ドーナツと恋と飛行機雲
第一話 ドーナツ姉さん
黒田茶子。30歳。
肩まで伸びた栗色の髪を一つ縛りの三つ編みにしている。前髪は眉毛の上と短め。
紺色と赤のチェック柄のエプロン、バンダナを付けている。
何の取り柄もない冴えない女だ。
両親は2年前に事故で亡くなった。
それ以来、親から受け継いだドーナツ屋を経営している。
とは言っても、週に二日だけのマイペースなものだった。
親の代からそうだった。
それに加えて、こちらもまた週に二日ほど清掃のバイトをしている。
お金はぶっちゃけ言うと実家を売り払った為、結構ある。
二つ歳下のみみ(妹)がいて、みみは結婚して家を出るとのことで財産は二人で分けることになった。
みみは店を継ぐ気はなかった為、ドーナツ屋には一切関与していない。
私がたまたまドーナツが大好きでやってみたいと思ったからやっているだけだ。
親も別に継がせようなどとは思っていなかったようで、一度もそんな話は聞いてこなかった。
散財さえしなければこのまましばらく生活には不自由なく暮らせる。
元々、節約は趣味みたいなものだし、物欲もみみと違ってない。
なので割と自由きままに生きている。
夢とか希望なんて大層なものはあいにく持ち合わせていない。
死ななければいいのだ。
明日も明後日もこうやって平々凡々に生きていく。
・・・はずだった。
第二話 歳下の男の子
春。とある日にドーナツ屋を閉めた後。
ドーナツ屋からアパートまでの道のりに大きな公園がある。
緑豊かな広い公園だ。
公園の横を通り過ぎようとしたその時だった。
一人の若い男の子が声をかけてきた。
湊「あの」
歳は20歳か?もしかしたら高校生くらいかもしれない。
寝癖が付いた黒髪ショートヘア。襟足は首に少しかかるくらい、前髪は目にかかるくらいの長さ。
猫っぽい目と目の下のクマが印象的だ。
首元には黒いチョーカー。
鎖骨が見える幅広目の黒の長袖Tシャツに細身で色の濃いジーンズ、黒のスニーカー。
体はご飯をあまり食べていないのかかなり痩せている。
目の下のクマも相まっていかにも不健康そうだ。
黒猫みたいな印象を受けた。
この子からは他の人とは何か違う異様な空気が漂っていた。
茶子「何かな?」
私がキョトンとしていると。
湊「お姉さん、いつもドーナツ屋さんで働いてる人ですよね?」
茶子「え?そうだけど・・・」
私がドーナツ屋で働いてることなんで知ってるんだ?お客さん?いや、こんな子見たことない。
これだけ印象的な子ならさすがの私も忘れないはず。
単にドーナツ食べたいだけとか?
いやいや、だったら店に直接ドーナツ買いに来るはず。
こんなおばさんに何の用だろう?
道が分からないとか何かの勧誘とか・・・?
湊「僕のこと飼ってください!なんでもします!」
全然ドーナツ関係ねぇ!!(ドーン)
茶子は一瞬ポカンとした後、何かに納得したように男の子の肩を両手でガシッと掴んだ。
茶子「君!いっときの気の迷いでヤケを起こしちゃいけない、君はまだまだ若い!
人生には辛く悲しいことが沢山ある!
しかし!諦めたらそこで試合終了だ!
もっと自分を大切にしなさい!
おばちゃんは君のこと応援してるから!じゃ!そうゆうことで!」
ポンポンっと肩を叩き、片手を挙げると茶子はその場を去っていった。
湊「ポカン・・・え、何あのお姉さん」
そう、通常ならここでドン引きして終わる。
湊「めちゃくちゃ面白いんだけど・・・」(キラキラ)
はずだった。なぜなら本人もその予定だったからである。
男の子は茶子の後ろ姿を目をキラキラさせながら見ていた。
男の子の興味を更に引いてしまったとも知らず、茶子はそそくさと家に帰り夕食の支度をするのであった。
またもドーナツ屋の帰り道。
湊「あの」
茶子「君はこの間の男の子・・・」
湊「お姉さん、僕、あなたのこと気に入ってしまいました!なので僕のこと飼って下さい!」
うそーん、この間のあれ食らってまだ声かけてくるのか。信じられん。
私もだいぶ変わり者だがこの子は更にその上を行っていた。というか斜め上?
茶子「あのねぇ君、私にそういう趣味は無いんだよ・・・それにこういう危ないことするのは良くないよ」
その言葉を聞き、湊はしょんもりしながらくるっと方向転換する。
茶子「この間も言ったけどもっと自分を大事にしなさいって言ったでしょう?・・・ってあれ?いない!」
キョロキョロと辺りを見渡すと男の子が他の女性に声をかけていた。
湊「あの」
通りすがりの40代女性「あら可愛い子・・・何かしら?」
湊「僕のこと飼って下さい、なんでもします」
通りすがりの40代女性「あらやだ、じゃああれやこれやしてもらおうかしら、ハァハァ」
湊の肩を掴みながらあからさまに鼻息を荒くする通りすがりの40代女性。
茶子「こらこらこらー!!」
茶子はつい放っておけず、その女の人から男の子を引き剥がすと公園のベンチまで連れていき座らせた。
茶子「だから危ないことはダメだって言ったでしょう?」
湊「じゃあお姉さんが僕を飼って下さい」
茶子「いや、だから飼うとかなんとかって・・そもそも君、家は?」
湊「家に居場所がなかったから、高校卒業と同時に家を出てバイトしながら一人暮らししてたんです」
茶子「そ、そうだったの・・・君も色々と苦労してるんだねぇ・・・ってじゃあ住んでるところはあるんだよね?」
男の子は首を横にふるふると振る。
湊「お金無くなって、ガスとか水道とか全部止められちゃって、家賃滞納し過ぎてアパート追い出されました、バイトは掛け持ちしてたうちの一つだけは何とかまだ続けてますけど、今ホームレスなんです」
茶子「な、なんと・・・」
・・・今すぐ親御さんのところに帰りなさいって言いたいところだけど、ここまでして戻りたくないってことは実家が相当酷い環境なのかもしれない。
闇雲に帰れとは言えないな・・・。
その時、茶子はあることに気付いた。
茶子「君、そのビニール袋は何?」
湊「ああ、これですか?スーパーで売ってた格安カップラーメンです、ラーメン食べたくなって、でもお湯がないことに気付いて、公園の水でふやかして食べようと思ってました」
その時、湊のお腹がぐぅっと鳴った。
茶子「あーもう!」
茶子は男の子の手をガシッと掴み、歩き出した。
湊「え、お姉さんどこ行くんですか?僕まだご飯食べてないんですけど・・・」
茶子「カップラーメンは日持ちするからまた今度!
今日は野菜ましましラーメンにするから!」
湊「え・・ご飯食べさせてくれるんですか?」
茶子「だって、このまま放っておいたら君、死んじゃうでしょ」
湊は繋がれた手を見ると嬉しそうに笑った。
湊「えへ、あったかい」
茶子「?何か言った?」
茶子が振り返りながら聞くと男の子は首を横に振った。
茶子「?そう、ところで君、名前は?」
湊「早川湊って言います」
茶子「早川湊君ね」
湊「お姉さんの名前は?」
茶子「私?黒田茶子だよ」
湊「黒田茶子さん・・・茶子さん、茶子さん」
湊は茶子のアパートに着くまでの間、茶子の名前を繰り返し呟いていた。
茶子は男の子の行動に奇妙さを感じつつも不思議と嫌な気はしなかった。
茶子のアパート。
茶子「はい、できたよ、熱いから気をつけてね」
湊「はい、頂きます、んん!美味しい!このラーメン世界一美味しいです!」
ラーメンを食べた瞬間、湊の顔がぱああっと明るくなる。
茶子「大袈裟な子だねぇ」
ラーメンって言ったって醤油味のインスタントラーメンにカット野菜を炒めて乗せただけのものなのに。
湊「大袈裟じゃないです!本当に世界一ですよ!」
茶子「ふふ、ありがとう」
湊「あ、やっと笑ってくれましたね」
茶子「え?」
湊「茶子さんずっと難しい顔してたから」
茶子「そ、そうだったかな?」
湊「良かった・・・」
私の笑顔を見てホッとしている湊君を見て、なぜか私もホッとしていることに気付いた。
第三話 心の傷
とりあえず一晩泊めることになった。
湊君の手や顔に汚れが付いていて気になった私は・・・。
茶子「じゃあ、とりあえず服脱いで」
湊「え!?ちゃ、茶子さんって意外と大胆なんですね」
茶子「何バカなこと言ってるの、シャワー浴びてきてって意味だよ」
湊「あ、そういうこと・・・すみません匂いましたか?
バイトの為にコインランドリーと銭湯だけは入っていたんで綺麗にしてるつもりだったんですけど・・」
茶子「匂いはヘーキだよ、ただ、手や顔が少し汚れてたから気になって、ほら」
茶子は鏡を手に取って湊に見せた。
湊「あ!本当だ、いつの間に・・・」
茶子「服、それしかないのにコインランドリーでどうやって洗濯してたの?」
湊「コインランドリーで洗って、その間は
タオルを巻いて待ってました」
茶子「よく、通報されなかったね?」
湊「夜中もやってるとこがあって、夜中はほとんど人が来ませんから」
茶子「だとしてもだよ・・・まぁとにかくシャワー浴びておいで」
湊「でも僕、着替え持ってないですよ?」
茶子「とりあえず私が持ってるTシャツの中で一番大きいやつ貸すよ、下着はコンビニで買うとして、パンツは困ったな・・・」
湊「たぶん大丈夫だと思いますよ、僕かなり痩せてますから」
茶子「そ、そう?じゃあ履いてみてから考えればいいか」
コンビニで下着を買い、もちろん茶子が購入。
茶子「はい」
湊「ありがとうございます・・・すみません、下着まで買わせてしまって」
湊は申し訳なさそうに謝りつつ、自分の為に恥ずかしい気持ちを押さえながら下着を買ってきてくれたことが嬉しかったようだ。
茶子「シャワー使い方分かるよね?」
湊「はい」
茶子「じゃあ、私後ろ向いてるから脱いで入ってきて、何か必要なものがあったら言ってね」
湊「は、はい、ありがとうございます」
湊はシャワーを浴び、服を着替えた。
茶子「ほんとに私の服が入るなんて・・・」
結局、長袖のTシャツと、下はスウェットを履いてもらうことにした。
茶子は女性の中でも細身な方なので、男の湊が着れたことに驚く、と共に心配になった。
顔もやつれてるしご飯ほとんど食べてなかったんだろうなぁ・・・。
なんてったってカップラーメンを公園の水でふやかして食べようとしてたくらいだし。
しばらくすると湊は茶子のソファに座ったまま寝てしまった。
茶子は湊にブランケットをかけようと近付く。
横になっている湊の足元を見る。
さすがに茶子の服が入ったとはいえ、長さが足りずスウェットから足首から数センチほどはみ出ていた。
茶子「ふふ、可愛い」
茶子は湊の足にアザがあることに気付いた。
茶子「え?」
よく見るとTシャツからはみ出ている腕にも何箇所かアザある。
これって・・・。
次の日。
茶子「家に帰れないならとりあえず警察に相談しに行こう?」
湊「け、警察はやめて下さい!警察に行ったらあの家にまた戻らないといけなくなる、
あんな家に戻るくらいなら道端でのたれ死んだ方がマシです・・・」
湊の怯えように確信に変わる。
茶子「・・・湊君、あなたやっぱり家庭内暴力を・・」
湊「え、どうしてそれを・・・」
茶子「ごめんなさい、見るつもりはなかったんだけど、昨日、湊君がソファで寝てる時にアザがあるの見えちゃったの」
湊「そう、ですか・・・」
茶子「傷は大丈夫?」
湊「はい、触らない限りは痛くないです」
茶子「そっか・・・なら良かった」
湊「すみません、不快な思いさせてしまいましたよね」
茶子「不快だなんて思ってないよ、それに湊君は何も悪いことしてないじゃない」
湊「茶子さん・・ありがとうございます・・あの、僕の話少し聞いてもらえますか?」
茶子「うん」
湊「僕の父親は僕が14の時に僕と母さんを捨てて家を出て行きました、
今の父親は本当の父親じゃないんです、
母の再婚相手なんです
あの人は僕の存在が気に食わないみたいで、何か不満があると僕を殴ってきました、
母さんには手を挙げなかったのでそれだけは救いでしたが」
茶子「お母さんはそのことは何も?」
湊「はい、母さんはあの人の言いなりでしたから、あの人の存在が怖かったんでしょうね」
茶子「そっか・・・辛かったね・・」
湊「はい、死にたいほど毎日が辛かったです」
茶子は湊の頭を撫でた。
湊君は優しい子だ。守ってくれなかったお母さんのことを恨んでもおかしくない状況なのに、お母さんのことを気にかけて気持ちを理解しようとして。
お昼。
洗い物をしている途中、湊が手を滑らせ、茶子のコップを割ってしまった。
ガチャーン!!
湊「ご、ごめんなさい!!・・・」
茶子「湊君、動かないで!」
茶子は湊に近付く。
湊は反射的にぎゅっと目をつむり、服の裾を掴んだ。
茶子「湊君、怪我はない?」
しかし、湊の想像とは裏腹に優しい声がする。
湊「え・・・?」
茶子「待ってね、今、破片片付けるから」
湊「どうして・・・怒らないんですか?」
茶子「生きてたらそんな時もあるって、
きっと神様がコップが汚れてきたからそろそろ買い換えなさいって言ってるんだよ」
湊「茶子さんって凄いですね」
茶子「そう??」
湊「はい」
茶子「よし、ひと通り掃除したけど、まだ破片が残ってるかもしれないからスリッパは脱がないようにするんだよ?」
湊「は、はい、ありがとうございます・・・」
やっぱり茶子さんは優しい人だ。
第四話 同居生活
何やかんやと一緒に住み始めて1か月。
茶子のアパートは2LDK。バストイレ別。和室が2部屋。家賃5万。駅から徒歩15分。安い。非常に安い。
両親が亡くなり、家を売った後、妹と二人暮らしをしばらくしていたのだが、妹が結婚して家を出た為、一部屋空いていた。
清掃をした後、湊の部屋にすることにした。
妹が使っていた部屋には今は何もない。
家具を買うお金は無かったので、とりあえず通販で布団のセットを買い、Tシャツとパンツだけは買いに行った。
服や下着は茶子と同じクローゼットを使う。
茶子は元々物を持たないタイプなので空いているスペースがあった。
つまり、湊の部屋には布団しかないわけだが、ほとんど茶子の部屋のソファに座っていることが多いので特に問題はなさそうだ。
湊「あの、茶子さん」
茶子「んー?」
湊「このアパートって家賃いくらですか?」
茶子「5万だけど、それがどうかした?」
湊「これ・・・僕の先月のバイト代です」
茶子「?うん、頑張ったね、お疲れ様」
湊「じゃなくてこれ生活費の足しにして下さい!
ご飯とか光熱費代とか考えたら全然足りないと思いますけど・・・」
湊のバイト代は月に5万円ほどだ。
茶子「ありがとう、じゃあ・・・」
茶子は1万円を湊に返した。
湊「え、いや、全部使っていいですよ?」
茶子「それは湊君の娯楽費だよ、やりたい事とか行きたい場所とか食べたいものとか自由に使って、足りなくなったら言ってね」
湊「やりたい事か・・・」
茶子「生きてく上で一番重要でしょ?」
茶子はニカッと笑った。
湊「茶子さん・・ありがとうございます・・」
茶子「正直、最初はね、湊君と暮らしたら食費や電気代が倍になると思ってたから悩んではいたんだけど
1か月間生活してみたら意外とそんなに変わらなかったからさ」
湊「僕、少食なのずっと悩んでたんですけど、むしろ良かったかもしれないです」
茶子「そうだね、我慢してるわけじゃないって分かってホッとしたよ」
湊「茶子さんってほんと優しいですよね」
茶子「そんなことないよ」
湊「いやいや、だって茶子さん、僕が声かけた時、めちゃくちゃ心配してくれたじゃないですか」
茶子「他の人でも同じように心配すると思うけどな」
湊「そんなことないですよ」
過去。
歴代彼女。
湊「え?どうして別れるなんて・・・」
彼女1「だって湊君って依存し過ぎじゃん?私そういうのはちょっとないかな〜」
彼女2「湊君、毎日好き好きって言ってくるの重いんだよね・・・だんだん返すの面倒くさくなるし疲れてくるよ」
彼女3「尽くすタイプいいなとは思っていたのよ?
でもちょっと尽くし過ぎっていうか・・・湊君やり過ぎなのよね」
湊「僕のこと飼って下さい」
女性1「え、何それ有り得ないんだけど・・・」
女性2「いや、そういうの気持ち悪いから・・・」
湊「僕のこと飼って下さい」
女性3「おばさんの言うこと何でも聞いてくれるのよね?」
湊「はい」
女性3「じゃあ夜のお相手なんかもいいってことよねぇ?」
湊「もちろんしますよ」
・・・。
湊「え、どうして急に出て行けなんて・・・」
女性3「最初は何でも言うこと聞いてくれるし甘えてくるの可愛いから良かったんだけどねぇ・・毎日毎日君の相手はおばさんもね厳しいのよ」
皆んな僕から離れていく。年齢も性格も皆んなバラバラだった。
それなのに皆んな離れていった。
僕は人として欠陥品なんだ・・・。
こんな僕を受け入れてくれる人なんていないんだ・・・。
茶子「湊君、大丈夫?顔色悪いよ?」
湊「はっ・・すみません、ちょっと過去のことを思い出してしまって」
茶子「ちょっと待ってて」
湊「?はい」
茶子は紅茶を二人分用意した。
茶子「一緒に温かい紅茶飲も?」
湊「はい」
茶子さんもいつか僕から離れていきますか?
僕はどうしたら迷惑にならずにあなたのそばにいられますか?
