表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
うちの愛生ちゃん  作者: 横溝 啓介
1年2学期
116/119

重丹沢トラウト釣り場 上

読んで下さる皆様、心より感謝致します。


ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。

◆重丹沢トラウト釣り場・真冬の出発

――1月。

空気が痛いほど冷たい、真冬の朝8時。

圭介のワンボックスカーのドアがバンッと開く。

吐く息は真っ白で、愛生も花音も完全に冬眠前の動物みたいな動き。


「さっむ……お兄ちゃん……なんでこんな冬に釣り行くの……」


愛生はピンクのマフラーに顔を埋めて、もはや布の塊。


「釣りするのは午後券でも……出発は朝にょん……」

花音は白い息を吐きながら、布団から引きずり出された猫みたいに震えている。

唯一元気なのが――


「冬こそデカトラウト!!今日も燃えてきたー!!」


明宏だけ真夏テンション。

吐く息が白いのに、本人だけ常夏。

そんな三人を乗せて車は出発した。


圭介のワンボックスカーが、白い息を吐きながら住宅街に止まる。

そこへ玄関からふわりと登場するのが沙代里。

冬の空気でも爽やかに見える、ニット帽×白いダウン姿。

まさに「真冬の清涼剤」。


「おはよう、圭介くん。寒いから気をつけて運転してね」


優しく声をかけながら助手席に乗り込む。

……その瞬間。

後部座席に座る花音と愛生の温度がスッ…と3℃下がった。


◆爽やかすぎる優しさ、逆に刺さる

車が走り出してすぐ、沙代里は振り返る。


「花音ちゃん、今日も可愛いね。髪の色すごく冬に映えてるよ」


爽やか 100%。

嫌味ゼロ。

悪気ゼロ。

だが。


「か、可愛いとか言われても……別に嬉しくないにょん……」

花音は顔をそむけ、語尾に力がない。


「愛生ちゃんも、今日のマフラー似合ってる。2人とも仲良しで、ほんと可愛い姉妹ね」

にこやかに褒める沙代里。


「……えっ、い、いきなりどうしたの……?」

愛生は褒められ慣れてないせいか、逆に刺さる。


沙代里の爽やかさは

冬の冷気より鋭く、2人の心にスパーンと直撃。


「さっきから、2人とも圭介くん見てる目が可愛いの。大事なお兄ちゃんなんだね」

優しい微笑みで言う。


花音と愛生は――

((な、なんか…ムズムズする!!))

2人とも胸の奥がざわつく。

“嫌な気持ち”ではない。

ただ…妙に褒められすぎて、逆にイラっとする感覚。


「べ、別にお兄ちゃんのことなんて見てないにょん!!」

花音の語尾が強い。


「お兄ちゃん見てたわけじゃないし!ただ……視界に入っただけで……!」

愛生もムキになる。


「ふふ、照れ屋さんなんだね、2人とも可愛いよ」

爽やかスマイルで返す沙代里。

……この爽やかさが、花音と愛生には一番キツかった。


「さよりさーーん!!今日は来てくれてありがとうございます!!」

明宏だけ嬉しそうに吠えるように喜ぶ。


「明宏くん今日はいっぱい釣れそうだね。頑張ろうね」


沙代里が優しく言うと――


「は、はいぃぃっ!頑張ります!!」

明宏、完全に犬。


花音(……餌付けされてるにょん……)

愛生(……明宏はわかりやすいな……)


