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うちの愛生ちゃん  作者: 横溝 啓介
1年2学期
111/119

花音の推し事 ライヴ当日

読んで下さる皆様、心より感謝致します。


ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。

◆ライヴ当日の朝――

サンリオ女子・愛生の地獄の早朝が、幕を開けた。

昨夜、

「開演14時? じゃあお昼前に出れば余裕でしょ〜」

と、のん気に考えていた愛生。

しかし現実は、

そんな甘いカラメルのようにはいかなかった。


◆午前5時。

ーーーユッサユッサ。ユッサユッサ。


「……んぅ……? 揺れてる……地震……?」


愛生は寝ぼけ眼をこすりながら、揺れの正体を確かめる。

そこには――

花音、満面の営業スマイルで愛生の布団を揺らしている姿。


「愛生ちゃん、起きるにょ〜ん♡」

「……まだ外、真っ暗なんだけど!?」


スマホを見る。

5:00ジャスト。

正月なのに、完全に部活の朝練レベルである。


「ライヴって14時からでしょ……寝よ……」


布団にダイブしようとする愛生を、

花音は逃がさない。


「トモくんの“入り待ち”するから早く行くにょん!!」

「入り……? 待ち……? なにそれ外国語?」


花音の世界の専門用語に、愛生の理解力は追いつかない。


◆眠気MAXのままキッチンへ

リビングも寝室も真っ暗。

母も兄も弟の明宏も、夢の中。

そんな中――

花音だけは、

普段の100倍テキパキと朝ごはんを作っていた。

スクランブルエッグを作り、

トーストを焼き、

ホットミルクまで温めている。

愛生は目を丸くした。


「ちょ……花音ちゃん……こんなに動ける子だったの……?」

いつもは

「かにょんのコーヒーはお砂糖2つだにょん! 覚えないとメッ! だにょん!」

とか、

「お兄ちゃん早く〜、かにょん待つの嫌いにょ〜ん」

とか、


完全にワガママ天使キャラだったのに。

今目の前にいる花音は──

“推しのためなら朝5時に覚醒するタイプのガチ勢”だった。

愛生は湯気の立つ皿を見つめながら呟く。


「……人間、推しが絡むとここまで変わるんだ……」


花音は胸を張って言う。


「愛生ちゃん、今日1日、みっちり推し活レクチャーするにょん!

トモくんへの愛を叫ぶ準備はできてるかにょん?」

「できてないよ!?!?!?」


こうして、

愛生の“新百合ヶ丘01カラト”ニューイヤーライヴ同行は、

開始前からすでに波乱で満ちていた。


花音と愛生が玄関で靴を履いていると、ちょうど起きてきた圭介と鉢合わせした。


「2人で出かけるのか?」


寝ぼけ顔の兄が尋ねる。


「う、うん。花音ちゃんの推しのトモく――んむっ!?」


愛生が最後まで言い切る前に、

花音がサッと手で愛生の口を塞いだ。

その速さ、もはや人間離れしている。


「いってきまーすにょんっ!!」


花音は愛生の手をグイッと引き、

逃げるように玄関を飛び出す。

外に出ると、花音は小声で言った。


「お兄ちゃんにも明くんにも、かにょんが“トモくん推し”って知られたくないにょん……恥ずかしいにょん……」


顔を赤らめ、足元の石ころをコツンと蹴る花音。

(そ、そうなんだ……)

よく分からないが、とりあえず愛生は頷いた。

今日の花音は「天使界隈」ではなく、

黒×紫の量産型コーデ――

ふわふわパフスリーブ、背中で揺れる大きなリボン、レース飾りの量産ワンピに厚底シューズ。

猫耳は外し、推し活用の控えめ可愛い系アクセに変えている。

一方、愛生はいつものサンリオゆるふわコーデを封印し、


「浮いたら困る……」と無難なシンプルコーデに変更していた。


午前8時。

花音と愛生はライヴ会場に到着した。

開演まで、まだ6時間。

しかし既に、入り待ちのファンが何人も立っていた。

寒空の下、皆なぜか元気だ。

花音が胸を張って説明する。


「推し活は、アイドルの“会場入り”の瞬間から始まるにょん。

だから早めに来るのは基本にょん!」


すると――


「ラムネちゃん、おはよ〜!」

「今日も量産コーデ可愛い〜!」

「そのリボン、新作? わかりみ〜!」


黒や紫の量産服・地雷服の女の子たちが、

一斉に花音へ駆け寄ってきた。

(えっ……“ラムネちゃん”?)

愛生がポカンとしていると、

花音が誇らしげに言う。


「推し活は本名を名乗らないにょん。かにょんはラムネちゃんなの。

愛生ちゃんも今日から推し活仲間だし……プリンちゃんって名乗るにょん!」


「えええええっ!?

