花音の推し事 ライヴ当日
読んで下さる皆様、心より感謝致します。
ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。
◆ライヴ当日の朝――
サンリオ女子・愛生の地獄の早朝が、幕を開けた。
昨夜、
「開演14時? じゃあお昼前に出れば余裕でしょ〜」
と、のん気に考えていた愛生。
しかし現実は、
そんな甘いカラメルのようにはいかなかった。
◆午前5時。
ーーーユッサユッサ。ユッサユッサ。
「……んぅ……? 揺れてる……地震……?」
愛生は寝ぼけ眼をこすりながら、揺れの正体を確かめる。
そこには――
花音、満面の営業スマイルで愛生の布団を揺らしている姿。
「愛生ちゃん、起きるにょ〜ん♡」
「……まだ外、真っ暗なんだけど!?」
スマホを見る。
5:00ジャスト。
正月なのに、完全に部活の朝練レベルである。
「ライヴって14時からでしょ……寝よ……」
布団にダイブしようとする愛生を、
花音は逃がさない。
「トモくんの“入り待ち”するから早く行くにょん!!」
「入り……? 待ち……? なにそれ外国語?」
花音の世界の専門用語に、愛生の理解力は追いつかない。
◆眠気MAXのままキッチンへ
リビングも寝室も真っ暗。
母も兄も弟の明宏も、夢の中。
そんな中――
花音だけは、
普段の100倍テキパキと朝ごはんを作っていた。
スクランブルエッグを作り、
トーストを焼き、
ホットミルクまで温めている。
愛生は目を丸くした。
「ちょ……花音ちゃん……こんなに動ける子だったの……?」
いつもは
「かにょんのコーヒーはお砂糖2つだにょん! 覚えないとメッ! だにょん!」
とか、
「お兄ちゃん早く〜、かにょん待つの嫌いにょ〜ん」
とか、
完全にワガママ天使キャラだったのに。
今目の前にいる花音は──
“推しのためなら朝5時に覚醒するタイプのガチ勢”だった。
愛生は湯気の立つ皿を見つめながら呟く。
「……人間、推しが絡むとここまで変わるんだ……」
花音は胸を張って言う。
「愛生ちゃん、今日1日、みっちり推し活レクチャーするにょん!
トモくんへの愛を叫ぶ準備はできてるかにょん?」
「できてないよ!?!?!?」
こうして、
愛生の“新百合ヶ丘01カラト”ニューイヤーライヴ同行は、
開始前からすでに波乱で満ちていた。
花音と愛生が玄関で靴を履いていると、ちょうど起きてきた圭介と鉢合わせした。
「2人で出かけるのか?」
寝ぼけ顔の兄が尋ねる。
「う、うん。花音ちゃんの推しのトモく――んむっ!?」
愛生が最後まで言い切る前に、
花音がサッと手で愛生の口を塞いだ。
その速さ、もはや人間離れしている。
「いってきまーすにょんっ!!」
花音は愛生の手をグイッと引き、
逃げるように玄関を飛び出す。
外に出ると、花音は小声で言った。
「お兄ちゃんにも明くんにも、かにょんが“トモくん推し”って知られたくないにょん……恥ずかしいにょん……」
顔を赤らめ、足元の石ころをコツンと蹴る花音。
(そ、そうなんだ……)
よく分からないが、とりあえず愛生は頷いた。
今日の花音は「天使界隈」ではなく、
黒×紫の量産型コーデ――
ふわふわパフスリーブ、背中で揺れる大きなリボン、レース飾りの量産ワンピに厚底シューズ。
猫耳は外し、推し活用の控えめ可愛い系アクセに変えている。
一方、愛生はいつものサンリオゆるふわコーデを封印し、
「浮いたら困る……」と無難なシンプルコーデに変更していた。
午前8時。
花音と愛生はライヴ会場に到着した。
開演まで、まだ6時間。
しかし既に、入り待ちのファンが何人も立っていた。
寒空の下、皆なぜか元気だ。
花音が胸を張って説明する。
「推し活は、アイドルの“会場入り”の瞬間から始まるにょん。
だから早めに来るのは基本にょん!」
すると――
「ラムネちゃん、おはよ〜!」
「今日も量産コーデ可愛い〜!」
「そのリボン、新作? わかりみ〜!」
黒や紫の量産服・地雷服の女の子たちが、
一斉に花音へ駆け寄ってきた。
(えっ……“ラムネちゃん”?)
愛生がポカンとしていると、
花音が誇らしげに言う。
「推し活は本名を名乗らないにょん。かにょんはラムネちゃんなの。
愛生ちゃんも今日から推し活仲間だし……プリンちゃんって名乗るにょん!」
「えええええっ!?
