元旦
元旦の朝。
空気がぴんと張りつめていて、吐く息が白い。
圭介は玄関で手袋をはめながらため息をついた。
「……本当にこの格好で行くのか?」
返事の代わりに、ドアの向こうから強烈な存在感がにじみ出る。
◆愛生の“正月サンリオ女子”爆誕
「お兄ちゃん、早く〜。寒いんだけど!」
愛生は、お正月でもいつもの サンリオ女子全開。
ふわふわの白ニットに、淡いピンクのスカート。
背中には 巨大なマイスウィートピアノのぬいぐるみリュック。
さらに手にはシナモロールのカイロカバー。
神社に着物姿の人が集まる中、完全に浮いている。
だが本人は気にしていない。
むしろ「可愛いし?」という顔だ。
◆花音、完全に天使界隈
「歩くと羽が揺れるにょん……」
花音は今日も 自称“天使なお姫様”。
白のふわふわワンピースに、背中には 小さな天使の羽。
さらに 猫耳ヘッドホン(もちろん無線)がキラキラ光りながら装着されている。
「正月だからって地味にする理由がないにょん」
と本人は完全に正当化しているが、神社の参拝客はみんな二度見していた。
◆明宏、なぜその服を選んだ
「圭ちゃん、はよ行こ。混むで」
明宏は 背中に“DAIWA”の巨大ロゴが入った釣り用ジャケット。
お正月でも釣りメーカー愛が溢れ出しており、完全にレジャー帰りの人の格好。
しかも胸ポケットにはメタルジグが入っている気配すらある。
◆圭介、ひとりだけ地味
そして圭介だけが黒パーカーに地味なコート。
三人の派手さに挟まれ、むしろ隠れ蓑のようになっている。
「……頼むから、神社で走るなよ? 目立つんだから」
「はーい」
「にょん」
「圭ちゃん心配性やなぁ」
返事はいいが、聞いている気配はゼロ。
◆神社で完全に浮く4人組
鳥居の前。
着物の家族連れ、和服の若者、スーツ姿の会社員の初詣の列。
その中に、
・ぬいぐるみリュックのサンリオ女子
・天使の羽と猫耳ヘッドホンの“天使界隈”
・釣りブランドのジャケット少年
・普通の社会人の圭介
完全に色彩がおかしい。
周囲の視線が刺さる。
主に圭介に刺さる。
(お願いだから誰もしゃべらないでくれ……)
◆神社での事件①:鈴を鳴らしすぎる
愛生が突然、鈴緒をガラガラガラガラガラガラと揺らしまくる。
「愛生、やりすぎ!!」
「えっ? 鈴は鳴らすものじゃん?」
周囲の参拝者が苦笑。
◆神社での事件②:花音の羽がつっかえる
花音の天使の羽が、前の参拝客の傘にひっかかる。
「にょっ!? 羽が……!!」
圭介が慌ててほどく。
その間、参拝行列が止まる。
◆神社での事件③:明宏が“おみくじ釣り”を始める
明宏はおみくじ箱を覗き込み、
「圭ちゃん、これ…竿あったら一発で大吉引けるやつやん」
「釣りじゃないぞ!?」
店番の巫女さんが吹きそうになる。
◆参拝後、ほっとする圭介
ようやく参拝を済ませ、階段を降りる4人。
愛生はぬいぐるみリュックを撫でながらご満悦。
花音は羽を揺らして上機嫌。
明宏は大吉を自慢げに掲げ、
圭介だけがどっと疲れている。
しかし、後ろを歩く愛生と花音が小声で囁く。
「圭介お兄ちゃんと初詣できて……なんか幸せ」
「にょん……来年もいっしょがいいにょん……」
圭介は聞こえないふりをしながら、そっと顔を赤くした。
境内は相変わらず人混みで、圭介と明宏は一瞬、愛生と花音とはぐれてしまった。
慌てて背伸びして探すが、二人の小柄な背丈は見えない。
「どこいったんだろ……」と明宏。
圭介は少し高台になった石段に上がり、境内全体を見渡す。
すると――
遠くの人混みの中に、圧倒的な存在感で“ぬいぐるみリュック”と“天使の翼”が揺れていた。
「いた……あれは絶対に愛生と花音だ」
「あ、ほんとだ。めっちゃ目立ってるね圭ちゃん」
SANRIO女子の愛生が背負う、ありえないサイズ感の羊ピンクのぬいぐるみリュック。
天使界隈コーデの花音が背負う、ふわふわの白い翼。
その上、花音は猫耳ヘッドホンまで付けているので、近所の神社では浮きまくっている。
普通なら心配になるところだが……
迷子防止としては最強だ。人混みでも一発で分かる。
「これはこれで、意外とアリかもしれないな……」
圭介は苦笑しながら呟いた。
参拝を終えて帰り道。
神社の外は人もまばらで、冬の空気がひんやりと澄んでいる。
ふと圭介は足を止めた。
風に揺れる裸の木々の中、ひとつだけ残った柿が落ちそうで落ちない。
(なんで落ちないんだろ……?)