い、いきなりハンドルネーム!?」

「はい、プリンちゃんで〜す! 初めまして〜!」


と、花音に背中を押され、

愛生は訳も分からず深々とお辞儀をする。


「プリンちゃん可愛い〜!」

「サンリオ系から転生したの?」「癒し〜!」

「ラムネちゃんの友達なら絶対いい子だ〜!」


一気に囲まれ、

愛生の頭の上で「???」マークが乱舞する。

(……なんか……勢いで“プリンちゃん”になっちゃった……)

花音は満足げに頷きながら、

“推し活戦闘モード”のキラキラした目で宣言した。


「プリンちゃん、今日の推し活……全力で楽しむにょん!」


こうして――

愛生は気付けば、

花音率いる“量産型・推し活軍団”の一員として、

ライヴ会場前に立たされることになったのだった。


◆「箱推し」vs「単推し」を知る愛生


「でも仲間の女の子達って、みんな笑顔でいい人っぽくて安心しちゃった。」


プリンちゃん──いや、愛生がぽつりと言うと、

隣のラムネちゃん(花音)は、にこっと笑いながら首を横に振った。


「うんうん、そんな事ないからね。アイドル推しにはね、大まかに2つの推し方があるにょん。」


「えっ、2つって何?」

「箱推しと単推しだよ。」


愛生の頭上に、ぷかぷかとはてなマークが3つ浮いた気がする。


「箱推しはね、アイドルグループ全体を推す事。単推しはメンバー1人に全力で人生捧げる事だよ〜。」


「じゃあ、花音ちゃんはグループ全体じゃなくて……トモくんの“単推し”ってことなの?」

「うん。かにょんはトモくん推しにょん。」


やっぱりか、と内心でため息をつく愛生。

しかし説明はここからだった。


「それでね。箱推しの子とはフラットに仲良くできるんだけど……

単推しのトモくんファンとはライバルだから、ニコニコ会話してても実は……敵同士にょん。」


「えっ、敵!?」


愛生の背筋を、ぞわぁ……と冷たいものが走る。

花音は笑っている。

でもその瞳だけは妙に光っていた。ギラッと。


「みんなトモくんにガチ恋勢にょん。」


ひぃぃ……と固まる愛生。

その瞬間、愛生は悟った。

――花音ちゃんが両親の海外赴任に同行せず、

日本に残ることを選んだ理由。

学校ではお嬢様系、推し活では地雷系量産型、普段は天使界隈でもサブカルでも全部やってる理由。

全部、全部──


「トモくん推し」として生きるためだったのだ。


(推し活のためなら……ここまで……!?)

愛生はサンリオポーチをぎゅっと抱きしめた。

推し活の世界……

思った以上に魔境だった。


そして——スタッフさん達が会場入りし始めた。

 黒いキャリーケースや衣装のラックを押しながら、慣れた様子で会場へ向かっていく。

 どうやら常連ファンの顔は覚えているらしく、


「おはようございます、いつもありがとうございます」


 とニコやかに挨拶していく。

 すると、ファンの女の子達も負けじと——


「おはようございまぁすっ♡」


 満面の笑顔で返す。

 明らかに“印象アップ”を狙った営業スマイルだ。

 愛生はその様子に少し驚いた。

(なんか……アイドル業界って、こんなに朝からキラキラしてるの?)

 しかも、驚きはそれだけではない。

 周囲を見渡すと若い女子だけでなく、40〜60代のお姉さま方が普通に混ざっている。

 愛生は思わず花音の袖を引く。


「花音ちゃん、あの……年上の方も多いね」

「うん。オバチャン勢はお金持ち多いから、ガチ恋ライバルとしては強敵にょん」

「えっ!? な、何言ってるの花音ちゃんっ」


 愛生は目を丸くした。

 今日の花音は、いつもの“甘えんぼ天使かにょん”ではない。

 その表情は妙に鋭く、どこかハンターめいている。


「何言ってるって……かにょんはトモくんにガチ恋にょん」


 言い切った。迷いゼロだった。

 愛生は背筋がゾワっと震える。

 そういえば——花音が両親の海外赴任に同行せず日本に残った理由。

 いま、はっきりと解ってしまった気がした。

 そこへ、トモくんのマネージャーが姿を現した。

 瞬間——

 トモ推しの女子達が一斉に走る。

 マネージャーの周囲を取り囲み、

 次々とファンレターや差し入れのお菓子を手渡し始めた。

 愛生は呆然と立ち尽くしたが——

 気づけば花音に腕を引っ張られ、強制参加していた。


「ほら、プリンちゃんも来るにょん」

「えっ、ちょ、はや、花音ちゃ——っ!」


 花音は自信満々にファンレターと差し入れ用のお菓子を手渡す。


「今日はよろしくお願いしますにょん」


 マネージャーは両手いっぱいに差し入れを抱え、


「いつも本当にありがとうございます……!」


 と何度も頭を下げながら、

 差し入れタワーを抱えたまま会場裏へ消えていった。

 愛生は呆れたように、しかし少し楽しそうに笑った。

(なんかすごい……。でも、花音ちゃん、ほんとに好きなんだなぁ)

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