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うちの愛生ちゃん  作者: 横溝 啓介
1年1学期
15/80

奥日光湯ノ湖 ③

読んで下さる皆様、心より感謝致します。


ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。

湖畔の駐車場に車を止めた途端、明宏は待ちきれないとばかりにドアを開け、水辺まで駆け出していった。


視線の先に広がるのは――温泉が流入することで独特の緑色を帯びた湖面。

その静けさと上品さは、まるで手入れの行き届いた日本庭園の池のようで、湖というよりも


「大きな鏡」と表現したくなるほどの美しさだった。


「うわぁ……きれいだ……!」


湖面を見つめながら、明宏の瞳は少年らしい輝きに満ちている。

その様子に釣られるように、愛生も里香も自然と笑顔を浮かべた。


圭介はそんな3人を見て、少し誇らしげにポットと袋を取り出す。


「はい、朝ごはん。コーヒーとパンな」


ポットから注がれる温かいコーヒーの香りが、ひんやりと澄んだ湖畔の空気に溶け込む。

スーパーで買っただけのパンも、この場所では立派なごちそうだ。


「お兄ちゃん、ありがと!」


「うん、なんか……めっちゃ贅沢」


「これ、キャンプみたいで楽しいね」


美味しい空気、美しい景色、そしてこの後に待ち受ける釣りへの期待――。

それらすべてが重なって、湖畔での簡単な朝食は格別な味となった。


4人の顔には、自然と満面の笑みが広がっていた。


朝食を終えると、それぞれが動き出した。


里香と明宏は車に残ってタックルの準備を始める。

ロッドケースを開け、リールを取り付ける音が小気味よく響く。


一方、圭介は愛生を連れて湯ノ湖釣り事務所へと向かった。


「さ、釣り券買ってくるか」


トコトコと兄の横に並び、自然とくっついてくる愛生。

その仕草があまりにも無邪気で、圭介の口元には思わず笑みが浮かんだ。

(……やっぱり、愛生は可愛いなぁ)


そんな兄の気持ちを知る由もなく、愛生はただ当たり前のように寄り添って歩いている。


「お兄ちゃんと一緒に行くの、なんか楽しいね」


嬉しそうに言うその声には、本人に自覚のない“ブラコン”の響きがあった。


2人の仲の良さは、すれ違う観光客の目にも微笑ましく映るほどだった。


圭介と愛生が釣り券を購入し、湖畔の駐車場へ戻ってくると、

すでに里香と明宏は竿を構え、湖に向かってキャストを始めていた。


「おーい、これ釣り券な」


圭介が2人に券を手渡すと、里香はにっこり笑って受け取り、すぐさま明宏へと声をかける。


「明くん、手漕ぎボートの下にブルックがついてるから、小さなスピナーで誘ってみて」


釣り場に立ったその瞬間から、もう“里香先生”である。


「うん、解った!」


明宏は目を輝かせて、素直に頷く。


その様子を見ていた圭介は、なんとも言えない気分になった。

(……あれれ? 俺が教えようとすると“解ってるよ”とか“黙ってて”とか言うくせに、里香の言うことは素直に聞くんだな……)


少し複雑な思いが胸をよぎりつつも、釣りに夢中になっている弟と、それを優しく導く里香の姿に、苦笑いを浮かべるしかない圭介だった。


レンタルボートの受付は午前9時から。

時計を見れば、まだ少し時間がある。


「じゃあ、俺たちも投げてみるか」


圭介と愛生は並んで湖岸に立ち、ルアーをキャストした。


愛生が取り出したのは、お気に入りの“金魚ルアー”。

勢いよく振りかぶって投げ込むが……ルアーは湖面の手前にポチャンと落ちるばかり。

小さなストリームタイプの管理釣り場なら十分だった飛距離も、目の前に広がる湖では全く届かない。


「むぅ……全然飛ばないや」


首をかしげた愛生は、すぐにルアーボックスを開け、5グラムのスプーンへと付け替える。


再びキャスト。今度は弧を描いてスプーンが沖へと飛び、沈み込んだ瞬間、竿先に小さな震えが走った。


「き、きたっ!」


慌てながらもリールを巻き、愛生の竿が曲がる。

水面を割って姿を見せたのは、小ぶりながらも銀色に光るニジマスだった。


「やったー! 釣れたよ、お兄ちゃん!」


嬉しそうに跳ねる愛生に、圭介は笑顔で拍手を送る。


しかしその横で、自分のルアーには一向にアタリがない。

(……なんで俺の方は沈黙なんだよ……)

内心少しだけ悔しさを覚える圭介であった。


「お兄ちゃん、そろそろ9時だよ」


一匹を釣り上げて心に余裕のある愛生が、竿を片付けながら声をかける。


「……あっ、そうだったね」


まだ釣果ゼロの圭介は、夢中になりすぎて時間をすっかり忘れていたことに気付き、少しバツが悪そうに笑った。


2人でレストハウスへ向かうと、里香と明宏はすでに待っていた。

受付を済ませ、手漕ぎボートを二艘レンタル。いよいよ船釣りの始まりである。


圭介は「もしかしたら里香と2人で乗れるかも」と淡い期待を抱いていたが――。

里香はためらうことなく明宏の方へ歩み寄り、そのまま一緒に船へ乗り込んでしまった。


「……あ、そっち行くんだ」


あっさりと期待を裏切られた圭介は、ほんの少し肩を落とす。


その様子を見ていた愛生は、胸の奥にチクリとしたものを覚え、なんだか不機嫌そうに兄の袖をつまんだ。

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