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うちの愛生ちゃん  作者: 横溝 啓介
1年2学期
113/119

花音の推し事 やっと昼食

読んで下さる皆様、心より感謝致します。


ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。

◆ ラムネ姫とプリン妹、推し活ランチタイムへ!


新百合ヶ丘駅に戻ってきた頃には、時計の針はすっかり 12 時を回っていた。


「はぁぁぁ~~……おながずいたぁ……」


今にも倒れそうなテンションで愛生がつぶやく。


「お腹空いちゃったにょんね〜。

 かにょんが可愛い妹ちゃんに、美味しいランチをご馳走するにょん♡」


隣で胸を張る花音。

※2人は同い年なのに、花音が一方的に“お姉ちゃん”を名乗っている。


「や、やっと……休憩だ……」


朝イチから“トモくん聖地巡礼ツアー”に連れ回された愛生は、

椅子でもないのに座りそうな勢いで胸を撫でおろした。

花音が案内したのは――

個人経営の隠れ家風ハンバーガー&サンドイッチ店。

店内はウッド調で、こじんまりしているのに妙にオシャレ。

お腹を減らした愛生のテンションも、少し回復する。

その時、花音がスマホをぴょこんと差し出してきた。


「愛生ちゃん、これ見るにょん!」


画面には

豪快にハンバーガーをかじるトモくん の写真がSNSに。

背景までかっこいいのは反則だ。


「……トモくん、ハンバーガー食べてるだけなのにカッコいいにょん……♡」


花音はぽわぁっと頬を染める。

完全に恋する乙女モード。


(いや、確かに美形だけど……)

(世界の違うステージの住人というか……アニメキャラに近いんだよなぁ……)


愛生は冷静な視点で現実を見てしまう。

だが――

花音が、宝物を見せる子どものような、

きらっきらの瞳でスマホを差し出しているのを見た瞬間。


(あぁ……花音ちゃんのテンションに合わせてあげなきゃ……)


心が折れた。


「キャーー! カッコいい!! ハンバーガー食べてるだけでキラキラしてるぅぅ!!」


言った瞬間、花音は満開の笑顔。


「でしょでしょ〜? トモくんは何しても絵になるにょん!」


(……私、今日1日ずっとこのテンション求められちゃうのかな……)

愛生の心から漏れた、誰にも聞こえないため息は、

ハンバーガーの香ばしい匂いに消えていった。


ほどなくして、店員さんが

どっかんサイズのハンバーガーを2つ運んできた。


「わぁ……で、でっか……!」


愛生の前にも、花音の前にも、

顔より存在感のあるハンバーガーが鎮座する。


「愛生ちゃん。SNS用に、かにょんが“トモくんと同じハンバーガー食べてる姿”を撮るにょん♡」


来た、絶対言われると思ってたやつだ。

(はいはい、お約束ですね……)

と喉まで出かかったけれど、

愛生はにっこり笑って――


「いいよ〜、撮るよ花音ちゃん」


スマホをスッと構えた。

すると花音、秒で“アイドル撮影モード”に変身。


◆ おちょぼ口でハンバーガーをちょいっとつまむ

◆ 上目遣いでうるうるした瞳を作る

◆ 角度を3ミリ単位で調整

◆ ほっぺに手を添えて「いただきにょん♡」

(プロ……!?)


愛生はシャッターボタンを押しながら震えた。

社会の闇を覗いたような気がした。


「はい花音ちゃん、可愛いよ〜!撮るね〜」


パシャッ、パシャッ、パシャパシャパシャ!!

ハンバーガーを前に、

守ってあげたくなる系のラムネちゃんが完成していく。


「ふふ〜ん♡これでトモくんも、かにょんのこと意識しちゃうにょん♪」

「(……いや、どうだろ……)」


と喉まで出かかった愛生は、笑顔のまま飲み込む。


スマホ撮影という名の“アイドル戦闘モード”を終えた花音は、

スイッチが切れたかのように 通常運転 に戻った。


「いただきまーすにょん!」


そして――

ガブッ!!

さっきまでの“小動物系おちょぼ口”はどこへいったのか。

今の花音は、

怪獣映画で建物を食べる怪獣レベルで豪快にかぶりついていた。

愛生はその様子をジーッと見つめる。


(この子……いったい何者なの?)


