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うちの愛生ちゃん  作者: 横溝 啓介
1年1学期
20/79

初めての課外活動は屋内釣り堀

読んで下さる皆様、心より感謝致します。


ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。

翌日。

学級委員の作業が長引き、里香は少し遅れて部室に到着した。


「……遅くなってごめん」 そう言いながらドアを開けた瞬間、思わず言葉を失う。


棚の下から1段目には駄菓子がぎっしり。

2段目には 「ざんねんないきもの」 が何冊も並び、

3段目には昨日先生が持ってきた 『釣りキチ二平』 の全巻が整然と収められている。

そしてその上段には、ミニミニアニマルの動物ぬいぐるみが可愛らしく鎮座していた。


「……なにこれ」 里香は絶句。


さらに視線を移すと、なぜか部屋の片隅には冷蔵庫が置かれており、

極めつけには壁際にモニターまで設置されている。


「……完全に、目的不明じゃない」


釣り部のはずの部室は、すでにカオスな空間へと変貌していた。


「ちょっとこれは一体どういうつもりな──」


里香が思わず声を荒げかけた、その瞬間。


「里香姉、鱒釣り部の記念すべきスタートに乾杯しようよ!」


満面の笑顔で割り込んでくる明宏。


その横で愛生も同じようにニッコニコ。

一方、穂乃花はというと……いつものように、ただぼーっとしていた。


言葉を失った里香が唖然としている間に、

明宏はテーブルの上に 「ガリポリらーめん」「うまい棒」「悪ガキびぃる」 を次々と並べていく。


「……はぁ。仕方ない、座るか」


観念したように椅子に腰を下ろす里香。


4人がそれぞれ席につく。

愛生は膝の上にぬいぐるみを抱え、

明宏はにこにこ笑顔を崩さず、

穂乃花はやっぱりぼーっとしていて、

里香だけが深いため息をついていた。


「さぁ、鱒釣り部スタートを祝して、乾杯!」


明宏が勝手に音頭を取り、紙コップを掲げる。


「……って、今日で部活2回目じゃないの?」


呆れ顔で突っ込む里香。


「細かいことは気にしない!」


悪びれることなく言い放つ明宏だった。


「カンパーイ!」


4人の紙コップが軽くぶつかる。


真っ先にゴクリと口をつけた明宏が、勢いよく飲み干す。


「ぷはぁ~! このびぃるを飲むと、ワイルドになった気分になるぜ!」


「……単なる駄菓子じゃない」


冷ややかに突っ込む里香。


すると穂乃花が、ぽつりと呟く。


「なんか、残念な感じのびぃるなのが……私は好きだよ」


フォローのつもりなのだろうが、全くフォローになっていない。


一方、愛生はというと、

ガリポリらーめんを美味しそうにポリポリ食べていて、3人のやり取りなどまるで耳に入っていなかった。


そこへタイミング悪く――いや、絶妙なタイミングで、顧問の寺ノ沢先生が部室に姿を現した。


「こ、これは……悪ガキびぃるじゃあないですか!」


興奮気味に声を上げる寺ノ沢先生。


「私は粉末のジュースが大好きなんです。沢登りで渓流釣りをしていて、湧き水を見つけては喉を潤す……。しかし、どうしても甘い物が欲しくなる時がある。そんな時、この粉末をさっと溶かすと――堪らなく美味いんですよ!」


