花音の推し事 ライヴ開演
読んで下さる皆様、心より感謝致します。
ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。
◆地下アイドルの聖地へ強制連行される愛生
「はい、愛生ちゃん、団扇とサイリウムね。ほら持って!」
「え、ちょ、無理無理無理むりぃ〜!!」
愛生の否定は、一瞬で花音の「はい強制〜☆」にかき消された。
気付けば団扇(デカ文字:トモくん命)と、サイリウム(側面プリント:トモくんしか勝たん)を手に持たされ、
さらに気付けば――
「ほら行くよ、ライブ会場! 時間ないにょん!」
「いや待って、心の準備だけでも……!」
「準備なんて現場で整えるものにょん!」
ごくごく自然に、愛生はハンバーガー店からライブ会場へ拉致搬送された。
もはや抵抗は無意味。
愛生は悟った。――逃げられない、と。
◆ライブ会場・13:40
すでに会場は開場しており、テンション上がったファンのざわめきが渦を巻く。
花音と愛生は指定席へ。
「愛生ちゃんはこっちね〜。かにょんは隣の席にょん」
言われるがままに座る愛生。
だが、隣に座っていたのは――
年甲斐もなくお団子頭にして、やたらキラキラした服を着た60代のおば……いや、みゅんさんだった。
(ゲッ…若作りおばちゃんだ……!)
愛生は、静かに隣の花音を睨みつけた。
花音はというと、
**「にょへへ……」**という感じの愛想笑いでフワッと誤魔化している。
◆愛生、みゅんさんに捕まる
「あら〜! ラムネちゃんのお友達のお芋ちゃんじゃないのぉ〜!」
「ひっ……!?」
みゅんさんの満面すぎる笑顔に、一瞬ひるむ愛生。
(お芋ちゃん……って私……?)
とりあえず無難に笑っておく。
するとみゅんさん、急にバッグをごそごそ。
「さっき買ったトモくんクッキー、お裾分けねぇ〜!」
「え、あっ、ありがとうございます……!」
意外と純粋で優しい。
愛生の警戒心は一瞬ゆるむ。
(あれ、この人……そんなに悪くないかも……?)
そんな愛生の油断を丁寧に拾い上げたかのように――
「トモくんねぇ、推し始めて5年なの♡」
始まった。
みゅんさんの、圧倒的トモくん愛トークが。
「イベントはほぼ皆勤賞なのよぉ〜♡」
「毎日トモくんのSNSチェックするのが生き甲斐でねぇ〜♡」
「あの子ね、私の顔覚えてくれてるのよっ♡ “いつもありがとう”って言ってくれたの! つまり、特別なファンってことよねぇ〜♡」
顔、真っ赤。
テンション、天井知らず。
語彙力、ほぼ“愛”。
(……正直、ウザい……)
愛生は心の中で泣きそうだった。
だが同時に――
こんなに一途に、純粋に誰かを応援できる人間がいるんだなぁ、と。
ほんのり胸があったかくなる。
(……ちょっとだけ、いい人なのかも)
花音は横で、
“うんうん、これぞ現場の空気にょん♪”
と満足そうに頷いていた。
――愛生はまだ知らない。
このあと、もっとディープなドルオタの沼に足を取られることを。
◆14:00 地下アイドルの魔法が降りてくる時間
パタリ、と空気が変わった。
さっきまでヒソヒソ話していたファンたちが
嘘みたいに黙り、
ステージは水を打ったように静かになる。
(え……一気に寺みたいな雰囲気……? 急に厳粛……?)
愛生はドキドキしながらステージを見つめた。
そして――
いよいよ、幕が上がる。
ライトが一気に照らされ、
01カラトのメンバーたちが華やかにダンスを始めた。
「「「フゥ〜〜〜!!!」」」
軽い拍手と歓声が起こったその瞬間。
――中央の照明が一点に集まり。
「トモくーーーん!!!」
ついにトモくんが登場した。
途端に、
右から 「キャーーーッ♡♡♡」
左から 「トモくん最強にょおおおおおん!!!」
鼓膜粉砕レベルの叫び声が炸裂。
(ぎゃあああああ!! 右の高音と左の大音量!! 鼓膜を両側から殴られてる!!)