思い返せば、花音は状況によって食べ方を変える。


◆ 子供みたいに「大きなお口あ〜ん♪」の無邪気モード

◆ 「ちまちま…♡」と小動物女子の可愛いアピールモード

◆ 「ごきげんよう、いただきますわ」なお嬢様モード

(え……これ、完全に使い分けてるよね?演技幅が広すぎて、逆に怖い……)


愛生の背中をゾワッと寒気が走る。

しかし今、愛生の目の前にいる花音は――

コンセプトも演技も存在しない、

本当に“素”の花音だった。

ハンバーガーを口いっぱいに詰め込んで、

ほっぺぷくーっと膨らませながら、


「んあ? 愛生ちゃん、なにじろじろ見てるにょん?」


もぐもぐ喋りで首を傾げる花音。

その表情があまりにも

ぽやんとした間抜け顔で、

愛生は思わず吹き出した。

(……なんか、可愛いな)


推し活では“量産型の顔”を作る花音。

ライブ前は“戦闘モード”の花音。

家では“天使のお姫様”を自称する花音。

学校ではハイソなお嬢様の花音。


でも――

こうしてハンバーガーを頬張る“素の花音”こそ、

一番身近で、一番親しみやすかった。

愛生はなぜか、胸が少しだけあたたかくなるのだった。


ハンバーガーをぺろりと平らげた花音は、

すかさず店員さんを呼び止めた。


「すみませ〜ん、愛生ちゃん用にケーキ追加でお願いするにょん♡」

「えっ、いいの!? やったぁ〜!」


愛生のテンションは一気に急上昇。

疲れ果てた心にスイーツが降ってくるのだから当然である。

しばらくして運ばれてきたのは、

見るからに美味しそうなチーズケーキ。


「わぁ……!」


愛生はフォークを入れる前から、もう幸せの笑顔。

サクッ……

ふわぁ……と溶けていくチーズの香り。

ひと口食べると――


(チーズとお砂糖が……お口の中でワルツ踊ってる……!

 はぁ〜〜〜甘い……。このまま天国いける……)


幸せの絶頂である。

紅茶をひと口含めば、

その甘さがもう一段階ふくらんで――


「はぁぁ……愛生は最高に幸せなの〜〜♡」


完全にこの世の憂いを忘れた顔でとろけている愛生。

しかし。

向かいに座る花音は完全に別の世界にいた。

スマホを片手に、眉間にシワを寄せて真剣な表情。

画面をスッスッとスクロールし、

時には写真の角度を確認してキリッと睨む。


「愛生ちゃん、SNS更新するから、その間ケーキ食べて待っててね」

「う、うん……ケーキ食べてればいいのね……」

(……よくわかんないけど……まぁ、ケーキ食べれるならいっか)


愛生は即座に理解を放棄し、

ふたたびチーズケーキの世界に没入した。

一方で花音は――


「うーん……もっと“ふわあん可愛い”感じに写ってたはずなのに……どう加工すればトモくんに刺さる写真になるかにょん……キャプションは……“同じお店来たよ♡”……いや、重い?軽め? いや、でも好きは伝えたい……にょん……!」


完全に戦場である。

キラキラ甘味の世界に浸る愛生。

対して、キラキラ推し活戦略に命を燃やす花音。

――2人の温度差は、

もはやハンバーガーの比ではなかった。


SNS更新を終えた花音は、

椅子にもたれながら「ふぅ〜」と長い息を吐いた。

一方その頃の愛生は、

空になったケーキ皿とティーカップを前に「ゲフ〜」と出そうなゲップをこらえていた。

「……ッ!」

その瞬間。

花音の目が、ギラリッと光った。

まるで戦場で獲物を見つけたスナイパーのような、鋭い眼差し。


「い、いい? 愛生ちゃん……今から花音お姉ちゃんが、本日の“最強の武器”を授けるからね」

「えっ、えっ、なに!?なにその圧……!」


花音の異様な真剣さに、

愛生は思わず背筋をピンッと伸ばす。

そして花音は、ゆっくりとカバンに手を伸ばし――


ガサゴソ……ゴソゴソ……。

「出でよ……!」

ばっ!!

「――団扇うちわ!!」

愛生「…………団扇?」


机に置かれた団扇には、

でっかく 『トモくん♡』 とキラキラ装飾。


「えっ、こ、これ……私、持つの……?」

「うんうん。違うよ♪」

「はぁ〜〜よかったぁ〜!持たなくていいんだぁ〜〜!」


愛生は一気に肩の力を抜いてホッと一息。

だが、その瞬間。

花音は天使の笑顔で――


「持つだけじゃダメにょん♡振って応援しなくちゃ意味ないの!!」

「ええええぇぇぇぇぇぇ!?む、無理無理無理……!絶対恥ずかしいよ〜〜!!」

「大丈夫。最初は誰だって恥ずかしいにょん」


花音は優しく頷くが、その目はガチ。


「でもね……これを一緒に振れば……恥ずかしさよりも“楽しさ”が勝つから大丈夫にょん♡」


まるで宗教の勧誘のような説得力を漂わせながら、

花音はカバンにもう一度手を突っ込み――

シュバッ!!


「じゃーん♡ サイリウムもあるよ〜〜!!」

今度出てきたのは、

『トモくん命』

『トモくんしか勝たん』

と書かれた、明らかにヤバイ光る棒。


愛生「うわぁぁぁ……もっと恥ずかしいアイテム出てきたぁ……!」

だが。

花音は――サイリウムを握りしめ、

うっとりとした“夢見心地の笑顔”。


「ふふ……今日もトモくんに会える……♡」


愛生(ひぃっ……また背筋が寒くなってきた……!)

ケーキの温かい幸せは、すでにどこかへ消えていた。

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