茶子「普通に生きるのって何でこんな難しいんだろうね」
湊「え?・・・」
茶子は湊をじっと見つめた。その目はどこまでも優しかった。
湊「茶子さんでもそう思うんですか?」
茶子「そりゃあ思うよ、私ね、君と同じくらいの歳の時なんて、人付き合いも苦手で運動や勉強もてんでダメ、恋愛も仕事も全然上手くいかなくて悩んでたよ、あ、それは今でもか、ははは」
湊「そうか・・茶子さんでさえ・・・」
茶子「だけどね、君より10年長く生きてきた私が見つけた答えがあるの」
湊「それは何ですか?」
茶子「それは、普通になることよりも大切なことだよ、自分が幸せかどうか」
湊「自分が幸せかどうか」
茶子「湊君はどんな自分になりたいかな?」
湊「どんな・・・えーと・・」
茶子「少し難しかったかな、じゃあ、湊君にとっての幸せは何かな?」
湊「僕にとっての幸せは・・一緒にいる人が幸せになってくれることです、僕のとなりで笑っていて欲しい、その為ならなんだってします・・・いや、こういうのって僕から相手が離れていくのが怖いからそう言ってるだけ、ただの依存ですね」
茶子「そうかな?それって凄く素敵なことだよ」
湊「でも、そういうのは重いって皆んな言いますよ」
茶子「私は湊君のそういうところ好きだけどな」
湊「え・・・」
茶子「湊君のやり方が間違ってるとかじゃなくて、単に今までの人とは価値観が合わなかっただけじゃないかな?
人の考え方なんて十人十色、100%合うことはない、
それを自分とちょっと違ってるだけで、自分は正しい相手が間違ってるって批判する人もいるけど、
本来、考え方に正解も不正解もないんだと思う、私はね」
湊「茶子さん・・・」
茶子「はっ!ご、ごめん、なんか説教くさくなっちゃったね、歳取るとすぐ語り始めちゃって困るよ、たはは」
茶子はカラカラと笑いながら自分の頬をペシペシっと軽く叩いた。
湊「そんなことないです、胸に刺さる良い言葉でしたよ」
茶子「ありがとう」
湊君は若いのに素直でいい子だなぁ。うんうん。
だんだんと湊君の人の良さが分かってきたよ。
番外編 夜道は
テレビ「ーー市のーー町で不審者が現れました」
茶子「湊君!この辺りで不審者だって!外出する時は気をつけるんだよ?特に夜道は」
湊「それ僕の台詞なんですけど・・・」
茶子さんってちょっとズレてるとゆーかなんとゆーか。
この間だって僕が着替えてるところを見た時も・・・。
茶子「あ」
湊「す、すすすみません!!わざとじゃ、わざとじゃないんです!!」
湊は慌てて両手で顔を押さえた。
しかし、湊の反応とは正反対に茶子はケロっとしながら手を横に軽く振った。
茶子「あー大丈夫大丈夫、私そういうの気にしないから」
いや、気にして下さい。
茶子さんは僕を男として見ていない・・・だけだと思っていた。
でも、最近茶子さんのことが分かってきた。
僕が自分にそんな気を起こすわけないって思ってるんですよね?
茶子さん、よく自分のこと私はもうおばちゃんだから大丈夫って言ってますもんね。
でもね、大丈夫じゃないんです。少なくとも僕は。
この間だって男の人に声かけられてたじゃないですか。僕が見かけただけでこれでもう三回目ですよ?
ほら、狙ってる人は僕だけじゃないんですってば。
茶子「湊君、どうかした?」
湊「いえ、何でもないですよ」
首を傾げる茶子さん。
この人は僕が守ってあげなきゃ。
謎に保護欲を掻き立てられる湊であった。
番外編 焼き立てドーナツ
茶子は焼き立てのドーナツを湊に振る舞った。
湊「あれ、チョコレート・・・」
茶子「うん、湊君、チョコレート好きだって言ってたから付けてみたんだ、ない方が良かった?」
湊「いえ!チョコレート好きなんで嬉しいです!
あれ、でもチョコレート味ってお店にありましたっけ?確か売ってたのはプレーンだけだった気が」
茶子「お店にはないよ、それは湊君だけの特別なやつ」
湊「特別・・・」
湊は特別と言われてとても嬉しそうだ。
まるでご主人様に尻尾を振っているわんこのよう。
湊「ぱくっ、んー!焼き立てうまぁ!茶子さんのドーナツは世界一美味しいです!」
茶子「本当に大袈裟だねぇ君は、私のドーナツより美味しいのなんていくらでもあるのにさ」
湊「いえいえ!そんなことありません!僕は至って真剣です!」
茶子「若い子はチェーン店に行くものだと思ってたけど、湊君は行かないの?」
湊「人が多いところは苦手で・・・それに飾りがごちゃごちゃ付いてるよりもシンプルなスイーツの方が好きなんです」
茶子「あー確かにチェーン店は騒がしいイメージがあるよねぇ、私も人が多い場所は苦手だから分かるよ」
湊「茶子さんも苦手なんですね」
茶子「うん、でも私は結局、食欲に負けて食べに行っちゃうんだけどね笑」
湊「茶子さんらしいですね」
番外編 茶子さんの生理前①
茶子「はぁ・・・」
珍しく茶子さんが大きなため息をついた。
湊「茶子さん、どうかしたんですか?」
茶子「ううん、ただ、生理前でイライラしちゃって、
湊君に当たりたくないから今日は部屋にこもるね、湊君も今日は自分の部屋にいてくれる?」
湊「茶子さん・・・」
こんな辛い時にまで僕のことを考えてくれるなんて・・・。
湊「茶子さん!僕のこと殴って下さい!」
茶子「え?なんで!?そんなことできないよ」
湊「いいんです!それで茶子さんの気持ちが晴れるならば!」
湊は茶子の目の前に立って両手を広げて立つ。
湊「さぁ!どーぞ!」
茶子「湊君、気持ちは嬉しいんだけど・・・チラッ」
その時、茶子の視界に畳んであるダンボールが見えた。
茶子「湊君、だったら・・・」
茶子は湊にダンボールを持つように指示した。
湊「こ、こうですか?」
茶子「そう、湊君を殴るのはできないけどダンボールだったら怪我しなくて済むかなって」
湊「分かりました!茶子さん!思いっきり来て下さい!」
茶子「分かった」
まぁ、茶子さんには悪いけど、茶子さんの殴る力なんて子どものパンチくらいだろうし、お腹ぐらいなら殴られても平気だと思ってたからダンボール越しなら全然余裕で・・・。
ズドッ!!
湊「うわっ!?」
湊は油断しまくっていたせいもあり衝撃で尻もちを付いてしまう。
茶子「ごめん大丈夫だった!?私つい本気で・・・」
湊「いたた・・いえ、ちょっと油断してただけです、もう一度お願いします」
男としてこんなことではまずいと、さも何事もなかったかのように振る舞う湊。
茶子「う、うん」
ズドッ!!
湊は衝撃で後ろによろけた。
先程とは違い、両足に力を入れて踏ん張っていた為、それだけで済んだのだが・・・。
湊「ちゃ、茶子さんなかなかやりますね・・・」
茶子「そう?」
分かる。このパンチ力。衝撃の加わり方・・・間違いなくあの人(父親)より茶子さんは強い!
あの人(父親)に殴られた時は確かに痛かったけどアザができるくらいで済んでた。
でも、これは(茶子さんのパンチ力)は、かなり危険だ。
気を抜いたら吐く・・というか下手したら骨にヒビが入る・・。
茶子「フォアチャー」
なぜかカンフー映画みたいな構えでシューシューしている茶子さん。
生理前恐るべし。
いつだったか茶子さんを守ってあげなきゃなんて一丁前に思っていたけど。
守ってもらうのは僕の方かもしれない。
でも、なんだかそんな事が妙におかしくって。
湊「フフッ」
茶子「湊君?何笑ってるのかな?」(ゴゴゴ)
湊「え?いや、すみません、今のはその・・・」
茶子「湊君まだまだ余裕そうだからあと30分くらい続きしようか?」
湊「え」(ギクッ)
その言葉に湊の動きがぴたっと固まる。
茶子「ふふ、冗談だよ、意地悪してごめんね」
茶子はペロッと舌を出した。
湊「もう・・・本気でビビりましたよ」
二人は目を見合わせて笑った。
どうやらイライラが少し治ったみたいだ。
良かった、いつもの茶子さんだ。
後から聞いてみたら、案の定、茶子さんは格闘技経験者だった。
やっぱり守ってもらうのは僕の方かもしれない。
番外編 茶子さんの生理前②
朝起きると茶子さんが泣いていた。
僕が慌てて理由を聞くと、理由はないらしい。
生理前で精神的に落ち込むことがあるらしく、今回はかなり酷いみたいだ。
茶子「ごめんね、私、今はダメみたい・・・」
湊「茶子さん、大丈夫、大丈夫ですよ」
湊は茶子を抱き締めながら優しい言葉をかけ続けた。
茶子「ありがとう・・・」
茶子さんの精神的な落ち込みは三日間続いた。
いつもこんな状態で一人で耐えていたなんて・・・。
僕はその事実を知り胸がぎゅっと締め付けられた。
湊「茶子さん、僕がついてますからね」
茶子「うん、どこにも行かないでね?」
茶子さんが僕を頼ってくれている・・・。
湊「ぽっ(赤面)、もちろんです!、大丈夫です、僕はどこにも行きません」
湊は茶子の両手を握った。
茶子「ホッ・・・」
うう、茶子さんごめんなさい!
あなたが辛いのは分かってる、分かってるんだけど!
茶子さんには悪いけど弱ってる時の茶子さんが可愛い!
不純な僕でごめんなさい!
番外編 茶子さんの夏バテ
ガチャ。
湊「あ!茶子さん、お帰りなさ・・・ってどうしたんですかぁ!!」
茶子は仕事から帰り、アパートの扉を開けるや否や、玄関の廊下にそのまま倒れ込んだ。
茶子「み、水・・・」
湊「え?」
数分後。
湊「茶子さん、これ完全に熱中症ですよ」
茶子「面目ない・・・」
湊は冷蔵庫から麦茶を出して茶子に飲ませた。
茶子「ありがとう・・・」(よぼ)
湊「もう、茶子さん、人には無理するなっていうくせに自分はギリギリまで無茶するんですから」
茶子「大丈夫だと思ったんだよ、ちょっと頭痛いだけだったから頭痛薬飲んでさ」
湊「それはすでに熱中症です!頭痛薬飲んだなら休まないとダメですよ」
茶子「そうなんだけど、あと少しで仕事終わりだったから・・・」
湊「今日は休んでて下さい、夕飯は僕が作りますから」
茶子「え、でも悪いよ」
湊君が料理をできるのは知っているけれど。
湊「茶子さん、食欲あります?」
茶子「あんまり・・・」
湊「僕、簡単な料理しか作れないんですけど、鍋なら食べれますか?」
茶子「うん」
湊「分かりました、じゃあ鍋作りますね」
茶子「ありがとう・・・生理の時もお粥作ってくれたり湯たんぽ作ってくれたり色々介抱してもらったのに悪いねぇ・・」
湊「何言ってるんですか、いつも僕、茶子さんに甘えっぱなしなんですから、体調悪い時くらい任せて下さいよ」
茶子「ありがとねぇ・・ええ子や」
湊「何おばあちゃんみたいなこと言ってるんですか笑」
茶子「私は湊君のおばあちゃんだよ・・・ほっほっほ」
茶子はソファに座りながらひらひらと手を振る。
湊「茶子さんはお母さんでもおばあちゃんでもないです」(スンッ)
番外編 湊君の風邪
朝。
湊「茶子さん、風邪引いてごめんなさい・・・」(しょぼん)
茶子「湊君は何にも悪くないでしょう?」
湊「迷惑かけてます、茶子さん、今日友達と遊びに行く約束してましたよね?」
茶子「これくらい迷惑でもなんでもないよ、
友達とはまた他の日に会えることになっから大丈夫だよ、
だから今はゆっくり休んで」
湊「はい、ありがとうございます」
(茶子さんは優しいなぁ・・・)
茶子はお粥を作り、湊の部屋に運ぶ。
茶子「湊君、お粥作ってきたよ」
湊「ありがとうございます」
湊は布団から起き上がると茶子の裾をツンツンと掴んだ。
茶子「湊君?どしたの、ひょっとして食欲ない?」
湊「はい・・・でも、茶子さんが食べさせてくれたらって考えたら食欲出そうです」
湊はじっと茶子を見つめる。その目は熱のせいか少し潤んでいる。
(何この子可愛い過ぎてしんどいんですけど!?)
茶子「どしたの?今日はやけに甘えん坊さんね」
湊「だめ、ですか・・・?」(くぅ〜ん)
茶子「んぐっ・・・だめじゃないよ」(ぷるぷる)
(上目遣いでその顔はずるい!!)
茶子はフーフーしてから湊に食べさせる。
湊「もぐもぐ・・・」
茶子は食べている湊を優しく見守る。
湊「ごちそうさまでした」
とりあえず食欲はあるようで茶子はホッとする。
茶子「じゃあ湊君、私、部屋に戻るけど欲しいものあったら言ってね」
湊「はい」
お昼。
茶子は湊の様子を見に部屋に入った。
茶子「湊君、入るよ・・・って寝てるか」
まだあどけないその寝顔を見ると無意識に頬が緩む。
茶子「可愛いなぁ・・・まだ子どもって感じで」
しかし、次第に湊の眉間にシワが寄り、苦しそうな声が聞こえてきた。
湊「う・・・」
茶子「湊君?」
湊「ごめ、なさい・・・」
うなされながら湊が謝っている。
茶子はそんな湊の頭を優しく撫でた。
茶子「湊君、大丈夫だよ、もうここには悪者はいないよ」
茶子がそう言うと湊の表情が柔らかくなっていく。
そして穏やかな寝息が聞こえてきた。
茶子「ホッ・・・」
夕方。
湊「僕、夢を見てました」
茶子「どんな夢?」
(夢、昼間うなされてたやつかな・・・?)
茶子は湊が辛くならないようにと自分からは夢の内容については聞かないようにしていた。
湊「僕が悪者に追いかけられていたら茶子さんがスーパーマンの格好して現れてやっつけてくれたんです!」
(!?)
茶子「え、スーパーマントが現れたとかじゃなく?
私がスーパーマン??」
湊「はい!」
湊の夢。
悪者「はーっはっ、俺からは逃れられまい!!」
街中を歩いていると、突如目の前に悪者が現れ、湊を追いかけてきた。
湊「誰か助けてー!!」
しかし、叫んでも誰も助けてはくれず、湊は街中を走って逃げていたが、やがてコンクリートの壁に追いやられてしまう。
悪者「もう逃げられないぞ!!」
湊「わー!ごめんなさいごめんなさいー!!」
湊はしゃがみ込んで頭を抱えながら叫ぶ。
茶子「待ちなさい!!」
コンクリートの塀の上に立つのは茶子だ。
悪者「何者だ!?」
悪者はバッと声のする方へ振り返る。
茶子「私は湊君の平和を守る湊君の為だけの正義のヒーロー、ドーナツ屋の茶子さんだ!」
茶子はマントをなびかせながら悪者を指差す。
湊「!!あれは・・ドーナツ屋の茶子さん!!」
マントと仮面を付けた茶子は塀の上から軽々と飛び降り、湊の目の前に着地する。
茶子「湊君、私が来たからもう安心だ!」
湊「茶子さん・・・」(トゥンク)
悪者「きさまー!俺の邪魔をするな!!」
茶子は悪者の方へ振り返ると悪者のパンチをサッと避けるとパンチを相手の腹に食らわせた。
悪者「うぐっ・・・・」
腹を押さえて背中を丸めている悪者の顔面に強烈な蹴りを入れた。
茶子「せやー!!」
悪者「ぐわあぁ!!」
そして悪者は消えていった。
悪者を倒した後、湊がタッタッタっと茶子の元へ駆け寄ってきた。
湊「茶子さん、僕の為に来てくれたんですね!」
茶子「当たり前さ、私は君のスーパーマンだからね」(キリッ)
湊「茶子さん、ありがとうございます!」
茶子「はーっはっは!」
湊「夢の中の茶子さん、かっこよかったなぁ」
茶子「それはなんとゆーか凄い夢だね?」
(湊君の中で私ってどうなってんだろ・・・汗)
湊の夢の内容を聞き、困惑する茶子さんだった。
第五話 告白
同居し始めて3カ月後。
僕は茶子さんに告白した。
湊「どうしたら僕のこと、男として見てくれますか?
