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うちの愛生ちゃん  作者: 横溝 啓介
1年2学期
102/119

圭介、冬のボーナス編 第3話 里香と圭介のデート 下

読んで下さる皆様、心より感謝致します。


ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。

メニューを開いた瞬間、

圭介の目は “ステーキセット2980円” で止まり、

里香の目は “日替わりランチ980円” に吸い寄せられていた。


もちろん、理由はまったく違う。


圭介(里香ちゃんには美味しいもの食べてほしい…!)

里香(高いの頼むとバッグ代が減るからムリ)


「圭介、私これでいいよ。日替わりで」

と、にっこり微笑む里香。


「え、そ、そんな安いのでいいの?」

嬉しいのか寂しいのか分からない声の圭介。


「いいのいいの。ね、圭介も日替わりにしなよ。ほら、これ美味しそうじゃん?」

とメニューを押し返してくる里香。


――優しさ(※偽)である。


すると圭介は、

“里香と同じもの食べて仲良くなれるなら…!”

という、淡い希望だけで満たされ、すぐ店員を呼ぶ。


「ひ、日替わりランチ2つで……!」


店員が去ったあと、

里香はストローでアイスティーをくるくる混ぜながら、

ふわっと微笑んでみせた。


そして日替わりランチがテーブルに並ぶ。


「圭介、今日はありがとう。

一緒のお出掛け、嬉しいよ」


その笑顔は、ショッピングのときにテンションが上がっていく“前触れスマイル”……

――なのだが、そんな裏事情を知らない圭介には、ただただ天使の微笑みにしか見えなかった。


(うわぁ……かわいい……!)


目の前の里香を見ながら、圭介の胸はぽわっと温かくなる。


しかし、その一方で、


(ん? “お出掛け”……? デ、デートじゃない……の?)


心の片隅で、ちょっとだけ“引っかかり”が生まれていた。

でも、「嬉しい」と言ってくれた以上、深追いなんてできない。


「こちらこそ。里香ちゃんとデ――…お、お出掛け、俺も嬉しいよ」


危うくデートと言いかけ、舌を噛みそうになりながら慌てて言い直す圭介。

里香はその様子をちらっと見て、小さくクスッと笑う。


「そっか、良かった」


その柔らかい微笑みだけで、圭介のHPは全回復どころかオーバーフロー状態。


(はぁ……里香ちゃん、やっぱ可愛いわ……)


“お出掛け”というワードに少し傷つきながらも、

「2人きり」という事実だけで幸せが止まらない圭介。


(こ、ここで……『圭介、食べさせてあげる。あ〜んして』とか……あるのでは!?)


奇跡への期待が胸をよぎる。


……が、もちろんそんなイベントは起きない。


現実の里香は、フォークで日替わりランチを普通に口へ運び、

ただ美味しそうに微笑むだけだった。


幻想がスッ……と霧散していく。


(……うん、分かってた。分かってたけどさ……!)


“あ〜ん”は叶わぬ夢だと、圭介は静かに悟るのであった。


ランチのテーブルには、ほんのり甘い空気と、

ちょっぴり切ない男心が混ざり合っていた。


食事を終えたテーブルには、日替わりランチの皿が片づけられ、圭介は「食後のまったりトーク」を楽しむ気満々で、ドリンクバーに視線を向けていた。


「(よーし、コーヒーでも飲みながら、里香ちゃんとゆっくり……)」

 そんな淡い期待を抱いた瞬間。


「圭介、行こ」

 ぱぁっと花が咲いたような笑顔で、里香が圭介の手を取った。


「え、え? もう?」

「うん、行こっ」

 まったく疑いのない純度100%の笑顔。

 これにはどんな抵抗も意味を失う。理性? 何それおいしいの?


