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うちの愛生ちゃん  作者: 横溝 啓介
1年2学期
106/119

圭介、会社でも釣り部

圭介が勤める会社は、社員数およそ三十名。

社長の顔と従業員の顔が一致しないと不安になるくらいの、家族経営・超アットホーム企業である。


圭介の職場は工場。

周囲は還暦を軽く飛び越えたベテランおじさま達ばかり。


「圭介、若いってだけで偉いぞ」

「腰? まだ大丈夫か? 若いもんな」


──若いという理由だけで心配される日々。

圭介は今日も、親戚の集まりみたいな職場で元気に働いていた。


そんな会社の年末最大イベント、忘年会。

座敷に並ぶ鍋とビール、飛び交う昭和の武勇伝。


「若いの、注げ注げー!」

「いや、もういいですって!」


完全アウェー戦の中、圭介がほっと一息ついたその瞬間だった。


石持沙代里、降臨


「ねえ圭介くん、ちょっといい?」


ひょい、と隣に座ってきたのは

事務の 石持沙代里いしもち・さより


忘年会仕様なのか、普段より少し華やかな服装。

そして、距離が近い。とにかく近い。


「さ、沙代里さん、どうしました?」


「実はねぇ……釣り部、作ろうと思ってるの」


肩に、自然すぎるレベルで手を置かれる圭介。


(近い近い近い近い!

会社!ここ会社の忘年会!

妹に見られたら即死案件!)


計画はすでに完成していた


そこへ、ドン、と重たい音を立てて徳利を置く人物。


「ほっほっほ……圭介よ」


工場長、**真鯵源蔵まあじ・げんぞう**である。


「釣り部の話は、わしと沙代里ちゃんで

もうだいたい決めとる」


「……決めてるんですか?」


「うむ!」


即答。


圭介の意見が入る隙は、1ミリもない。


沙代里の“もっともらしい説明”


沙代里は、少し真面目な顔になり、圭介の腕に軽く触れたまま話し出す。


「目的はね、ちゃんとあるのよ?」


① 社員同士の親睦を深めて、チームワークを良くすること

② 釣り部の活動をSNSに上げて、若手採用につなげること


「ほら、うちの会社って……平均年齢、高いでしょ?」


「ええ……まあ……」


「だから、“釣りやってます!”っていう

楽しそうな会社アピール、したいの」


なるほど、理屈は通っている。


だが――


圭介の心の叫び


(いや待ってください)


(俺、すでに

妹たちの鱒釣り部で

送迎・保護者・財布係なんですけど!?)


(ここに会社釣り部まで追加されたら

俺の休日、消滅しません!?)


だが、その叫びは口に出せない。


源蔵、完全にノリノリ


「わしはアジ釣りが好きでなぁ」


源蔵は嬉しそうに語る。


「若い衆と一緒に釣りができるなら、

これほど嬉しいことはない」


「圭介、お前が部長じゃ」


「えっ」


「若いし、釣りも詳しいし、決まりじゃな」


異議申し立て、却下。


沙代里の追い打ち


「圭介くんがいないと、成立しないんだよ?」


そう言って、

圭介の二の腕を両手で包み込む沙代里。


「ね?お願い♡」


(無理。断れるわけがない)


圭介、板挟み確定


・家では

 愛生「お兄ちゃん釣り行こ!」

 明宏「送迎よろしく!」

 花音「にょん♡」


・会社では

 沙代里「釣り部よろしく♡」

 源蔵「若い衆は頼もしいのぉ」


圭介は、静かに悟った。


(俺……

 釣りが好きなだけの一般人だったはずなのに)


忘年会の締め


「じゃあ決まりね!

 会社釣り部、発足〜!」


拍手喝采。


圭介だけが、グラスを持ったまま固まっていた。


(……俺の来年、

 釣りで埋まるな)


その時だった。


岩志三郎、乱入


「おいおいおい、釣りの話しとるんか!」


ビールジョッキ片手に、

岩志三郎いわし・さぶろう六十八歳が乱入してきた。


見るからに釣りキチ。

顔がもう「潮の香り」。


「釣り部だぁ?