沙代里と圭介はほのぼの会話。


「今日の重丹沢、少し暖かくなりそうですね」

「うん、晴れてるから気持ち良さそう」


ほんわか会話。

その一方で――

花音 → むぅぅにょん

愛生 → なんかモヤモヤ

明宏 → ウキウキ常夏

後部座席の空気だけ寒波が吹き荒れていた。

車は真冬の山道を、白い息を吐きながら

重丹沢トラウト釣り場へ向かっていくのだった。


キンと冷える1月の山の空気。

重丹沢トラウト釣り場に到着した圭介たち4人と、沙代里。

受付には、冷たい空気とは裏腹に“釣り人の熱気”がむんむん。


「4名と…あ、沙代里さんは5人目ですね」

受付のおじさんが笑顔で釣り券を渡す。


釣り券を受け取るなり、沙代里は売店の棚に視線を向けた。


「わぁ…これ、かわいい……。この丸っこいの、コラピーっていうの?」


ピンクの丸いルアーを指でつまみ、きらりと光を反射させる。

その瞬間――

どこからともなく明宏がスススッと出現。


「さ、沙代里お姉さん!!手に取ってるそのコラピー、めちゃくちゃオススメですよ!!」


目がキラキラし過ぎて、もはやライトの反射。

沙代里はクスッと笑って、


「そうなの?明宏くんがそう言うなら、買っちゃおうかな〜」

と、ほんのり頬を緩めた。


明宏、ここで勝負に出る。

(今だ……!ここで一押しすれば、俺は“お気に入り中学生”になれる……!!)


「沙代里お姉さん、可愛いから……ピンクのコラピーが似合うと思います!!」


沙代里は「はいはい、思春期男子の甘い言葉ね」という顔をしつつ、


「ふふっ、中学生に可愛いって言われるの、悪くないかも」


と、ご機嫌にピンクを握りしめた。

……が、次の瞬間。


「じゃあ私がピンクにするから、明 “ちゃん” には白いコラピー買ってあげるね。はい、どうぞ♡」

あっさりお返しまでしてきた。


明宏(……ん?いま“明ちゃん”って言いました?)

気付けば、呼び方がランクアップしていた。

・明宏くん → 明ちゃん

スピード進化である。


「えっ……あっ……えへへへ……あ、ありがとうございます、沙代里お姉さん!!」

明宏はコラピー(白)を宝物のように受け取った。

顔がニヤけすぎて、もう冬なのに頬が緩みっぱなし。


愛生(……ちょっと餌付けが早すぎる)

花音(……明ちゃん、チョロすぎるにょん……)

圭介(……まあ、明宏らしいな)

沙代里(うん、可愛い子だなぁ明ちゃん)


こうして――

沙代里 → 明ちゃん

明宏 → 尊いお姉さん

という関係が、売店の片隅で静かに確立されたのだった。


◆明宏、突然の「明ちゃん先生」就任

〜大人の財力(クランク1個)で全力に尻尾を振る〜

売店でコラピーを手に入れ、

“明ちゃん”呼びの甘美な響きを味わった明宏は、

テンションが天元突破していた。

冬の丹沢。

川は澄み切り、冷気が肌を刺すように鋭い。

そんな中で、釣り場の川を見下ろしながら

竿を握りしめた明宏は――


「よーしっ!今日は僕が……沙代里お姉さんに、エリアトラウトを教えちゃいます!!」

キリッと胸を張り、

自称“プロ中学生”オーラを全力で放ち始める。


沙代里はというと、

そんな明宏の張り切り顔を見て、ふわっと柔らかく笑った。


「え〜?明宏くんが教えてくれるの?」

「はいっ!!お任せくださいっ!!」


すると沙代里は軽く首を傾げて――


「じゃあ……明ちゃん先生、お願いします♡」


その瞬間。

明宏、完全に召される。


「はっ……はいっ!!す、すべては……姫君の仰せのままに!!」

※中学生の騎士、誕生。


愛生(……クランク1つで懐柔されとる……)

花音(明ちゃん、チョロすぎるにょん……)

沙代里(ふふ、明ちゃん可愛い)


そして圭介。

圭介は、手元のルアーケースを閉めながらボソッと呟いた。


「……クランク一つでここまでチョロいと逆に尊敬するわ……」


明宏(心の声:大人の財力……いや、沙代里お姉さん最高……!)

