重丹沢トラウト釣り場 下
読んで下さる皆様、心より感謝致します。
ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。
白×水色の天使系コーデに猫耳イヤーマフ。
冬の川辺で、まるで“雪の妖精”のような花音がロッドを構える。
「にょっ……にょんっ!」
ピシャァッ!
水面を割って、銀色の虹鱒が踊り上がる。
「やったにょ〜ん! かにょん、釣っちゃったにょん!!」
花音、最高の勝利ポーズ。
猫耳がぴょこぴょこ揺れ、キラキラ笑顔は1月の寒空すら明るくするレベル。
「愛生ちゃん、写真撮ってにょん! 早く早く!」
「はいはい…またSNS狙いの写真ね〜」
愛生は慣れた手つきでスマホを構える。
だが花音、その背後に“したたかな計算”があった。
(この写真は絶対バズるにょん…! 冬コーデ×釣果写真の破壊力、SNSで伸びないわけがないにょ
ん……!“釣りアイドル”の座、花音がとるにょん……!)
花音の瞳の奥には、
確かに野心の炎がゆらめいていた。
「はい笑って笑って〜」
「任せるにょん。にっこり天使スマイルにょん♡」
カシャッ!
花音の完璧美少女ショットが保存された瞬間、
川辺に居た圭介の心臓が撃ち抜かれる。
(花音ちゃん……アイドル…いや天使……?この笑顔を武器にSNSで戦ってるのか……)
圭介はしばし呆然。
すると花音、スマホを覗き込みながら満足げに頷く。
「この写真はきゃにょんちゃんでアップするにょん。
釣りアイドル“きゃにょんちゃん”としてイイネ爆増狙うにょん!」
圭介の脳内には再び「???」が乱舞する。
(きゃにょんちゃん……? ラムネちゃん……?花音は何人いるんだ……?)
しかし花音は気にしない。
(この一枚でフォロワー+50はいくにょん……!川で輝く天使系釣りアイドル、花音最強にょん……!)
その自信満々の横顔に、
“野心家のアイドル志望”のオーラが淡く輝いていた。
「みんな〜、休憩しよ〜」
沙代里のお姉さんボイスが川辺にふわっと広がり、
圭介・愛生・花音・明宏は吸い寄せられるように集合した。
沙代里はカバンをごそごそ……そして取り出したのは――
「はい、手作りのクッキーよ。お口に合うかしら?」
にっこり、柔らかすぎる微笑み。
愛生のピアノ帽子が一瞬ふにゃっとしぼむほどの“お姉さん力”である。
さらに沙代里、慣れた手つきでティーバッグをカップにIN。
ポットのお湯を注ぐと――
ふわぁぁぁ……と甘い苺の香りが広がった。
「わぁ〜、苺の香りが素敵……!」
愛生の目がとろんと潤む。
「愛生ちゃんは苺が好きなのね。おすすめのストロベリーティーがあるの。
今度、圭介くんに渡すからお家で飲んでね」
その瞬間――立つはずのない愛生の羊耳が“ぴょこん!”
「わぁ〜ありがとうございます! 楽しみにしてます!」
愛生はすっかり沙代里の手のひら。
めちゃくちゃ楽しそうに尻尾(※幻覚)が揺れている。
「む、ムムム……愛生ちゃんまで手なづけられてしまったにょん……」
花音の顔がひきつる。自分の縄張りの愛生が奪われた気分だ。
「粉ミルクもあるわよ。ストロベリーティーに入れようか?」
「愛生ちゃんはミルクティーがいいです!」
「ウフフ、じゃあ愛生ちゃんはミルク入りにしましょうね」
完全に “お姉ちゃん沙代里” が愛生を溺愛モード。
そして次の矢が花音へ向く。
「花音ちゃんもミルク入れようか?」
その瞬間――花音の脳内に稲妻が走る。
(……ミルク……?ま、まさか……沙代里さん……ダウン着てても分かるくらい巨乳……
だからミルクって……そ、そういう意味……!?)
花音の視線が沙代里の胸元へピタッ。
沙代里は理由も知らずニコニコ。
そこへ追い討ち。
「沙代里さん、俺もミルク入れてもらっていいですか?」
と圭介。
花音の脳が爆発した。
「圭介お兄ちゃん!!いくら沙代里さんが巨乳だからってミルクを欲しがるなんて!!