僕、本気なんです、本気であなたのことが好きなんです」
茶子「・・・湊君、ありがとう、その気持ちはとっても嬉しいよ、でもね、私と違って君はまだ若い、君はこれから色んな人達に出会って色んなことを経験していく、
私はその足枷にはなりたくないんだよ」
湊「そう言われても諦められないです」
茶子「今はそう思っていても恋は2、3年で冷めるって言うでしょう?だからきっとその頃には私のことも綺麗さっぱり忘れてるよ」
湊「嫌ですそんなの、だって茶子さん、僕のそういうところ好きだって言ってくれたじゃないですか、あれは嘘だったんですか?」
分かってる、あれはそういう意味で言ったんじゃないって。でも、それでも好きだって言ってくれたから。
今はその言葉に縋り付くしかないんだ。
茶子「あれは嘘じゃないけど・・・」
あれはそういう意味で言ったんじゃないんだけど・・・。
茶子「でもね、私といたら湊君は幸せになれないんだよ、私じゃダメなんだよ」
そう、たまたま近くにいたのが私しかいなかったからそう思い込んでるだけなんだよ。
優しい人なんて他にもいくらでもいる。
若くて可愛い子も、湊君のことを好きな子も、この先きっと沢山現れるから。
そうしたら私なんて必要なくなるなんだよ。
湊「僕の幸せを勝手に決めないで下さいよ、
未来のことなんて正直分かりません、僕はただ、今あなたと一緒にいたいだけなのに・・・」
茶子「・・・分かった、それじゃあこうしよう、もし2年経っても湊君の気持ちが変わらなかったら、そしたら湊君の恋人になるっていうのはどう?」
湊「え、本当ですか?でも、その間に茶子さんが他の人と結婚するとかなしですよ?」
茶子「大丈夫、私は結婚しないし恋人も作らない、それだけは約束する、
だけど、反対に君はその間、恋人を作っても遊んでもOK、悪くない話でしょ?」
湊「・・・分かりました、でも、その間もデートはしてくれるんですよね?」
茶子「もちろん」
湊「はぁ、良かった・・・なんかホッとしたらお腹空いちゃいました」
茶子「じゃあ、今日はこのままご飯食べに行こうか?」
湊「はい!」
湊君、本当はね、ホッとしたのは私の方なんだよ。
告白を断ったら、すぐに諦めて私の前からいなくなってしまうと思ってた。
でも、あんなに必死に繋ぎ止めようとしてくれて、
本当に思ってくれてるんだって伝わってきた。
表には出さないようにしてたけど心を打たれてた。
自分から振っておいてホッとするなんてバカだよね。
いつの間にか君の存在は私の中でこんなに大きくなっていたんだね。
だけど私は30歳で君はまだ19歳。
世間体的にも湊君の為にもこの方が良かったんだ。
私がもしあと10歳若かったら・・・違う、若かったとしても私はきっと失うのが怖くて断ってた。
世間体とか湊君の為だなんて大人ぶってたけど本当は君に深入りをして失うのが怖かっただけの臆病者だ。
第六話 旅立ち
湊は机の上で絵を描いていた。
茶子「わっ、湊君、絵上手!!」
湊「ありがとうございます」
茶子「本屋のポップ書いてるの?」
湊「はい、清掃のバイトの人たちも書いてみて欲しいって店長さんに頼まれたんです、今あるポップが古くなってしまったからって」
茶子「そうなんだ!こんなに上手に描けるなんて凄いなぁ・・何か勉強してたの?」
湊「中学、高校は美術部でした」
茶子「一つのこと続けれるなんて湊君は偉いなぁ」
湊「本当は専門学校に行って絵の勉強をして、絵に関する仕事がやりたかったんですけど・・・」
茶子「やめちゃった?」
湊「はい、専門学校に行けるお金の余裕はなかったですし、僕より上手な人なんて沢山いるんだから僕がやらなくてもいいやって」
茶子「そっかそっか」
湊「すみません、カッコ悪いですね僕」
茶子「そうかな?」
湊「え?」
茶子「私もね、昔は夢あったんだ、でも諦めちゃった、
私には才能なんてない、努力できるような人間でもない、忍耐力もないから無理だなって諦めたんだ」
湊「そうだったんですね・・・茶子さんもそんな経験が・・あの、茶子さんの夢って何だったんですか?」
茶子「女優だよ」
湊「へぇ!茶子さん似合いそうですね」
茶子「ふふ、ありがとう」
茶子は苦笑いをする。
3日後。
茶子「え、湊君の描いたポップが?」
湊「はい、本屋に来ていた人の中にイラスト関係の仕事をしているプロの方がいたんですけど、
あ、ちなみに店長さんの知り合いです、
それで僕の絵を見て今度行われる美術のコンテストに出ないかって誘われたんです」
茶子「凄いじゃない!それで、コンテストは出るの?」
湊「はい、やってみたいと思ってます」
茶子「頑張ってね!応援してるから」
湊「ありがとうございます」
1週間後。
コンテストに出た結果、見事に優勝した湊君。
優勝賞品としてフランスで2年間、本格的に絵の勉強をする機会を与えられた。
フランスにコンテスト主催者の知り合いがいる為、ルームメイトありでなら宿泊場所まで提供してくれるとのことだ。
茶子「長年の夢を叶えるチャンスがあるならもったいないよ」
湊「茶子さんは僕がいなくなっても平気なんですか?」
茶子「え?そんなことないよ」
湊「だって2年も会えなくなっちゃうんですよ?・・・でも、そうですよね、茶子さんからしたら厄介者がいなくなって清々して・・・」
茶子「湊君」
茶子は湊の頬を両手で包んだ。
湊「ドキッ、茶子さん・・・?」
茶子「湊君、私はそんなこと思ってないよ、
でもね、私はずっとここにいるけど、チャンスは今を逃したらもう来ないかもしれない、
このチャンスを逃したら湊君はきっと後悔するよ」
湊君の夢を応援したい。
湊君には私みたいに夢を諦め続ける人生を送ってほしくない。
最初は戸惑っていた湊だったが、茶子の後押しもあり、やってみることになった。
湊「茶子さん・・・分かりました、僕、夢の為にフランスに行きます」
茶子「頑張ってね、色々大変だと思うけど応援してるから」
湊「はい、ありがとうございます」
湊「あの、茶子さん僕と一緒に来てくれませんか?」
茶子「え?」
湊「僕、茶子さんに夢を応援してもらえたの凄く嬉しかったんです、フランスに行く決心がついたのも茶子さんがいたからなんです、だから」
茶子「湊君は欲張りさんだなぁ、夢も私も手に入れたいだなんて、悪いけど私はここを離れる気はないよ、お金もないし、それに今住んでるとこ結構気に入ってるし、お店もまだ続けたいしね」
湊「そうですよね・・・すみません、無茶を言ってしまって」
茶子「湊君・・・」
湊「・・・ちょうど2年ですね」
茶子「?」
湊「僕がフランスにいる期間は茶子さんが言った恋の期限と同じです」
茶子「うん、そうだね」
湊君、いなくなっちゃうんだな。寂しくなるなぁ。
会い続けていたならともかく、遠く離れていたら私のことを忘れるのは時間の問題だろうな。
でも、これで良かったんだよね。
湊「僕、戻って来たらもう一度あなたに告白します」
茶子「うん」
湊「でも!メールと電話だけはしてもいいですよね?」
茶子「もちろんだよ」
湊「良かった・・・茶子さんが泣いてる時に抱き締められないどころか声もかけられないなんて嫌ですからね」
茶子「湊君は優しい子だなぁ」
湊「あの、それともうひとつお願いしてもいいですか?」
茶子「うん?何?」
湊「今晩、あなたを抱いてもいいですか?」
茶子「え?急にどうしたの」
湊「僕、これでも今までずっと我慢してきたんです、
フランスに行く前に一度だけでいいんです、ダメですか?」
茶子「うん、いいよ」
茶子さんは数秒考えるとあっさり承諾してくれた。
その日の夜、私は湊君に抱かれた。
お互いに未経験ではないのに、
まるで初恋のような甘酸っぱくて切ない時間が流れた。
湊君、私の上で泣いてたな・・・。
言葉にはしなかったけど、離れたくないって叫んでるように見えた。
夏。旅立ちの日。空港。
茶子「行ってらっしゃい」
湊「行ってきます・・・茶子さん」
茶子「うん?」
湊は茶子の頬にちゅっと軽くキスをした。
茶子「ちょ、湊君!?こんなところで・・・」
茶子は慌ててあたりをキョロキョロと見渡す。
湊は茶子が反論を言い終わる前にエスカレーターに乗り込んだ。
湊「へへ♪」
湊はイタズラにペロっと舌を出した。
茶子「もう・・・」
茶子は顔を赤くしながら湊の姿が見えなくなるまで見守っていた。
茶子は空港から出ると空を見上げた。
青空と綿菓子のような雲を抜けて飛行機が真っ直ぐに飛んでいき、真っ白な一本の線が見えた。
茶子「バイバイ、湊君」
ポツリと呟いた茶子の声は飛行機の音にかき消された。
機内。
飛行機に乗ると疲れも溜まっていたせいか眠気が襲ってきた。
結局、茶子さんは一度も"待ってる"とは言ってくれなかったな。
僕は茶子さんの笑顔を声を頭に浮かべながら静かに眠りについた。
第七話 2年後
2年後の春。湊21歳。
帰国後、僕は花屋に行ってバラの花束を買い、その足で向かったのはとあるドーナツ屋さんだ。
フランスで知り合ったジョージに「好きな女にはバラの花束だ!」という言葉を間に受けた僕はやっぱりまだまだ子どもだと思う。
ドーナツ屋。
湊「あの」
茶子「いらっしゃいませー、何にしますかー?」
やっぱり気付いてない。
無理もないか、髪型もセンターパートに変えたし、キャスケット被ってるし服装もフランスで買ったものばかりだし。花束とか持ってるし。
でも、気付いてもらえないのなんかしゃくだから、ちょっとからかっちゃえ。
湊「じゃああなたの笑顔を下さい」
僕は声をなるべく低くしながら言った。
茶子「え?」
湊はキャスケットを指で少し上げ、顔を見えるようにした。
茶子「って、ええ!?湊君!?」
湊「今ちょうど人いないですよね?こっち来れます?」
茶子「う、うん」
茶子はお店からエプロン姿のままお店から出て来た。
茶子「湊君、背伸びたんじゃない?服装も大人っぽくなってるし!」
湊「はい、5センチ伸びて179cmになりました」
茶子「もう、帰って来るなら言ってくれたら良かったのにー!わざわざドーナツ屋で合わなくてもさ」
湊「いえ、この場所が良かったんです、あなたに出会うきっかけになった場所だから」
茶子「湊君・・・」
湊「茶子さん」
湊はバラの花束を茶子に渡した。
茶子「え?これ私に!?」
湊「むっ、他に誰がいるんですか?」
湊は頬を膨らませている。
茶子「湊君、ありがとう」
湊「茶子さん好きですよ」
茶子「うん・・・うん・・・」
花束で顔は見えないけど鼻をすする音が聞こえる。
茶子さんが泣いているのがすぐに分かった。
湊「茶子さん、顔見せて下さい」
茶子「だ、だめ、今すんごい顔してるから!」
湊「そんなのいいじゃないですか」
茶子「だめだって・・・わ!?」
湊は花束を持っている茶子の腕を下にずらす。
湊「茶子さんってそんな子どもみたいな泣き方するんですね」
湊はなんだか得意げな顔をしている。
茶子「だって・・・うえぇ・・・」(べそべそ)
湊「返事聞かせて下さい」
茶子「もちょっと落ち着いてから」
ジョージ「いいか湊!日本に着いたらもう遠慮することはない、押して押して押しまくれ!
彼女の不安が吹き飛ぶまで押して押して押し倒すんだ
ー!!」
プッ。あの時のジョージやけに白熱してたな。
最初から最後までずっと応援してくれてたジョージの為にも僕はもう一歩たりとも引かない。
湊「ダメですよ2年も待ったんですから、もう待ちません」
湊は茶子の腕を掴んだままキッパリと告げた。
茶子「なんか湊君、押しが強くなったね」
湊「そうですか?」
茶子「もう降参・・・私も湊君が好きだよ」
湊「じゃあ恋人になってくれるんですよね?」(食い気味)
湊は前のめりになりながら聞く。
茶子「うん、私を湊君の彼女にして下さい」
「彼女にして下さい」、思ってもみなかった茶子のその言葉に湊は舞い上がる。
湊「やったぁー!!」
茶子「うわ!?ちょっ、ちょっと!!」
湊は茶子の腕を掴んでいた手を離すと、バラの花束を持ったままの茶子の腰を掴み、体を持ち上げた。
湊「茶子さん!大好きです!」
無邪気に笑う湊はまだあどけなさが残っている。
茶子「もう・・・ふふ、私も大好きだよ」
パチパチパチパチ。
周りから拍手が聞こえる。
いつの間にかギャラリーが増えていた。
茶子「え!?」
湊「あらら・・・」
通りすがりのおじさん1「良かったなー!兄ちゃん!」
通りすがりのおじさん2「おめでとう!!」
茶子「湊君・・・」
通りすがりのおじさん1「幸せになれよー!ひゅー!」
湊「ありがとうございます」
茶子「湊君ってば!」
湊「え?なんですか?」
茶子「もう下ろして・・・恥ずかしいよ」
湊「す、すみません、つい・・・舞い上がってしまいました」
茶子「なんか湊君、筋肉も付いてない?」
湊「はい、フランスで筋トレもしてましたから」
ジョージ「筋肉つけたらモテるよ!」
ジョージに筋肉つけたらモテるって言われたから始めたとは言えないや。
茶子「湊君カッコよくなったねぇ、立派になって・・・お母さんは嬉しいよ」
湊「ちょっと、茶子さん、茶子さんはお母さんじゃなくて僕の恋人でしょ?」
茶子「ごめんごめん、つい今までの癖で」
湊「もう」
湊はぷくっと頬を膨らませた。
客「あのー、注文いいですか?」
茶子「はーい!すみません今行きます!
じゃあ湊君、ごめんね、また後で」
湊「はい、いつまでも待ってますよ」
その後。
ジョージに電話をし、無事付き合えたことを報告した。
ジョージ「そうか!よくやったぞ湊!!おめでとう!!」
湊「相変わらず暑苦しいねジョージは」
ジョージ「それが俺だからな!」
湊「自信満々だね」
ジョージ「男は自信が大事だぞー!ははは!」
無駄に明るく自信満々なジョージのおかげで僕はここまでやって来れたんだ。
湊「ありがとうジョージ」
ジョージ「ああ、またいつでも連絡してきてくれよな、なんなら彼女連れてこっちに遊びに来てもいいぞ!
フランスの案内なら任せておけ!」
湊「うん、その時はよろしく」
第八話 ジョージと湊
元々人付き合いが苦手だった僕は、フランスに来ても友人はなかなかできなかった。
だけどそんな中、ジョージと出会い、仲良くなった。
ジョージは下宿先のルームメイトだ。
ジョージはよく言えば明るい。悪く言えば暑苦しい。筋肉バカ。
でも、僕の絵を気に入って褒めてくれた。
それに何かと人の世話を焼きたがる。
最初は鬱陶しいと感じてあまり関わらないようにしていた湊なのだが、
だんだんと彼と話す時間が苦痛ではなくなり、今ではすっかり懐いていた。
ジョージの影響大である。
ジョージ(31)「え、彼女は湊のこと待ってない?」
湊「うん、茶子さんは僕のこと、本当は待っていないんだろうなって」
ジョージ「そう言われたのか?」
湊「ううん、ただ、一度も言われたことなくて、そうなんだろうなって」
ジョージ「ふむ、俺は直接彼女に会ったわけじゃないから全ては分からないけど、
勝手に彼女の気持ちを翻訳してはいかんな、
きっと彼女は待っていないんじゃなくて、待ってるって言いたいけど言えなかったんじゃないかな?」
湊「え・・言いたいけど言えなかった?」
ジョージ「話を聞く限り、彼女は湊のことが好きだと思うよ、自分の年齢に負い目を感じてしまうくらいにね、それなのに言わなかったって事は自信のなさからっていうよりもたぶん君の重荷にならないようにあえてそうしたんじゃないかな?」
湊「そう言えば今までも僕の足枷になりたくないとか、幸せの邪魔をしたくないとか言われたな」
ジョージ「彼女は湊のこと本当に大切なんだよ」
湊「あー!今すぐ茶子さんに会って抱き締めたーい!」
ジョージ「ははは、若いねぇ、でも、どうせだったら絵だけじゃなくて再会した時に今よりカッコよくなって相手を驚かせたくない?せっかく彼女が背中を押してくれたチャンスなんだし活かさない手はないだろう?」
湊「う、驚かせたい・・・」
ジョージ「じゃあ俺と一緒にジムで筋トレしよう!」
湊「え、でもジョージの行ってるジムってキックボクシングでしょ?そんなキツそうなの僕には・・・それにお金だってかかるし・・・」
ジョージ「もちろん怪我をしないようにやるさ!お金のことなら心配しなくていい、俺が出す!」
湊「そんな悪いよ・・・」
ジョージ「それにな湊、筋トレしたらモテるぞ!彼女はもう君に夢中さ!」
※個人的な意見です
湊「む、夢中・・・?」
茶子「え、湊君、絵のお勉強だけじゃなくてトレーニングもしてたの?」
湊「はい、あなたを守る為に日々修行に勤しんでいました」(キリッ)
茶子「素敵・・・」抱き付く(ひしっ)
※湊の妄想です
湊「やる」
ジョージ「ははは、湊は本当に彼女が好きなんだなぁ、
しかしな、トレーニングは筋肉が付くだけじゃないんだ、
単純に強くなれる、そしたら彼女のことを守ってあげられるだろう?」
湊「確かに・・・それは大事だね」
ジョージ「それと、君自信のこともね」
湊「え?」
ジョージ「日本と違ってここは治安があまり良くないからね、さすがに銃使われたらひとたまりもないけど、それでも護身用にやっておいて損はないと思うよ」
湊「そっか、自分の身も自分で守らなきゃだよね」
ジョージ「そうだよ、彼女に会いたいならまず君自信が元気で生きていなくちゃ」
ジョージはそう言って湊の肩にポンっと手を乗せてウインクをした。
ジムの会長は優しい人で、体験という形で週に一度通ってもいいと言ってくれた。
とてもありがたい。
絵を描くだけの日常から、週に一度のジム、そして毎晩15分ほど筋トレをする日常へと変わった。
基本的には絵の勉強がメインなので、トレーニングは無理のない範囲でということになった。
第九話 湊の父親
茶子が歩いていると湊を見かけた。
男の人と話している。何を話しているかまでは聞こえないけど。
湊君のあの怯えた表情、あの時と同じだ。
ひょっとしてお父さん?
