽装スタイル。

圭介はといえば、フィッシングウェイダーに100円ショップ「タイゾー」で揃えた短い1000円のルアーロッドと、100円の小さな魚掬い網という質素な装備だった。


「……俺、だいぶ無理言って圭ちゃんに釣り具買ってもらったんだ」


と、その時になって明宏はハッと気づいたのだった。


「明くん、フィッシングベストのポケットの中を確認してみて」


と圭介が声をかける。


明宏が言われるままポケットに手を入れ、ゴソゴソと探ると――中からは100円ショップのケースが出てきた。そこには、いくつものルアースピナーがきれいに収められている。


「フックもしっかり研いだから安心してね」

と圭介が優しく言う。


「あ、ありがとう……」


思わず礼を言いながらも、どこか申し訳ない気持ちが胸に広がる明宏。


「お姉ちゃんは明くんの後ろ歩くから、川の中どんどん先に釣り上がっていいよ」


と愛生が笑顔で声をかける。


その“お姉ちゃん風”を吹かせる純粋さが微笑ましく、つい吹き出してしまう圭介。

だが、愛生はそんな圭介をやや恥ずかしそうにじっと見つめるのだった。


明宏は意気揚々と川を釣り上がっていった。

そこは大きな岩もなく、なだらかで歩きやすい渓流だったが、管理釣り場のように整備されているわけではない。


狙ったポイントへルアーを投げ込もうとするものの、ルアーは木の枝や岩に次々と引っ掛かり、まともに釣りにならない。

そのたびに圭介が回収に走り回るが、どうしても取り戻せないルアーも出てくる。


気づけば、最初10個あったルアースピナーは、残りわずか2つになってしまっていた。


「渓流って……キャストが難しいんだね」


と明宏はしみじみ呟いた。


3人は川を釣り上がっていくうちに、小さな砂防堰堤へと辿り着いた。

堰堤の下には水溜まりができており、いかにも魚が潜んでいそうな雰囲気を漂わせている。


「明くん、そこお魚いそうだよ、頑張って!」


と愛生が声援を送る。


「うん、わかった」


明宏は大きくうなずいた。


その水溜まりはそこそこ広く、細かなキャストコントロールは必要なさそうだった。

圭介と愛生は心の中で祈る。

――どうかお魚さん、明宏に釣られてあげて下さい。


明宏がルアースピナーを投げ入れ、リールを巻き始める。


「釣れろ、釣れろ……」


圭介と愛生は念じるように見守った。


すると突然――


「き、きたーっ!」


明宏が大声で叫んだ。


愛生はすかさずスマホを構え、動画撮影を開始する。

明宏が懸命にリールを巻き、魚を手前まで引き寄せると、

圭介がタイミングを見計らって網を差し出した。


見事にネットイン!


しかし掬い上げられた魚は、ヒレがボロボロに傷んだ虹鱒。

その姿は、まるで管理釣り場から逃げ出してきたことを物語っているようだった。


「ヤバい、いかにも管理釣り場から逃げてきた落ち虹鱒だ……」


掬い上げた魚を見て、圭介と愛生は思わず顔を見合わせ、内心で焦った。


だが――明宏はそんなこと気にも留めず、満面の笑顔を浮かべていた。


「明くん、記念に写真を撮ろうよ」


愛生が声をかける。


「うん」


と明宏は素直にうなずき、両手を川の水に浸して少し冷やしてから、やさしく虹鱒を持ち上げた。

そして愛生のスマホでパシャリ。

写真に収まったのは、魚と同じくらい輝く明宏の笑顔だった。


「良かった……」


圭介と愛生は胸をなで下ろす。


その後、3人は砂防堰堤を登り、さらに数十メートルほど歩いていくと、行く手を遮るようにロープが何本も張られていた。

そこにははっきりと 「ここから管理釣り場」 と書かれている。


――しれっと手前で上がろうと計画していた圭介と愛生は、冷や汗をかいた。


「ここから管理釣り場かぁ……道の駅に帰ろうか」


満面の笑顔で振り返る明宏。


あれ? 落ち虹鱒ってバレてるのに、どうしてこんなにご機嫌なの?

愛生は不思議でならなかった。


川沿いを歩いて道の駅へ戻った3人。


「お腹空いたな」


と圭介がつぶやく。


「お腹ペコペコリーヌだよ〜」


と愛生。


「うん、何か食べたいね」


と明宏も続いた。


――やっぱり、愛生と明宏が茶ーシュー丼をねだるか……。

圭介は覚悟を決めた。


だが次の瞬間、愛生は車からカップ麺とポットを取り出し、お湯を注ぎ始めた。


「ジャジャーン! 愛生ちゃんはカップ麺とお湯を用意して来ました〜」


胸を張る愛生。


「釣りで食べるカップ麺って美味いんだよなぁ〜」


と明宏も嬉しそうに笑う。


さらに愛生は、包みを取り出して見せた。


「そしてそして〜、愛生ちゃんはおにぎりも握ってきちゃったのです! 偉いでしょ」


――俺が荷物を車に積んでいる時に、急いで握っていたのか……。

そう思うと圭介は嬉しくて、目頭が熱くなった。


おにぎりはまん丸で、形はおにぎりというより団子に近い。

それでも、紛れもなく愛生の手で握られたものだった。


「何だよこれ、おにぎりじゃなくて米団子じゃないか」


と明宏。


「形はまん丸だけど、超美味しいよ〜」


と愛生が言い返す。


3人で食べるカップ麺とおにぎりは、格別で特別な味だった。


――お兄ちゃん、お姉ちゃん、ありがとう。

口に出すのは照れくさい明宏は、心の中でそう感謝していた。

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