くだらない疑問だが、ぼんやり考えてしまう。
その瞬間。
「お兄ちゃん、早く来ないと置いてっちゃうよー!」
振り返ると、愛生が笑顔で手を振っていた。
冬の光の中、彼女の笑顔は驚くほど柔らかくて、
**「我が妹ながら可愛いな」**と素直に思ってしまう。
愛生のフードについた羊耳が、ちょこん、と揺れた。
その横では、猫耳ヘッドホンの花音がなぜかどや顔で待っている。
さらに明宏の背中では、ルアースプーン型のキーホルダーがカランと音を立てた。
「……ったく。置いてくなよー」
圭介は駆け足で三人に追いつく。
自分より背の低い、でも主張だけは強すぎる三人が楽しそうに並んで歩いている。
その光景が、胸にじんわり沁みた。
家族と、いとこと、こうして何でもない時間を過ごせることが、
圭介にとっては何よりの幸せだった。
家に戻ると、台所からふわりと優しい出汁の香りが漂っていた。
母が白味噌ベースのお雑煮を仕上げていたところだ。
「ほら、手洗って座りなさい」
声に促され、圭介、愛生、花音、明宏は食卓へ並ぶ。
湯気の立つ器が並ぶだけで、部屋じゅうがいっきに“お正月の家”になる。
愛生は丸餅をふうふうしながら食べ、
花音は里芋をちまちま味わい、
明宏は、餅そっちのけで早く食べ終えてテレビを見たい様子だ。
そして案の定、お雑煮を胃に放り込んだ明宏はコタツへ直行、リモコンを取り、
迷いなくネットテレビの画面へ切り替えた。
「圭ちゃん、今日も“管釣り旅”やってる!」
まるで正月番組が存在しないかのように、
トラウト専門チャンネルへ一直線。
仕方がなく、愛生と花音、圭介もコタツに入って明宏と一緒に見る。
「本日は神奈川の表丹沢トラウト釣り場へやってきました。重丹沢はモンスタートラウトを沢山放流している管理釣り場なんですね〜」
画面の中で釣りタレントの田村プロの軽快なトークに見入る明宏
“70cmのモンスターレインボーと嬉しい一匹!”と満面の笑みで虹鱒を掲げる田村プロ。
明宏「いや、その反応は大げさすぎ…番組用にデカい虹鱒放流したに違いないよ…!」
と言いながらも羨ましそうな明宏
愛生と花音も、タレントの妙に軽快なテンションに思わずクスッ。
圭介は横でお茶を飲みながら、
(まあ……平和でいいか)
とぼんやり思っていた。
そしていよいよ“お雑煮後のデザート”へ。
愛生は待ってましたと言わんばかりに
ジャンボどら焼きを大きなお口でがぶりと頬張り満面の笑み。
「うん!やっぱりコレがないとお正月じゃないよね!」
花音はお気に入りのアーモンドビスキュイを
「アーン。モグモグ……しあわせ~」
と言いながら噛みしめる。
明宏は、たい焼きを頭から豪快にかぶり付き、
相変わらずテレビへ釘付けだ。
圭介は特に甘いものは欲しくなく、
湯飲みにお茶を注ぎ直して、ゆっくり口をつける。
そんな時だった。
隣の花音がビスキュイを一枚つまみ、
ひょいと圭介へ差し出した。
「圭兄ちゃん、はい。あ~んして?」
「あ、あーん?」
半ば反射的に口を開けると、
サクッと甘いビスキュイが口の中へ。
花音は満足げに
「えへへ♡」
と笑い、猫耳ヘッドホンの耳が揺れる。
愛生は愛生でジャンボどら焼きを食べたまま、
「ん~~~……(なんか嬉しそうな圭介が少しむかつく……けど、ジャンボどら焼き美味しいから許す)」
という複雑な顔でどら焼きをちょっと強めにかぶり付いてている。
明宏はたい焼きを口いっぱいにしながら、
「圭ちゃん、ほらほら次の“大物狙い”始まるよ!」
と、正月番組を完全に無視して呼びかける。
穏やかで、騒がしくて、他愛もなくて、
だけど圭介にとっては何より温かい時間だった。
お雑煮とデザートでゆったりした空気が流れるリビング。
愛生はジャンボどら焼きをモグモグし、花音もアーモンドビスキュイをモグモグ。
明宏はたい焼きをかじりながら、いつものようにネットテレビのトラウト番組に夢中だ。
圭介は湯気の立つお茶を一口すする。
――そのとき。
ピロピロ♪
圭介のスマホが震えた。
「……あ、沙代里さんだ。写真送って……」
スマホを取ろうとしたその瞬間。
シュッッ!!
