花音の推し事 入り待ち
読んで下さる皆様、心より感謝致します。
ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。
入り待ちの列に並んでいた花音――いや、ハンドルネーム“ラムネちゃん”のところへ、
ふわりと香水の匂いをまとわせた数人のお姉様グループが近づいてきた。
「おはよ〜ラムネちゃ〜ん。今日も可愛いわねえ〜」
ころんとした団子頭に、クリーム色のもこもこアウターが特徴の**みゅんさん(60代)**だ。
その横から、ソバージュヘアが朝日にきらめく**ゆんゆんさん(50代)**が顔を出す。
白のふわモコニットに、白ポーチという全身“清楚”アピールの装備をキメている。
「ほんとよ〜。ラムネちゃん、クリスマスライブ来なかったから心配したんだからぁ」
(※心の声:若いライバルが一人いないと、やっぱりイベントは平和だったわ〜♪)
「おはようございます、みゅんさん。みゅんさんも今日、相変わらず可愛いですね」
にこり、と“営業スマイル”を返すラムネちゃん。
――この子、こんなに社交スキル高かったっけ?
と愛生は目をぱちぱち。
みゅんさんはラムネの紫×黒の量産型コーデを見ると、
「あら〜今日も安定の量産型ちゃんねぇ。紫だと目立たなすぎず可愛いわ〜」
と、うっとり褒めてくる。
するとラムネちゃん、すかさず返す。
「みゅんさんもお団子頭、すっごく若々しくて可愛いですにょん。 お若くして頑張ってますね」
(※さりげなく“頑張って若作り”と言っている)
お姉様方の笑顔に、にっこりと“対抗心の火花”が散ったのを愛生は見逃さなかった。
ゆんゆんさんが、今度は愛生をじぃーっと見つめる。
「お隣のお友達も……芋くて可愛いわねぇ〜」
「えっ……芋くてって、わ、私のこと!?」
と素で反応してしまう愛生。
するとラムネちゃんがひそっと囁く。
「プリンちゃん、気にしちゃダメにょん。
この界隈では“芋い=地味=推しに警戒されない”という意味で褒め言葉(?)にょん」
どこが褒め言葉なんだろうと、愛生の頭の上で“?”が爆増する。
だが一つだけわかった。
――ここは戦場だ。
トモくん推しのライバル同士、見た目は笑顔でも腹の内ではマウントが飛び交っている。
そこへ、完全一般人の愛生が巻き込まれたのである。
「今日もガチ恋勢同士、よろしくね、ラムネちゃん♡」
「こちらこそですにょん♡」
笑顔の裏に修羅がいる。
愛生は思った。
花音ちゃん、普段の甘えん坊どこ行ったの!?
こうして、初めての“推し活バトルフィールド”へ放り込まれた愛生だった。
◆メンバー登場〜花音の順番争い〜
境内に響くような黄色い歓声とともに、
ついに――トモくんを含む《新百合ヶ丘01カラト》のメンバーが姿を現した。
「きゃーーーっ!! 来た来た来た来た!!」
一斉に駆け出すファン達。
花音も、みゅんさんも、ゆんゆんさんも例外ではなかった。
「あっ、か、花音ちゃ……!」
愛生が呼び止める暇すらない。
3人は“ライバル心の塊”となって一直線にトモくんへ突進。
ぽつん、と取り残される愛生。
(ま、待ってよおぉ……!)
慌てて駆けだした愛生の視界の先――
そこには、長身で端正な顔立ち、王子様のような気品をまとった、
センター・トモくんが立っていた。
『うわ……すご……。ほんとの美形ってこういう顔なんだ……』
思わず見惚れる愛生。
すると、トモくんがふっと優しい笑顔を向け、
ファン達一人ひとりに声をかけ始めた。
「みゅんさん、おはよ」
「ゆんゆんさん、おはよ」
「ラムネさん、おはよ」
まさかの“年齢順”の丁寧あいさつ。
その順番に、3人の温度差ありすぎるリアクションが爆誕する。
「みゅんが1番〜〜♡」
と舞い上がるみゅんさん。
「2番目……でも3番目より全然良い!!」
とゆんゆんさん。
そして――花音は口角だけ笑って、
目だけ一ミリも笑っていない。
《勝ち誇った視線で見下ろすみゅん&ゆんゆん》
VS
《氷点下スマイルのラムネ》
愛生は巻き込まれたくなくて距離を3cmだけあけた。
だがトモくんはすぐに会場へ入ってしまい、
3人の“順位バトル”は強制終了となった。
「気にしないによん。プリンちゃん行こ」
と花音に手を引かれる愛生。
(いや今、めちゃくちゃ気にしてた顔だったよ!?)