湊の父親「お前は相変わらずそんなふざけた格好してるのか」
湊「別に服装くらいいいでしょう・・・」
父親「今どこで何をしてるんだ?」
湊「知り合いの家に居候しています」
父親「はぁ・・・お前は男のくせにそんなことまでして恥ずかしくないのか?」
湊は何も言い返せず、ぎゅっと自分の服の裾を掴んだ。
茶子「湊君!」
湊「え、茶子さん?どうして・・・」
父親「何だあんたは?今息子と話してるところなんだ、邪魔をしないでくれないか?」
湊「父さん!茶子さんに当たらないで下さいよ!茶子さんに何かしたら例え父さんでも許さない」
父親「湊、お前まさかこの女と付き合ってるのか?」
湊「だったらどうだって言うんですか」
茶子「み、湊君!?」
父親「あんた、歳はいくつだ?」
茶子「32です」
父親「はぁ・・・こんな歳上の女に熱を上げてるのかお前は、あんた、湊をたぶらかすのは辞めてくれないか?湊より一回りも上だろう?ひとつ間違えたら犯罪じゃないか」
湊「父さん!!茶子さんに失礼な事言わないで下さい!それに、茶子さんは僕をたぶらかしてなんかないです、
たぶらかしたというならそれは僕の方です、
だって茶子さんは茶子さんが僕を知るずっと前から片思いしててアプローチした人なんですから!」
茶子「え・・・私が知る前からずっと??」
父親「父親に向かって何だその口の聞き方は!」
湊に掴みかかろうとする父親の間に茶子が割って入る。
茶子「その前にあなたに一つ言っておかなければならないことがあるんです」
湊「?」
茶子「あなた、湊君に日頃から暴力を振るっていたそうですね」
父親「ふん、あれは教育の一貫だ、
だいたい、君もいい歳してこんな若い男をたぶらかして恥ずかしいとは思わんのか?」
湊「ちょっ、茶子さんは何も悪くな」
茶子「お言葉ですけど私、普通じゃないんで」
湊「え、茶子さん?」
いつもとは違う茶子の強気で高圧的な態度に湊は驚きを隠せない。
父親「ほう?自覚はあるようだな」
バチバチっと目と目で威圧し合う二人。
茶子「それより湊君のお父さん、あなたこそいいんですか?」
父親「?何がだ」
茶子「湊君、あなたに暴力を受けていた時、実はこっそり録音していたんですよ」
湊「え?」
父親「な、何だと?」
茶子「訴えなかったのは暴力を振るわれてもあなたを家族だと思っていたから、湊君の優しさに感謝することですね」
緊迫した空気が流れるように茶子の首筋にも一筋の汗が流れた。
父親「湊・・・その話は本当なのか?」
湊「はい、録音してました」
湊はなるべく動揺しないようにはっきりと答えた。
父親「くっ・・・」
湊「お願いします、もう今後、僕にも茶子さんにも関わらないで下さい」
父親「きさま!!」
頭に血がのぼった父親は録音のことを忘れ、湊に掴みかかろうとした。
父親が湊の肩を掴みかけたところで茶子が湊を庇うように前に出た。
その為、茶子の肩を父親が掴んでいる状態だ。
湊「茶子さ・・・!」
茶子「すぅ・・・お巡りさぁん!助けて下さい!!」
父親「な!?」
警察官「おい!あんた!何してるんだ!辞めなさい!」
近くにいた警察官の男の人が父親を茶子から引き離した。
父親「何をするんだ!!」
警察官「暴れると公務執行妨害で逮捕するぞ!」
父親「う・・・」
警察官「とにかく、話は署で詳しく聞こうか」
父親は警察官に連行された。
逮捕されるのはさすがにまずいと思ったのか父親は大人しくしていた。
父親が連行されるのを見届けると。
茶子「よし、作戦成功だ」
湊「アカデミー賞ものでしたよ」
茶子「ブイ」
茶子は湊にピースサインをした。
湊「茶子さん・・・ひょっとしてさっきわざと自分の肩掴ませたんですか?」
茶子「うん、近くにお巡りさんの姿が見えたから、ごめんね勝手なことして」
湊「ふっ、ははは!はー、もう茶子さん最高です、
いいんですよ、警察に捕まって大人しくなってるあの人見たらなんかスッキリしました、
迫真の演技でしたよ、茶子さん、悪女の役のオファー来たらいけますって絶対」
湊は先程の茶子のことを思い出すとお腹を抱えて笑った。
滲んだ涙を人差し指で拭きながら茶子を絶賛した。
茶子「ふっふっふー、実は昔、ちょっとだけ演技のお勉強してたことがあってねー」
湊「えぇ!?そうだったんですか!?あ、そういえば茶子さん、夢は女優だったって言ってましたね」
茶子「そうそう、それでねー」
二人は茶子の昔話をしながらアパートへと戻った。
第一〇話 本当はずっと前から
茶子のアパート。
茶子「ねぇ、そう言えばさっき、私が知るずっと前からって言ってたけどあれって・・・」
湊「あー、僕がいつから茶子さんを好きだったのかって話ですか?」
茶子「うん、ずっと気になってて」
湊「咄嗟に出た言葉とはいえ、もうバレちゃったんで正直に言いますね、僕が茶子さんを好きになったのは4年前からです」
茶子「よ、4年前って私がドーナツ屋をやり始めた頃から?」
湊「はい、でも、きっかけはドーナツ屋じゃないんです」
4年前。駅の階段。
湊は駆け足で階段を降りていた。
湊「やば、間に合わな・・・うわ!?」
その時、湊は足を踏み外し、階段から落ちそうになった。
「!危ない!」
ガシッ。
近くにいた女性に腕を引っ張られた。
「大丈夫かい?」
湊「は、はい・・・」
「転ばなくて良かったよ、これからは気をつけるんだよ」
湊「ありがとうございます・・・」
湊「たまたまその時に近くにいた女性が僕の腕を引っ張って助けてくれたんです、その相手がまさかドーナツ屋さんを経営してるとは思いもしませんでしたが」
茶子「あー!あの時の!!まだ高校生だったよね?学生服着てたし」
湊「はい、それでドーナツ屋に行って声をかけたかったんですけど、まだ高校生だったのでさすがに相手にしてもらえないだろうなって言えなかったんです」
茶子「そうだったんだ・・・そんな前から・・」
た、確かに高校生だったらさすがにまずい。
湊「だからずっと考えてました、誰のものにもならないでって、
本当はずっと狙っ・・・好きだったんです」
さりげなく狙ってって言おうとした!
湊「ドーナツ屋始めた頃から見てたので、最初のうちは凄く大変そうだったのも知ってます、それでも一生懸命やってて尊敬してました」
茶子「そっか・・・なんか恥ずかしいな、ずっと見られてたなんて・・・」
湊「すみません、僕だいぶキモいですよね・・・」
茶子「ううん、嬉しいよ」
湊「本当は貢献しようとドーナツを買いに行きたかったんですけど・・会ったらすぐに告白してしまいそうだったので・・・」
茶子「そんなずっと思ってくれてたんだね」
湊「はい、それまでは人には言えないような異性関係ばかりだったんですけど、茶子さんを好きになってからはきっぱりと辞めれたんです、少しでも茶子さんにふさわしくなりたくて」
茶子「あの第一声はびっくりしたけどね笑」
湊「あれは・・・反省してます・・」
茶子は俯いている湊の頭を撫でた。
茶子「ううん、最初はびっくりしたけど一緒にいて楽しいって思ったよ」
湊「ほ、本当ですか?」
茶子「うん、それと・・・恋の期限は二年だなんて決めつけてごめん・・」
湊「いいんですよ、一般的にはそう言われていますし仕方ありません」
茶子「でも、そうだよね、多いって言うだけで100%そうなわけじゃないんだよね」
湊「はい!それは僕が証明しましたから」(キラキラ〜)
茶子「ま、眩しい・・・」
そんな曇りなき眼で見ないでおくれよ・・・私は君が思ってるようないい女じゃない、どうしようもない女なんだよぉ・・・。
第十一話 湊の友人
高校の時の友人。
湊がコンテストで賞を取り、帰ろうとした時に街でばったり遭遇した友人二人。
湊の恋人の話を詳しく聞きたいらしい。
鮫島蒼太(湊の友人・男性)「え、それじゃ恋人じゃなくてペットっつーか母親じゃん」
土田颯斗(湊の友人・男性)「確かに笑」
湊「それ茶子さんにも言われた・・・」(ガーン)
蒼太「相手はともかく、湊はどうなんだよ?」
湊「え?何が」
蒼太「だからさ、そんな関係性で女として見れてるのかって話」
颯斗「湊には悪いけど俺なら母ちゃんにしか見えないわ」
湊「見てるよずっと」
蒼太「まじかよー、そう言えばお前、途中から告られても断ってたよな」
颯斗「あー、湊は片思い中だったからなぁ、どこの誰かまでは知らなかったけどさぁ」
たまたま通りがかった茶子。
茶子「湊君?」
湊「あ!茶子さん!!」(ぱああっ!!)
蒼太(え、何このテンションの差は・・・絶対この人が恋人じゃん)
颯斗(ってゆうか・・めちゃ美人!!聞いてねーよ)
茶子「湊君のお友達?」
蒼太「あ!はい!」
颯斗「そうなんです!湊君の友達でーす!」
湊「・・・」
何だこいつらと言いたげな視線を二人に送る湊。
茶子「湊君の彼女の茶子です、これからも湊君のことよろしくね」
蒼太「はい!」
颯斗「もうどーんと任せちゃって下さい!」
茶子「ふふ、頼もしい二人だね」
蒼太「いやぁ」
颯斗「へへへ」
茶子「あれ?湊君、何持ってるの?」
湊「あ、はい、これは帰ったら見せようと思ってやつで、小さいコンテストなんですけど賞を取ったんです」
茶子「そうなんだ!あの例のだよね?」
湊「はい」
茶子「おめでとう!!湊君、一生懸命描いてたもんね!」
湊「はい、茶子さんが喜んでくれるかと思って頑張りました」(動機が不純)
茶子は湊の頭を撫でる。
茶子「私の為にありがとう、よく頑張ったね」
湊「えへへ!」
茶子「じゃあ邪魔してごめんね、それじゃあまたあとでね」
湊「はい!」
蒼太「何だよー!ドーナツ焼いてるおばさんって言うからもっとババくさい人想像してたのにめちゃ美人じゃんかー!先に言えしー!」
颯斗「綺麗な人だったよなぁ、湊のやつ羨ましいぞ!うりうり!」
颯斗は肘で湊をつつく。
こうなるから言いたくなかったんだってば。
湊「茶子さんを侮辱したら許さないからね、それに、僕はおばさんだなんて一言も言ってない」
蒼太の質問な物言いに湊は不貞腐れている。
蒼太「ご、ごめんって!!」
颯斗「いいなぁ・・・」
蒼太「え?何どしたんお前笑」
颯斗「いや、湊っていつも彼女さんとあんなやり取りしてるんだろ?」
湊「うん、そうだよ」
颯斗「俺、最近できた歳下の彼女にはダメ出しばっかされてるからさぁ、羨ましいなと思ってさ」
蒼太「あーまぁ確かにな、俺もタメの彼女いるけど、
俺が何か手伝っても、そうじゃないでしょ、ああしなさい、こうしなさい、って母ちゃんみたいなんだもんさ」
湊「さっきまであんなに茶子さんのこと言ってたくせに・・・」
蒼太「茶子さん、ダメ出しとかしないべ?」
湊「しないよ、いつも褒めるか撫でるか、僕が何か手伝うとありがとうってちゃんと言ってくれるよ」
颯斗「いーなぁ・・・めちゃくちゃいい彼女さんじゃん!大事にしろよ!」
湊「もちろん」
蒼太「なぁ!これから夕飯食いに行かね?まだ4時だけど」
颯斗「いいな!行こうぜ!」
湊「うん」
ファミレス。
蒼太「え、湊、お前ご飯食わないのか?」
湊はドリンクバーだけ注文した。
颯斗「まさかダイエット中か?それ以上痩せたら死ぬぞ」
湊「違うよ、夕飯は家で食べようと思って」
蒼太「えー、何でだよー、ここで食べてけばいいのに〜」
湊「今日はたぶんご馳走が待ってるから」
蒼太「そっかそっかー!ニヤニヤ」
颯斗「けど良かったな、湊が幸せそうで安心したわ俺」
湊「え?」
蒼太「俺もだよ、久しぶりに会ったら湊のメンタルが落ち着いててびっくりしたぜ、いい彼女に出会えて本当良かったな」
湊「二人とも・・・うん、今はもう大丈夫だよ、ありがとう」
〜メール〜
茶子「今日は夕飯食べて来る?」
湊「家で食べます、帰りは7時くらいになりそうです」
茶子「OK!」
その日の夕方。
茶子「湊君、お帰りなさい、お腹空いたでしょう?ってどうしてそんなむくれてるの?」
湊は帰るや否や頬を膨らませていた。
湊「むぅ・・・」
友人達が茶子を褒めまくっていた為、湊は盛大にヤキモチを妬いていたのだ。
茶子「ご飯作ってあるよ」
湊「え!なんかめちゃくちゃ豪華!もしかして僕の為に作ってくれたんですか?」
茶子「もちろん!湊君頑張ってたからご褒美に湊君の好きなハンバーグ作ったんだ、あ、後でチョコレートのクッキーもあるからね」
湊「茶子さん・・ありがとうございます!僕、あなたにふさわしい男になりますから!」
茶子「うん?急にどうしたの?」
湊「いえ、こちらの話です、さっそく頂きますね!ぱくっ、んー!うまぁ!!」
茶子「ふふ」
茶子さんは誰にも渡さないぞ!
第十二話 茶子の友人
休日のお昼。
美希(茶子の友人・女性)「へぇ、じゃあその歳下君と付き合うことになったんだ!」
茶子「うん」
美希「いいじゃんいいじゃん!で、どんな感じの子なの?」
茶子「わんこみたいな感じ?」
美希「そ、それは性格が?」
茶子「そう」
茶子は普段の湊君とのやり取りを美希に話した。
美希「それはなんてゆーか大変だね?本当にペットみたいじゃん」
茶子「んー、大変なのかな?私は全然そんな風に思わないけどな、湊君も色々してくれるし」
美希「え、そうなの?例えば?」
茶子「生理で辛い時はお粥作ってくれたり、湯たんぽ作って持ってきてくれたり、私が落ち込んでる時は落ち着くまで抱き締めてくれるし」
美希「えー何それめちゃ優しいじゃん!!羨ましいわ、私の彼氏なんて何にもしてくれないもん、こないだだってお腹痛いって言ったらそうなんだ、ってこっちも見ずに言うんだよ?酷くない?」
茶子「それは酷いね・・・私、湊君に感謝しなきゃだよね」
美希「相手に感謝もだけどさ、それこそ、いつも茶子が言ってる自分にも感謝じゃない?」
茶子「え?」
美希「だってそうしてもらえるのは茶子が湊君を大事にしてるからだよ」
茶子「そ、そうかな?」
美希「そうだよ、だって茶子めちゃ優しいもん、茶子が優しくなかったら相手だってそうしたいって思わないんじゃないかな?・・・ごめんなんか自分で言ってて自分に刺さったわ今の」
美希は机の上で手を組みうなだれた。
茶子「まぁまぁ」
美希「そういえば、今日は夜も予定あるんだっけ?」
茶子「そうなの、珍しく予定が被っちゃって」
美希「若い時はそんなんばっかだったのにねぇ」
茶子「この歳になると体力がねー」
美希「分かるわぁ」
夜。
茶子は友人達と呑み会に行くことになっていた。
湊に迎えに行くと言われ、人が多い場所が苦手な湊を気遣い、最初は遠慮していた茶子だったが、湊の押しに負けて迎えに来てもらうことになった。
なるべく明るい道、人通りがある道を歩くように伝えて。
飯田(茶子の友人・女性)「この子が彼氏さん?わっかーい!可愛い〜!」
橋本(茶子の友人・女性)「どうやって付き合うことになったのー?」
滝(茶子の友人・男性)「見れば見るほど若いなぁ」
森(茶子の友人・男性)「なぁ、茶子のどこを気に入ったんだ?」
わいのわいの。
湊「えと・・・」
茶子「だぁー!!」
茶子がトイレから戻って来ると腕を上げながら湊の方へ駆け寄ってきた。
湊「わ!茶子さん?めちゃくちゃ酔ってるじゃないですか」
茶子「へへ、みなとくんだぁ」
う、可愛い・・・。
湊「茶子さん、そういう可愛いところを見せるのは僕だけにして下さいよ」
茶子「みなとくん、変な人に声かけられなかった?大丈夫だった?」
湊「はい、大丈夫ですよ、とゆうか、僕は茶子さんの方が心配なんですけど・・・」
茶子「私はだいじょーぶ!」
湊「では、彼女がご迷惑をおかけしました、後は僕が連れて帰りますんで」
飯田「はーい、気をつけてね!」
橋本「茶子ちゃん、またねー!」
滝「じゃーなー!」
森「またなー!」
茶子「ふぁーい!皆んなまたねー!今日はありがとねー!!」
茶子は元気良くブンブン手とを振っている。
湊「ほら茶子さん、帰りますよ」
茶子「やーだー帰りたくない〜!」
湊「もう、何子どもみたいな事を言ってるんですか」
茶子「まだまだ楽しいことしたい〜!」
湊「じゃあ、アパートに戻ってゲームでもしましょう」
茶子「はいはーい!私トランプやりたーい!」
湊「分かりました、帰ってトランプやりましょうね」
飯田「なんか茶子ちゃんのこと心配してたけど大丈夫そうね」
橋本「うんうん、なんか彼氏君の方が茶子ちゃんにベタ惚れって感じだったよねぇ!」
滝「普段は彼氏が犬みたいだって言ってたけどあれじゃどっちが犬か分からないな」
森「ははは、ほんとそれな」
こうして呑み会は無事に終わった。
第十三話 とある日常
ガチャ。
茶子が仕事から帰宅すると、玄関の目の前の床に湊がちょこんと体育座りで座っていた。
茶子「え!?湊君、どうしたのこんなとこで!ソファに座らないとお尻痛くなっちゃうよ?」
湊「こうした方が一番早く茶子さんの顔が見れるかと思ったんです」
茶子「可愛い過ぎか!!」
茶子は思わず湊を抱き締めた。
抱き締められた湊は茶子の裾をぎゅっと掴んだ。
この子の為に生きているぅ・・・。(泣)
茶子「はっ、仕事終わりで汗かいてるのに抱き付いてごめん、臭かったよね?」
茶子がパッと離れてシャワーを浴びに行こうとすると後ろから湊にぎゅっと抱き締められる。
茶子「わっ!?」
湊「臭くないです、茶子さんの匂いいつもより強くて好きです」
茶子「ちょ、待って!シャワー浴びさせて!恥ずかしいから」
湊「嫌です」
キッパリと言い放つ湊。
茶子「うぅ・・・髪ペタペタだし汗で体もベタベタなのに・・湊君まで汚れちゃうよ?」
湊「じゃあ一緒にお風呂入りましょう」
茶子「湊君って一緒にお風呂入るの好きだよね、あんな狭いお風呂なのに」
湊「だからいいんです、合法的に密着できますから」
茶子「お風呂以外でも普通に密着してると思うんだけど」
湊「茶子さんは僕とお風呂入るの嫌ですか?茶子さんが嫌なら無理には・・・」
明らかに湊の声色に元気がなくなる。
茶子「嫌じゃない、です・・・」
湊「茶子さんってほんと素直ですよね」
茶子「湊君もでしょ?」
湊「茶子さんにだけです」
茶子「え、そうなの?」
湊「はい、茶子さんは僕の特別なので」
茶子「ふ、ふーん・・・」
湊「あ、茶子さんめっちゃ嬉しそうですね」
湊は後ろから抱き締めたまま茶子の顔を横から覗く。
茶子の唇がツンっと尖っている。
茶子「そ、そんなことは・・・」
湊「ニヤけるの我慢してるでしょ?可愛いですね」
茶子「もう、おばさんをからかわないでよ・・・」
湊「茶子さんはおばさんじゃありません」
茶子「いや、もう充分おばさんだよ・・
そんな風に言ってくれるの湊君だけだよ、ありがと」
茶子が顔だけ湊の方に向けて微笑む。
湊「!茶子さん、シャワーの前にいいですか?」
茶子「え、やだやだ!いま臭いもん私!ただでさえ自分の匂い気になってるのに!」
湊「臭くないですってば、それに、どのみちこれから汗かくんですからいいじゃないですか、2回もシャワー浴びるより効率良くないですか?」
茶子「いや、それは・・そうかもしれないけど」
湊「ダメ、ですか・・・?」(くぅ〜ん)
茶子「う・・・分かった、いいよ」
湊「やったー!」
次の日。
茶子「今日、休みで良かった・・・体が・・・」
湊「茶子さん大丈夫ですか?」
茶子「湊君は元気だね・・・昨日4回もしたのに・・」
湊「茶子さん後半眠そうだったのでだいぶ加減しましたからね」
茶子「あれで・・・まだまだ余裕だったってこと?じゃあ、いつもセーブしてるの?」
湊「はい、あと3回はいけます」
茶子「計7回・・・ご、ごめん、それはさすがに私の体が持たないかも・・」(ゴーン)
湊「分かってますよ、茶子さんの体壊したくないんでこれからもちゃんと加減しますから」
茶子「う、うん、お願いね・・」
私もそれなりに性欲はある方だと思ってたけど、湊君は桁違いだ・・・。
若さだけじゃないよね?この子絶倫?