愛生、ほぼ錯乱。
◆花音、言語放棄
花音は必死に何かを叫んでいるが――
「――!!! ――!!! にょん!!!」
ライブ音+ファンの悲鳴+爆音スピーカー
= 愛生の脳には無音として届く。
(えっ、なに言ってるの!? なんでそんなに高速で口が動くの!?)
花音、諦めてジェスチャーに移行。
サイリウムを両手で激しく振り回しながら、
愛生の目の前で 「こう!! こう!!」 と全力アピール。
(えっ……? サイリウム……? あ、そういうこと……?)
愛生は言われるまま、
ぎこちなくサイリウムを振ってみる。
ひゅ…ひゅ…(軽い)
(なんか……うわっ……めっちゃ初心者感……)
そうしてアタフタしている間に――
トモくん最初のソロパート、終了。
ドーーーーン(歓声)
「あ”ぁ”〜〜っ!! プリンちゃん〜!!」
花音は頬をぷくっと膨らませ、
サイリウムをこれでもかと振りながら
ぷんすこぷんすこ怒りのジェスチャー。
「もっとノリノリで振らなきゃダメにょん!! ラムネお姉ちゃん、ぷんぷん怒りなのぉ!!」
(えぇぇぇ……どうすればいいの!? リアクションの正解ってなに!?)
右ではみゅんさんが涙目で
「トモくーんっ! 今日も輝いているわぁぁぁ……!」
と叫んでいる。
左では花音が
「ほらプリンちゃん!! 一緒に振るにょん!!」
と無限ジェスチャー。
愛生は完全に取り残されていた。
――地下アイドル現場、未経験者には難易度が高すぎる。
(あぁ〜〜〜!! 私、今どんな顔すればいいの〜〜〜!!?)
混乱しながらも、
愛生のサイリウムはひゅんひゅんと鈍く揺れていた。
――そしてライブは、まだ始まったばかりだった。
◆推し活戦国時代、開幕
他のメンバーの歌が始まり、
ステージの雰囲気は再びキラキラに変わった。
トモくんも今度は他のメンバーと並んで歌っている。
すると――
花音ちゃんと
右の若作りお団子頭・みゅんさんは、
「しずしず……」
とイスに座ったまま、
ゆる〜くサイリウムと団扇をフリフリしている。
(えっ……急に静か!? さっきまであんなに叫んでたのに!?)
しかし愛生の後ろでは――
「いけえええええ!!」
「推しみんな最高!!!」
箱推しファン達が立ちっぱなしでブンブン。
サイリウムの勢いがもはや扇風機レベル。
(あ、後ろは“箱推し”の人たちだ……!全員まとめて応援するタイプの……ガチ勢だ……!!)
◆そして――シンくんのソロパート
照明がカッと切り替わり、
シンくんが前に出た瞬間。
「「「シーーーンくーーん!!!」」」
黄色い声援が一気に会場を揺らす。
後方席の一部が地震のように震え、
サイリウムは光の滝と化し、
熱狂したファンたちが全身を使ってシンくんの名前を叫ぶ。
(わぁ…… 推しが違うと、ここまで雰囲気変わるんだ……)
愛生はようやく気付いた。
◆推しは十人十色
「単推し」「箱推し」
それぞれが好きなメンバーへ全力で気持ちを向ける世界。
花音ちゃんはもちろんトモくん単推し。
みゅんさんも、ゆんゆんさんも同じくトモくん単推し。
そして周りを見渡せば――
シンくん推しはシンくんで騒ぎ、
ユウくん推しはユウくんのタイミングで叫び、
箱推しは全員に優しく光を向けている。
(なるほど……だから席がこうなってるんだ…… “トモくん推しゾーン”で固まってるんだ……!!)
妙に納得する愛生。
だがすぐ隣から――
「プリンちゃん、次はちゃんとサイリウム振るにょん!」
花音が小声で圧をかけてくる。
(うっ……推し活の世界って……ルール多い……!!)
