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うちの愛生ちゃん  作者: 横溝 啓介
1年1学期
14/79

奥日光湯ノ湖 ②

読んで下さる皆様、心より感謝致します。


ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。

土曜日の午後。

翌日の大遠征に備え、圭介はスーパーの買い出し袋を広げ、ひとつひとつを確認していた。


 「カット野菜、よし。粉末のうどんスープ、よし。ゆでうどんパック、よし……」

レジ袋から次々と出てくる食材。


さらに使い捨ての発泡どんぶりと割り箸も揃えた。

これなら現地で温かい昼食を取ることができる。


 「湖畔にレストハウスはあるけど、レストランが動いてるかは分からないって……里香ちゃん情報だからな。準備しといたほうが安心だ」


普段の管理釣り場なら売店や自販機で事足りる。

だが、明日は“自然湖を利用した管理釣り場”。環境も広さも桁違いだ。

現地で困らないためには、万全の備えが必要だった。


押し入れからはキャンプ用の携帯バーナーと鍋、折り畳みテーブル、チェアを引っ張り出す。

さらにタックル一式と一緒に積み込む予定の荷物を玄関に並べると、そこそこのボリュームになった。


 「……なかなかの量だな」

圭介は苦笑しつつも、心の中では迷いはなかった。


――全部、可愛い妹と弟のため。

――そして、ガイド役を引き受けてくれた里香への礼儀のため。


翌日の長旅を前に、圭介の準備は着々と整いつつあった。



玄関にずらりと並べられた荷物を見て、愛生は目を輝かせた。


 「わーい! お外でうどんだぁ! キャンプみたいだね!」


嬉しそうに飛び跳ねる妹に、圭介は 「まあな」 と照れくさそうに笑う。


「綺麗な湖畔でみんなで食べるうどんは、美味しいと思うんだ」


すると、明宏がカップ麺でいいんじゃないかと口をはさんだ。

圭介は少し首を振り、真面目な声で答える。


「みんなに特別な思い出にしてほしいから、カップ麺はやめたよ」


その言葉に、愛生は胸があたたかくなる。

一生懸命に準備をしてくれる兄の姿が、何よりも嬉しかった。


その時、玄関のチャイムが鳴った。

「ピンポーン」


出迎えると、そこには泊まりの荷物を抱えた里香が立っていた。

翌日は深夜に出発するため、今夜は圭介たちの家に泊まるのだ。


「里香ちゃん、いらっしゃい」圭介が声をかけると、


「わぁー里香!」と愛生が駆け寄り、


「里香姉!」と明宏も嬉しそうに笑った。


みんなが大歓迎する中、里香はにこりと微笑む。


「湯ノ湖釣行の動画、いろいろ調べてきたから、3人で観よう」


そう言って、愛生と明宏を両脇に連れてリビングへと入っていく。


残された圭介は、玄関に並ぶ荷物を見つめながら、ひとりぽつんと取り残されてしまった。


頑張って準備を整えたというのに、気づけば置いてけぼり。

リビングからは、里香と愛生、そして明宏の楽しげな笑い声が響いてくる。

圭介はほんの少しだけ胸の奥が淋しくなった。


――まあいい。

明日は自分が運転手であり、みんなを湯ノ湖へ連れていく役目がある。

長距離の往復運転に備えて、体力を残しておかなくてはならない。


「……さて、もう寝るか」


そうつぶやき、自室へと向かう圭介。

一方、リビングでは動画を観ながら盛り上がる三人の声がまだ続いていた。


そして、いよいよ出発の時が訪れる――。


少し余裕を見て、午前二時。

玄関先は慌ただしい空気に包まれていた。


「……ねむい~」 と、半分目を閉じながらスニーカーを履く愛生。

「ふあぁ……」 と大きなあくびをする里香も、さすがに眠気には勝てない様子だ。


対照的に、明宏だけは目が爛々としていた。


「俺、一睡もしてないんだ! 初めての湖釣りだし、楽しみすぎて!」


その興奮ぶりに、圭介は 「無理すんなよ……」 と苦笑する。


荷物を積み込み、エンジンをかけた車は一路奥日光へ。

いつも助手席は愛生の定位置だが、今回は明宏が譲らず助手席へ。

後部座席には、並んで愛生と里香が腰を下ろした。


しかし、走り出してわずか数分――。

「……すぅ……すぅ……」

「……んん……」

愛生も里香も、そしてあれだけ元気だった明宏まで、早々に熟睡してしまった。


ルームミラーを覗くと、里香はまるで絵のように品のある寝顔。

一方で愛生はというと、豪快に口を開けて「ぐぅー……ぐぅー……」といびきを立てている。


「ぷっ……」

思わず笑みを漏らす圭介。

その光景に、眠気よりも愛おしさが込み上げてきたのだった。


車は東北自動車道から日光宇都宮道路を抜け、夜明けの気配が漂い始めたころ。

後部座席で眠っていた愛生と里香が、ほぼ同時に目を覚ました。


「……あれ、もうこんなに来たんだ」


「ふぁ……窓の外が山だらけ」


そして、車がいろは坂へと差しかかると、急なカーブの連続に揺られ、助手席で眠っていた明宏もついに目を覚ました。


「ん……うわっ、ここどこ!? めっちゃ揺れる!」


半分寝ぼけながら外を見ていた明宏の瞳が、一気に輝きを取り戻す。


その先に現れたのは――朝日を浴び、青く澄み渡る巨大な湖。

そう、中禅寺湖だった。


「……すげぇ……中禅寺湖だ……!」

明宏は窓ガラスに張り付くように顔を寄せ、興奮気味にあちこちを見回す。

憧れの湖を前に、少年の目は宝石のようにきらめいていた。


「俺も大人になったら……ここでレイクトラウト釣るんだ……!」


その夢語る姿は、まさに純粋な釣り少年そのもの。


そんな弟を横目に、ハンドルを握る圭介は優しく笑った。


「中禅寺湖はちょっと遠いけどさ……芦ノ湖なら近いから、今度行こうな」


「ほんとに!? やった!」


明宏は嬉しそうにうなずき、期待に胸をふくらませる。


そして車は、中禅寺湖を横目にさらに山道を進み――。

本日の目的地、自然湖を利用した管理釣り場 「湯ノ湖」 に到着したのだった。

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