「クリスマスライヴは行かなかったの?」
と恐る恐る愛生。
「クリスマスライヴの日は、みんなでお買い物したからライヴには行かなかったにょん」
さらっと答える花音。
その瞬間――愛生の脳裏に、
圭介の頬へ花音がキスした、あの日がよみがえる。
(あの日……花音ちゃん、ライヴ行かずに……
お兄ちゃん優先したんだ……!?)
そして、ひとつの結論が浮かぶ。
(……お兄ちゃん、トモくんに勝ったんだ)
花音にとって、“最推し”の存在は――
もしかしてアイドルだけじゃないのかもしれない。
こうして愛生はまたひとつ、
花音という名の“天使系・地雷系ハイブリッド女子”の
不可解ポイントを理解させられるのであった。
◆ SNS巡礼の旅・開始 ◆
花音――いや、今日は“ラムネちゃん”だ――に手を引かれ、愛生と花音はライヴ会場近くの道を駅へ向かって歩き出した。
「え、花音ちゃん……駅? 電車乗るの?」
愛生が恐る恐る尋ねると、
「うん。これからトモくんSNS巡礼の旅に行くにょん!」
朝5時起床のテンションそのままに、花音は胸を張って答えた。
「えっ……SNS巡礼って、何……? 開場までファミレスとかでまったり待つんじゃないの……?」
愛生の声が震える。
花音は躊躇なく宣言した。
「開場まで、まだ4時間以上もあるにょん。
だから、トモくんがSNSにアップした場所をまわるにょん!」
キラキラした瞳で言い放つ花音。
そのオーラは、天使界隈でも地雷系でもなく、完全に“ガチオタ界隈”のそれ。
「え〜〜〜……。
わ、私……いったいどうなっちゃうの……?」
愛生は自分がとんでもないとこに足を踏み入れたことを、ようやく理解し始めていた。
SNS巡礼。
開演まで4時間以上。
地雷系量産型コーデのラムネちゃんのハイテンション。
推し活女子の戦場。
愛生は悟った。
――今日1日は、とてつもなく長丁場になるんだ……。
それでも、花音に手を握られたまま、愛生は電車へと連行されるのだった。
電車に揺られて数駅。
まだ開演まで4時間以上あるというのに、花音は愛生の手を引いてスイスイ歩いていく。
「ねぇ、花音ちゃん。いったいどこ行くの……?
駅からどんどん離れてるけど……」
「ついたにょん」
花音が指差した先には、
以前、新百合ヶ丘01カラトがクリスマスライヴを開催したライヴハウスがドーンと構えていた。
「……ここって、クリスマスライヴの会場じゃなかった?」
「そうにょん。まずはここで記念撮影するにょ〜ん♡」
愛生は首を傾げる。
※過去のライヴ会場に来た理由が1ミリもわからない。
「はいっ、愛生ちゃん、写真お願いにょん!」
反射的にスマホを構えると、
花音は“この日のために練習したであろう可愛いポーズ”を決める。
(え、なんでこの角度の光にこだわるの?
なんでこんなにポーズが手際いいの?)
パシャリ。
花音は満足そうに写真を確認し、次の目的地へ歩き出した。
◆ライヴハウス近くには多摩川が流れている。
「ここも撮るにょん!」
「えっ、ここは……?」
「トモくんが夕日をバックに写真アップしてた場所にょん。今はお昼前だから夕日ないけど……“同じ構図”が大事なの!」
そう言うやいなや、花音はトモくんと全く同じポーズで立つ。
愛生は半ば呆れながらも写真を撮ってあげる。
「はい、OK! 次いくにょん!」
(まだ……あるの?)
◆駅へ戻ると思いきや、花音は反対方向へズンズン進む。
「花音ちゃん……駅、あっちじゃない?」
「次はここにょん!」
着いたのは、オシャレなカフェ。
「……ここって?」
「トモくんがこないだ寄ったカフェにょん!」
堂々と入店する花音。
席につくと、キラキラの瞳でメニューを見つめる。
「トモくんが飲んでたのと同じ、カフェ・オ・レひとつ♡」
注文してすぐ、愛生の方へぐいっと身を乗り出す。
「ねぇねぇ、愛生ちゃん。かにょんが飲んでるところ撮って〜♡」
「……何の記念?」
「SNSにアップするにょん!“トモくんと同じ場所、同じ飲み物、同じ角度”でアピールするの!」
(そ、そういう……“好き好きアピール巡礼”……!)
理解した瞬間、愛生はずっしり疲れた。
けれど花音は、写真を撮り終えた愛生にふわっと微笑む。
「かにょんね、1人で巡礼するより、愛生ちゃんと一緒の方が楽しいの。ありがとうにょん♡」
「……」
愛生は悟る。
――今日は、“地雷系量産型の天使”花音ちゃんの
トモくん大好きアピールに丸1日つき合わされる運命なのだと。
ため息をひとつつきながら、
愛生はカフェ・オ・レを飲む花音の写真をもう一枚撮ったのだった。




