花音の推し事 やっと昼食
読んで下さる皆様、心より感謝致します。
ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。
◆ ラムネ姫とプリン妹、推し活ランチタイムへ!
新百合ヶ丘駅に戻ってきた頃には、時計の針はすっかり 12 時を回っていた。
「はぁぁぁ~~……おながずいたぁ……」
今にも倒れそうなテンションで愛生がつぶやく。
「お腹空いちゃったにょんね〜。
かにょんが可愛い妹ちゃんに、美味しいランチをご馳走するにょん♡」
隣で胸を張る花音。
※2人は同い年なのに、花音が一方的に“お姉ちゃん”を名乗っている。
「や、やっと……休憩だ……」
朝イチから“トモくん聖地巡礼ツアー”に連れ回された愛生は、
椅子でもないのに座りそうな勢いで胸を撫でおろした。
花音が案内したのは――
個人経営の隠れ家風ハンバーガー&サンドイッチ店。
店内はウッド調で、こじんまりしているのに妙にオシャレ。
お腹を減らした愛生のテンションも、少し回復する。
その時、花音がスマホをぴょこんと差し出してきた。
「愛生ちゃん、これ見るにょん!」
画面には
豪快にハンバーガーをかじるトモくん の写真がSNSに。
背景までかっこいいのは反則だ。
「……トモくん、ハンバーガー食べてるだけなのにカッコいいにょん……♡」
花音はぽわぁっと頬を染める。
完全に恋する乙女モード。
(いや、確かに美形だけど……)
(世界の違うステージの住人というか……アニメキャラに近いんだよなぁ……)
愛生は冷静な視点で現実を見てしまう。
だが――
花音が、宝物を見せる子どものような、
きらっきらの瞳でスマホを差し出しているのを見た瞬間。
(あぁ……花音ちゃんのテンションに合わせてあげなきゃ……)
心が折れた。
「キャーー! カッコいい!! ハンバーガー食べてるだけでキラキラしてるぅぅ!!」
言った瞬間、花音は満開の笑顔。
「でしょでしょ〜? トモくんは何しても絵になるにょん!」
(……私、今日1日ずっとこのテンション求められちゃうのかな……)
愛生の心から漏れた、誰にも聞こえないため息は、
ハンバーガーの香ばしい匂いに消えていった。
ほどなくして、店員さんが
どっかんサイズのハンバーガーを2つ運んできた。
「わぁ……で、でっか……!」
愛生の前にも、花音の前にも、
顔より存在感のあるハンバーガーが鎮座する。
「愛生ちゃん。SNS用に、かにょんが“トモくんと同じハンバーガー食べてる姿”を撮るにょん♡」
来た、絶対言われると思ってたやつだ。
(はいはい、お約束ですね……)
と喉まで出かかったけれど、
愛生はにっこり笑って――
「いいよ〜、撮るよ花音ちゃん」
スマホをスッと構えた。
すると花音、秒で“アイドル撮影モード”に変身。
◆ おちょぼ口でハンバーガーをちょいっとつまむ
◆ 上目遣いでうるうるした瞳を作る
◆ 角度を3ミリ単位で調整
◆ ほっぺに手を添えて「いただきにょん♡」
(プロ……!?)
愛生はシャッターボタンを押しながら震えた。
社会の闇を覗いたような気がした。
「はい花音ちゃん、可愛いよ〜!撮るね〜」
パシャッ、パシャッ、パシャパシャパシャ!!
ハンバーガーを前に、
守ってあげたくなる系のラムネちゃんが完成していく。
「ふふ〜ん♡これでトモくんも、かにょんのこと意識しちゃうにょん♪」
「(……いや、どうだろ……)」
と喉まで出かかった愛生は、笑顔のまま飲み込む。
スマホ撮影という名の“アイドル戦闘モード”を終えた花音は、
スイッチが切れたかのように 通常運転 に戻った。
「いただきまーすにょん!」
そして――
ガブッ!!
さっきまでの“小動物系おちょぼ口”はどこへいったのか。
今の花音は、
怪獣映画で建物を食べる怪獣レベルで豪快にかぶりついていた。
愛生はその様子をジーッと見つめる。
(この子……いったい何者なの?)
