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うちの愛生ちゃん  作者: 横溝 啓介
1年1学期
21/79

屋内釣り堀はおもちゃ箱 ➀

読んで下さる皆様、心より感謝致します。


ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。

日曜日の早朝、まだ薄暗い午前5時。

愛生は目を覚まし、時計を見て 「もう少し寝ようかな」 と思った。


その時――台所からトントン、と包丁の音が聞こえてくる。

気になって覗きに行くと、圭介がキッチンに立っていた。

どうやら愛生と明宏のために、お弁当を作っているようだ。


「え、お母さんは?」 と愛生。


「お母さんは仕事で疲れて寝てるから。今日は俺が作よ」


そう答える圭介の声は、どこか自然で頼もしい。


「そうなんだ。じゃあ私、もうちょっと寝るね」


そう言って部屋に戻ろうとする愛生。


――でも、兄の背中が気になった。

料理をする真剣な横顔を見ていたら、なんだか手伝わずに寝るのが悪い気がしてきたのだ。


「……お兄ちゃん、私も手伝うね」


そう声をかけると、圭介はパッと嬉しそうに笑い、静かにうなずいた。


キッチンに立つ2人。

愛生は赤いウインナーをまな板に並べ、包丁でチョキチョキと切れ目を入れていく。

出来上がったのはタコさんウインナーとカニさんウインナー。


一方の圭介はフライパンでハンバーグをじっくりと焼いていた。

ジュウジュウと香ばしい匂いが広がる。


「愛生ちゃんね、玉子焼き上手になったんだよ」


そう言って得意気に玉子をくるくる巻きながら焼いて見せる愛生。


「うわ、すごいすごい!本当に上手だね〜」


圭介は心から嬉しそうに褒める。


愛生は照れながらもニコッと笑い、今度は冷蔵庫の野菜室を開ける。

そこにミニトマトを発見。


「……あ、明くんミニトマト嫌いだから、お弁当に入れちゃおっと」


ちょっと意地悪そうに笑う愛生。


「はは、そういうのもアリかもな」


圭介も笑って返す。


そんな他愛のないやり取りさえ、2人にとっては心温まる大切な時間だった。


お弁当作りがひと段落した頃、のそのそと明宏が起きてきた。

ダイニングに顔を出すと、テーブルの上には可愛い袋に入ったお弁当箱が並んでいる。


「……ふーん」


兄と姉が早起きして用意してくれたことなど気にする様子もなく、

それが当たり前だと言わんばかりの顔で明宏は席につく。


圭介と愛生は顔を見合わせて、今度はトーストを焼き、粉末のコーンスープをお湯で溶かす。

手際よく並べられていく簡単な朝食。


その間、明宏は何をするでもなく、当然のようにテーブルで待っているだけだった。


――末っ子は甘えん坊。

けれど、甘えん坊でいられる環境を作ってやるのも兄の役目だ。


トーストの香ばしい匂いを嗅ぎながら、圭介は静かにそう思った。


3人で朝食のテーブルを囲む。

トーストの焼ける香ばしい匂いと、湯気の立つコーンスープ。


愛生は鱒釣り部の初めてのお出かけに、もう嬉しくて仕方がない。


「ねぇねぇ、ちゃんと電車乗り遅れないようにしなきゃだよね!」 と、


落ち着かない様子でスープをすすっている。


一方の明宏は、


「室内釣り堀なんてさ、子供の遊びじゃん」


と口ではぶつぶつ言いながらも、目はどこか楽しげで隠しきれていない。


「今日は楽しんでおいで」


圭介は、そんな二人を見て優しく微笑んだ。


その時――ピンポーンと玄関のチャイムが鳴る。

迎えに来たのは、里香だ。


グレーを基調とした落ち着きと知的さを兼ね備えた里香らしいファッションだ。


対する愛生はピンク羊さん帽子にピンク羊さんぬいぐるみ型リュック、つまり全身ピンクだ。


「行くよ、二人とも」


少しツンとした調子の声に、愛生と明宏は元気よく立ち上がる。


「いってきまーす!」


兄に手を振り、自宅を出ていく2人。


落ち着いた里香のグレーと愛生のピンク、対照的な2人の背中を見送る圭介だった。


集合場所の駅に到着した愛生・明宏・里香の3人。