こうして、

“明ちゃん先生と沙代里お姉さんの川トラウト講座”

の幕が、勢いよく上がるのであった。


1月の重丹沢。

 澄みきった空気は冷蔵庫より冷たく、吐く息は即座に白くなる。

 キラキラと光る川面には、真冬とは思えないほど透明な流れ。川のせせらぎだけが静かに響く。

 そんな中で——


「ほら明宏くん、足元気をつけてね。冷たいから、濡れたら本当に大変だよ」


 沙代里が中学生の明宏にそっと手を添える。その仕草はやわらかくて、冬の空気よりもずっとあったかい。


(沙代里さん、優しすぎない……?天使なのか?)


 そんな視線を向けながら、圭介は癒やされオーラを浴びまくる。

 だがふと、沙代里の手元が目に入り——


(ん?……あれ、あのリール、まさか……)

 圭介の心臓が跳ねた。


(最高級の“テスラ”じゃないか……!値段だけで胃が痛くなるやつ! 

ってことは、上級者!?ガチ勢!?)


 頭の中で警報が鳴り響いた瞬間——

 沙代里がふとこちらを向き、ふわりと微笑む。

 あの、女神スマイル。


「うっ……」


 顔が一気に熱くなる圭介。

 それを知らずに明宏は胸を張る。


「沙代里さん、今日は俺が色々教えますから!」


(おい待て明宏。上級者に“教える”とか言っちゃってるぞ……!

 兄として恥ずかしい……!死ぬ……!!)


 顔がトマトに変わる勢いで赤くなる圭介。

 その様子を見た沙代里は——ぷっ、と吹き出してしまう。


「ふふっ、圭介くんかわいい……」

(だめだこれ死ぬ……!)


 さらに追い打ち。


「……なにイチャついてんの?」

 小声でぼそっと呟きながら、

 花音が“コツン”と圭介の足を蹴った。


「いって!?」


 普段おとなしい花音からのまさかの制裁に、圭介は二度見する。

 花音はほんのり頬を膨らませて、川の方を向いたまま小さく言う。


「……デレデレしてると、蹴るよにょん」

(こわっ!?いや、かわいいけどこわっ!!)


 真冬の重丹沢。

 氷点下でも、彼らの周りだけは妙に温度が高かった。


真冬の重丹沢。吐く息は白いのに、明宏のテンションだけは真夏の太陽ばりにアツい。


「沙代里お姉さん! こうやってコラピーを投げて、こうやって巻きます!」


 ドヤ顔でキャストのフォームを見せる明宏。

 川の冷気をぶち破るくらい自信満々だ。


「わぁ〜明ちゃん上手ねぇ~」

 沙代里は沙代里はぱちぱちと優しく拍手する。


「えへへっ」

 明宏、秒で照れる。

 ほっぺたがストーブみたいに赤くなる。


「じゃあ、私もやってみようかな〜」


 沙代里は軽く構え——

 しゅっ! ぴたり!!

 見事すぎるフォームで、狙ったコースに鮮やかなキャスト。

 続くリトリーブは流れの強弱を読み切った完璧な動き。


「沙代里お姉さん、上手です!!」

 目をキラッキラに輝かせる明宏。


(いや、明宏……どう見ても沙代里さんの方が……いや、言わないでおこう)


 圭介はそっと視線を逸らした。


「じゃあ明ちゃんもキャスト&リトリーブ、やってみて?」

 沙代里が微笑みながら促す。


「はい! こうですね!」

 明宏はさっきより明らかにフォームが良くなっている。


「そうそう、明ちゃん上手よ〜」

 沙代里がやわらかくうなずく。


(あれ……?これって……)

 圭介は気づいてしまった。

 明宏先生——さっきから完全に沙代里先生の“生徒”ポジになっている。


「……明宏、完全に教わってるじゃん……」

 

