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うちの愛生ちゃん  作者: 横溝 啓介
1年2学期
110/119

花音の推し事(おしごと)

元旦――

明宏が圭介のスマホを使って勝手に沙代里をエリアフィッシングへ誘い、

そのまま「釣り始めは管釣りで決定」という、とんでもない展開になった直後のことだった。

圭介は脱力してお茶をすすり、

愛生は「マジ無理…」と頬のアンコを拭きながら不機嫌、

花音はビスキュイをつまみながら「にょん、ふーん…」と目を細めていた。

その花音が、ふいに愛生の袖を “チョン、チョン” と二度引っ張った。


「愛生ちゃん、ちょっと、こっち来るにょん♪」


花音に袖をちょんちょんと引っ張られ、まるでアンコウの疑似餌に釣られた小魚のように、愛生はそのまま花音の部屋に吸い込まれていった。

愛生が花音の部屋に入るのは初めてだった。

扉を開けた瞬間——

愛生の SANRIO 部屋とは真逆の光景 に、目がまん丸になる。


壁一面に並ぶサブカル天使界隈ブランドの水色×白の洋服ラック。

その横には地雷系量産型の服や、ややロリータっぽい服が数十着ずらり。

さらに奥には学校用のお嬢様リボンが色別に整然と吊るされている。


「……え、花音ちゃん……。

 1人で何役やってるの……? 量、多くない……?」

愛生は絶句。


だが、ふと自分の部屋を思い出す。

ぬいぐるみとマイスィートピアノちゃんで壁が埋まり、

ベッドの上のスペースが半分以上占拠されているあの部屋。

(……あ、でも私も似たようなものかも)

妙に納得してしまう愛生だった。


花音は部屋の奥、白いドレッサーの上に置かれていた

キラキラとホログラムが光る一枚のチケットをそっと取り上げた。

「はい、愛生ちゃん。特別に、これあげるにょん」

差し出されたのは――

男性アイドルユニット《新百合ヶ丘01カラト》のニューイヤーライヴチケット。

愛生は受け取った瞬間、固まった。

(……新百合ヶ丘? 01カラト? なにそれ……)

愛生は筋金入りのサンリオ女子。

サンリオショップ巡り、ピアノちゃんとシナモロールの新作チェックが日常であり、

ドルオタ文化にはまったく縁がない。

もちろん男性アイドルにも興味ゼロだ。


「え、花音ちゃん……愛生、こういうの全然わかんないよ……」


困り顔で返す愛生。

しかし花音の熱意は、推しのMCと同じくらい強烈だった。

花音は両手で愛生の手を包み込み、目を輝かせて迫ってくる。


「いーの! 愛生ちゃんは可愛い妹ちゃんだから

特別ご招待なのにょん!

花音ね、明日のライヴ、どーしても愛生ちゃんと一緒に行きたいの。

推し活は共有すると楽しさ100倍になるにょん!」


完全に圧が強い。

愛生は視線をチケットと花音の顔を見比べながら、

助けを求めるようにピアノちゃんのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。

(でも……花音ちゃん、すごく嬉しそう……

そんな顔されたら……断れないよぉ……)

さらに花音はとどめを刺す。


「ライヴのあと、愛生ちゃんの大好きなジャンボパフェでも、

パンケーキでも、なんでも奢ってあげるにょん♪」


その瞬間――愛生の眉がピクリ。

(……パフェ……パンケーキ……スイーツ……)

花音は確実に愛生の弱点を理解している。

まるでアンコウが疑似餌で小魚を誘うように、完璧な餌で釣る技術だ。

愛生はついに根負けした。


「……しょ、しょうがないなぁ。

花音ちゃんがそこまで言うなら……い、行ってあげてもいいよ……?」


「やったぁぁぁ! 愛生ちゃん大好きにょん!」


花音は愛生に飛びつき、抱きしめ、羽根アクセをパタパタ揺らして大喜び。

愛生は少し照れながらも、されるがまま。

こうして――

サンリオ女子・愛生は、甘味に釣られ、

“推し活ガチ勢”花音のニューイヤーライヴ同行を承諾することになったのだった。


花音から手渡されたチケットを眺めていた愛生は、ふと違和感に気付いた。

1枚だと思っていたチケットが、よく見れば2枚重ねになっていたのだ。

1枚目──1月3日、開始時刻14時。

2枚目──1月3日、開始時刻17時。

「あれれ? なんで時刻が違うチケットが2枚なの?」

愛生の頭の上に、はてなマークが量産される。

すると花音は、当然のように胸を張って言った。

「1日2公演だから、2つ見るにょん」

「え〜……同じライヴを2回続けて見るの〜?」

愛生が思わず声を上げると、花音はにょん、と満面の笑顔で頷いた。


「明日は楽しみにょん!」


喜びが隠しきれない花音に、愛生は完全にペースを握られ、

訳のわからないままスケジュールを次々と決められてしまったのだった。


ライヴ前日の夜。

家族全員がすっかり夢の世界へ旅立った頃。

愛生は、もよおしとともに目を覚ました。

寝ぼけた足取りで廊下を歩いていると――

ふと、隣の花音の部屋だけ明かりが漏れていることに気付く。


「……あれ? 花音ちゃん、まだ起きてるの?」


こんな時間に?

しかも明日ライヴ2連続なのに?

不思議がる愛生は、そっとドアの隙間から中を覗く。

すると――

机に向かう花音がいた。

ペンを握り、真剣そのものの表情。

いや、真剣……というよりも、

頬をほんのり赤らめ、幸せオーラ全開で手紙を書いている。


「(まさか……宿題? そんな訳ないか……)」


愛生が固まっている間にも、花音は熱心にペンを走らせていた。

その手紙の宛名は――

“トモくんへ♡”

そう、明日ライヴで会う(遠目で)

新百合ヶ丘01カラトの 1推し・トモ だ。

花音は胸に手を当て、うっとりと呟く。


「大好きなトモくんに……

 かにょんの想い、い~っぱいいっぱい伝えなくちゃ……♡」


その表情は、恋する乙女そのもの。

いやむしろ、恋という言葉を超越している。

花音の脳内では――

・ファンレターを受け取るトモ

・丁寧に封を開けるトモ

・「かにょんちゃん、ありがとう」と微笑むトモ

・その笑顔で天使の羽がパアッと輝く(※妄想演出)

――など、盛大な演出つき妄想が繰り広げられているようだった。

「(……か、花音ちゃん……すご……)」

愛生は思わず小声で後ずさる。

サンリオ女子の愛生にとって、推し活の熱量は未知の領域。

だが、これだけ真剣なら……

明日2公演押し切るのも納得である。

夢見るように微笑みながら、

便箋いっぱいにハートを描きつつ手紙を仕上げていく花音。

その姿をしばらく呆然と見つめていた愛生は、


「(……甘味につられただけで来る約束しちゃったけど……

 明日、かにょんのテンション絶対すごい……)」


と、なんだか胃のあたりがキリキリしてきたので、

そっとトイレへ逃げるように歩き出したのだった。

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