そんなにふしだらだったなんて……見損なったにょん!!」
全力で誤解し、全力で怒る。
「えっ!? えぇ!? なんで!?!?」
睨みつけられた圭介は理解不能でパニック。
「花音ちゃん、ミルクは?」
沙代里が再度静かに尋ねる。
花音はツンッと顔を背け、
「かにょんはミルクいらないにょん!!」
断固拒否。
愛生は隣でクッキーをもぐもぐしながらつぶやく。
「……花音ちゃんの想像力、時々どこへ向かうのか本気で分からない……」
圭介はクッキーをひと口ぱくり。
「沙代里さん、めちゃくちゃ美味しいですよ、このクッキー!」
「ストロベリーティーと相性バツグンですね〜!」
明宏はティーカップを掲げ、まるで貴族みたいに感動している。
「はぁ〜幸せ〜……」
愛生は椅子の背にもたれ、羊耳(※幻覚)がとろ〜んと垂れるほどの幸福顔。
――沙代里ティータイム、大好評。
……1人を除いては。
花音は膨れっ面でクッキーを噛みしめていた。
(お兄ちゃん……巨乳にデレデレ…… 明宏……クランク1個で餌付け……
愛生ちゃん……紅茶とクッキーでメロメロ……)
※圭介はデレてないし、沙代里は別に誘惑していない。
※しかし花音の脳内は完全に修羅場である。
(みんな……沙代里さんに手なづけられすぎにょん……)
花音の中で、明確な敵対心が芽生えていた。
ところが――
事態は急展開する。
愛生がスマホを取り出し、ぴこぴこ操作し始めた。
「あ、花音ちゃんのSNS更新されてる。
虹鱒の写真、なかなか可愛く写ってるよ〜」
「えっ……!? 今ここで!? なんで今チェック入れるのにょん!!」
花音の心が絶叫する。
沙代里の前でアイドル活動バレるなんて羞恥の極みである。
「かにょんはみんなのアイドルにょん。かわいいのは当たり前にょん」
花音は無理に平静を装うが、耳(※イヤーマフ)が赤くなっている。
「どれどれ、私にも見せて〜」
沙代里が覗き込む。
「あっ、はい!」
愛生はスマホを渡す。
花音、心の中で「ぎゃああぁぁ」と転げ回っている。
画面には“アカウント名:きゃにょん”
キラキラ加工の花音、天使みたいな笑顔、釣った虹鱒とアイドルポーズ……
沙代里はその場で声をあげた。
「花音ちゃん……かっわい〜〜い!!」
「っ……!?」
花音の肩がビクンッと震える。
「花音ちゃんって美形だし、ほんとにアイドルみたいに可愛いわねぇ……!」
「ま、まぁ……言われるほどでもありますにょん……」
花音、急激に頬が赤くなる。
さっきまでの敵意は完全に霧散していた。
(な、なんか……この人……褒め方が……うまいにょん……)
(か、勝てない……)
こうして――
最後の砦・花音も、爽やか魔性お姉さん・沙代里の手のひらに乗せられたのだった。
管釣りの午後。
透きとおるような冬の青空の下、川のせせらぎがゆるやかに耳をくすぐる。
「管釣りって、のんびり釣りして、のんびりお茶して、ゆっくり楽しめて……いいですね〜」
圭介が湯気の立つストロベリーティーを見つめながら、しみじみ呟いた。
「ほんとよね。自然の中でゆっくり釣ったりお茶したりって、贅沢だわ」
沙代里が優雅に微笑む。
その横で、
愛生はモクモクとクッキーを食べ続けていた。
止まらない。もはや手が仕事している。
「あっ、愛生ちゃん、まだクッキーあるわよ〜」
沙代里は、残っていたクッキーを全部、愛生の前へそっとスライド。
「!? ……しあわせ……」
愛生の目がわずかに輝き、もくもく速度が2割上がった。
そんな中、花音だけは別世界。
そよ風が木々を揺らし、冬光の粒がキラキラ踊る。
花音はボーッと木々の揺れを眺めながら、
お皿の上のクッキーを小さなお口でちょんちょんと上品に食べていた。
その瞬間――
ひらり。
一枚の葉が、花音のクッキー皿へ落ちた。
葉っぱの上に、
“妖精さんが乗って『こんにちは』って言ったような気がした”
……と、花音は本気で思った。
(いま……妖精さんが……?)