求めてくれるのは凄く嬉しいし、なるべくなら湊君の欲に応えたいけど・・・。
ごめん湊君、おばちゃん7回は無理だ。
筋肉痛によりギッシギシな体でソファに座りながら湊の性欲に尊敬さえしてしまう茶子であった。
番外編 服選び
店員「いらっしゃいませー!」
店員(あら?兄弟かしら?兄弟で買い物なんて珍しいわね)
茶子「ねーねー湊君、これとこれどっちがいいかな?」
茶子は緑と茶色のワンピースを湊に見せた。
湊「どっちも似合いますけど、茶子さんその色は二つとも持ってませんでした?」
店員(ん?敬語?会社の先輩後輩かしら)
茶子「うん、なんてゆーかこの歳になるとさ、無難な色を選んじゃうんだよ」
店員(うんうん、その気持ち分かるわぁ)
湊「あ、これなんかどうですか?そこまで派手なピンクじゃないですし、袖のところにワンポイントでリボンついてて可愛いですよ」
茶子「ピンクとリボンかぁ、可愛いし好きなんだけど私にはちょっと可愛すぎるかな・・・」
湊「?茶子さん可愛いんだから良くないですか?何か問題あります?」(ど真剣)
湊君、そういうとこだよ・・・。
店員(あ、これ付き合ってるやつだわ、めちゃ歳の差カップル!)
茶子「そ、そう?変じゃないかな?」
湊「はい、とっても似合ってますよ、可愛いです、宇宙一」
店員(付け加えた!彼女さん羨ましいなおい!)
茶子「じゃ、じゃあ湊君がそこまで言ってくれるならこれにしようかな」(照れ)
湊「それ着て今度デートして下さいね♪」(満面の笑み〜)
茶子「うん///」
店員(こいつら・・店でイチャつきおってからに・・・)←彼氏なし
茶子「これお願いします」
店員「はい、2980円になります」
茶子「ありがとうございます」
茶子は袋に入っている服を受け取る。
店員「ありがとうございましたー!」
店員(まぁ、買ってくれたからいいけどね!!)
湊「すみません、本当は僕がプレゼントしたかったんですが・・・」
茶子「その気持ちだけで充分だよ、湊君、今日は一緒に服選んでくれてありがとね」(にこっ)
湊「茶子さん・・・」(キュン)
店員(何なのこのほっこり空間は!心なしか二人の周りに花が飛んでるように見えるんですけど!)
湊「茶子さん・・・僕、次はプレゼントできるように頑張りますね?」
茶子「ありがとう、でも無茶はしないでね?」
湊「はい!」(尻尾ぶんぶん)
店員(なんか、なんかこの二人尊いわぁ・・・もうなんなのよ・・・幸せになんなさいよぉ)
二人によって店員さんの心に謎の浄化が起こった。
番外編 優しく・・・
胸を優しく指先で触れられて15分。
茶子「湊君・・・こんなぺったんこな胸触っても面白くないでしょ?無理にしなくても・・・」
湊「無理になんてしてないですし面白いですよ、茶子さんの反応が可愛いので、胸、触られるの嫌ですか?」
茶子「ううん、こんなに触ってもらったことないから嬉しいよ」
湊「良かった・・ちゃんと感じてくれて嬉しいです、もっと触ってもいいですか?」
さっきまでの撫でるだけの触れ方から、優しく揉んだり先端を摘んだりする。
茶子「うん・・・っ・・」
湊「茶子さん、胸だけでイけそうですね」
茶子「そんなことは・・・んっ・・」
湊「さっきだってキスだけでイっちゃったじゃないですか、きっと胸だけでもイけますって」
茶子「や、待っ・・・んぅ!!はぁはぁ・・・」
湊「ほら、イけたでしょう?」
茶子「う、うそ・・・」
湊「じゃあ次は下もしますね」
茶子「う、うん・・・」
湊の愛撫ですでに3回もイかされた茶子はあまりの快楽にとろけそうになっていた。
茶子「みなとく・・・」
湊「なんですか?」
茶子「わたし、こん・・なの知らない・・・」
弱いところを舌と指で同時に責められ、茶子は半泣きになりながら言葉を絞り出した。
湊「ゾクゾク・・茶子さん、今までイかされたことないって言ってましたけど、あれ嘘なんじゃないですか?」
茶子「嘘じゃないよ・・・」
湊「本当に?だって茶子さん僕とする時、いつもすぐイッちゃうじゃないですか」
茶子「そ、それは湊君が優しくしてくれるから・・」
とゆうか、毎回前戯に1時間以上もかけてくれる人なんて湊君ぐらいしかいないよ。
湊「今までの人はそんな雑だったんですか?」
茶子「前戯はほとんどなくて、されても雑で痛かったし、あとは相手が入れて出すだけだった」
湊「それ酷すぎません?ほとんど強姦と一緒ですよ」
茶子「うーん、私のこと好きじゃなかったんじゃないかな?
だからめんどくさかったんだと思う、それにそういう男の人多いから・・・仕方ないよ」
湊「茶子さん」
茶子「うん?」
湊「僕は茶子さんが痛がることや嫌がることは絶対しません」
茶子「うん、知ってる、湊君は優しいから」
湊「優しいからじゃないですよ?茶子さんが好きだから大切にしたいんです、こんな風に誰かを大切にしたいと思ったのは初めてなんですから」
茶子「うん、ありがとう、私も湊君がとっても大切だよ」
湊「なので、今からいっぱい気持ち良くしますね♪」
茶子「え、いや、もう充分なんだけど・・・」
わぁ、湊君とても生き生きとしてらっしゃる・・・。
湊「ダメです、今までのお相手の分まで僕がします」
湊は不敵な笑みを浮かべると入り口付近を優しく刺激すると一気に最奥まで突いた。
茶子「え、ちょ、待っ・・・ひやぁあ!」
湊「入れただけでイってしまったんですか?可愛いですね」
その後も同じように入り口を刺激されては最奥を突かれを繰り返され、途中からは呂律が回らないほど快感の渦にのまれて行った。
湊「あーあ、茶子さん、壊れてしまいましたね♪」
茶子「みなとく・・・もう見ないで・・・」
茶子は顔を手で隠そうとするが、湊に腕を掴まれ静止される。
湊「ダメですよ、僕にだけ見せて下さい、茶子さんの壊れた姿もっと見たいです」
湊は茶子の片手を握った。
茶子「あっ」
湊「中、締まりましたね、そんなに僕と離れたくないんですか?」
嬉しそうな湊とは反対に余裕のない茶子はこくこくと頷く。
湊「茶子さん、茶子さん、茶子さん・・・」
名前を呼ばれ、茶子の中が再び締まる。
湊「ああ、茶子さんは名前呼ばれるのも好きでしたね」
茶子「す、き・・・」
湊「僕の名前も呼んで下さい」
茶子「湊君、湊君、みなとくん・・・あぁ!!」
湊「茶子さ・・っ!!」
結局、この日は前戯とキスだけで2時間、セックス2時間、計4時間も愛し合った・・・いや、愛された。
次の日の朝。
元気な湊を横目に茶子の体が筋肉痛でガタガタになり、産まれたての小鹿のようになったのは言うまでもない。
湊「大丈夫ですか茶子さん」
茶子「大丈夫、なわけないっしょ・・・」
湊「今日はゆっくりしましょう、お水持って来ますね」
茶子「え?水くらい自分で」
湊「いいんですよ、それくらいさせて下さい」
茶子「あ、ありがとう・・じゃあお言葉に甘えて」
昼。
茶子「ふー」
湊「だいぶ落ち着きましたか?」
茶子「うん、おかげさまで」
湊「良かったです・・・?茶子さん、何ですかそれ、チラシ?」
茶子は鞄から取り出したチラシを机の上に広げた。
茶子「新店舗のスイーツ特集だよ、ほら」
湊「わ、美味しそうなのがいっぱい乗ってますね」
茶子「気になるのある?」
湊「んー、あ、チョコレートカフェとか気になるなぁ」
茶子「湊君ほんとチョコレート好きだよねぇ、行ってみる?ここなら割と近いみたいだし」
湊「僕はいいですけど、茶子さん体大丈夫ですか?」
茶子「うん、休んだら復活した」
湊「茶子さんが行きたい店があればそこでいいですよ?」
茶子「ううん、私もチョコレートが食べたい気分だから」
湊「分かりました、じゃあ行ってみましょうか」
茶子「うん」
チョコレートカフェ。
木材を基調とした温かみのある落ち着いた印象のカフェだ。
チョコレートの甘い香りの中に時々ふわっと木の優しい匂いがする。
騒がしい場所が苦手な二人にピッタリの場所だ。
店員「お待たせしました、ガトーショコラとミニチョコレートパフェと紅茶二つです」
湊はガトーショコラと紅茶を、茶子はミニチョコレートパフェと紅茶を注文した。
茶子「ありがとうございます」
湊「ありがとうございます」
茶子「わぁ!チョコレートのいい香り〜!」
湊「本当ですね、甘くていい香りがします」
茶子「頂きまーす!」
湊「頂きます」
茶子「ぱくっ、美味しい〜!!甘いチョコレートアイスとほろ苦なチョコレートケーキと生クリームめちゃ合う〜!」
湊「ん、ガトーショコラも凄く美味しいですよ、茶子さん食べます?」
茶子「え、いいの?ありがとう」
湊「はい、あーん」
湊はフォークにガトーショコラを刺すと茶子の口元に持っていく。
茶子「わーい、ぱくっ・・・はた・・・」
しまった、ナチュラルに食べさせてもらったけどこれめちゃくちゃ恥ずかしいな!?
湊「どうですか?」
茶子さん可愛いな、わーいって笑。
茶子「もぐもぐ、うん、美味しいよ!湊君もパフェ食べる?」
湊「はい」
湊は口を開けたまま待っている。
なんか餌付けしてるみたいな気分だな・・・。
くそぅ、湊君は何やっても可愛いな!!
茶子「はい、あーん」
湊「あー、ぱくっ、ん!パフェも美味しいですね!」
茶子「ドキッ・・ね!どっちも美味しい」
湊「?茶子さん顔赤いですけど大丈夫ですか?」
茶子「え?ドキッ、ううん、何でもないよ〜」
湊「あ、ひょっとしてやらしいことでも考えてたんですか?」
湊はニヤニヤしながら聞いてくる。
茶子「な、何を言うかなこの子は」
湊「もーほら、クリーム口に付いてますよ?」
湊は茶子の口に付いていた生クリームを指で取るとペロッと舐めた。
茶子「ドキッ、あ、ありがとう」
湊「茶子さん、今僕のことじっと見てたでしょう?」
茶子「え、そんな見てたかな?」
湊「茶子さんのエッチ」
湊はいたずらに舌をペロッと出した。
茶子「もう・・あんまり大人をからかうもんじゃありません・・」
湊「えーでも」
茶子「?」
湊「茶子さん、こういうの嫌いじゃないでしょ?」
湊君はニコッと悪ガキみたいに笑った。
茶子「もー、茶子さんは湊君には敵いません」
湊「えへへ♪」
今も、そしてこれからもずっと。
私は湊君から目が離せないんだろうなぁ。
番外編 アザの数だけ・・・
茶子に押し倒された湊。
湊「茶子さん・・・?」
茶子「今日は私が湊君を愛してもいい?」
湊「え、は、はい、もちろんです・・・」
想像してなかった展開に湊はドキドキする。
茶子は湊を一度起き上がらせると服を脱がせた。
湊の体にはまだ治りかけのアザが沢山ついていた。
数年経った今も付いているということは相当強く殴られていたのだと分かり、心が抉られるようだった。
湊「アザだらけで汚いですよね・・・僕の体」
茶子「そんなことないよ、湊君は世界で一番綺麗だよ、心も体も」
湊「キュン・・・茶子さん・・」
茶子「って!なんか凄い口説き文句言っちゃったね!はー熱い熱い!」
茶子は服をパタパタとさせた。
湊「嬉しいです、そんな風に言ってもらえるなんて思ってなかったので」
茶子「触られて痛いところある?」
湊「いえ、よっぽど強く掴まれない限り大丈夫です」
茶子「優しくするね」
湊「んっ」
茶子はアザのひとつひとつに優しくキスの雨を降らしていく。
茶子「体制きつかったり、痛かったらすぐ言ってね?」
湊「は、はい・・・」
太ももの内側に唇が触れた瞬間、湊の口から甘い吐息が漏れる。
湊「あっ・・・」
茶子「湊君、ここ、弱いんだ?」
湊「そう、みたいです・・・初めて知りました」
茶子「ふふ、嬉しいな、初めてって言われるの」
湊「え、ちょ、茶子さん!?」
茶子は湊のパジャマと下着をずらした。
茶子「湊君の大きい・・・」
湊のモノは片手じゃ収まりきらないほど大きく、両手で包み込むように握る。
恍惚とした表情で触れられ、思わず反応してしまう。
茶子「湊君の反応してる、可愛い」
茶子は髪を耳にかけると、湊のモノを口で優しく愛撫でしていく。
湊「ちゃ、茶子さ・・・」
茶子「んー?」
茶子は咥えたまま返事をする。
湊「わ、待っ、それやばいです・・すぐに出ちゃ、口離し・・んぅ!!」
茶子「ん」
湊「はぁはぁ・・すみません、いまティッシュを・・」
茶子「ごくっ」
湊「え、茶子さん、今の飲んだんですか?汚いですよ」
茶子「湊君のは綺麗だよ・・・てゆうか出てもずっと硬いままなの凄いね」
湊「あんまりまじまじ見られると恥ずかしいんですが・・・」
茶子「湊君はいつも私のジーっと見てるじゃない、
あれ結構恥ずかしいんだからね?」
湊「その気持ちよく分かりました・・・」
茶子「じゃあ、そろそろ」
通常のセックスの逆バージョン、つまり、男性が下側、女性が上側になる。
湊「茶子さん、いつもこんなカエルみたいな格好してたんですね・・凄く恥ずかしいです」
茶子「ね?結構勇気いる格好でしょ?」
湊「はい・・・」
茶子が腰を下ろし、ゆっくり湊のモノを中に入れる。
湊「・・ふっ・・う・・・あの、茶子さん」
茶子「うん?」
湊「手繋いでくれませんか?」
茶子「こう?」
茶子は片手を握る。
湊「両手がいいです」
茶子「でも、両手だと体重がそのままかかって痛くない
?」
湊「大丈夫ですよ」
茶子「分かった」
茶子は湊の両手をぎゅっと握る。
茶子「動くね」
茶子が何度か腰を振ると吐息と共に湊の顔に笑みが浮かぶ。
湊「はぁ・・・フフ」
茶子「?」
湊「茶子さん・・・」
甘ったるい声で名前を呼ばれて理性が飛びそうになる。
茶子「ゾク・・・湊君、ごめん、ちょっと激しくするよ」
湊「あっ・・あっ・・茶子さ、それ、気持ちいいです・・」
茶子「ここ?」
湊「は、い・・・茶子さん、僕もう・・」
茶子「いいよイッて」
湊「あっ!!・・はぁはぁ・・」
茶子「入ったままなのにずっと硬いね」
湊「はい・・今日はとくにやばいです」
茶子「腰振るの結構体力いるね・・・湊君を尊敬するよ」
湊「今度は僕がしますよ」
茶子「え、わわ!!」
騎乗位に体位を変えると湊は腰を突き上げた。
茶子「あ!?ちょっ、待ってこれやばいかも・・」
湊「はっ・・・すみません、一回イかせて下さい」
茶子「ふぁっ!!」
湊「くぅ・・・はぁはぁ、茶子さん」
茶子「え?ちょっと、今度は何を・・・」
湊は布団から出て立つと茶子の体を抱き抱え、その体制のままモノを入れた。
茶子「ひぁっ!?あ、あ・・・なにこれぇ・・・」
湊「抱き合いながらできるのいいですね、落ちないようにしっかり捕まってて下さいね?」
茶子「う、ん」
湊君凄い・・もう30分近くこの体制でしてるのに全然ヘーキそう・・。
湊「あ、やばっ・・・!!」
茶子「あぁっ!!・・・」(くたっ)
湊「わ!?茶子さん、大丈夫ですか?すみません、飛ばし過ぎてしまいましたね・・」
茶子「だいじょうぶ・・・」
湊「大丈夫じゃないじゃないですか、すぐ布団に行きましょう」
茶子「ごめんね・・今日は私が湊君を気持ち良くさせたかったんだけど・・・」
湊「何言ってるんですか、充分気持ち良かったですよ?それにそんな風に思ってくれる茶子さんの気持ちが何より嬉しいです」
茶子「良かった・・湊君、いつもいっぱい気持ち良くしてくれてありがとね」
湊「・・・」
茶子「!?え、湊君なんかまた大きくなってるんだけど?」
湊「すみません・・・茶子さんがあまりにも可愛い事言うんで反応してしまいました・・」
茶子「もう一回する?」
湊「え、でも、茶子さんもう疲れてますよね?」
茶子「うん、でも、あと一回、頑張らせて?」
湊「キュン・・分かりました、じゃあ負担にならないように正常位でしましょう、そのまま寝ちゃってもいいですからね?」
茶子「うん」
なんだかんだ、4回戦した二人なのでした。
第十四話 死ぬまで一生
夜。
隣で眠っている茶子さんを見つめる。
茶子さんと付き合い始めてから一年。
茶子さんは僕がどんなに愛情をぶつけても受け入れてくれた。
毎日毎日、僕が好きですと伝えるたびに私も大好きだよと毎回ちゃんと目を見て返してくれる。
茶子さんは僕のことを決して雑に扱わない人だ。
僕が不安で眠れない日は抱き締めてくれる。
僕が落ち込んでると大丈夫だよと頭を撫でてくれる。
茶子さんは優しい。
でも、茶子さんが優しいのは僕にだけじゃない。
家族や友人やバイト仲間に対しても優しい。
本当は僕だけに優しくして欲しい。
僕以外に優しくしないで欲しい。
その笑顔を独り占めしたい。
僕だけのものにしたい。
ずっとそばにいて欲しい。
どこにも行かないで欲しい。
こんなにそばにいるのに・・・。
毎日ではないけど、いつか茶子さんも僕から離れていくんじゃないかって不安になる日がある。
お願い茶子さん、どこにも行かないで・・・お願い。
ぐちゃぐちゃな感情を抱えたまま目を閉じてなんとか眠りにつく。
ここはどこなんだろう。
真っ暗で何も見えない・・・。なんだか息も上手くできない。
暗い。怖い。苦しい。茶子さん、どこにいるの?