 ──圭介、秒で無力化。


 里香に手を引かれ、ショッピングモールの通路をずるずると進む圭介。


「(う、うおぉぉ……里香ちゃんと手を繋いで歩いてる……!!)」

 頬が勝手に熱くなる。

 視界の端でカップルたちが歩いているが、圭介の中では“自分たちも同じカテゴリー”に分類されつつあった。


 しかし、現実は少し違う。


 繋いでいる、ではない。

 ほぼ引きずられている。


「(俺、今……引っ張られてる……)」

 里香の歩調は軽やかで速い。その背中は目的地へ向かう意思に満ちている。


 そう、**里香の最終目的地は“ショッピング”**である。

 そして、その道中に必要なものがひとつ。


──圭介(=お財布)


 それでも圭介は幸せいっぱい。


「(……でも、いいんだ。里香ちゃんが俺の手、離してないし……!)」

 財布であろうと、手を引っ張られようと、圭介にとっては夢のような時間。


 里香は振り返り、にこっと笑った。


「ほら、早くっ」


 その笑顔だけで、圭介はすべてを許してしまう。


「う、うん……!」


 こうして、圭介は今日も幸せそうに里香に運ばれていくのだった。


ショッピングモールのカバン売り場。

キラキラした照明の下で、里香は3つの候補を抱えたまま、くるりと圭介の方へ向き直る。


「ねぇ~圭介、どれが似合うと思う?」

そう言って、まずは白いショルダーを肩にかけて軽くターン。


相変わらず控えめなスピンなのに、圭介にはアイドルのステージに見えてしまう。


「うん、似合う。可愛い。すごく可愛いと思うよ」

即答、即褒め、反射レベルの可愛い。


「そ? じゃあこれも見てよ」

今度はベージュのトート。肩にかけた瞬間、ちょっと胸を張って軽く微笑む。

その“見て見て〜”の柔らかい仕草がまた可愛い。


「か、可愛い。里香ちゃん可愛い」

圭介は語彙力をどんどん失っていく。


そして最後の黒いハンドバッグ。

里香は鏡の前で軽く姿勢を整えると、また圭介の方へ向き直る。


「これは? 大人っぽすぎる?」

少し不安そうに聞く声が妙にあざとい。


「いや、その…大人っぽくて可愛い……可愛い……」

圭介の語彙力は完全崩壊。


里香はくすっと笑う。

圭介の“可愛い供給過多”による混乱っぷりを楽しんでいるような、でも意地悪じゃない、ほんのり甘いやつ。


(ふふ、ちゃんと見てくれるの嬉しいな)

そんな表情を浮かべながら、ひとつひとつ丁寧に見せてくれる。


実のところ、里香の中では最初から「この3つのどれか」の予定だった。

だけど、せっかく圭介と来たんだし――と、


「圭介が見てる前で可愛い自分をちゃんと見せる」

というボーナスタイムをつくってあげているのだ。


悪気のない、ちょっとした“あざとサービス”。


そして圭介はというと——


(なんて可愛いんだ……。尊い。全部買いたい……いや全部は無理……いやでも……)

心の中で財布が泣きながら転がり落ちていく音が聞こえている。


しかしそんな圭介の葛藤など知らぬ顔で、

里香は3つのカバンを胸の前で比べながら、


「う〜ん、どれがいいと思う?」

と嬉しそうに迷い続けるのであった。


圭介はもう勝てない。

はじめから勝負になってなかった。


1万円のカバンがお買い上げされた瞬間、

圭介の脳内ではファンファーレが鳴っていた。

(よし!これで買い物終わり!ここからがデート本番だ!)


そして満を持して口をひらこうとする圭介。

ねぇ〜里香ちゃん、よかったらこのあと──


「次は靴が欲しいな」


里香がふわっと天使みたいな笑顔で言った。

圭介、秒で口を閉じる。


(え、まだ終わらないの!?)


思いは心の中で悲鳴になるが、外には出せない。

だって目の前の里香、今日は珍しくご機嫌モードなのだ。

普段ツンっ気強めな彼女が、

“ちょっと優しい女の子モード” に入っている。


にこっと微笑んで、

「靴はあっちだよ、行こ?」

と、また手を引いてくる。


圭介は連行されながら必死に計算する。

(やばい……明日の愛生と明宏のクリスマスプレゼント……

 花音ちゃんのも……俺のボーナス……残るの……?)