愛生はサイリウムを握りしめながら、
改めて地下アイドル文化の奥深さを噛みしめるのだった。
◆トモくん、バラード第二形態へ
ついにやってきた――
花音が人生で5本の指に入るほど待ち焦がれていた、
トモくんのソロパート(バラード編)。
先ほどはテンポ良く踊っていたステージが、
今度はゆっくりとした光に包まれる。
「君を愛している……僕の胸に飛び込んでおいで……」
甘すぎる歌詞を、甘すぎる声で歌うトモくん。
すると――
「うっ……ひぐっ……」
「と、トモくん……!」
みゅんさんの隣のゆんゆんさん(50代)が
突然、崩れ落ちるように号泣。
その隣のみゅんさん(60代)も
ハンカチで目を押さえながら
「……あぁ、尊い……」
と震えている。
(えっ……い、今のどこに泣く要素が!?バラード=泣く、っていう文化なの!?)
愛生は完全にパニック。
まるで**「泣きのスイッチ」**が2人だけ違う場所にあるみたいだ。
◆花音はというと……
(……こ、これは……花音ちゃんも泣いていたらどうしよう……!)
恐る恐る左側を見る愛生。
すると花音は――
「ふんふん♪」
サイリウムを器用にくるくる回していた。
表情は真剣だが、
涙の「な」の字すら存在しない。
(はぁ~~~~~よかったーーー!花音ちゃん、ガチ恋まっしぐらじゃなかった……!!)
愛生は胸に手を当ててひと安心。
確かに花音はトモくん大好きだけど、
今の泣き崩れてる2人とはレベルが違うらしい。
◆愛生、生命の危機から脱出
(よし……花音ちゃんの推し度は“健全”……!少なくとも、みゅんさんとゆんゆんさんの
“ガチ恋ゾーン”には到達していない……!)
今この場で愛生がいちばん安堵しているのは、
トモくん本人ではなく、
花音ちゃんの恋愛感情のセーフティ確認であった。
そっとサイリウムを握り直しながら、
愛生は再びステージへ視線を向けるのだった。
◆そして、地獄と天国が混ざり合うフィナーレへ
「さぁ〜〜〜ラァイブのフィナーレだぁ!!」
というMCの声とともに、
01カラトのメンバー全員がステージに並び、
最後の総力戦のように歌い出す。
ぞろぞろぞろ……
メンバーがステージを降りて、客席のすぐそばまでやってきた。
「きゃあああああああああ!!」
トモくん推しエリアは爆発寸前の熱量。
当然、花音もみゅんさんもゆんゆんさんも立ち上がりかけるレベル。
トモくんは一瞬だけ花音たちのエリアで歌い、
優雅に手を振り――
すぐにステージに帰っていった。
(あっ……トモくん……来て……去った……)
愛生は何とも言えない喪失感に襲われたが、
当のファンたちは歓喜の舞が始まっていた。
やがてメンバーが全員で深々とお辞儀すると、
ゆっくりと幕が下りる。
「……終わったぁぁぁぁ……」
愛生は魂が抜けたように背もたれに寄りかかった。
◆終わった、と思うなかれ
しかし――
「アンコール!アンコール!アンコール!!」
ファンの叫びが地鳴りのように会場を揺らす。
そして――
まさかの――
幕、もう一度上がる。
「ありがとうーーー!!」
トモくん
シンくん
ユウくん
中心メンバー3人が再び登場。
「ぎゃあああああああああああ!!!!!」
周りの叫び声があまりにも強烈で、
愛生の頭の中は完全に電子レンジ状態になった。
(脳みそが……揺れてる……耳が……キンキンするぅ……)
トモくんたちの歌声が響くのに、
愛生には遠雷みたいにしか聞こえない。
◆ようやく終焉
アンコール曲が終わり、
幕が完全に閉じたとき――
(はぁぁぁぁぁ……本当に終わった……何もかも……全部終わった……)
愛生は魂を抜かれたように前のめりになった。
その横で花音は――
キラキラキラキラ……
まるで少女漫画のヒロインのような
夢見心地の瞳で、幸せいっぱいに座っていた。
(……同じライブを観ていた人ですよね? ね?)
愛生はしばらく現実世界に帰ってこれなかった。




