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うちの愛生ちゃん  作者: 横溝 啓介
1年1学期
10/83

些細な出来事からの孤立

読んで下さる皆様、心より感謝致します。


ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。

翌日、月曜日。

明宏はいつものようにカバンをを背負い、普段通りの足取りで通学路を歩いていた。

少し先に辰夫、哲也、学の3人が見え、思わず駆け足で近づく。


 「おはよう!」といつも通りに声を掛けた明宏。


だが――


 「……チッ」


振り向いた辰夫は舌打ちをして、わざと視線を逸らす。


哲也も学も、顔を見合わせてから無言のまま歩調を速めていった。

取り残された明宏は、その背中をただ見つめるしかなかった。


教室に入ってからも、状況は変わらない。

休み時間になっても、3人は机を寄せ合い、笑い声を立てて話している。

だが、その輪の中に明宏の居場所はなかった。


鉛のように重い沈黙が、明宏の胸にのしかかる。


ショックのあまり、明宏はその日一日中、机に突っ伏すように下を向いて過ごした。

ガックリとうなだれた姿は、クラスメイトから見ても明らかに元気がない。


だが、沈んだ雰囲気をまとった明宏に、誰も気軽に声をかけられなかった。

結果として、周囲から孤立しているように見えてしまう。


(……僕、クラスのみんなからも嫌われちゃったのかな)


心の中で、明宏は勝手にそう思い込んでいた。

バス釣りで竿を折り、辰夫たちに笑われた“カッコ悪い自分”のことが、

クラス中の噂になっているのではないか――そんな妄想が頭から離れない。


実際には、クラスメイトの誰ひとりとして釣り竿の件を知ってはいなかった。

だが、自分自身を責め続ける明宏は、ますます殻に閉じこもっていくのだった。


その日を境に、明宏は朝なかなか布団から出られず、学校に遅刻を繰り返すようになった。


遅刻が続けば、登校してもすでに授業が始まっているため、クラスメイトと交わすちょっとした挨拶や雑談の機会もなくなる。

気づけば休み時間も机に突っ伏して過ごすことが多くなり、次第にクラスメイトたちとの距離は広がっていった。


(……僕なんか、いなくてもいいんだ)


そう思い込むようになった明宏は、自分から話しかけることもなくなり、孤立の悪循環に飲み込まれていった。


同じ中学に通う愛生は、そんな弟の変化にいち早く気づいていた。

以前のように元気に「愛生、今日一緒に帰ろう!」と声をかけてくることもなく、

下を向いたまま一人で帰る後ろ姿が、愛生の胸に重くのしかかる。


(明くん……大丈夫なのかな)


心配になった愛生は、何とかして弟を助けたいと考え始めるのだった。


愛生は思い切って母と圭介に、弟の様子がおかしいことを打ち明けた。


母は少し驚いたように目を見開き、そして真剣な表情でうなずいた。


 「……そうだったのね。ごめんね、私、仕事ばかりで気づいてあげられなくて。でも、なるべく明宏と話す時間を作るようにするわ。夕食の時でも、休日でも……ちゃんと顔を合わせて過ごす時間を増やすから」


圭介は腕を組んでしばらく考えたあと、


 「なら俺は――明くんをエリアフィッシングに連れて行ってやるよ。自然の中で魚釣れば気晴らしになるし、自信も取り戻せるかもしれない」


と提案する。


母と兄の前向きな答えに、愛生は胸を撫で下ろした。

(……よかった。私一人じゃない。家族みんなで明くんを支えられるんだ)


けれど愛生の心には、もう一つの思いがあった。

(でも、学校のことは……やっぱり私がフォローしてあげなきゃ)


弟が孤立してしまったのは学校の中での出来事。

同じ中学に通う自分だからこそ、できることがある。

愛生はそう決意し、翌日から明宏の様子をさりげなく見守ろうと心に誓った。


昼休み時間。

校内のベンチで、ひとり俯いて座っている明宏。


そこへ愛生と里香がやって来た。


 「明くん、一緒にお昼食べよ!」と愛生が元気に声をかける。


 「……いいよ。僕なんかと一緒に食べなくて」 明宏は目を逸らした。


 「いいから、いいから!」 と有無を言わさず愛生は明宏の隣に座る。


里香も続いて腰を下ろし、両手に花のような状況になってしまう。


明宏は隣の里香にドキドキしながら弁当箱を開く。

そこには少し焦げた玉子焼きと、足が開かないタコさんウインナー。


 「今朝、早起きしてね、愛生ちゃん頑張りました!」


と照れ笑いしながら自己申告する愛生。明宏は思わずほのかに笑みをこぼす。


すると里香が小さなタッパーを差し出してきた。


 「……あんた、顔が暗いから。これ、食べて元気出しなさい」


中には一口サイズの可愛いハンバーグ。


 「えっ、いいの……?」


 「勘違いしないでよね。別にアンタのために作ったんじゃなくて、余ったから分けてあげるだけなんだから」


言葉はツンとしているのに、その声色はやさしくて。


明宏は胸の奥がじんわり温かくなるのを感じながら、二人に囲まれてお弁当を頬張るのだった。


休日には圭介が明宏をエリアフィッシングへと連れて行き、

帰宅すると母が目を輝かせて 「すごいじゃない!」 と釣果を一生懸命に褒めてくれる。


そうして明宏は少しずつ自信を取り戻し、鱒釣りに夢中になっていった。

愛生や里香との信頼関係も深まり、3人で並んで笑い合う時間も増えていく。


――だが。

学校では相変わらず遅刻が絶えず、とうとう休んでしまう日まで出てきてしまった。


母も圭介も、そして愛生も頭を抱えるばかり。

どうして家では元気なのに、学校となると足が止まってしまうのか……。


そのとき、愛生はふと 「あること」 に気づいた。


明宏は学校へ行く日には布団からなかなか出られない。

遅刻続きで母に叱られても、どこか上の空だ。


――だが。


釣りに行く日だけは、まだ空が白む前からシャキッと起きて圭介を待っているのだった。


 「……明くん、本当はやればできるんだよね」


そんな弟の姿を見ながら、愛生は胸の奥でひとつの決意を固める。


――高校生になったら、鱒釣り部を作ろう。


通っているのは中高一貫校。

もし中等部から続く既存の部活だったら無理だけど、高校だけで立ち上げれば、中等部の生徒も活動に参加できる。

そうすれば、明宏を堂々と 「部活」 として釣りに誘えるのだ。


愛生はそのアイデアを抱えて、早速里香に相談する。


 「ねえ里香ちゃん、もし私が高校で鱒釣り部を作ったら、どう思う?」


里香は一瞬きょとんとした後、クスっと笑いながら答えた。


 「……バカじゃないの? そんなマニアックな部活、誰が入るっていうのよ」


でも、その声はいつもより少し優しくて。


 「……でも、明宏くんが楽しめるなら、悪くないかもね」と小さく付け足すのだった。

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