屋内釣り堀はおもちゃ箱 ②
読んで下さる皆様、心より感謝致します。
ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。
受付を済ませ、5人は1時間の釣り券を購入した。
手渡されたのは、小さな延べ竿にウキがついたシンプルな仕掛け。
エサは練り餌で、指先でコロコロと丸めて針に付ける。
池のまわりには椅子が等間隔に並び、みんな思い思いの場所に腰を下ろす。
軽く延べ竿を振って仕掛けを池に投入すると――ウキがすぐにピョコピョコと動いた。
「わぁ、動いた!かわいい〜」愛生は釣れる前から大はしゃぎ。
一方、トラウトの“早アセ”に慣れている里香と明宏は、ウキが消し込むのを待ちきれずに竿を上げてしまい、空振りの連続。
「くっ…まただ…!」と明宏はムキになるが、針掛かりは一向に決まらない。
その横で、餌釣り経験が豊富な穂乃花は、落ち着いた手つきでタイミングよく竿を立て、次々と金魚を釣り上げていく。
「ほら、また釣れた〜♪」と笑顔でビクに魚を入れるたび、3人は唖然。
さらに、寺ノ沢先生も手慣れた様子で竿をさばき、安定した釣果を見せていた。
「さすが先生…!」と里香は小声で感心するが、その隣で愛生はウキのピョコピョコを眺めながら「可愛い〜」とまだ釣る気になっていなかった。
愛生はふと竿先のウキを見つめながら思った。
(細長いウキじゃなくて、丸い玉ウキにウサギさんのお耳が付いてたら可愛いのになぁ〜)
そんな妄想をしては、にこにこしながら竿を構える。
一方で、里香と明宏は少しずつアワセのタイミングを掴みはじめていた。
「うんうん、なるほど…この瞬間ね」
自分の動きにうなずきながら、里香は手際よく金魚を釣り上げる。
「よっしゃ!金魚釣れた〜!」
室内釣り堀なんて子供の遊び、と言っていた明宏も、今や夢中になって笑顔を見せていた。
その横では、穂乃花が完全に“数釣りモード”に入り、淡々とウキを見極めては次々と釣果を重ねていく。
「はい、また1匹♪」と楽しげに声を上げるたび、ビクの中はどんどん賑やかになっていった。
寺ノ沢先生は竿を置き、スマホを取り出してみんなのはしゃぐ姿を夢中で撮影している。
「いやぁ、いい顔してるなぁ…」と呟きながら、まるで子供たちの成長記録を残す父親のようにシャッターを切り続けてる
そして楽しい1時間はあっという間に過ぎてしまった。
それでは釣果発表である
穂乃花はなんと1時間で20匹という圧倒的な釣果を叩き出していた。
「わぁ〜、すごい!」と愛生が拍手する。
他の3人も数匹ずつしっかり釣れて、それぞれに達成感があった。
「なんだかんだ言って、結構楽しかったな」明宏も笑顔だ。
帰り際、受付でおまけの駄菓子を1人ひとつずつ渡される。
「やった〜♪」と愛生は嬉しそうに袋を揺らし、ちょっとした得をした気分になる一同。
「楽しかったです!」と声をそろえて伝えると、受付のおじいさんはにこやかに「またおいで」と返してくれた。
最後に寺ノ沢先生が、きちんと背筋を伸ばして「ありがとうございました」と一礼する。
こうして5人は満ち足りた笑顔で、屋内釣り堀を後にしたのだった。
「そろそろお昼の時間ね〜」と穂乃花が腕時計を覗き込む。
「私もお腹空いてきた」と里香が小さく笑う。
一方で、もっと釣りをしていたかった明宏は「別に俺はお昼ご飯とかどうでもいいんだけどなぁ」と、まだ竿を持ちたそうにしている。
「お腹ペコリーヌのみなさ〜ん!」と、愛生が元気いっぱいに声を上げる。
「近くに公園がありま〜す。そこでお弁当にしましょう!」
愛生の提案に、みんなの顔がぱっと明るくなる。
その様子を、1歩下がった場所から寺ノ沢先生が穏やかな表情で見守っていた。
公園に到着すると、愛生が持ってきたレジャーシートをぱっと広げる。
「はい、みんな座って〜」と得意げに仕切る愛生。
全員が腰を下ろし、それぞれのお弁当を広げると、途端に美味しそうな匂いが漂い始めた。
「学校でもお弁当食べてるけど、公園で食べるとまた違う美味しさがあるね〜」と愛生がにこにこ。
その時――。
明宏が弁当を覗き込んで固まる。
「げっ! いつも入ってないのに、なんで今日はミニトマトが入ってるんだ…」
引きつった顔をして困惑する明宏。
それを見て、愛生は嬉しそうに口元を隠して笑った。
やがて自然に、おかず交換が始まる。
「これあげるから、そっちのちょっとちょうだい」
「うんうん!」
思い思いにやり取りをする中で、明宏はこっそりミニトマトを里香に差し出す。
「里香姉、ミニトマト好きだよね?」と引きつった笑顔。
「ちょっと! あんた嫌いなものを渡さないでよね!」と、里香はピシャリと一喝。
「好き嫌いはダメなんだよ〜」と、心の中でクスクス笑う愛生。
一方で、寺ノ沢先生は自慢げに大きなおにぎりを取り出した。
「やっぱり釣りにはおにぎりですねぇ〜」と満面の笑顔。
笑い声と美味しい匂いに包まれながら、楽しい時間はゆっくりと過ぎていくのであった。
翌週、放課後
鱒釣り部の部室では、前回の屋内釣り堀での活動報告をまとめる作業が行われていた。
「先生、なんであんなに写真を撮ってたのか不思議だったけど…こういうためだったのね」
里香が納得したように呟くと、
「うんうん、やっと分かった〜」と穂乃花もうなずく。
机の上にはプリントアウトされた写真が山盛り。
楽しそうに釣りをしている瞬間や、笑顔でお弁当を広げている場面などがずらりと並ぶ。
「ここに屋内釣り堀の紹介文を書いて…」
「私は『すごく楽しかった!』って大きく書いちゃお」
「俺は金魚を釣り上げた瞬間のドヤ顔をここに貼るぜ!」
部員たちはワイワイしながら、A3サイズの用紙に写真をペタペタと貼り付け、カラーペンで手書きのコメントを書き込んでいく。
完成したポスターは、素朴ながらも部員たちの思い出がぎゅっと詰まった、手作り感満載の一枚となった。
みんなで掲示板の前に集まる。
「よし、ここに貼ろう!」
愛生が両端を持ち、里香と一緒にペタリと掲示板に貼り付ける。
校内に誇らしげに飾られたポスターを眺めながら、自然と全員の顔に笑顔が広がった。
こうして、鱒釣り部の初めての課外活動は報告まで無事に終わり、ひと区切りを迎えたのであった。




