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うちの愛生ちゃん  作者: 横溝 啓介
1年2学期
103/119

圭介、冬のボーナス編 第4話 愛生と明宏と花音

読んで下さる皆様、心より感謝致します。


ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。

里香と別れてからの道のりを、圭介は――覚えていなかった。

気が付いたら、自宅のソファに腰を落としていた。


「……あ〜、疲れた。心も身体もめちゃくちゃ疲れた……」


まるで全身のバッテリーが残量1%。

ポケ◯ンだったら今にも“ひんし”だ。


そこへ、すかさず飛び込んでくる影。


「圭ちゃん、なんか疲れてるみたいだね〜」


明宏が、まるで予約していたかのようなタイミングで肩を揉み始める。

中学生とは思えないゴッドハンドだが、今日はそれでも癒されない。


「今日はお兄ちゃんの大好物、愛生ちゃんがカレー作ったよ」


続いて愛生が、ピタッと隣に寄り添い座る。

満面の笑顔。

だが、圭介は知っている。

カレーは自分の好物ではない。

愛生が食べたいだけである。


「愛生ちゃん……ごめん……俺、なんか食欲なくて……」


圭介の声は枯れた草みたいだ。


しかし愛生はニコニコ。


「じゃあ、お腹空くまで愛生ちゃんが一緒にいてあげるね!」


ギュッと圭介の腕に抱きつく。

“1人になりたい”という圭介の気持ちは、この妹には全く届かない。


(……兄って、つらい……)

圭介の心の叫びは誰にも聞こえなかった。


――愛生と明宏にとって、圭介が里香と出かけた事実はどうでもよかった。

そんな事より明日のクリスマスプレゼントの方が100倍重要である。


だが、ひとりだけ違う子がいた。


部屋の入口に立つ花音。

腕を組んで、ふか〜く頷いている。


「圭兄ちゃん……里香ちんと何があったのか、大体想像つくにょん……

あんなに落ち込んで……お人好しすぎるにょん……心配にょん……」


愛生と明宏が“プレゼント脳”になっている中で、

花音だけは真剣な顔で圭介を見つめていた。


(ああ……優しい子だ……)

圭介は思わず胸が少しだけ温かくなる。


だが、腕にしがみついた愛生の重量でソファから身動きは取れない。


「……俺、ほんと疲れたな……」


圭介のぼやきだけが、静かなリビングに溶けていった。


「疲れたから、風呂入ってくるよ」


風呂へ逃げ込むように向かう圭介。

廊下で花音とすれ違った瞬間、その大きな瞳がじっと圭介を見上げてきた。


「……圭兄ちゃん、だいじょぶ……?」


声には出さずとも、表情で全部伝えてくる花音は、まるで天使である。


圭介は無理して微笑む。


「大丈夫だよ、花音ちゃん」


花音はまだ「心配にょん…」という瞳のまま立ち止まり、

圭介はその視線から逃げるように風呂場へ。


湯船に沈みながら、天井を見つめる圭介。


「俺……里香ちゃんにとって“お兄ちゃん枠”だったのか〜……」


湯に溶けるほどの脱力。

今日一日のハードダメージが、ジワジワと湯に溶け出す。


(デートじゃなかったのか……いや、そもそも俺、告白すらしてないのに何で“良いお兄ちゃん宣言”で終わってんの……?)


と、頭を抱えたくなる展開。


しかし、すぐに別の顔が思い浮かぶ。


愛生。

明宏。

花音。


自分を離してくれない弟と妹。

そして本気で心配してくれたいとこの花音。


「……そうだよな。俺は“兄ちゃん”なんだよな」


父親のいない家を背負ってきた実感が、湯気にまぎれて胸に落ちる。


「愛生と明宏の兄貴。花音にとっては頼れる従兄のお兄ちゃん。

俺がしっかりしなきゃな」


今日の“兄枠認定事件”で傷ついたはずなのに――

湯船の中で、圭介の背筋は少しだけ伸びていた。


「……花音ちゃん、あんな顔で心配してくれたんだ。

ちゃんと応えてあげないとな」


湯舟がぽちゃんと揺れる。


圭介の心の中にはまだ痛手が残っている。

でも、それ以上に“守りたい家族たち”の顔が浮かぶ。


兄は今日も強制的に立ち上がるのであった。


風呂から上がった圭介がリビングのドアを開けた瞬間――


「お兄ちゃん、おかえりなさぁい♡

お夕飯にする? お風呂にする?