 つぶやいた声は冬の風に溶けていった。

 でも——

 楽しそうに笑う明宏と、優しく見守る沙代里を見ると、

 それはそれでまぁ、いいかと思えてしまうのだった。


 重丹沢の凍える川辺。

 吐く息は白いのに、圭介の両隣だけはほんのり温かい。

 右には妹の愛生。

 左にはいとこの花音。

 圭介、両側からガッチリ挟まれてお世話係スタートである。


「ふんふん♪」


 愛生は慣れた手つきでタックルを組んでいく。

 指先が器用で、動きに無駄がない。さすが釣り歴の長い妹。

 一方——


「お兄ちゃん、かにょんの釣り具セッティングするにょん」


 はい来た。

 甘えん坊いとこ花音の“圭介専属スタッフ”要求である。


「ハイハイ」


 圭介は苦笑しつつロッドを受け取り、花音のセッティング開始。

 最近の花音は以前にも増して、いや……

 “更に更に”圭介にベッタリ甘えるようになっていた。


(お兄ちゃんにばっかり甘えて……)

 愛生は横目でその様子を見て、ぷくっと頬をふくらませた。


「自称・私のお姉ちゃんなのに……」

 愛生は呆れたように小声でつぶやく。


「お兄ちゃん、お兄ちゃんって、これじゃあまるで妹じゃないの……」

 でも。

 花音のプロフィールを思い出すと、愛生も複雑だ。


(……まあ、両親と離れて暮らしててさみしいから、お兄ちゃんに甘えちゃうのも仕方ないんだけど……)

 だが次の瞬間、愛生の頭の中に鋭いツッコミが走った。


(……って、推し活のために両親と離れて暮らしてて、さみしいってどういうことなの!?)

 愛生の心の中でだけ、ツッコミ用ボードが全力でひっくり返される音がした。


「できたよ、花音ちゃん」

 圭介が優しくロッドを手渡す。


「ありがとにょん、お兄ちゃん大好きにょん〜」

 花音は満面の笑みで圭介にすり寄る。


(……甘えレベル高いなぁ)

 圭介はやれやれと苦笑する。

 そんな3人の横で、川は今日も変わらずさらさらと流れていた。


澄んだ冬の川面へ、愛生のお気に入り——

 アザラシルアーがぽちゃん!

 愛生がリトリーブを始めたその時。


「キャー! アザラシルアー、かっわいい〜!」

 背後から、透き通るような“沙代里ボイス”が飛んできた。

 愛生、びくっと振り向く。


「えへへ、ありがとうございます……」


「しかもね、私もアザラシルアー持ってるのよ〜」

 沙代里は嬉しそうに、色違いのアザラシをひょいっと掲げる。


「わっ、お揃いだ……!

 沙代里さんも持ってるんですね」

 愛生はほんのり胸が温かくなる。

 推しルアーを共有できる人には、自然と親近感が湧くのだ。


「愛生ちゃんはピアノちゃんが好きな、かわいい大好き女の子なのね〜」

「えっ!? どうして私がピアノちゃんファンってわかったの!?」

 愛生は本気で驚いた表情。


 その答え——説明しよう。

 愛生の釣りコーデは上下ピンク。

 帽子はピアノちゃんの“羊耳もふもふキャップ”。

 どう見てもピアノちゃんガチ勢である。

 だが当の本人だけが、自覚ゼロだった。


(私の趣味を一瞬で見抜くなんて…… 沙代里さん、なかなかの……曲者ね……!)

 愛生、なぜか探偵ドラマみたいな思考になる。

 そんな愛生を見て、沙代里は微笑む。


「ふふっ、愛生ちゃんって……なんか…… ゆるキャラみたいで可愛い〜!」

「ゆ、ゆるキャラ!?」

 驚きつつも、褒められてちょっと嬉しい愛生。

 

アザラシルアーをきっかけに、

 ゆるふわ女子・愛生と爽やかお姉さん・沙代里の距離は一気に縮まったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