助けて・・・。
ねぇ、茶子さん・・・。
茶子「湊君」
あれ、茶子さんの声が遠くから聞こえる・・・。
明け方。
茶子「湊君、湊君」
茶子は夢にうなされている湊に声をかけた。
湊「う・・・ちゃこさん・・?」
茶子「大丈夫?うなされてたみたいだけど・・・」
僕が目を覚ますと茶子さんは心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。
茶子さんがかけてくれる言葉はいつも優しい。
湊「はい、すみません、大丈夫です、ちょっと怖い夢を見ただけなので」
茶子「そっか・・・」
本当は大丈夫じゃないけどこれ以上、茶子さんに負担をかけたくない。
茶子さんの幸せを僕が壊すのは絶対に嫌だ。
例え僕の願いが全部叶ったとしても、茶子さんが幸せじゃなかったら嫌だ。
ごめんなさい。こんな僕でごめんなさい。
茶子は湊の頭を撫でた。
湊「茶子、さん・・?」
茶子「大丈夫、私はここにいるから」
僕の不安を見透かしたかのように茶子さんは僕に声をかけてくれた。
夕方。
湊「あれ、今日はステーキですか?」
茶子「うん」
湊「今日って何か特別なことありましたっけ?」
茶子「んー?なーんとなくお肉食べたくなっちゃって」
茶子さんは嘘が下手だ。
だけど茶子さんは僕が傷付くような嘘は言わない。
今日、茶子さんがステーキを焼いているのは、昼間僕が落ち込んでいたからだ。
湊「頂きます、ぱくっ、ん、美味しいです!」
茶子「ふふ、元気出た?」
湊「はい!」
ほらね?
食後。
湊「茶子さんって僕が毎日好きって言っても、面倒くさがらずに毎回ちゃんと返してくれますよね」
茶子「うん、だって好きって挨拶と一緒だと思ってるから」
湊「挨拶?」
茶子「あ、好きを軽く見てるとかじゃなくてね?
おはよう、おやすみなさいって何気なく使ってるけど大切なコミュニケーションでしょう?
だから、好きって伝えるのも恋人の間では大切なコミュニケーション、
おはようやおやすみを面倒くさいから言わないとはならないのと同じだよ」
湊「あ、確かにそうですね」
そっか、じゃあ茶子さんは面倒くさいってならない人なんだ・・・。
湊の中で肩の荷が降りたような気がした。
茶子「これはうまい例えかは分からないんだけど、
歯磨きってさ、毎日しなかったら虫歯になったり歯周病になったりするでしょ?」
湊「はい、それはもちろんです」
茶子「どんなに歯が強い人でも、ずっと放っておいたら虫歯になるし、特に歯の弱い人だったらなおさら虫歯になりやすい、
仮にならなかったとしても面倒くさいから月に一度でいいやっていう風にはならない、
好きって気持ちもそれと同じでおそろかにしてたら心が虫歯になっちゃうんじゃないかな?」
湊「茶子さんは凄いですね、なかなかそんな考え方できないですよ」
茶子「私はちょっと特殊だからね」
湊「でも僕、そういう茶子さんだから好きになったんですよ?」
茶子「ありがとう、でも、それは湊君も同じだよ?」
湊「え?僕も?」
茶子「湊君がサラリーマンだったらきっと出会ってなかった、湊君が心の傷を持たない人だったらきっと私は共感できなかった、
湊君が湊君だからこそ好きになったんだと思う」
湊「う・・茶子さぁん!!」
湊は茶子に言われた言葉がよほど嬉しかったのか勢いよく抱き付いた。加減はしてくれているけど。
茶子「うぐっ・・・ちょっとちょっと、湊君重いよ」
湊「あ、すみません、つい」
茶子「よしよし」
湊「えへへ!」
茶子が湊の頭を撫でると湊は幸せそうに笑った。
この日を境に、湊が不安に思う回数は少しずつ減っていった。
茶子さん、僕が前に茶子さんにこんな僕でごめんなさいって謝った時・・・。
湊「茶子さん、こんな僕でごめんなさい」
茶子「湊君、"こんな僕だから"私たちは今一緒にいられてるんだよ、湊君は私と出会ったこと後悔してる?」
湊「それは絶対にないです!!」
茶子「ありがとう、それを聞いて安心したよ、
湊君は湊君らしく、それでいいんだよ」
湊「茶子さん・・・僕は過去、何度も死のうと思ってましたけど、今は生きてて良かったと心から思います」
茶子「湊君、死にたいほど辛かったのに今まで生きててくれてありがとう、
湊君と一緒にいられて私、とっても幸せだよ」
湊「う・・うっ・・ありがとうございます、茶子さんはこんな僕と一緒にいて幸せだと感じてくれているんですね」
茶子「そうだよ」
そう言って茶子さんは泣いている僕の頭を撫でてくれた。
こんな僕でも、大切な人を幸せにできていた。大切な人の笑顔を守れていた。
嬉しかった。
今のままでいいんだよって認めてもらえたことが。
茶子さんの幸せの理由になれたことが。
それから僕は"こんな僕で"と言わなくなった。
だって"それ"を言ったら、僕を好きだと言ってくれた茶子さんまで否定することになってしまうから。
茶子さんの気持ちを否定するのだけは嫌だったから。
茶子さん、僕はあなたが好きです。
5年前からずっと。
そしてこれからもずっと。死ぬまで一生。
番外編 湊君の誕生日
茶子「湊君!ハッピーバースデー!!」
湊「え、ガトーショコラ僕の為に焼いてくれたんですか!?」
茶子「うん!」
湊「天使が、目の前に天使がいます・・・」
茶子「もう何言ってるの」←照れてる
湊「ありがとうございます・・僕もう思い残すことないです」
茶子「いや、生きて?」
湊「ただの表現ですよ」
茶子「湊君が言うと洒落にならないのよ」
湊「大丈夫ですよ、僕が死ぬのは茶子さんが死んだ時なので、
では、ありがたく頂きます!!ぱくっ、美味しい・・・幸せだ・・」
今サラッと笑顔で凄いこと言ったよこの子・・・。
まぁ何がもあれ。
茶子「良かった、そんなに感動してもらえるなんて嬉しいよ」
湊「茶子さんの料理は世界一です・・・」
茶子「そ、そう?ありがとう」
泣きながら食べてる・・・。
番外編 茶子さんの誕生日
湊「茶子さん、誕生日おめでとうございます!」
茶子「ありがとう!」
湊「僕からプレゼントがあるんです、受け取ってくれますか?」
茶子「え、いいの?ありがとう!開けていい?」
湊「もちろんです」
茶子「わ、エプロンだ!チェック柄とドーナツ柄が一緒になってるやつだ可愛い〜!」
湊「茶子さん料理よくするから家で使ってるやつが汚れてきて買い替えたいって言ってたのでエプロンにしました、茶子さんは物を増やしたくないみたいだったので実用的なものにしてみました」
茶子「ありがとう!!形は前のやつと似てるね」
湊「はい、そこはシンプルな方が使いやすいかなと思って似た形状のものを選びました」
茶子「湊君ありがとう!!」
湊「喜んでもらえて良かったです」
茶子「めちゃ嬉しい!、この歳になると誕生日って歳取るだけの日だから嫌だなーと思ってたけど、湊君がいると楽しい日に大変身だよ」
湊「茶子さん」
茶子「うん?」
湊「僕はあなたに出会えて本当に良かった、あなたがいるから毎日楽しくて幸せで、
あなたがいなかったら僕はずっと暗い気持ちのままでした、
僕の誕生日に、あなたは生まれてきてくれてありがとうと言ってくれました、
僕はそれが本当に嬉しかった、
だから、今度は僕があなたに言う番です、
茶子さん、生まれてきてくれてありがとうございます、そして僕を選んでくれてありがとうございます」
茶子「湊君・・・」
湊「茶子さん、泣いてるんですか?」
茶子「う、だって・・・嬉しくて涙が勝手に・・こんな幸せな誕生日初めてだよ」
湊「茶子さん・・・すみません、泣かせるつもりはなかったんですけど・・」
茶子「これは嬉し涙だからいーの」
湊は茶子を抱き締める。
湊「泣かせたの僕なんで責任持って抱き締めさせて下さいね」
茶子「うん」
第十五話 新しい日々
2年後。芸術の秋。フランスへ遊びに行くことになった二人。
ジョージ「湊、どうだ?」
ジョージにこっちで絵を描く仕事をしてみないかと言われた。
ジョージの知り合いの作家さんがぜひ湊にやって欲しいとオファーをしてきたのだ。
茶子「凄いじゃない湊君!」
湊「は、はい・・・」
ジョージ「返事はすぐにじゃなくていいと言っていた、
一年考える猶予がある、
だから、それまで考えてみてくれないか?」
湊「うん、分かったよ」
日本に帰って来た二人はジョージの話について話し合った。
茶子「オファーされるなんてやっぱり湊君は凄いなぁ」
湊「僕、やらないです」
湊はそう言うと俯いてしまう。
茶子「湊君?」
湊「そりゃあ、これ以上ないくらいの話ですよ?
フランスで絵のオファーを受けるなんて・・・
でも、フランスに行ってしまったらまた茶子さんに会えなくなる、
僕は、僕はもう二度と茶子さんと離れたくない絶対に!
例え夢の為でも嫌だ!」
湊は叫び出しそうになるのを耐えているようにも見えた。
やらないと決めただけならこんなに動揺はしないだろう。
湊からやりたいという意思があるように茶子には見えた。
その姿を見て茶子の意思が固まる。
茶子「湊君、だったら一緒に行こうフランスへ」
湊「え・・・?」
茶子「今は私、湊君の彼女なんだしついて行く権利あるはずだよね?」
湊「茶子さん・・・でも、本当にいいんですか?旅行じゃないんですよ?住むんですよ?
僕の為に無理して言ってくれてるんじゃないですか?」
茶子「んー、実は言うと私ね海外に移住するのずっと憧れてて夢見てたんだよね」
茶子は人差し指で頬を掻きながらそう言った。
湊「え、そ、そうだったんですか?」
茶子「そう、だから私の心配は大丈夫だよ、
なんてったって私は湊君のことをダシにして海外移住しようって考えてる悪い奴だから」
茶子はニッとイタズラな笑みを浮かべた。
湊「茶子さん・・・分かりました、茶子さんがそこまで言ってくれるなら」
数日後、湊がジョージに返事をしようと電話をしたら、なんとジョージの仕事の関係で1か月後に日本に来る事になった。
2週間ほど滞在するそうで、空き時間に日本の案内係を頼まれた。
日本に来た時に返事は聞くよと言われたのだ。
1か月後、予定通りジョージが日本に遊びに来た。
日本を案内した後、アパートに招き、茶子はジョージに紅茶とドーナツを提供した。
ジョージはドーナツが大好きらしい。
ジョージは紅茶を飲むと皿に出された茶子のドーナツを
食べた。
ジョージ「!!」
一口食べた瞬間、目を見開きジョージの手が止まる。
茶子「すみません、口に合いませんでしたか?」
茶子が心配そうにジョージに声をかける。
ジョージ「美味すぎる!!この優しい甘さ、控えめな油の染み具合、生地のふわふわ感、これこそ僕が求めていたドーナツだ!」
茶子「あ、ありがとうございます・・・そんな気に入ってもらえるなんて・・・」
ジョージ「これはぜひともフランスに行っても食べたい、茶子、フランスでドーナツ屋をやらないかい?」
湊「ちょっとジョージ?茶子さんにまでなにを・・・」
茶子「え、いやいや、私のドーナツじゃフランスでやるレベルでは・・・」
茶子は手をブンブンと横に振った。
ジョージ「いや、断言してもいい、茶子のドーナツは売れるよ、ドーナツの美味さ、そして君の人柄、経営者の僕が言うんだから間違いないよ」
茶子「ジョージさんって経営者だったんですね!」
ジョージ「うん、洋菓子店のね、絵は趣味で描きながらって感じかな」
茶子「そうだったんですね」
ジョージ「それで湊は決まったのかい?」
湊「うん、行くよフランス」
ジョージ「おーそうか!正直フラれると思ってたからそれは嬉しいな」
茶子「そうなんですか?」
ジョージ「うん、湊は茶子と相当離れたくない様子だったから」
ジョージはニヤニヤしながら湊の方を見た。
湊「ちょっとジョージ!茶子さんの前でバラさないでよ」
茶子「ふふ」
茶子は嬉しそうに笑う。
ジョージ「まぁいいじゃないか、それでも湊は来るんだろ?」
湊「うん、茶子さんも一緒にね」
茶子「はい、私、湊君についていきます」
ジョージ「そうか、愛の力は偉大だな」
ジョージはカラッと晴れた日の太陽のごとくニカッと笑った。
茶子「え///」
ジョージ「だったら遠慮はいらないよな、さっきのドーナツの話、本気だよ、やってみないか?
もちろん、言い出したのは俺だ、しっかりとサポートはさせてもらうよ
」
茶子「やってみます、とゆうかむしろ、フランスに行ったら仕事どうしようか考えてたので提案してくれてラッキーでした」
ジョージ「おー!そうか、なら二人とも次に会う時はフランスだな」
湊「ジョージ、まだ猶予があるって言ってたよね?」
ジョージ「ああ」
湊「だったらその間、リモートで英語の勉強を教えてくれない?
