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うちの愛生ちゃん  作者: 横溝 啓介
1年1学期
24/81

ネイティブデビューかな? 下見に行こう

次の土曜日、午前7時頃。

圭介と愛生は揃って自宅を出発した。


昨夜、明宏は深夜までゲームに没頭していたため、まだ布団の中。

もし連れてきたら 「下見」 では済まなくなり、間違いなく上流の管理釣り場で釣りをすると駄々をこねるに違いない。


――すまぬ弟よ、今日はおとなしくお留守番しててくれ。

圭介は心の中でそう呟いた。


車は東名高速を走り、厚木インターチェンジで降りて山道へ。

車内には愛生が大好きな次音クミのボカロソングが、なかなかの音量で流れている。

正直、圭介にはちょっとうるさい。


途中、コンビニで軽く朝食を買って寄り道したにもかかわらず、出発からわずか1時間強で道の駅へ到着してしまった。


「すごい、近いね!」


目を輝かせる愛生。


「ああ、あっという間だったな」


圭介も少し驚く。


「でも、こんなに近いのに景色はすごく綺麗だよ」


感心したように窓の外を見つめる愛生。


周囲を見渡せば、緑の山々に囲まれたロケーション。

道の駅のすぐ横には小鮎川が流れ、のどかな里川の雰囲気を漂わせている。

ほのぼのとした光景に、二人の胸も自然と弾んでいった。


道の駅に車を停めた圭介と愛生は、川沿いを歩き始めた。


地図を見ると、小鮎川の支流が谷太郎川らしい。

二人は小鮎川との合流点から、谷太郎川の上流を目指して進んでいく。


舗装された道路が川に沿って上流まで続いており、途中には公衆トイレまで完備。


「なんて便利な川なんだ……」


圭介は思わず感心してしまう。


「お兄ちゃん見て見て!」


川を指さす愛生。


「どれどれ?」


圭介も目を向ける。


澄んだ流れの中に、銀色の影がスッと走った。


「あれ……魚だよね?」


「うん、虹鱒だ!」


二人で目を凝らすと、確かに数匹の虹鱒が悠々と泳いでいる。


「やっぱりだ……管理釣り場から落ちてきたのがここにいるんだ」


圭介は確信を深める。


「川もなだらかで歩きやすそうだよ!」


愛生が弾んだ声を上げる。


「確かに。俺たち初心者には、ちょうどいい入門渓流かもしれないな」


圭介も頷く。


「よし!きょうだい3人の渓流デビューは――谷太郎川に決定だね!」


嬉しそうに宣言する愛生。


「うん、そうしよう」


圭介もにっこりと答えた。


圭介と愛生は、さらに上流を目指して川沿いを歩き続けた。

やがて、谷太郎川の管理釣り場が姿を現す。


「へぇ~、ここが管理釣り場なんだね」


「雰囲気いいなぁ。でも……」


途中には 「クマに注意!」 と書かれた看板があり、二人は顔を見合わせてビビる。


「……出てきたらどうする?」


「ダッシュするしかないでしょ!」


そんな会話をしながらも、どこか楽しげに森林浴の散歩を続けた。


管理釣り場を抜け、さらに上流へ進むと、数台分の駐車スペースがあり、そこで舗装路は終わり。

その先は本格的なハイキングコースへと続いていた。


「せっかくだし、ちょっとだけ入ってみようか」


愛生がそう言った矢先だった。


ふと、圭介の視線が愛生の足に吸い寄せられる。

茶色い細長いものが、シャクトリムシのようにニョロニョロと這い登っている。


「や、ヤマビルだぁっ!!」


圭介の叫びに、愛生は一瞬固まり――


「き、気持ち悪いっ!ぎゃあああああ!!」


パニックになって足をバタバタさせる。


とっさに圭介が手で払い落とした。


心臓をバクバクさせながら辺りを見回すと、 「ヤマビル生息地」 の看板が目に飛び込んでくる。


二人は無言で顔を見合わせ――


「……戻ろっか?」


「……うん、戻ろ」


次の瞬間、二人は駆けるようにして来た道を引き返し、道の駅へと急いでいった。


2人は道の駅まで戻ってくると、ベンチに腰を下ろした。


「ふぅ~、ひと息だね」