思い返せば、花音は状況によって食べ方を変える。
◆ 子供みたいに「大きなお口あ〜ん♪」の無邪気モード
◆ 「ちまちま…♡」と小動物女子の可愛いアピールモード
◆ 「ごきげんよう、いただきますわ」なお嬢様モード
(え……これ、完全に使い分けてるよね?演技幅が広すぎて、逆に怖い……)
愛生の背中をゾワッと寒気が走る。
しかし今、愛生の目の前にいる花音は――
コンセプトも演技も存在しない、
本当に“素”の花音だった。
ハンバーガーを口いっぱいに詰め込んで、
ほっぺぷくーっと膨らませながら、
「んあ? 愛生ちゃん、なにじろじろ見てるにょん?」
もぐもぐ喋りで首を傾げる花音。
その表情があまりにも
ぽやんとした間抜け顔で、
愛生は思わず吹き出した。
(……なんか、可愛いな)
推し活では“量産型の顔”を作る花音。
ライブ前は“戦闘モード”の花音。
家では“天使のお姫様”を自称する花音。
学校ではハイソなお嬢様の花音。
でも――
こうしてハンバーガーを頬張る“素の花音”こそ、
一番身近で、一番親しみやすかった。
愛生はなぜか、胸が少しだけあたたかくなるのだった。
ハンバーガーをぺろりと平らげた花音は、
すかさず店員さんを呼び止めた。
「すみませ〜ん、愛生ちゃん用にケーキ追加でお願いするにょん♡」
「えっ、いいの!? やったぁ〜!」
愛生のテンションは一気に急上昇。
疲れ果てた心にスイーツが降ってくるのだから当然である。
しばらくして運ばれてきたのは、
見るからに美味しそうなチーズケーキ。
「わぁ……!」
愛生はフォークを入れる前から、もう幸せの笑顔。
サクッ……
ふわぁ……と溶けていくチーズの香り。
ひと口食べると――
(チーズとお砂糖が……お口の中でワルツ踊ってる……!
はぁ〜〜〜甘い……。このまま天国いける……)
幸せの絶頂である。
紅茶をひと口含めば、
その甘さがもう一段階ふくらんで――
「はぁぁ……愛生は最高に幸せなの〜〜♡」
完全にこの世の憂いを忘れた顔でとろけている愛生。
しかし。
向かいに座る花音は完全に別の世界にいた。
スマホを片手に、眉間にシワを寄せて真剣な表情。
画面をスッスッとスクロールし、
時には写真の角度を確認してキリッと睨む。
「愛生ちゃん、SNS更新するから、その間ケーキ食べて待っててね」
「う、うん……ケーキ食べてればいいのね……」
(……よくわかんないけど……まぁ、ケーキ食べれるならいっか)
愛生は即座に理解を放棄し、
ふたたびチーズケーキの世界に没入した。
一方で花音は――
「うーん……もっと“ふわあん可愛い”感じに写ってたはずなのに……どう加工すればトモくんに刺さる写真になるかにょん……キャプションは……“同じお店来たよ♡”……いや、重い?軽め? いや、でも好きは伝えたい……にょん……!」
完全に戦場である。
キラキラ甘味の世界に浸る愛生。
対して、キラキラ推し活戦略に命を燃やす花音。
――2人の温度差は、
もはやハンバーガーの比ではなかった。
SNS更新を終えた花音は、
椅子にもたれながら「ふぅ〜」と長い息を吐いた。
一方その頃の愛生は、
空になったケーキ皿とティーカップを前に「ゲフ〜」と出そうなゲップをこらえていた。
「……ッ!」
その瞬間。
花音の目が、ギラリッと光った。
まるで戦場で獲物を見つけたスナイパーのような、鋭い眼差し。
「い、いい? 愛生ちゃん……今から花音お姉ちゃんが、本日の“最強の武器”を授けるからね」
「えっ、えっ、なに!?なにその圧……!」
花音の異様な真剣さに、
愛生は思わず背筋をピンッと伸ばす。
そして花音は、ゆっくりとカバンに手を伸ばし――
ガサゴソ……ゴソゴソ……。
「出でよ……!」
ばっ!!
「――団扇!!」
愛生「…………団扇?」
机に置かれた団扇には、
でっかく 『トモくん♡』 とキラキラ装飾。
「えっ、こ、これ……私、持つの……?」
「うんうん。違うよ♪」
「はぁ〜〜よかったぁ〜!持たなくていいんだぁ〜〜!」
愛生は一気に肩の力を抜いてホッと一息。
だが、その瞬間。
花音は天使の笑顔で――
「持つだけじゃダメにょん♡振って応援しなくちゃ意味ないの!!」
「ええええぇぇぇぇぇぇ!?む、無理無理無理……!絶対恥ずかしいよ〜〜!!」
「大丈夫。最初は誰だって恥ずかしいにょん」
花音は優しく頷くが、その目はガチ。
「でもね……これを一緒に振れば……恥ずかしさよりも“楽しさ”が勝つから大丈夫にょん♡」
まるで宗教の勧誘のような説得力を漂わせながら、
花音はカバンにもう一度手を突っ込み――
シュバッ!!
「じゃーん♡ サイリウムもあるよ〜〜!!」
今度出てきたのは、
『トモくん命』
『トモくんしか勝たん』
と書かれた、明らかにヤバイ光る棒。
愛生「うわぁぁぁ……もっと恥ずかしいアイテム出てきたぁ……!」
だが。
花音は――サイリウムを握りしめ、
うっとりとした“夢見心地の笑顔”。
「ふふ……今日もトモくんに会える……♡」
愛生(ひぃっ……また背筋が寒くなってきた……!)
ケーキの温かい幸せは、すでにどこかへ消えていた。