ジョージは日本語が話せるから困らなかったけど、今後はずっとジョージにくっ付いてる訳にもいかないしさ、
1年間は絵から離れてバイトと英語の勉強に集中しようと思う」
ジョージ「なるほど、分かった、なら俺もそうしよう、1年は絵を描くのを辞めて湊の英語の先生になるよ」
湊「え、いいの?」
ジョージ「もちろんだ」
茶子「あの、私も参加していいですか?英語全然できなくて」
ジョージ「もちろんだよ、三人でやってみよう」
茶子「ありがとうございます」
こうして二人は1年間お金を貯め、英語の勉強をすることになった。
そして1年後の秋。
湊は母親に会いに行った。家の近くに行き、母親が買い物に出かける直前で声をかける。
湊「母さん」
湊の母親「湊・・・」
湊の母親は過去を悔んでいる、そんな暗い顔をしていた。
湊「僕、フランスへ行くことにしたよ、だから今日は別れを言いに来たんだ」
母親「え!!・・・そう・・一人で行くの?」
湊「ううん、彼女と」
母親「その人は大丈夫な人なのね」
湊「うん、僕のこと凄く大切にしてくれる人だから安心して」
母親「そう・・湊、ごめんなさい、母さんは父さんが怖くてあなたを守ってあげられなかった、本当にごめんなさい・・・」
湊「分かってるよ、あの人はその後も母さんには手を上げてない?」
母親「ええ」
湊「そう、それを聞いて安心したよ」
母親「湊、あなたは優しい子ね、恨まれてもおかしくないこんな私なんかの心配をしてくれて・・・私にこんなことを言う資格はないけれど、あなたの無事を祈っているわ」
湊「うん、ありがとう」
母親「湊」
湊「なに?」
母親「言いに来てくれて嬉しかったわ、ありがとう」
湊「うん」
母親「行ってらっしゃい」
湊「行って来ます」
湊は母親にだけ会いに行き、別れを伝えた。
湊が背を向けて歩き出すと母親は涙を流しながらその姿が見えなくなるまで見送り続けた。
風が後ろから吹き、母親の髪がなびく。
母親は祈るように手を胸の前で重ねた。
母親「湊は前に進んだのね・・・私も前に進まなきゃいけない時が来たってことなのかもしれないわね」
誰にも聞こえないほど小さな声で母親はそう呟いた。
茶子は友人達に会いに行った。
美希「そっか・・ついに茶子、フランスに行っちゃうんだね・・・」
茶子「うん」
美希「寂しくなるなぁ・・・でも!メールとか電話はしてよね!落ち着いたらでいいからさ」
茶子「うん」
美希「茶子ぉー!!」
美希はわっと泣きながら茶子に抱き付いた。
茶子「あー!私も寂しいよぉ!!」
美希「見送り行けなくてごめんね、元気でね!!」
茶子「ううん、いいんだよ、その気持ちだけもらっとく、ありがとう」
美希「行ってらっしゃい茶子!」
茶子「行って来ます」
飯田「うわぁついに茶子ちゃんフランスに行っちゃうのかぁ!なんかまだ実感湧かないや!」
橋本「私もだよー!茶子ちゃんだけでも日本に残ってよー!」
滝「そりゃあ無理だろ、茶子は彼氏に夢中だからな」
森「そうそう、フランスまで付いてくくらい大好きなんだもんな」
茶子「えへへ、そうなんだよ」
滝「ったくデレデレしちゃってさー」
森「元気でやれよ!」
茶子「ありがとう」
飯田「たまにはこっちに遊びに来なよー?」
橋本「その時はまた皆んなで集まって遊ぼうよ!」
茶子「うん!皆んなありがとう!!」
飯田「見送りできないのが残念だよ」
橋本「まさか四人とも外せない用事があるなんてね」
滝「まぁ、こうして集まれたからよしとしようぜ」
森「だな!」
飯田「茶子ちゃん、行ってらっしゃい!!」
橋本「行ってらっしゃい!」
滝「行ってらっしゃい!」
森「行ってらっしゃい!」
茶子「皆んな、行って来ます!」
さよならは言わない。また会う日まで。
妹は当日、見送りに来てくれた。
みみ「雨、上がって良かったね!!」
茶子「うん、もうすっかり青空だね」
みみ「お姉ちゃん本当に行っちゃうんだなぁ・・・」
茶子「みみ、元気でね」
みみ「帰って来た時は顔くらい出してよね!」
茶子「うん、もちろんだよ」
みみ「茶子の彼氏君、お姉ちゃんのことよろしくね、こんなだけど一応私のお姉ちゃんだからさー」
湊「はい」
茶子「ちょっとちょっと、こんなって何よ〜」
みみ「言葉通りの意味だよ〜だ」
茶子「もういくつになっても生意気なんだからー」
湊は二人のやり取りを微笑ましそうに見ている。
湊「あ、茶子さん、そろそろ飛行機の時間ですよ」
茶子「そっか、もうそんな時間か!」
みみ「じゃあお姉ちゃん、彼氏君、またね!行ってらっしゃい!」
茶子「みみ、見送りありがとね!旦那さんによろしく!行って来ます!」
湊「行って来ます」
みみは空港から出ると空を見上げた。
みみ「あ!虹だ!!」
雲の上には虹がかかっており、そのちょうど真ん中に向かって飛行機が飛んでいく。
青空も真っ白な雲も七色に光る虹も、そのどれもが二人の旅立ちを祝福しているかのようだ。
太陽の光が眩しくてみみは思わず手をかざす。
その瞬間、綺麗な虹のアーチを飛行機がくぐり抜けていった。
二人は無事にフランスへ移住した。
初めての海外移住ということもあり、二人に不安はあったけれど、
ジョージが何かと二人のフォローをしてくれている為、大きな問題もなく生活をスタートできた。
前々から湊にお願いされていたこともあり、茶子は二人でドーナツ屋を経営することになった。
湊は描いた絵を売りながらドーナツ屋の手伝いをし、
茶子はドーナツ屋を経営しつつ湊の夢のサポートをしながら生活している。
茶子「湊君、これから大変なこととか辛いことも沢山あると思うけどよろしくね!」
湊「はい!こちらこそよろしくお願いします!
僕は茶子さんがいれば百人力なので何があっても大丈夫です!」
茶子「ふふ、ありがとう」
湊「今の本気ですからね?本当の本当ですからね!」
必死になっている湊君が可愛いくて仕方がない。
ニヤケそうになるのをなんとか堪える。
茶子「うん、湊君のこと頼りにしてるからね」
湊「はい!」
こうして二人の新しい日々が始まった。
番外編 早川家と土田家
湊がフランスに旅立ってから2週間。
颯斗「ん?あそこのベンチに座ってんのって・・・」
颯斗が街を歩いていると、公園のベンチに座っている一人の女性が目に止まった。
見覚えがある女性だ。
何かの紙を見ている。だが、その表情は暗かった。
颯斗「あの、どうかしたんですか?」
湊の母「え・・・あ、湊のお友達の・・」
颯斗「はやとで・・・」
颯斗は元気よく自分の名前を言おうとしたが、湊の母親の手に持っている紙を見て思わず止まってしまった。
湊の母「あ、ごめんなさい、こんなもの見せてしまって・・・」
湊の母親は慌てて紙を鞄に仕舞う。
颯斗「・・・離婚するんですか」
颯斗はそう言いながら湊の母の横にストンっと座った。
湊の母は首を横に振る。
湊の母「まだ、あの人と話し合いができていないの」
颯斗「そうなんですか」
湊の母「別れを切り出したら、あの人、たぶん私のことも殴ってくると思うわ」
颯斗「・・・それでも、その紙を持ってるってことはそれも覚悟の上でこれから言うつもりなんですよね?」
湊の母「ええ・・今更遅いのは分かっているわ、あの子が殴られているのをただ黙って見ないフリしか出来なかったのだから、でも、それでも私はあの子が成長した姿を見て、このままじゃダメだって、私も変わらなきゃって思ったの」
湊の母親は膝に置かれていた自分の両手を握りぎゅっと力を入れた。
俺は正直、湊の母親が苦手だ。
湊が言っていた通りの人だった。
自分の意見を言わず、ただただ父親の言うことに従う。
湊が殴られてても見て見ぬフリ。
今更なんなんだよって思った。
でも、それは俺も同じだ。
湊は隠そうとしてたけど、湊が父親から暴力を振るわれてることを俺は薄々勘づいてはいた。
でも何も言わなかった。見ないようにして事実から目を逸らして何もしなかった。
だけど、この人が前に進もうとしてるなら俺も前に進みたい。そう思った。
颯斗「湊君のお母さん、それいつ言うつもりなんですか?」
湊の母「え、そうね、今日はあの人いないから、明日の夜になるかしら」
湊の母親の両手は握られたまま震えていた。
言ったら殴られる、その恐怖と戦っているように見えた。
颯斗「それ、あと1週間だけ待ってもらえませんか?」
颯斗は真面目なトーンでそう言った。
湊の母「え?それはどういう・・・」
颯斗「あと、電話番号教えて下さい」
颯斗はリュックから携帯を取り出した。
湊の母「それは構わないけれど、話の意図が見えないわ、あなた一体何をするつもりなの?」
颯斗「俺に良いアイデアがあるんです」
土田家。
俺はその日の夜、産まれて初めて親父に土下座をした。
颯斗の親父は突然の出来事に一瞬目を見開くも、すぐに平常心に変わる。
颯斗の父「おい、一体何の真似だ?男が軽々しく頭を下げるもんじゃない」
颯斗「親父!頼む!力を貸してくれ!!」
父「・・・」
颯斗の気迫に父は事の重大さを感じ取る。
しかし、颯斗の父親は颯斗が土下座をする前から何か重大なことを言うと分かっていた。
「親父」、息子にそう呼ばれた時点で。
俺は正直言って親父が苦手だ。
嫌い、ではなく苦手。
親父はクソが付くほど真面目で頑固で厳しい人だ。
俺はそんな親父とは正反対で、遊び第一主義だ。
勉強しなさい、夜遊びは辞めなさい、仕事は真面目にやりなさい。
でも、親父は俺が何かやらかしても暴力を振るうことは決してなかった。
昭和の頑固親父の塊みたいな親父のことだからてっきり悪さをしたらぶん殴られるのでは?と内心では思っていた。
でも親父は暴力もそうなのだけど怒ったり注意したりする時も声を荒げることなく静かに言うのだ。
それが余計に怖い。
浮気しない。風俗も一度も行ったことがない、タバコも吸わない。酒も飲まない。
ついでに友達もほとんどいないから遊びにも行かずに家に真っ直ぐに帰ってくる。
家にずっといられるとこっちはたまったもんじゃない。
母さんは親父が家にいると安心すると言っていたけど、反抗期真っ只中ということもあり、俺にはその気持ちが理解できなかった。
我が親父ながらつまらない男だ。こんな風になってたまるか。
これはちょっと皮肉。というか俺の私情が少々、いやかなり混じっている。
母親が死んだ後、親父のクソ真面目は加速した。
でも、いざという時は頼りになることも知っている。
しかも、柔道をやっててめちゃ強い。
並の相手じゃ太刀打ちできないそうだ。
髪は短髪で顔も整ってて無駄がない。
何だよ、めちゃくちゃかっこいいじゃんそれ。
母さんも、親父のとなりにいていつも幸せそうに笑ってた。
親父はニコニコするタイプでもなければ話を膨らませようとするタイプでもない。
でも、母さんはいつだって笑ってた。
親父は母さんの笑顔をちゃんと守ってた。
母さんが具合悪い時は親父が代わりに家事をやっていたし、母さんが帰りが遅くなる用事がある時は迎えに行ってた。
警察官の仕事で忙しいにも関わらずだ。
俺はそんな父親を尊敬していた。
颯斗「湊の、湊の母親を助けてくれ!!」
颯斗の父はため息をつくと、声を荒げることもなく穏やかに言った。
父「はぁ・・分かったから一旦落ち着きなさい、話を聞こう」
颯斗「ありがとう!!」
5分後。
父「ほぅ、なるほど、湊君のお母さんが離婚を」
父親はコーヒーを飲みながら話を切り出した。
颯斗「そうなんだ、かなり暴力的な父親らしくてさ、湊も随分酷い目に合ってたんだ、俺は薄々気付いてはいたけど、深く追求しなかったんだ・・・俺、最低だよな」
父「お前はまだ子どもだ、それに人様の家の事情だ、仕方のないことだろう」
親父は見て見ぬフリをしていた俺を怒らなかった。
そればかりか、自責の念に駆られている俺をフォローしてくれた。
颯斗「でも、湊の母親が変わろうとしてるのを見て、俺も変わりたいって思ったんだ、
力になりたいって、頼れるのは警察官である親父だけなんだよ、だから・・頼むよ」
父「分かった」
颯斗「え」
断られると思っていた為、あまりにもあっさりと承諾され、俺は一瞬キョトンとしてしまう。
父「力になろう、別れの切り出しを1週間待ってもらったのは正解だった、よくやった」
父親に褒められたのが嬉しかった颯斗は父親に思い切り抱き付いた。
颯斗「親父ー!!」
父「うぐっ・・おい、抱き付くんじゃない」
颯斗「ありがとう親父!大好き!!」
父「分かったから離れなさい」(息子に大好きと言われ、恥ずかしさ半分、嬉しさ半分)
1週間後。夕方。
早川家。
湊の母「あなた、話があるの」
湊の父「何だ?」
湊の母「とりあえず座ってくれないかしら?」
湊の父「あ、ああ」
湊の父親が椅子に座ると、湊の母親は机の上に離婚届けを出した。
湊の父「な・・・」
湊の母「私と離婚して下さい」
ガタンッ!!
湊の父親は離婚という言葉を聞くや否や勢いよく立ち上がる。
その物音に母親の体が反射的にビクリと跳ねる。
湊の父「離婚だと!?ふざけるな!誰のおかげで飯が食えてると思ってるんだ!
俺がいなくなったら生活費はどうする?お前なんか一人で生きていけない弱い人間のくせに!!」
湊の母「あなたっていつもそうやって怒鳴って相手を支配しようとするわよね」
湊の父「なん、だと?」
湊の母「湊に今まで散々罵声を浴びせて、気に入らないことがあれば殴って言うことを無理矢理聞かせて・・・最低だわ!」
声も握った拳も震えている。
自分でも信じられないくらいに声を荒げていた。
信じられないくらいに旦那に対する怒りが湧き起こっていた。
今まで押さえ込んでいたからだろう。
今まで従順だった母親が反論してきたことで一瞬、たじろぐも、湊の父親は反論を続ける。
そんなことで怯むような男ではなかった。
湊の父「あれも教育の一環だろう!言うことを聞かない奴は殴って言い聞かせるしかないんだ!」
湊の母「あの子が悪いことをしていない時だってしていたでしょう、あなたのイライラをあの子を殴ることで発散していたじゃない」
湊の父「あれはあいつが目障りなことするからだ!あいつはな、家にいるだけでイライラするんだよ!」
湊の父親が母親に掴みかかった。
湊の母「きゃあっ!!」
ガシッ。
その瞬間、湊の父親の肩を背後から掴む人がいた。
颯斗の父「そこまでだ、彼女から手を離しなさい」
湊の父「!?え、警察!?は?え?土田さんがなんでここにいるんだ!?」
そう、颯斗の父親は湊の父親が帰って来る前から部屋に隠れて待機していたのだ。
騒ぎになり始めた頃を見計らい、湊の母親が暴力を振るわれる前に止めに入る為、出てきたのだ。
颯斗の父「今の会話、全て録音させてもらったよ」
颯斗の父親は湊の父親に手に持っている録音機を見せた。
湊の父「な・・は?おい、これは一体どういうことだよ!!」
湊の母「私が離婚の話を持ち出したら、殴りかかってくるかもしれないと思っていたから助けに来てもらったのよ」
颯斗の父「ついでに、今まで息子さんに暴力を振るっていたことも自白させる為にわざと奥さんにあなたの本性が出るようにしてもらったんですよ、奥さん、こんなことを頼んですみませんでした」
湊の母「いいえ、今まで言えなかったことが言えたのでスッキリしました」
湊の父「きさまぁ!俺の金でのうのうと暮らしていた奴がこんなことをして許されると思っているのか!?」
颯斗の父「湊君のお父さん、本来、守るべきはずの家族を傷付けてきたんだ、許されないのはあんたの方だろう?」
颯斗の父親は怒り狂っている湊の父親を睨んだが、声を荒げることなく淡々と言い放った。
湊の父「ぐっ・・・」
颯斗の父親の目線と冷静な口調と正論に湊の父親は言葉をつまらせた。
掴まれた腕から、力でも勝てないと悟ったのかどうやら観念したようだ。
颯斗の父親はひとまず警察に湊の母親を保護させ、湊の父親には離婚届けを書くように指示をした。
さすがの湊の父親も警察官の命令には逆らえなかったようで、大人しく離婚届けを書いて提出した。
書き終わった後の湊の父親の背中は丸く、うなだれていた。
こうして親父の協力もあり早川夫婦は無事に離婚することができた。
土田家。
全てのかたがついた後、親父が家に帰って来た。
帰って来てすぐに俺は親父に頭を下げた。
颯斗「親父ありがとう!ほんっとに助かった!!」
父「ああ、分かったから頭を上げなさい」
颯斗はその言葉を聞いて頭を上げる。
悔しいけど、やっぱ親父はいざという時頼りになるんだよなぁ・・・。
父「ところで」
颯斗「ん?」
父「ご飯は食べたのか?食べた形跡はないようだが」
父親はチラッとキッチンを見る。
颯斗「え、ぐぅ・・・あ!忘れてた!!湊の母親のことが気がかりだったから・・・うわ、つーかもう夜の9時だったのか!どうりで腹が減ってる訳だよ」
颯斗は時計を見ると急に腹を空かしたらしくぐぅっとお腹を鳴らした。
父「それならこの後、久しぶりに飯でも食べに行くか」
颯斗「え」
父「嫌なら無理にとは言わんが」
突然、親父に食事に誘われて一瞬構えてしまった。
いつぶりだろう。母さんが亡くなってから初めてじゃないか?
普段は親父の帰りが遅いから一緒に食べることはなかった。
一人だと食べるのはやっぱりカップラーメンとかレトルトカレーばかりになる。
そんな調子だから、空の容器を見た親父にはよく野菜を食べなさい、魚を食べなさい、肉を食べなさい、と言われた。
親父も外で済ませてくることが多かった。
颯斗「行く行く!行きます!」
父「何が食べたい?」
颯斗「え?うーん、焼き肉?」
父「分かった」
颯斗「え、いいの?焼き肉で、高いよ?」
父「いい、お前が食べたいものを食べなさい」
颯斗「やったー!!」
滅多に食べれない焼き肉に颯斗はぴょんぴょんと跳ねている。
その様子を呆れながら父は見ていた。
颯斗は気付いていないが、その口角は僅かに上がっていた。
焼き肉屋。
父「それで颯斗、彼女とは最近どうなんだ?」
ウーロン茶が二つ到着し、俺が飲み始めるや否や父親からの第一声が飛んできた。
颯斗「ぶふっ」
俺は思わず、ウーロン茶を吹いてしまった。
いつも無言のまま食事をする人なのに、今日はやけに話したがるな、そう感じていた。
颯斗「え!?な、なんで親父、俺に彼女がいること知ってんの?今まで一度も話したことなかったよな?」
父「半年前の夏祭りの日だったか、彼女ができたであろう時期に帰って来た時だ、
妙にただいまの言い方が明るかったからな、
ああ、彼女ができたんだと思ってな」
颯斗「あ、ちょうど付き合い始めた頃だ・・・俺ってそんな分かりやすかったのか・・」
ていうか、親父と会話なんてほとんどしてこなかったし、「ただいま」「おかえり」くらいしかやり取りしてなかったのに。
たった4文字でバレるって!どんだけだよ!