ペットボトルのお茶を口にしながら愛生がつぶやく。


「管理釣り場より上流は、ヤマビルのテリトリーなんだな」


圭介もまだ少し緊張の余韻を残している。


「気持ち悪くてパニックになっちゃったけど……ちょっと面白かったよ」


愛生が笑うと、圭介は肩をすくめる。


「俺も焦ったけどさ、愛生がバタバタしてる姿はなかなか見ものだったよ」


「むぅ~っ」


愛生は頬を膨らませて抗議するが、すぐに照れ隠しのように笑顔を浮かべる。


ふと時計を見ると、まだ11時を少し回ったところだった。


「ちょっと早いけどさ、道の駅でお昼ご飯食べようよ」


愛生が目を輝かせて提案する。


「そうだな。じゃあ、お昼にするか」


圭介がうなずいた瞬間――


愛生の瞳がキラリと輝く。

彼女の頭の中は、すでに 「道の駅グルメ」 のことでいっぱいになっていた。


どうやら1階はお土産コーナーや地場野菜の売店、2階がレストランになっているらしい。

2人は階段を上がり、レストランの入り口へ。中は清潔感のある食堂風で、入口にある券売機で食券を買うシステムになっていた。


圭介は財布を取り出すと、小銭入れを確認する。


「……千円札、切らしてるな」


仕方なく五千円札を券売機に投入する。


「愛生ちゃん、好きなの食べていいよ」


「うんっ!」


嬉しそうに返事をする愛生。


その瞬間、迷わず――


「茶ーシュー丼 2900円」


のボタンをポチッ!


ピッという機械音とともに、紙の食券が吐き出された。


「……に、にせんきゅうひゃくえんっ!?」


心の中で悲鳴をあげる圭介。だが、時すでに遅し。愛生は食券を手に満面の笑顔だ。


観念した圭介は、自分の分を 「豚丼(並盛)1200円」 でポチッと購入。


こうして2人のお昼ご飯が決まった。


しばらくして番号を呼ばれ、2人は料理を受け取った。


圭介の前に置かれたのは、器のサイズも見た目もごく普通な 「豚丼」。

対して愛生の前に運ばれてきたのは――丼からはみ出すほど巨大なチャーシューが2枚積まれた 「茶ーシュー丼」 だった。


 「な、なんだそのインパクト……!」

圭介が目を丸くする。


説明を見ると、使用されているのは特産ブランド豚。チャーシューはなんと500グラム。


 「いただきま〜す!」


愛生は嬉しそうに手を合わせると、まずは丼全体に甘辛ダレを回しかけ――パクリ。


 「うわぁ~! 口の中で溶ける〜っ!」


思わず目を細めて幸せそうに頬張る。


続けて、温泉卵の黄身を割って絡めると、


 「う〜ん、クリーミー! お肉の濃厚さと絶妙〜!」


と感動しながら実況を続ける愛生。


一方、圭介も自分の豚丼をひと口。


 「……ふむ。普通の並盛でも、やっぱブランド豚だけあって旨いな」


と静かに納得する。


だが愛生はさらに止まらない。


「そしてそして〜! 愛生ちゃんは出汁をかけてぇ〜……チャーシュー茶漬けにしちゃいま〜すっ!」


と、わざわざ実況を入れて出汁を注ぎ込む。


 「う〜ん、今度は少しさっぱりですなぁ〜」


と、ひとりグルメ番組のように食レポを続ける愛生。


 「……誰に実況してんだよ」


呆れ半分、微笑ましさ半分の圭介であった。


食べ終わった愛生は、満足げにお腹をさすりながら1階の売店へ。

目ざとく見つけたのは、特産 「きよりょんあいす」 だった。


「お兄ちゃん、これ食べよ〜」 と嬉しそうにカップを手に取る。


ひと口食べると――


「うん、さっぱりしてて美味しい! 抹茶アイスみたいだけど、もっと軽くて爽やか〜」


と、目を細めて幸せそうな笑顔を見せる。


圭介はそんな姿を横目に、心の中でため息をついた。

(なるほど……愛生の本当の狙いは、茶ーシュー丼とこのアイスだったんだな。川はその次か……)


だが同時に、谷太郎川という手頃な入門渓流も見つけられた。


「ま、結果オーライだな」


と肩の力を抜き、愛生の満足そうな横顔を見て安堵する圭介であった。

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