胸の奥に、ふわっと爽やかな風が走る。
心の中に、小さな山風が吹き抜けたようにスッと軽くなる。
「……なんか、きもち……いいにょん……」
風にそよぐ猫耳イヤーマフ、
ほわほわした花音の頬も、淡いピンクに染まっていた。
まるで今日という日そのものが、
彼女たちを優しく包み込んでくれているみたいだった。
「午後の放流を行いますーー!」
スピーカーから響くアナウンス。
その瞬間、空気が変わった。
「やべっ! のんびりお茶してる場合じゃねぇ!」
明宏はストロベリーティーをズビィッッッと一気飲み。
ラスト1枚のクッキーは愛生の手に強制パス。
「続き頼んだ!!」
「了解……(もぐもぐ)」
愛生は淡々と受け取る。クッキーは無限に処理可能らしい。
明宏はそのまま爆走で川辺へダッシュ。
そんな姿を見送りながら、圭介が花音に声をかける。
「放流直後は釣れるから、花音ちゃんも行きなよ。きっと釣れるよ?」
すると花音、むすーっと頬をふくらませて――
「かにょんは、お兄ちゃんと一緒じゃないとイヤにょん!」
猫耳イヤーマフがぷるぷる揺れて怒りを主張。
「え、えぇ……?」
圭介はちょっと困り顔。
(なんで怒ってるの……?さっきまで妖精さん見てたのに……)
そこへ沙代里が、おっとりとした笑みで助け舟。
「花音ちゃんと行っておいでよ。私は愛生ちゃんとゆっくりしてるから」
「えっ、ありがとうございます!」
圭介はぺこりと深々と頭を下げる。
その直後、花音が腕をつまんで引っ張る。
「お兄ちゃん、行くにょん! はやくっ」
「わ、わかったから引っ張らないで!?」
こうして、
圭介と花音はドタバタしながら川へ向かい、
明宏の横へ並ぶのであった。
猫耳イヤーマフは、期待でぴこぴこ揺れていた。
愛生の前に残されたクッキーは――
たった1枚。
「はぁ〜……1枚になっちゃったよ〜……」
うなだれる愛生。
肩はしょんぼり落ち、まるで世界の終わりが訪れたかのよう。
その様子に沙代里は、そっとバッグをゴソゴソ。
「これもあげるから。そんなに悲しまないでね」
差し出されたのは――コンビニのエクレア。
「えっ……いいんですか?」
愛生は驚いて目を丸くする。
「圭介くんから聞いてたの。妹の愛生ちゃんはいっぱい食べるって。
だからね、念のため買っておいたのよ」
沙代里は爽やかに微笑む。
「いっぱい食べるって……なんか大食いキャラみたいで恥ずかしいじゃない……」
ぷくーっと膨れる愛生だったが――
「……でも、いただきます」
ぱくっ。
もぐもぐ……
ぺろり。
愛生の瞳がきらりと輝く。
満足度120%の表情だ。
「おいし〜い……幸せ……」
さっきまでのしょんぼりはどこへやら。
* * *
一方その頃、川辺は戦場だった。
「よし、また釣れた!! 放流はやっぱりオレ金スプーンだぜ!」
明宏、絶好調。
まるで放流されたニジマスを回収するマシーンである。
「お兄ちゃん! ちゃんと掬ってよ! 下手だにょん!!」
花音は隣でプンスカ。
「ちょ、待って花音ちゃん、早すぎるって!」
圭介はランディングネット係で大忙し。
網を構えるたびに、次の魚がもう明宏にぶら下がっている。
歳の離れた兄とは、こういうものだ。
常に振り回され、大変なのだ。
そして今日も圭介は、
妹とそのお友達の平和な(?)釣行を支える縁の下の力持ちとなるのであった。
五人の過ごした穏やかな一日は、
気づけば夕陽が山の稜線に隠れ、空が紫に染まる頃となっていた。
「楽しかった〜!」
沙代里が夕空の下でにっこり笑う。
「僕も! 沙代里さんとの釣り、
と〜っても楽しかったです!」
と、なぜか自然に腕を寄せる明宏。
(圭介の弟、距離感とはいったい)
「そろそろ帰ろっか」
圭介の声に、
花音は「にょんにょん」とご機嫌に頷き、
愛生は普通にこくりと頷く。
帰り道はいつものファミレス。
お腹いっぱい食べ、ほっこりとしたまま家まで送ると――
* * *
「沙代里さん、今日はありがとうございました。明宏の子守まで任せちゃって……すみません!」
圭介はぺこぺこと頭を下げる。
すると沙代里はふわりと笑って、
「私ね、兄と2つしか歳離れてないの」
「はい、課長ですよね」
圭介はすぐさま会社ポジションを思い浮かべる。
(そこじゃない)
沙代里は続ける。
「だからね、兄っていうより“お友達”みたいな関係でね。
甘えたこともないし、末っ子だから……弟とか妹が欲しかったの」
「そ、そうなんですね……」
圭介はそれ以上返せず固まる。
(沙代里さん……実は寂しがり屋?)
「今日はかわいい妹と弟ができたみたいで、とっても楽しかった〜」
にっこり笑顔の沙代里。
「と、とんでもないです!
こちらこそ、本当にありがとうございました!」
再び深々と頭を下げる圭介。
沙代里は車から降り、ひらひらと手を振って言う。
「また誘ってね」
その笑顔に――
「お兄ちゃんとイチャイチャしてるにょん!!ムキーーーッ!!」
花音が突然ブチギレた。
「やっぱり花音ちゃん、お兄ちゃんが好きなんだ〜」
ニコニコ顔の愛生。
「す、好きじゃ……ないにょん!!」
耳のイヤーマフがぴょこぴょこ揺れる。
こうして釣行の締めは、
今日も賑やかで微笑ましい“兄妹騒動”となるのであった。




