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うちの愛生ちゃん  作者: 横溝 啓介
1年2学期
104/119

圭介、冬のボーナス編 第5話 愛生と明宏の策略

読んで下さる皆様、心より感謝致します。


ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。

翌朝――

まだ夢と現実の境目をふらふらしている圭介は、重たいまぶたをこすりながらリビングへと向かった。


すると。


そこには、なぜか仁王立ちで待ち構える明宏の姿があった。


「圭介お兄様――お目覚めでございますね」


やたら芝居がかった口調。

その時点で圭介は悟った。


(あっ、これ、完全に“クリスマスプレゼント強請りモード”だ)


「朝食の準備が整っております。どうぞ、こちらへ」


明宏は深々と頭を下げ、まるで高級ホテルの執事のようにテーブルへと案内する。

いや、家だ。ここは普通の我が家だ。


椅子に座った瞬間――

背後からスカートのひらりと揺れる音。


振り向くと、そこにいたのはメイドコスプレの愛生だった。


「おはようございます、御主人様♡」


にっこり満面の笑顔。

完全に仕上がっている。仕込みは万全だ。


(なにこの圧倒的サービス精神……)


熱烈な歓迎を受けているはずなのに、圭介の背中には冷たい汗が伝っていく。


(これは喜んでいい状況じゃない。

 これは……“請求書が分厚くなる前兆”だ……)


妹はメイド、弟は執事。

朝食という名の舞台装置。


圭介の頭の中には、まだ見ぬクリスマスプレゼントの値札が、

キラキラと、しかし無情に輝いていた――。


「……俺、生きて年越せるかな」


テーブルの上に並んだ朝食を見て、圭介は一瞬だけ現実に戻った。


(……あれ? 見た目、いつもと何一つ変わらなくない?)


卵焼き、トースト、粉末ポタージュ。

昨日までと寸分違わぬ、安心と油断の朝食ラインナップである。


「こちらの卵焼きは――」


ビシッと背筋を伸ばした明宏が、なぜか執事ポーズで一歩前に出る。


「愛生シェフ渾身の、いたって普通の卵焼きでございます」 「トーストは私、明宏が心を込めて――普通にトースターで焼き上げた逸品でございます」


力説する内容が、ことごとく“普通”なのが逆に清々しい。


「いや、そこ誇るとこじゃないだろ……」 圭介が小声でツッコむ間もなく、


「御主人様〜♡」


メイド服姿の愛生が、わざとらしくスカートを摘んでくるりと一礼。


「粉末ポタージュに、お湯を注がせていただきますねぇ♪」


ジャー、という音と共に注がれるお湯。

粉末が溶ける、あまりにも現実的な光景。


だが――本番はここからだった。


愛生は卵焼きを手に取ると、ケチャップを構え、真剣な表情で書き始める。


「……よし」


完成した卵焼きには、でかでかと赤文字で。


『大好き』


さらにトーストにはチョコペンで、


『兄LOVE』


「……朝から情報量が多い」 圭介のツッコミは虚しく空を切る。


そして愛生は両手を胸の前で組み、


「美味しくな〜れ♡

 萌え萌え〜……」


一瞬、間を置いて、


「……きゅ〜んっ」


「その呪文、ちょっと古くない?」 思わず突っ込む圭介。


だが愛生は、にっこり満面の笑顔で一言。


「ツッコミ禁止だよ、お兄ちゃん♡」


――強い。

この笑顔は、すべての反論を無力化する。


そして愛生は、スッと卵焼きをフォークに刺し、上目遣いで圭介に詰め寄った。


「御主人様……」 「私が、食べさせてあげるね?」


フォークを差し出しながら、


「はい……あ〜ん♡」


圭介は硬直した。


(これは……朝食なのか?

 それとも何かの罰ゲームなのか?)


隣では明宏が、無言で親指を立てている。


(完全に包囲されている……!)


逃げ場を失った圭介は、観念したように口を開いた。


「あ……あ〜ん……」


愛生にされるがまま、圭介は卵焼きを口に放り込まれた。


「あーん、です、御主人様♪」


……いや、御主人様じゃないし。

そう心の中で全力ツッコミを入れつつも、妹の勢いに押されて咀嚼そしゃくする圭介。


(食べさせられるって、こんなに食べにくかったっけ……?)