悲しいことに、ここまで来たらもう引き返せない。

すでにレジを3回通った男の覚悟は、

返金不可のレシートよりも重い。


そして靴売り場。

里香、圭介の方を向き、軽くくるっと回って見せる。


「ねぇ圭介。どれが可愛いと思う?」


候補は最初から三つだ。

白のふわふわパンプス、ベージュのストラップ、黒の厚底。

里香はその三つをローテーションしながら、

いちいち圭介の前でポーズを取ってくる。


圭介は即答だ。


「ぜ、全部可愛いよ……!めっちゃ似合うよ!」


(全部可愛いって言ってる場合じゃない……お財布的に……!)

と内心で泣くが、

目の前の里香はほんのり頬を赤くして微笑む。


「そっかぁ……そっかぁ〜」

と、機嫌よく靴を脱いで次のを履く。


(あああああ……ダメだ……可愛い……言っちゃう……)

圭介のお財布が心停止寸前なのに、

口から出てくるのは「可愛い」しかない。


そして気づく。

これ、たぶん“デート”じゃなくて…

 “里香ちゃんの買い物に付き添う日”だ……。


だけど、

手を引いてくれる里香の笑顔を見るたびに、

そんな不安は一瞬だけ上書きされていく。


(……まあいいや。里香ちゃんが楽しそうだし……)


圭介は今日もまた、優しさの名のもとに

財布の紐をゆるめ続けるのであった――。


靴を購入し、紙袋がさらに増えた。

圭介の財布は、もう悲鳴を通り越して無言である。


「よっしゃー、ショッピング終わりだぜ!」

圭介の心に、ついに「デートらしい事をするぞ計画」が点火した。


──そう、この瞬間からが本番。

おしゃれなカフェで語らうもよし。イルミネーションを見るもよし。

圭介の脳内ではすでに「デートらしきもの」のプロットが組み上がっていた。


しかし。


「圭介、今日はありがとう」

ふいに里香が立ち止まり、くるっと振り返って、満面の笑顔を向けてきた。


その瞬間、圭介の心拍は跳ね上がる。

この流れはもしや、もしや……!


「とっても楽しかったし、圭介とお買い物して嬉しかったよ」


……え?

なんか、もう締めの挨拶っぽい?


「えっ、もしかして、デート終わりっすか?」

とはもちろん言えず、


「俺も里香ちゃんと過ごせて楽しかったよ」

と、社交辞令みたいな返しをするしかない圭介。


その時、里香が、視線を落として頬を赤らめた。


(きた、これ!! 告白イベント!!)

圭介の脳は勝手に勝利のファンファーレを鳴らす。


「……あのね」


ドキン。


「いつも愛生と明くんの面倒を一生懸命に見る圭介が羨ましかったんだ」


(ん?)


「私、一人っ子でしょ。だからね……圭介みたいな

お兄ちゃん、欲しくて。」


(んん??)


「それに、花音ちゃんのことも一生懸命でしょ?

圭介って、ほんと“お兄ちゃん”って感じでさ」


「ま、まぁ、兄だからね〜……」

(嫌な予感しかしないぞコレ)


そして。


「今日は お兄ちゃんになってくれて ありがとう。

私、お兄ちゃんとしての圭介が大好きだよ。」


──その瞬間。


圭介の視界が、少し暗くなった。


(えっ……俺、告白してないのに……フラれたの……?)


たぶん人生で初めて味わうタイプの衝撃である。

“勝手に兄扱いされて、勝手に関係性を確定される”という

前例のないフラれ方。


一方で里香は、告白でもしたかのように照れ顔。

手で頬を隠しながら、恥ずかしそうに足をもじもじしている。


温度差、地球と太陽くらい。


「今日はありがと、またね!」

ぱたぱた手を振りながら、里香は軽やかに去っていく。


圭介はただ、

「……うん、またね……」

と、魂の抜けた声で手を振り返すしかなかった。


──こうして、圭介の“デートのつもり”は、

里香の“お兄ちゃんありがとう会”として幕を閉じたのであった。


靴を購入し、紙袋がさらに増えた。

圭介の財布は、もう悲鳴を通り越して無言であった。

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