ほとんど“カルタ名人”の速さで、愛生が圭介の手からスマホを奪い去った。
「ちょっ、愛生!? 人のスマホ……!」
「はぁ~~~~? なにこれお兄ちゃん……キモすぎなんだけど……」
ジャンボどら焼きのアンコを頬につけたまま、愛生が画面を凝視する。
そこには――
アジを持ってピッタリ寄り添う沙代里
そして
その横でピースする、少し照れた圭介
の写真がしっかりSNS用に送られてきていた。
「あっ、返せ愛生! 見んなよ!」
圭介が取り返そうとした瞬間、
「はい、花音ちゃんパースッ!」
スマホは弧を描いて宙へ。
「ナイスキャッチかにょん♪」
花音がふわっと受け止める。
しかし次の瞬間、花音の耳がぴくっと動いた。
「……ビスキュイ、あげなきゃ良かったにょん」
圭介は慌てて花音へ言い訳を始める。
「違う違う! 花音ちゃん、あれは仕事の付き合い! 仕方ないんだって! あの人は会社の先輩で……!」
「ん~~? でもピッタリくっついてるにょん。圭兄ちゃん、アジより色気の方が釣れてない?」
「そんなわけあるかーっ!」
圭介が花音のご機嫌を取っていると――
その横で、完全に放置されている愛生がイラつき始める。
「……ちょっと。花音ちゃんばっか可愛がらないでよ」
ふくらむ頬。ゆらゆら揺れるうさ耳パーカー。
その隙をついて、今度は明宏がスマホをひょいっと持ち上げた。
「ん、圭ちゃんのスマホ。俺が返信しといてあげるよ」
「おいおい待て明宏、それはマズ――」
しかし遅かった。
明宏は既にスラスラと文章を打ち込み、
送信ボタンを、ポチッ。
『こんにちは、弟の明宏です。
沙代里お姉さんメチャ美人ですね。アジもデカいです。』
「おまっ……!!」
圭介が頭を抱えた瞬間、またしても通知音。
ピロン♪
沙代里から秒で返信が届く。
『ありがと〜明宏くん!圭介くん、優しい弟くんがいて羨ましいなあ♡
またみんなで遊びに行こうね!』
愛生はさらに不機嫌になり、
花音は「むむむ」と唸り、
明宏だけ嬉しそうに「沙代里お姉さん美人だよな〜」とニヤニヤ。
その光景を前に、圭介は頭を抱えながら心の中で絶叫した。
(……なんで正月早々、こんな修羅場になるんだよォ……!)
だが、同時にどこかくすぐったくて、
この賑やかさが少し嬉しい、そんな自分もいた。
――圭介の正月は、まだ波乱だらけのまま続いていくのだった。
◆明宏、圭介のスマホで“勝手にお誘い作戦”を決行する
沙代里からの「またみんなで遊びに行こうね♪」というLINE返信が届いたその瞬間、
明宏の目がギラッと光った。
「……ひらめいた」
その呟きに、圭介・愛生・花音は同時に嫌な予感を覚える。
「おい明宏、お前まさか――」
圭介の言葉が終わる前に、
明宏は圭介のスマホをスッと奪い去り、まるで“ボウズ逃れの高速巻き”レベルのスピードで入力を開始。
明宏(入力)
《じゃあ、今度エリアフィッシングに行きましょう。》
「ばっ、返せ明宏!! 勝手に送るな!!」
「圭ちゃん、うるさい。今、ここが勝負所だから」
いや、お前の“勝負所”知らん、と圭介は頭を抱える。
横で愛生が腕を組み、
「また勝手にやってる……」
とあきれ顔。
花音は花音で
「かにょん、知らないにょん……」
と目を泳がせている。
送信の数秒後、スマホが震えた。
沙代里
《えっ、エリア? 行こ行こー!釣り始めにピッタリじゃん♪》
「よっしゃあああ!!」
明宏はガッツポーズ。
「……おい明宏。なんでそんな嬉しそうなんだよ」
すると明宏は真正面から言い放った。
「決まってるでしょ。次は沙代里お姉さんにクランク買ってもらうんだよ。」
目が……完全に“釣具欲しさの狂気”で輝いている。
「お兄ちゃん、ちゃんと弟の教育してよ……」
愛生が半泣きで訴える。
「かにょんも……この子ヤバいと思うにょん……」
花音も距離を取る。
圭介はと言えば、
(明宏……マジで沙代里さんに餌付けされるぞ……)
と胃が痛くなるばかり。
そこへ、またスマホが震えた。
沙代里
《ねえ圭介くん、日程決めよっか!楽しみ〜♪》
圭介のスマホを囲む、
妹、いとこ、弟の三方向からの視線。
そのどれもが――
「圭介、お前の責任な」
と語っていた。
こうして、
明宏の身勝手すぎる暴走 によって、
圭介たちの釣り始めは、強制的に「重丹沢トラウト釣り場」に決定してしまったのだった。