海釣り、アジ、イワシなら、わしに任せんしゃい!」


そこから始まる、

源蔵 vs 三郎・釣果自慢バトル。


「先月な、アジが三十匹じゃ」 「ほっ、わしは四十匹じゃ」 「型が違うわ!」 「数じゃ!」


酒と共にテンションは急上昇。


そして、突然、話題が圭介に飛ぶ。


「で、圭介。最近は何釣ったんじゃ?」


圭介、一瞬迷う。


(正直に言っていいのか……)


しかし、誠実さだけが取り柄の男。


「……ヌ、ヌマチチブです」


一瞬の静寂。


次の瞬間。


「ぶはははははは!!」 「なんじゃそれは!!」 「魚界の雑魚王じゃろ!」


腹を抱えて大爆笑する三郎。


圭介(知ってる……小さい魚だってことは……)


一方、釣り知識ゼロの沙代里は、


「え? ヌマチチブ?

……可愛い名前じゃない?」


と、キョトン顔。


だが、笑いが収まる前に、

話はとんでもない方向へ進んでいく。


「よし、決まりじゃ!」 「今度の休み、サビキ釣り行くぞ!」


源蔵と三郎、即決。


「圭介、車出せるな」 「沙代里ちゃんも来い」


こうして――


妹たちの鱒釣り部

会社の老人サビキ釣り部


二つの釣り部に板挟みになる男、圭介の

不幸で騒がしい会社釣り部編が、

静かに、しかし確実に幕を開けたのであった。



今度の休み、会社の釣り部(仮)はついに始動する。

場所は海。内容はサビキ。主役は――爺さん二人。


圭介は準備の為に沙代里と釣り具店で買い物の約束をしていた。


そして、圭介が釣具屋へ向かおうと玄関で靴を履いた、その瞬間だった。


「お兄ちゃん、愛生も行く」 「圭介兄様、僕も同行します」 「……にょん」


背後に当然のように並ぶ三人。

交通手段がない高校生と中学生が、当然の顔で同乗前提だ。


「いや、お前ら今日は――」 「だって釣りでしょ?」 「釣具屋ですよね?」 「……にょん」


三方向からの無言圧力に、圭介は敗北を悟った。


――こうして、圭介+妹弟+従姉妹という謎パーティは釣具屋へ向かった。


店内に入ると、すでに待ち合わせ相手は到着していた。


「あ、圭介くん!こっちこっち〜」


手を振るのは、事務の石持沙代里。

中肉中背、巨乳、地味顔――なのに距離感が致命的におかしい女。


「お疲れさまです、沙代里さん」 「うんうん、お仕事終わりで大変だったね〜」


そう言って、自然に圭介にソフトタッチしたり離れたりを繰り返す。


「!? さ、沙代里さんっ」


その瞬間。


「……曲者」 と愛生が一歩前に出た。


「……にょん」 と花音が半歩遅れて警戒態勢。


明宏はというと――


「わあ、スプーンいっぱいありますね」 と、すでに別世界にいた。


「ねえねえ明宏くん」 沙代里がしゃがみ込み、明宏の目線に合わせる。


「どれが好き?」 「えっ……この辺の、キラキラしたやつです」


沙代里は一瞬も迷わずカゴに入れた。


「はい、これ買ってあげる」 「えっ、いいんですか!?」 「もちろん〜。釣り部の未来だもん」


餌付け完了。


「沙代里さん!?」 圭介が止めるより早く、レジへ直行。


「ありがとうございま――」 「明宏」 愛生の低い声が飛ぶ。


「知らない大人から物をもらってはいけません」


「でも愛生姉様、スプーンです」


花音は花音で、 「……にょん……」 と困り顔で圭介を見る。


完全に包囲網である。


一方その頃、沙代里は戻ってくるなり――


「はい圭介くん、」 と言いながら、圭介の肩にピッタリくっついてまったく離す気配がない。


「ち、近いです!」 「え〜?これくらい普通だよ?」 「普通じゃありません!」


「お兄ちゃん」 愛生が一歩踏み込む。 「その人、距離感おかしい」


「……敵意、にょん」 花音も静かに同意した。


沙代里は三人を見渡して、にっこり。


「あら〜、みんな可愛いね」 「圭介くん、モテモテじゃない」


圭介は心の中で叫んだ。


(違う!これはモテじゃない!

板挟み地獄だ!!)


明宏は新しいスプーンを握りしめ、満面の笑み。


「沙代里さん、いい人ですね」


「でしょ〜?」


愛生と花音が同時にため息をついた。


こうして釣具屋の一角で、 ・距離感ゼロの年上女性

・警戒心MAXの妹

・静かに睨む従姉妹

・餌付け済み弟


に囲まれた圭介は、

今日も胃をキリキリさせながら生き延びるしかなかった。


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