い、いきなりハンドルネーム!?」
「はい、プリンちゃんで〜す! 初めまして〜!」
と、花音に背中を押され、
愛生は訳も分からず深々とお辞儀をする。
「プリンちゃん可愛い〜!」
「サンリオ系から転生したの?」「癒し〜!」
「ラムネちゃんの友達なら絶対いい子だ〜!」
一気に囲まれ、
愛生の頭の上で「???」マークが乱舞する。
(……なんか……勢いで“プリンちゃん”になっちゃった……)
花音は満足げに頷きながら、
“推し活戦闘モード”のキラキラした目で宣言した。
「プリンちゃん、今日の推し活……全力で楽しむにょん!」
こうして――
愛生は気付けば、
花音率いる“量産型・推し活軍団”の一員として、
ライヴ会場前に立たされることになったのだった。
◆「箱推し」vs「単推し」を知る愛生
「でも仲間の女の子達って、みんな笑顔でいい人っぽくて安心しちゃった。」
プリンちゃん──いや、愛生がぽつりと言うと、
隣のラムネちゃん(花音)は、にこっと笑いながら首を横に振った。
「うんうん、そんな事ないからね。アイドル推しにはね、大まかに2つの推し方があるにょん。」
「えっ、2つって何?」
「箱推しと単推しだよ。」
愛生の頭上に、ぷかぷかとはてなマークが3つ浮いた気がする。
「箱推しはね、アイドルグループ全体を推す事。単推しはメンバー1人に全力で人生捧げる事だよ〜。」
「じゃあ、花音ちゃんはグループ全体じゃなくて……トモくんの“単推し”ってことなの?」
「うん。かにょんはトモくん推しにょん。」
やっぱりか、と内心でため息をつく愛生。
しかし説明はここからだった。
「それでね。箱推しの子とはフラットに仲良くできるんだけど……
単推しのトモくんファンとはライバルだから、ニコニコ会話してても実は……敵同士にょん。」
「えっ、敵!?」
愛生の背筋を、ぞわぁ……と冷たいものが走る。
花音は笑っている。
でもその瞳だけは妙に光っていた。ギラッと。
「みんなトモくんにガチ恋勢にょん。」
ひぃぃ……と固まる愛生。
その瞬間、愛生は悟った。
――花音ちゃんが両親の海外赴任に同行せず、
日本に残ることを選んだ理由。
学校ではお嬢様系、推し活では地雷系量産型、普段は天使界隈でもサブカルでも全部やってる理由。
全部、全部──
「トモくん推し」として生きるためだったのだ。
(推し活のためなら……ここまで……!?)
愛生はサンリオポーチをぎゅっと抱きしめた。
推し活の世界……
思った以上に魔境だった。
そして——スタッフさん達が会場入りし始めた。
黒いキャリーケースや衣装のラックを押しながら、慣れた様子で会場へ向かっていく。
どうやら常連ファンの顔は覚えているらしく、
「おはようございます、いつもありがとうございます」
とニコやかに挨拶していく。
すると、ファンの女の子達も負けじと——
「おはようございまぁすっ♡」
満面の笑顔で返す。
明らかに“印象アップ”を狙った営業スマイルだ。
愛生はその様子に少し驚いた。
(なんか……アイドル業界って、こんなに朝からキラキラしてるの?)
しかも、驚きはそれだけではない。
周囲を見渡すと若い女子だけでなく、40〜60代のお姉さま方が普通に混ざっている。
愛生は思わず花音の袖を引く。
「花音ちゃん、あの……年上の方も多いね」
「うん。オバチャン勢はお金持ち多いから、ガチ恋ライバルとしては強敵にょん」
「えっ!? な、何言ってるの花音ちゃんっ」
愛生は目を丸くした。
今日の花音は、いつもの“甘えんぼ天使かにょん”ではない。
その表情は妙に鋭く、どこかハンターめいている。
「何言ってるって……かにょんはトモくんにガチ恋にょん」
言い切った。迷いゼロだった。
愛生は背筋がゾワっと震える。
そういえば——花音が両親の海外赴任に同行せず日本に残った理由。
いま、はっきりと解ってしまった気がした。
そこへ、トモくんのマネージャーが姿を現した。
瞬間——
トモ推しの女子達が一斉に走る。
マネージャーの周囲を取り囲み、
次々とファンレターや差し入れのお菓子を手渡し始めた。
愛生は呆然と立ち尽くしたが——
気づけば花音に腕を引っ張られ、強制参加していた。
「ほら、プリンちゃんも来るにょん」
「えっ、ちょ、はや、花音ちゃ——っ!」
花音は自信満々にファンレターと差し入れ用のお菓子を手渡す。
「今日はよろしくお願いしますにょん」
マネージャーは両手いっぱいに差し入れを抱え、
「いつも本当にありがとうございます……!」
と何度も頭を下げながら、
差し入れタワーを抱えたまま会場裏へ消えていった。
愛生は呆れたように、しかし少し楽しそうに笑った。
(なんかすごい……。でも、花音ちゃん、ほんとに好きなんだなぁ)




