奥日光湯ノ湖 宇都宮餃子
読んで下さる皆様、心より感謝致します。
ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。
薄暗くなった湯ノ湖を後にして、4人を乗せた車は自宅がある横浜へ向かう。
後部座席には里香と明宏、助手席には愛生。
(釣りも終わったし、あとは真っ直ぐ帰ろう。夕食はどこかのサービスエリアで簡単に済ませればいいな)
船漕ぎと運転で疲れ切った圭介の頭の中は、すでに帰宅モードだ。
だが、隣の愛生はカーナビを勝手に操作している。
「……嫌な予感しかしない」 圭介は小さくため息をついた。
「お兄ちゃん、次はここだからね!」
得意満面に愛生が目的地を指さす。
「えっ、まだ寄り道するの?」
圭介が思わず声を上げる。
「ふっふっふ〜。餃子専門のフードコートへ向かいま〜す!」
まるで大発見のように発表する愛生。
「おぉ〜!」
後部座席の里香と明宏から歓声が上がった。
「……運転するのは俺なんだけどなぁ。はぁ〜、疲れた」
圭介はハンドルを握りながら小さくぼやく。
だがその横顔は、どこか諦め半分、優しさ半分。
楽しい時間は、まだ少しだけ続くのだった。
4人は目的のフードコートがある宇都宮駅付近に向かう。
やがて宇都宮駅近くの駐車場へ。車を降りると、夜風に混じって香ばしい匂いが漂ってくる。
「着いたー!」 愛生が先頭を切り、4人は小走りで駅前ビルへ。
フードコートの入口には“宇都宮餃子”の文字が並び、鉄板の 「ジューッ」 という音が絶えない。
「席、確保しなきゃ」
愛生は場慣れした手つきで空席を見つけると、圭介に指示を飛ばす。
「お兄ちゃんはここで荷物番。私たちは偵察&調達ね!」
「圭ちゃん任せたぜ」
明宏は当然のように言い放つ。
「私も行ってくる、、、、」
里香はそっけなく言い残し、さっさと歩き出す。
気づけば3人は人の波に消えていき、テーブルには圭介ひとり。
(……今日、俺こういう役回り多くない?)
苦笑しながらカバンを椅子に掛けると、鼻先をくすぐるにんにくの香りに、思わずお腹が鳴った。
しかし、戻ってきたのは里香が一番早かった。
手には4つの紙コップ。
「はい、水」
テーブルにコトンと置いていく。
「ありがとう。やっぱり里香ちゃんは気が利くなぁ〜」
圭介は胸の奥がじんわり温かくなる。
(……まぁ、このくらいは優しくしておいた方が後々楽でしょ)
里香はわざと素っ気なく目を逸らし、
「餃子、買ってくる」
とだけ告げて再び人混みに消えていった。
そうこうしているうちに、愛生と明宏が両手にトレーを抱えて戻ってくる。
「じゃーん! てりたま餃子とわかめスープ餃子でしょ、あとオールスター餃子!」
得意げな愛生。
「俺はおろしポン酢餃子とお好み焼き餃子! あとワンタンスープ餃子な!」
明宏はどや顔で並べる。
「うわ〜……なんか個性豊かな餃子ばっかだな」
圭介は思わず目を丸くする。
そこへ遅れて里香が帰ってきた。
トレーの上にはシンプルに、焼き餃子と水餃子。
「……普通が一番でしょ」
淡々と言う里香のその一言に、逆に説得力があった。
「では、いただきます!」
愛生が元気よく声を上げると、他の3人も続けて「いただきます」と手を合わせる。
テーブルの上には、三人が思い思いに買ってきた餃子がずらりと並んでいた。
それぞれの皿から箸を伸ばし合い、わいわいとつまみながら味わう。
「うわ、この餃子、うめーなぁ!」
思わず唸る明宏。
「……わかめスープ餃子も意外といけるわね」
里香は淡々と感想を口にする。
「オールスター餃子美味しい〜!」
愛生は目を輝かせて喜んでいた。
圭介は皿の上の餃子を前に、どれから手をつけようか迷っていた。
その様子に気づいた愛生が、すっと箸を伸ばす。
「はい、お兄ちゃんはこれ食べなさい」
そう言って、圭介の小皿に餃子をそっと置く。
「あっ、ありがとう」
圭介がお礼を言うと、愛生は満面の笑みを浮かべた。
「次はこれね、はい、次はこれ!」
次々と圭介の皿に餃子を運ぶ愛生は、まるで世話焼き女房のようであった。
可愛い妹にかいがいしくされて、圭介はすっかりデレデレになっていた。
愛生の 「はい、次はこれね!」 という声に応じながら、嬉しそうに餃子を頬張る。
その様子を見た愛生は心の中でクスクス。
(シスコンお兄ちゃん、ほんとチョロいんだから) と、楽しげに思っていた。
一方で、そんな二人を見つめる里香はふと胸の奥がちくりとする。
(……やっぱり羨ましいな)
一人っ子の彼女には、こんな関係が少し眩しく感じられるのだった。
餃子を口に運びながら、圭介がふと思い出したように里香へ声をかける。
「里香ちゃん、今日は明宏のために先生役を買って出てくれてありがとね」
すると、里香はツンと顔を背けて答えた。
「別に、明くんのために先生やっただけで、あんたのためじゃないからね。勘違いしないでよね」
(いやいや、だから俺のためじゃなくて、明宏のためって言ったんだけど……)
圭介は内心で突っ込みつつも、その素直じゃない態度にどこか頬が緩んでしまうのだった。
(里香ちゃん、本当にありがとう。兄として心から感謝だよ)
圭介は胸の中でそう思いながら、温かな気持ちで餃子を口に運んでいた。
美味しい餃子をお腹いっぱい食べて、楽しい釣りと合わせて心もお腹も満腹になった4人は、大満足の表情を浮かべる。
「さて、横浜まで帰りますかね」
圭介がそう呟き、車は再び走り出した。
「横浜に着くの、遅くなりそうだから……今日も愛生の家に泊まるね」
里香は母親へ電話をかけ、手短にそう伝える。
「里香ちゃん、今日も一緒に寝ようね」
愛生が嬉しそうに微笑むと、里香も小さく頷いた。
帰りの車中では、愛生と里香、そして明宏が心地よい疲れに包まれて熟睡していく。
運転席の圭介だけがひとり、静かな夜道を横浜へと走り続けていた。