「うんうん!」 と満面の笑みで頷く明宏。

(……本当かよ)と心の中でぼやく里香。


「先生、今日は今後の活動について話し合いたいです」


半ば呆れながらも、話を本題に戻そうとする里香。


「わかりました。それでは――まずこのリールを見てください」


寺ノ沢先生は突然、鞄から金属光沢のあるリールを取り出した。


「アメリカのペン社製です。この無骨さ、堪らないでしょう!」


「はぁ〜……先生も残念な生き物だね」


小声でぼそりと呟く穂乃花。


シラケた空気が部室に漂い、4人の表情から熱気がすっと引いていくのを、さすがの寺ノ沢先生も感じ取った。


「オッホン!」


わざとらしく咳払いをひとつ。


「……では、部長の里香さん。話し合いを始めてください」


ようやく場を切り替え、先生は口を結んだ。


そして、里香が声高らかに宣言する。


「それでは――最初の会議、スタートです!」


「おぉ〜!」


一同から歓声が沸き、ちょっとした拍手も起こる。


「まず“鱒釣り部”が掲げる目的を決めます」


里香が真面目な顔で切り出すと――


「鱒釣りに行って、美味しいお野菜買ってきて、美味しく食べる! そんでね、可愛いお菓子屋さんがあったらお菓子買って食べるの」


愛生が勢いよく答える。


「う〜ん……私は、楽しく釣り出来ればそれでいいかな」


穂乃花は相変わらずマイペース。


「俺はもちろん、目指せネイティブ・レインボーだぜ!」


明宏は拳を握りしめ、少年らしい夢を語る。


里香は一呼吸置いて、冷静に補足する。


「“鱒釣り部”という部名だから、当然メインは鱒釣り。でも季節や天候、移動距離を考えると、毎回それだけに絞るのは難しいかもしれないわ」


そこで顧問の寺ノ沢先生が、にこやかに口を開いた。


「ええ、鱒釣りにこだわる必要はありませんよ。最終目標は明宏くんの言う“ネイティブ・レインボー”でもいい。でも、そこへ行き着くまでには色々な釣りを経験した方がいいでしょう。無理せず、楽しめるところから取り組んでみてはどうでしょうか」


「なるほど!」 と愛生と明宏が同時に声を上げる。


穂乃花は 「ふぅん……それなら楽しそう」 とぼそり。


こうして、鱒釣り部の“活動の目的”が、ゆるやかに形作られていくのだった。


「じゃあ、今月はどこ行くの?」


愛生が身を乗り出して聞いてくる。


「川崎市麻生区のエリア・トラウトへ行きたいです!」


即答する明宏。


しかし――


「もう6月で梅雨入りだよ。雨の中で釣りすると、ビショビショで……私が残念な生き物になっちゃうよ」


穂乃花が肩を落として呟いた。


その瞬間、里香の表情がふっと変わる。

――ハッと何かを閃いたのだ。


「町田市の屋内釣り堀はどうかな?」


「屋内釣り堀……?」


ちょっと残念そうに眉を下げる明宏。


「みんなで電車とバスを使って行こうよ。釣りだけじゃなく、最初は“電車やバスでの移動に慣れること”も大切だと思うの」


里香の言葉は落ち着いていて説得力があった。


「なるほどなぁ〜」 と明宏。


「雨でも濡れないし、いいかも」 穂乃花も小さく頷く。


「楽しみー!」 と愛生は両手を挙げて賛成。


寺ノ沢先生も 「うんうん」 と満足そうに頷いていた。


こうして――鱒釣り部の目標はネイティブ・レインボーを釣り上げること

最初の活動は 「町田市の屋内釣り堀」 に決定したのだった。


町田の屋内釣り堀に行く企画は、日曜日に決まった。

鱒釣り部の4人は、それぞれ役割を分担して準備に取りかかる。


電車やバスの時刻表、乗り継ぎを調べるのは穂乃花。


釣り堀の料金や利用方法を調べるのは明宏。


愛生はお昼ご飯担当


そして、その情報を整理し企画書にまとめるのは部長の里香。


部室では、4人が真剣に手を動かしながらも、どこか楽しげに準備を進めていた。


その様子を、ドアの外から寺ノ沢先生がそっと見守っている。

――どんなに些細なことでも、みんなで協力して進めることが大切だ。

結果よりも、その過程にこそ学びと価値がある。


それは寺ノ沢先生が、いつも心に抱いている教育方針そのものだった。

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