卵焼きは、確かに卵焼きだった。

甘いのか、しょっぱいのか、火加減はどうなのか――


だが今の圭介には、それを判断する余裕が一切ない。


なぜなら。


「どう? 美味しいでしょ〜? お兄ちゃん♪」


至近距離、満面の笑顔、キラキラした期待の眼差し。

この状況で「普通」とか「可もなく不可もなく」なんて言葉は存在しない。


「……うん、美味しいよ」


魂を削った回答だった。


すると愛生はパァッと花が咲いたような笑顔になる。


「やったぁ〜! 愛生ちゃん大勝利〜♪」


一方その様子を横で見ていた明宏は、

――よし、順調だな。

と言わんばかりに、静かに親指を立てていた。


(こいつら、完全にグルだ……)


圭介は悟った。


味がしないのも無理はない。

緊張、困惑、妹の圧、弟の視線。

それらが一斉に襲いかかり、味覚という味覚を完全に封印していたのだから。


卵焼き、トースト、ポタージュ。

気づけば朝食は、何を食べたか分からないまま静かに消えていった。


「食後のコーヒーにございます」


執事モード全開の明宏が、カップをコトリと置く。


その瞬間。


「ねぇねぇ、お兄ちゃん〜」


愛生がぴったりと圭介にくっついてくる。

距離ゼロ。逃げ場ゼロ。


(来た……本題……!)


圭介は、コーヒーの湯気越しに遠い未来を見た。


――この後、絶対に来る。

――クリスマスプレゼントの話が。


妹と弟に挟まれ、完全包囲網。

圭介のボーナスは、今まさに風前の灯火だった。


(兄って……つらいなぁ……)


そう思いながらも、

圭介は結局、何も言えずにコーヒーを一口すするのだった。


――甘くも苦い、兄の朝は、まだ始まったばかりである。


花音がトン、と音を立てて椅子に腰掛けた瞬間、

その場の空気がわずかにピシッと引き締まった。


「……はぁ」


深く、そして長いため息。

それは呆れと心配が絶妙にブレンドされた、いとこ専用ため息だった。


愛生は圭介にぴったり張り付き、

明宏は執事スマイルを崩さず、

その光景を見た花音の目は、ほんのり冷ややか。


(また始まったにょん……)


「圭ちゃん、横浜市緑区、鴨居駅近くの釣具屋行こうよ!

 新しいロッド、触るだけ! 触るだけだから!」


触るだけで済んだ試しが一度もない台詞を、

満面の笑みで放つ明宏。


「お兄ちゃん、愛生はね〜、

 鴨居駅近くのショッピングモール行きたいなぁ♡」


絶対に偶然ではない被せ方。

事前に綿密な作戦会議が行われていたことは、

圭介の鈍い感性でもさすがに理解できた。


(左右から挟撃……完全に包囲されてる……)


圭介はコーヒーを一口すすり、静かに天を仰ぐ。


「……解った。解ったから」


観念した兄の声に、

愛生と明宏の目が同時にキラリと輝く。


市川家の不文律。

クリスマスプレゼント担当:圭介

お年玉担当:母


これはもう、抗えない宿命である。


愛生と明宏、そして花音のプレゼント分――

そこまでは圭介の想定内だった。


だが。


(里香ちゃん……想定外……しかも重め……)


ショッピングデートで消えたボーナスの記憶が、

脳内でスローモーション再生される。


花音はその様子をちらりと見て、心の中で呟く。


(圭兄ちゃん、また無理してるにょん……)


こうして今日も、

優しすぎる兄は財布を握りしめ、

愛と責任と現実の重みに耐えながら、

鴨居方面へと連行されるのであった。


愛生と明宏に両脇を固められ、ほぼ連行される形で辿り着いたのは、鴨居駅近くの釣具屋。

なお、花音も「見届け役」という名目でしれっと同行している。


――ここは戦場だ。

圭介はそう悟った。


店内に足を踏み入れた瞬間、明宏の目がキラリと光る。

獲物を見つけた猛禽類のそれである。


「圭ちゃん、ちょっと見てくる」


“ちょっと”と言いながら、明宏は一切の迷いなく渓流ミノーコーナーへ直行。

まるで最初から目的地がマップに表示されていたかのような動きだ。


「やっぱ定番はこれだよな〜」


手に取ったのは、安定と信頼の象徴――

Bコンタクトミノー。


「次はロッドにするか……いや、リールか……」


一瞬だけ顎に手を当て、真剣に悩む明宏。

圭介はその様子を見て、内心ヒヤヒヤしていた。


(頼む……ロッドはやめてくれ……値段が一気に跳ね上がる……)


しかし次の瞬間、


「よし、これにする!」


明宏が選んだのは、渓流用のハイギア・スピニングリール。


「取り回しもいいし、アップでもダウンでも巻き感が最高なんだよね」


――知識がガチすぎる。

圭介は若干引きながらも、胸をなで下ろした。


(……よかった。想定内のダメージで済んだ)


レジへ向かう明宏の足取りは軽く、購入まで一切ブレなし。

所要時間、驚異の数分。


「明ちゃん、買い物早いね」 と圭介が言うと、


「欲しいものは決めてから来る派なんで」 とドヤ顔で即答する明宏。


――できる弟は違う。

その分、後が怖いが。


ともあれ、

明宏のクリスマスプレゼント購入、無事終了。


圭介は小さく息を吐いた。


(よし……ひと山越えた……次は……)


圭介の視線は、ゆっくりと愛生へ向く。


満面の笑顔で、

ショッピングモール方向を指差している妹が、そこにいた。


――戦いは、まだ終わっていなかった。

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