それとも……わ・た・し・にする?」

と、愛生がツヤツヤ笑顔で迎撃してきた。


出た。

どこかで聞いたことある“お約束パロディ”。


「いや、今お風呂から出てきたんだけど……」

と圭介は力なくツッコむ。


「そっか〜♡ じゃあ、お夕飯と私にするねっ」

満面の笑顔で意味不明にまとめてくる愛生。


圭介はもはや反論すらしない。

返す言葉が見つからないというより、心が弱って反論能力が低下している。


「はいはい、お兄ちゃん座って座って〜」

と、愛生は圭介を半ば強制的に着席させた。


テーブルに置かれたのは――

愛生特製カレー。


「お兄ちゃんの大好きな甘口カレーだぞっ♪」

と胸を張る愛生。


(いや、俺は辛口が好きなんだよ……甘口は愛生の好みだろ……)

とは口に出せず、

「ありがとう……」

と弱々しく微笑む圭介。


「ん? 花音ちゃんと明宏は?」

と尋ねると、愛生はスプーンをくるくる回しながら言う。


「お兄ちゃんお風呂長いから、2人は先に食べちゃったよ〜。

花音ちゃんなんて、

『お兄ちゃん遅いにょん! 激おこぷんぷん丸だにょん!』

って怒ってたもん!」


「いやいや、絶対言ってない。完全に愛生ちゃんの創作だよね?」

と冷静に返す圭介。


「テヘッ、バレちゃった〜☆」

と舌をちょこんと出す愛生。


(激おこぷんぷん丸なんて今どきオッサンしか言わねぇよ……

愛生の前世は絶対オッサンだろ……)

と圭介は本気で疑い始めるのだった。


「では、お腹ペコリーヌのお兄ちゃん、

愛生ちゃんと一緒に“いただきます”を言いましょう♪」


やたらご機嫌な愛生が、にこーっと笑って手を合わせる。


「じゃあ……いただきま〜す」


圭介が普通に言うと、


「ダメダメ! まだだよ、もう!」


愛生が両手をぶんぶん振って全力否定してきた。


「えっ、いただきます言っちゃダメなの?」

圭介、完全に困惑。


愛生はくるっと圭介の正面へ回り込み、

右手をグーにして──そのまま圭介の頭の上に乗せた。


「……何やってんの?」


「しっ、見ててね? いくよ?」


愛生はグーを軽〜くコツコツと圭介の頭に当てながら、


「痛、痛、痛、痛……いただきますっ♡」


満面の笑顔。

小学生でもやらないレベルの幼稚ギャグ。

しかも“痛い”と言っているのは、どう考えても愛生の演技。


圭介は呆気にとられながら、


(……なんだよこれ。くだらなすぎるだろ)


と思うのだが、

胸の奥がじんわり温かくなるのを止められなかった。


今日は心が折れそうになるほど疲れた。

里香の言葉にぐったりして、帰り道も覚えていないほど落ち込んでいた。


だけど。


愛生のこういうくだらない優しさが、

圭介の心をそっと包んでいく。


「……いただきます」


今度はほんの少しだけ、あたたかい声で言えた。


「お兄ちゃんの、可愛くて愛おしくてたまらない愛生ちゃんが作った、ジャガイモゴロゴロ甘口カレーだよっ♪」


テーブルの向こうで、愛生が胸を張って自慢げに宣言する。

その笑顔はまさに天使――

だが、皿の上のカレーはというと……。


ゴロッ…ゴロッ…ゴロッ…


ジャガイモ、惑星サイズ。

しかも妙に白くてツヤツヤしているのが不穏である。


説明しよう。


愛生は普段、キャラクターがプリントされた幼児向けレトルトカレーを愛用している。

それを日頃嫌というほど食べさせられている圭介は甘口好き”という誤った思い込みを愛生に植え付けてしまっていた。


(いや俺、ほんとは辛口派なんだけどな……

言える空気じゃねぇ……)


と、圭介の心の声は虚しくこだまする。


「さぁ〜、た〜んと召し上がれ♪」


無邪気な天使の笑顔でスプーンを握る愛生。

逃げ場はない。

圭介は覚悟を決め、巨大なジャガイモをスプーンに乗せ――


ぱくっ。


――ガリッ。


……ガリッ!?


シャリッ。


(おいぃィィィィ! これ、絶対、火、通ってねぇだろぉおおお!?)


胃腸に不安が走るが飲み込むしかない。

だが、圭介は笑顔でごまかすしかない。


「どぉ? 美味しいでしょ? 我ながら自信あるんだよね〜♪」


(ジャガイモ半生だよ、とは言えねぇ……!)


「……う、うん! とっても美味しいよ。愛生ちゃん、お料理上手だね!」


「えへへ〜♪ やったぁ、お兄ちゃんに褒められた〜♡」


満面の笑顔で頬を緩ませる愛生。


その笑顔だけで、

里香にフラれてカチコチに冷えていた圭介の心は、

じんわり、ゆっくりと――

本当に温め直されていったのであった。


そしてその裏で、圭介の胃腸は静かに危険信号を灯し始めていた……。

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