改札前では、既に寺ノ沢先生が待っていた。


「先生、おはようございます!」


3人は揃って元気に挨拶する。


「おはよう。今日は天気もいいし、最高の釣り日和だぞ」


寺ノ沢先生もにこやかに応える。


ふと愛生が辺りを見回す。


「あれれ、穂乃花ちゃんはまだかなぁ?」


その時、遠くの階段を駆け下りてくる人影。


「あっ、穂乃花ちゃん!」


「ごめんね〜、ちょっと弟の世話に時間かかっちゃって〜!」


少し息を切らしながら、穂乃花が到着した。


「えっ、穂乃花ちゃんって弟いるの?」 と愛生が驚く。


「うん、弟と妹が4人いるの。私は1番上だからさ、大変なんだよね」


苦笑いを浮かべる穂乃花。


「4人も…」


その言葉に、里香はほんのり羨ましそうな表情を浮かべた。


だが明宏は――


「ふーん」


と全く関心を示さず、そっけなくスマホをいじりながら

(こんなに天気いいなら、麻生区のエリアトラウトで良かったじゃん) とぼやきたくなったが里香が怖くて黙っていた。


「それでは、出席をとります!」


胸を張って得意気に宣言する愛生。


「先生含めて5人しかいないんだから、出席なんて必要ないでしょ」


すかさず里香が突っ込む。


「えへへ〜、でもさ、こういうの1回やってみたかったんだよね〜」


愛生は照れながらも笑顔。


「うんうん、やろやろ!」 と穂乃花もノリノリ。


「では、出席を取ります!」


再び得意気に声を張り上げる愛生。


「里香さん!」


「……ハーイ」


恥ずかしそうに小さく手を挙げる里香。


「穂乃花さん!」


「ハーイ!」


嬉しそうに元気いっぱいの穂乃花。


「明宏くん!」


「……ハーイ」


ダルそうに片手を上げる明宏。


「寺ノ沢先生!」


「ハーイ!」


満面の笑顔で、張り切った声を出す寺ノ沢先生。


「先生、子供みたいだよ〜!」


愛生の突っ込みに、その場がどっと笑いに包まれた。


電車に乗り込み、4人は並んで座った。

里香がカバンから時刻表を取り出し、中心となって話を進めていく。


「えっとね、〇時〇分の電車に乗れば、町田駅でバスにちょうどいい時間に乗り換えできると思うの」


「でも、途中でトイレに寄る時間も考えなきゃだよね」 愛生が真面目な顔で口を挟む。


「そうそう、俺なんて腹減ったらすぐコンビニ寄りたくなるし」 明宏は半分冗談めかして言う。


「だったら乗り換えの時間に余裕を持たせた方がいいよね」 穂乃花がのんびりとした調子で答えた。


4人がああでもないこうでもないと意見を出し合い、少しずつまとまっていく。


その様子を、寺ノ沢先生は座席の端から優しく見守っていた。

――電車やバスで目的地に向かうなんて、高校生にとっては決して難しいことじゃない。

けれど、互いを思いやりながら行動する姿は、かけがえのない経験になる。

大切なのは結果ではなく、この過程なのだと、先生は改めて感じていた。


町田駅に到着した一行は、予定通りにバスへ乗り換えた。

窓際に座った4人は、初めて訪れる町田の街並みに目を丸くする。


「うわぁ、こんなに坂が多いんだね」 愛生が窓に張り付いて感心する。


「なんか、横浜とはちょっと雰囲気が違う気がする 」里香もつぶやく。


「釣り場っていうより、観光に来たみたいだな」 明宏は少しワクワクを隠せない。


穂乃花はというと、 「見たことない店ばっかり〜」 とぼんやり眺めながら呟いていた。


そんな会話を交わすうちに、バスは目的の停留所に到着。

5人が降り立った先にあったのは――室内釣り堀。


そこは想像以上にこぢんまりとしていて、だけど清潔感があり、壁には魚のイラストやちょっとした装飾が飾られていた。

小さくて可愛らしい空間は、まるでおもちゃ箱のようで、5人の胸は一気に高鳴る。


「なんか、遊園地みたいで楽しいかも!」 愛生が目を輝かせる。


「ふふっ、部活の“初陣”にはちょうどいいかもしれないね」 里香も微笑んだ。

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