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うちの愛生ちゃん  作者: 横溝 啓介
1年1学期
25/80

ネイティブデビューかな? (渓流装備を揃えよう)

読んで下さる皆様、心より感謝致します。


ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。

数日が過ぎ、7月に入った頃。

梅雨明けが近づき、夏の気配がじわじわと部屋に満ちていた。


 「お兄ちゃん、自然渓流で虹鱒釣りた〜い!」


わざとらしく、明宏の目の前で圭介におねだりする愛生。


圭介もそれに合わせるように肩をすくめて笑い、


「そうだな。7月下旬なら梅雨も明けてるだろうし……今から準備しておくか」


と、これまたわざとらしい調子で同意する。


明宏は少し眉をひそめた。


「約束は芦ノ湖のはずじゃなかった?」


愛生が 「えへへ〜」 と笑ってごまかす。

圭介は苦笑しながら、


「まあまあ。芦ノ湖はちょっと難しいからな。まずは渓流で“ネイティブレインボー”を釣る練習だよ」

と説明する。


「……ふぅん」


明宏は完全に納得はしていなかった。

しかし、“ネイティブレインボー”という響きが胸をくすぐり、

(釣れるなら、それでもいいか……)

と気持ちを切り替えていた。


「今月の下旬だと、ひと月近く先だよ、雨降らなかったら次の土日に行こうよ」


明宏は高鳴る気持ちを抑えきれない


「わかった、わかった、取り合えず装備を買いそろえないとな」


圭介と愛生、そして明宏がリビングのテーブルに釣り具を並べてみると、そこにあるのはすべて管理釣り場向けの道具ばかりだった。

渓流で使えそうなルアーもいくつかはあるが、大半は流用が難しい。どうしても新しく買い揃える必要がありそうだ。


そこで3人はタブレット端末を開き、インターネットで渓流用の釣り具を調べ始めるのだった。


画面に映し出された記事やレビューを眺めながら、3人は真剣に議論を交わしていた。


「渓流用のルアーロッドはエリア用より短いんだって。だいたい4フィートから5フィートくらいが扱いやすいらしいよ」

と愛生が読み上げる。


「リールは……スピニングの1000番クラスか。ハイギアが推されてるけど、ローギアでも使えなくはないみたいだから、エリア用のリールを流用出来るな」

と圭介が補足する。


「ルアーはどうする?」 と明宏。


「スプーンとかミノーが定番だけど……」 と答えながら圭介は渋い顔をする。


「ミノーは高いし、初心者は木に引っ掛けてロストしやすいって書いてあるな」



「じゃあ、まずはスピナーがいいんじゃない? 値段も手頃だし、初心者でも使いやすいって」

と愛生が結論を出す。


3人はうんうんと頷き合い、少しずつ渓流釣りのタックル像を描き始めていった。


3人が調べを進めるうちに、必要な道具はさらに増えていった。

フィッシングベストに小型のランディングネット、そのネットを取り付けるためのマグネット。さらに川へ立ち込むためのフィッシングウェイーダーまで――。


「買うもの、めちゃくちゃ多いな……」 と圭介はため息をつき、ついに観念したように言う。


「すまない二人とも。ちょっとだけでいい、お年玉の貯金を崩して協力してくれないか?」


「うん、いいよ!」


家族思いの愛生は即答し、笑顔でうなずいた。


一方、甘えん坊の明宏は心の中で 「できれば二人に多めに出してもらいたい」 とちゃっかり考えていたが、口には出さずににこやかに「OK」と答えるのだった。


3人は直ちに釣具店へ足を運んだ。

目的は渓流釣りに欠かせない 「フィッシングウェイーダー」 だ。


店員の説明を聞きながら眺めてみると、ウェイーダーには大きく二つのタイプがあることがわかった。

ひとつはブーツタイプ。長靴のように一体式で値段も安い、入門用としては十分だ。

もうひとつはソックスタイプ。靴下状のウェーダーで、専用のウェーディングシューズを組み合わせて履く必要がある。性能は高いが値段もぐっと上がる。


圭介と愛生はすぐに 「初心者だし、まずはこれでいいよね」 と、店で一番安いブーツタイプを手に取った。


ところが明宏は違った。


「僕、ソックスタイプがいい!」 と目を輝かせ、どうしても高価なモデルが欲しそうにしている。


「明宏、最初からそんな高いのは必要ないよ」


「うん、まずはブーツタイプで慣れよう?」


圭介と愛生が説得を重ね、どうにかブーツタイプで妥協させることに成功した。


――ただし、明宏が選んだのはブーツタイプの中でも真ん中くらいの価格帯。

結局、圭介や愛生のものよりも高価なウェーダーを選んだ。


次に3人はフィッシングベストを選びにかかった。

店内には洒落たデザインのものから、渋くてカッコいい本格的なものまで、ずらりと並んでいる。


そこで目を輝かせたのはやはり明宏だった。

彼が手に取ったのは、リュックと一体になったかなり高額なベスト。


「こ、これはちょっと高すぎるだろ……」


圭介は思わず顔をしかめる。普段からわがままな弟だが、釣り具となるとさらに拍車がかかる。

困ったもんだと思いつつも、父親がいない家庭で寂しい思いをさせていることを思い出し、圭介は 「仕方ない、多少は甘やかしてやるか」 と心を決める。


ただしリュック型ベストは流石に無理。

結局、またしても“真ん中くらいの価格”のベストを明宏に選ばせる形となった。


「愛生ちゃんはどれにる?」


「私はいらない」


と愛生は首を横に振り、購入を見送る。


その横で、満面の笑顔を浮かべた明宏は、次のルアーロッドコーナーへ駆け足で移動してしまった。


小声で愛生が囁く。


「明くん、絶対にお金持って来てないよ。自分で払う気なら、もっと安いのを選んでるはずだもん」


「そうだなぁ……でも、強くダメとも言えないし」


圭介は困り顔で答える。


「明くんね、鱒釣り部が楽しくて、最近は学校も休まなくなってきてるんだよ」


「そうなのかぁ……じゃあ尚更、無理には止められないな」


「まだ遅刻はしてるみたいだけど、ちゃんと通ってるよ」


愛生の言葉に、圭介は胸の中でため息をつきながらも、少し嬉しそうに笑った。


こうして明宏は、次々と“中級者向け”の装備を手に取り、迷うことなく選んでいった。

結局、圭介と愛生が購入したのは、ブーツタイプのフィッシングヴェイダー2つだけ。


「……俺たち、最低限の装備だけだな」


「うん……」


兄と姉が倹約しながら揃えていることに、明宏はまったく気づいていない。

満足げな顔で新しい道具を抱えるその姿は、どこか誇らしげですらあった。


「先月の給料の大半が明宏の渓流装備代に消えてしまった。さて……どうするか」


困惑を隠せない圭介。


「うん……」


同じく苦笑いを浮かべる愛生。


2人は顔を見合わせ、ため息をひとつ。

こうして“兄妹の装備格差問題”が、新たに頭を悩ませる種になったのだった。

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