なんか改めて昔のことを推理されるとめちゃくちゃ恥ずかしいんですけど!?
でも、俺のこと、ちゃんと気にかけてくれてたんだな。
なんか嬉しいかも。
父「相手のお嬢さんを泣かすようなことするんじゃないぞ」
恋愛の話だというのに親父の口調は相変わらず硬い。
仕事じゃないんだからこういう時くらいもっとこう普通に話してニコニコーっとすりゃいいのに。
いや、この人の場合、これが普通であり通常運転なのか。
颯斗「しないよ!てか、俺の方がよっぽど彼女に頭が上がらないというかなんというか・・・」
父「なんだ、尻に敷かれてるのか」
颯斗「う・・そうなのかも、情け無いだろ?笑ったっていいんだぜ」
父「いや、それくらいの方が人間みがあっていいんじゃないか?」
颯斗「ぐ・・急に大人な余裕見せてくんじゃん・・・」
父「まぁ、お前の倍以上生きてるからな、ちなみに、お前がエロ本を隠しているのも知っている」
颯斗「え!?な、なんでそんなことまで!?ま、まさか部屋に勝手に入ったのか!?」
親父の口からエロ本という単語が出てくるのにも驚いたが、それ以上に俺が隠し持っていることを知ってるのに驚いた。
父「入るわけないだろう、あの部屋はお前のものなのだから、プライベートな空間は必要だ」
颯斗「え?じゃあ何で・・・」
父「キッチンのゴミ箱の横にレシートが落ちていたんだ、ゴミ箱の中に入っていたなら見ることはなかったが、落ちていた紙を拾った時に不意に見えてしまったんだ」
颯斗「あ・・・そういえば、キッチンのゴミ箱に捨てたことあったっけ」
あの時は早くエロ本が見たくてキッチンにあるゴミ箱の場所も確認せず適当に投げたっけ。
迂闊だった。まさか親父に見られていたとは・・・俺の癖が親父に知られたことを知り、急に恥ずかしくなる。
父「やれやれ、お前は相変わらず詰めが甘いな」
颯斗「な、そういう親父だってエロ本のひとつやふたつ持ってるんじゃないのか?本じゃなくても動画とかさー」
颯斗は得意げな顔をする。
親父だって男だ。浮気をしなくても風俗に行かなくてもエロ本やエロ動画の一つや二つ見てるに決まってる。
父親は嘘が付けないタイプだ。返答次第ですぐに分かるはず。
父「いや、持っているのは仕事で使う資料だけだ、動画も見たことがない、というか機械に疎いから見方も知らん」
颯斗「まじか・・・」
そ、そうだった。親父は極度の機械音痴なんだった。
すっかり忘れていた。
親父は照れたり嘘をつく時、言葉を発する時に間が空く、そして耳が赤くなる。
唯一、母さんに教わった父親の弱点だ。
母さんは得意気に人差し指を立てて「ふふ、父さんには内緒よ」と親父がいない時に俺にこっそり教えてくれた。
絶対教えてやるもんか。
間が空いていない、赤くなっていないということは本当のことだ。
颯斗「興味もないのか?」
父「・・・ない」
間が空く。耳が赤い。
颯斗「あるんじゃん」
父「ないと言っているだろう、ほら、肉が焦げそうだぞ」
颯斗「おっとっと、食べ時だ!ぱくっ、うまー!!焼き肉最高ー!」
父「なんだ、焼き肉も行けないほど金がないのか?」
颯斗「え、いや、そんなことは・・あるけど・・」
ヤバい、フラフラしてないでちゃんと仕事しろって言われる。彼女のこともあるしな。
父「食べたい時は言いなさい、焼き肉くらいいつでも連れていくから」
颯斗「え・・あ、ありがとうございます?」
父「何で敬語なんだ?」
颯斗「いや、何となく・・・」
父「そうか」
父親はフッと口角を上げた。
あれ、親父って笑ったりするんだ。
いや、俺が覚えていないだけであったのかもしれない。
母さんの前でだって二人きりの時はきっと笑う時もあったはずだ。
そりゃあ親父だって人間だもんな。ロボットじゃないんだから当たり前だよな。
なんかホッとしたよ。
颯斗「なぁ、親父」
父「なんだ?」
颯斗「親父は歳上の彼女ってどう思う?」
父「颯斗、お前歳上の女性と付き合っているのか?」
颯斗「いやいや、俺の彼女は一個下だから歳下だよ、友達の彼女が一回り歳上でさ、親父はどう思うんだろうなって疑問に思って」
父「お前はどう思っているんだ?」
颯斗「最初は正直、無いだろうって思ってたよ、俺、見た目とか年齢とか気にしちゃうタイプだし、
同年代で可愛い子なんていっぱいいるんだからその中から見つりゃいいのにって、
あ!でも、今はちゃんと応援してるんだぜ?
それで親父はどうなんだろうなって単純に興味本意で他意はないんだ」
父「そうだな、年齢とか見た目とか俺も大事だとは思う」
颯斗「え、意外」
父「だが、一番大事なのは相手がそばにいて笑っているかどうかだろう」
颯斗「くっそー・・・それなんかカッコいい・・・」
ムカつく、ムカつくけど親父には一生勝てる気がしねぇ・・・。
父「まぁ、俺も昔は歳上の女性と付き合ったことがあるからな、惹かれる友人の気持ちは分かるがな」
颯斗「えぇ!?親父って母さんだけじゃなかったの!?」
父「ああ、そうだが?」
颯斗「な、なんと・・勝手に母さんだけだと思ってた・・」
父「母さんとは大学生の時から付き合っていたが、高校の時に付き合った人がたまたま歳上だっただけだ」
颯斗「その人、どんな人だったの?」
父「保健の先生だ」
颯斗「えーー!?先輩とかじゃなく!?」
父「ああ、誰にも言うなよ」
颯斗「言わないよ!え、なんで別れちゃったんだよ?」
父「お互い、負い目があったんだ、教師が生徒を、生徒が教師をっていうな、
それで少しずつすれ違い始めて、
極めつけはその先生が遠くに転勤になって引っ越したこと、
それで、付き合い始めて1年で破局した」
颯斗「そんな・・お互い好きなのに・・・」
父「好きなだけではどうにもならないこともある、
だが実際は好きという気持ちも覚悟も足りなかっただけなのだろうな、
本当に好きで覚悟があれば、何があってもそばにいようとしただろうし、負い目さえも背負っていけた」
颯斗「し、シビアだ・・・」
父「相手のことが好きなら何が何でも絶対に幸せにする覚悟が大事だ、
困難はいつやってくるか分からない、
だが、反対に気持ちがないのにダラダラ付き合い続けるのは辞めた方がいい、お互いの為な、
まぁ、お前は俺の息子だからな、その辺は大丈夫だと思うが」
颯斗「え、でも俺と親父全然似てなくね?」
父「いや、意外と似ているかもしれん、女性に対してはな」
颯斗「でも、親父は母さんに尻に敷かれてはなくない?」
父「さぁな、それはお前が見ている限りでは、の話だろう?」
颯斗「なぁ、親父は母さんとどうやって知り合ったんだ?」
父「ん?ああ、俺は大学生の時、とんかつ屋でバイトをしていてな、その時のお客さんだ」
颯斗「へぇ!で?どっちから声かけたの?」
父「俺だ」
颯斗「えー!!意外!親父、声かけるようなタイプに見えないのに」
父「一目惚れだったんだよ、それで俺から猛アプローチした」
颯斗「そっかー!なんか意外な過去が知れたわ」
父「今日は少々話しすぎたな、付き合わせて悪かった」
颯斗「いやいや!親父のこと知れて良かったよ!上手い焼き肉も食えたし!」
父「そうか」
帰り道、店から家まで歩いていた。
俺は何となくとなりを歩く親父をチラッと見た。
すると、街灯に照らされて表情が見えた。
いつもなら下を向いているはずのその口角は上がっていた。
その後、湊が帰って来た後、湊に今回あった出来事を話したら泣きながらお礼を言われた。
湊が泣いてるのを俺は初めて見た。
俺は湊を思いっきり抱き締め、今まで気付いていたのに見て見ぬフリをして助けれなかったことを泣きながら謝った。
街ゆく人は俺たちのことを変なものを見るような目で見ていた。
当然だ。
大の男が二人で抱き合いながらわんわん泣いているのだから。
でも、そんなの気にならなかった。
湊は俺を責めたりはしなかった。
母さんを助けてくれてありがとうと、ただそれだけだった。
湊、お前は本当にいい奴だな・・・。まじで幸せになれよ。
湊がフランスから日本に帰って来た時には母親と会って話をしているらしい。
俺的には母親のところに泊まってゆっくり話せばいいと思ったのだが。
湊は母親のことを気にかけてはいたものの、
母親に別れを告げて来たと言っていたから、湊の中では母親と距離を置きたかったのだろう。
それに、湊の母親自身も今まで住んでいた家を売り、アパートで一人暮らしを希望していた。
彼女との時間を邪魔したくないとのことだ。
俺はそんな二人をただただ見守ることにした。
そんなこんなで問題は解決した、かのように見えた、が。
最近、親父と湊の母親が食事に出かけているのを俺は知っている。
俺の知らないところで何かが始まっている。
颯斗は自分の部屋の机に手を組んで座っていた。
親父、俺は知っている。親父が湊の母親と父親の一件の後にフォローを兼ねて話し合う為に食事に出かけると言っていた時、
親父の耳が赤くなっていることを。
いや、親父は会うことを俺に隠そうとはしていないし、
俺の母親は亡くなっているし、相手は離婚している。
何の問題もない。
仮に二人にそういう気持ちがあったとしても、結婚するとかならともかく、俺にわざわざ言うことではないだろう。
でも気になる。俺には見える。親父の周辺に花が飛んでいるのが。
親父の感情が読めるぞ。
フッ、これが超能力というやつか。
いや、そんな厨二病みたいな話はさておき・・・。
俺はモヤモヤを消すべく、湊に二人で会い、話をすることにした。
湊「あー、あの二人か」
その第一声で俺は素っ頓狂な声を出した。
湊はすでに色々と知っているようだ。
颯斗「へ!?おま、あの二人のこと知ってるのか?」
湊「だってあの二人、昔付き合ってたみたいだから」
颯斗「えぇ!?」
湊の話によると高校の時に母親が保健の先生、親父が生徒で付き合っていたらしい。
親父から聞いてはいたけど、まさか湊の母親のことだったなんて!
確かに湊の母親は親父より7つ歳上だ。
年齢を聞いた時は俺の両親より歳が上なんだなぁくらいにしか思っていなかった。
颯斗「つか、何でお前そんなこと知ってんだよ・・・」
湊「昔のアルバムに載ってたんだよ、小学校の頃にたまたま見つけちゃって、
母さんと颯斗のお父さんが仲良く映ってる写真をさ、
母さんが保健の先生やってるのは知ってたし、映ってる写真の颯斗のお父さん学生服着てたし」
颯斗「え、けど湊の母親、転勤したって・・・」
湊「よく知ってるね、誰に聞いたの?」
颯斗「え、えーと、親父から・・・」
湊「そうなの」
颯斗「あ!俺から聞いたって言わないでくれよ?誰にも言うなって言われてるんだ、バレたらめちゃ怒られる!」
湊「大丈夫、言わないよ、あー、それで転勤の話だけど、一度は転勤したらしいんだけど、また戻ってきたんだって」
颯斗「マジかよぉ!!てことはあの二人、やっぱり問題解決の為に会ってただけじゃなかったのか・・・いや、分かってはいたけど!」
湊「まぁ、いいんじゃない?お互い今はフリーなんだから」
あっけらかんと言い放つ湊。
颯斗「おま、あっさりしてんなぁ・・・俺は受け入れるのに時間がかかりそうだよ」
湊「だって物事が起こるたびにそんな深く考えてたらこの先やってけないし」
颯斗「何かお前、大人になったなぁ・・・」
湊「そう??」
颯斗「やーっぱ、茶子さんの影響かな?、おっとっと、睨むなよ、彼女さん、な」
湊「むむ」
颯斗「嫉妬深さは相変わらず健在か」
颯斗は片方の眉毛を上げながら聞く。
湊「僕、嫉妬深くないし」
ツーン。
颯斗「猫かお前は、そんな嫉妬しなくたって俺は大丈夫だろう?第一、彼女いるんだし」
湊「颯斗は大丈夫だろうけど、茶子さん、こないだまた男の人に声かけられてた」
颯斗「あー、ちゃ、彼女さん美人だからなぁ・・本人は自覚ないみたいだけど」
湊「そうなんだよー!もうさー!モテるんだからちゃんと自覚してもらわないと僕が困るんだよ!」
颯斗「それは俺じゃなくて本人に直接言いなさいよ笑」
湊「う・・それはなんかやだ」
颯斗「困った奴だなー笑」
颯斗はむくれている湊の頭を撫でる。湊は特に嫌がる様子もなく颯斗に撫でられていた。
最近、湊は感情を表に出すようになった。
俺はそれが嬉しい。
湊「・・・てかさ、思ったんだけど、もしあの二人がくっついたら、僕と颯斗、兄弟になるね」
颯斗「お?そういえばそうだな、湊と兄弟かー」
湊「何その顔」
颯斗のニヤけ顔に湊はすかさず突っ込みを入れる。
颯斗「いや、なんかそれも悪くねーかもなぁなんて思ったりしたわけよ、ちょっち照れ臭いけど」
颯斗「は人差し指で鼻の下を掻いた。
湊「変な奴笑」
その後、颯斗と湊が帰ろうとした際、二人が食事をしているのを目撃した。
親父の耳が赤くなってる。し、広角が上がっている。
湊「わー、颯斗のお父さん嬉しそー」
湊は意地悪くニヤニヤしながら颯斗を見る。
颯斗「やめろぉ!俺は親父のあんな恋愛モードな姿見たくねぇ!!」
颯斗は頭を抱えて叫ぶ。
湊「まぁまぁ笑、見守ってあげようよ」
笑っている母親を見て安心する湊と、親父のデレた顔を見て複雑な颯斗。
颯斗が二人を応援できるようになるはもう少し先のお話。
番外編 繋いだ手を
あの日、手を引いたのは私だった。
でも、今手を引いてくれているのは湊君だ。
強くなったね。
繋いだこの手をずっと離さないでね。
あの日、手を引いてくれたのは茶子さんだった。
でも、今手を引いているのは僕だ。
そんなことが誇らしく思えた。
繋いだこの手だけはどんなことがあっても離さない。絶対に。
そして・・・。
フランスに住んで1年が経った頃。
僕は茶子さんがいない間、パソコンを使って友人の蒼太と颯斗と話していた。
二人と話すのは久しぶりだ。
蒼太「どーよ?あれから一年経つけどフランスでの生活は?ちょっとは慣れたかー?」
距離が離れたら関係も離れてしまうと思っていたが、
蒼太は相変わらずおちゃらけた話し方だ。彼の変わらない様子にホッとする。
そんな蒼太の質問に僕は素直に言葉を吐き出した。
湊「大問題だよ」
蒼太「何だなんだー?何があったんよ」
湊「こっちの人達がさ・・・」
颯斗「え、まさか差別されたとか!?」
颯斗は心配そうに慌てて質問してくる。
蒼太「まぁ、そりゃ海外行けば少なからずそういうのもあるだろうなぁ・・・」
湊「その逆だよ」
蒼太「え?逆ってどゆこと?」
颯斗「・・・ははーん、さては彼女さんモテモテなんじゃない?」
颯斗は数秒考える素ぶりをした後、ニヤニヤしながら僕に質問してきた。
湊「みなまで言わないで!」
湊はストップとばかりに画面越しに右手の掌を前に突き出した。
蒼太「え、まじなん?その話詳しくしてちょ」
湊「僕も最初は差別の心配してたんだよ、確かに時々されることはあるよ?
でも、問題なのはそこじゃなくて・・・問題なのは茶子さんがフランスに来た瞬間モテまくってることだよ!!」
湊はそう叫んだ後、机に突っ伏した。
蒼太「あららー・・・」
颯斗「モテるってナンパされるってことか?ナンパはモテるうちには入らないから大丈夫だろ」
蒼太「まーな」
湊「ナンパはまだいいよ、でも、ドーナツ屋に茶子さん目当てで来てるお客さんがいるんだよ、それも何人も!」
颯斗「あー、つまり、湊はドーナツ屋で番犬になってるわけか」
湊「僕を犬扱いしないでよ」
颯斗「ごめんごめん」
蒼太「そんで?彼女さんはどんな感じで言い寄られてんのよ?」
湊「それは・・・」
男性二人組のお客さんがドーナツ屋に来た時のこと。
どうやら二人は会話から仲のいい友人らしい。
お客さん1「ドーナツ2個ね、お会計は一緒で」
茶子「ドーナツ2個ですね、200円になります、
はい、どうぞ、ありがとうございましたー!」
お客さん1「君可愛いね!名前なんて言うの?」
湊は店の奥で聞き耳を立てていた。
店はテイクアウト専門なのでこじんまりしている為、会話は自動的に全て耳に入ってくる。
茶子「茶子です」
お客さん1「茶子!キュートな名前だね!ねー今度デートしない?」
お客さん2「あ、ずるいぞ!俺も狙ってんだから抜け駆けすんなよなー!」
お客さん1「悪い悪いー!順番な」
湊「ダメですよ」
ずいっと湊が茶子の前に立つ。
お客さん1「え?何君」
湊「茶子さんは僕のものなんだから!」
湊は茶子にくっ付く。
お客さん2「え、何この子、茶子の弟かい?シスコン?」
湊「違いますよ!茶子さんは僕の恋人です!」
お客さん1「え、恋人?君が茶子の?随分お子ちゃまな恋人だな」
茶子「こらこら湊君、お客様に向かって怒らない怒らない」
茶子はフーフーしている湊をなんとか落ち着かせる。
湊「う・・す、すみません、僕つい・・」(しょも)
茶子「その気持ちはとっても嬉しいよ、ありがとう」
茶子は湊の頭を優しく撫でる。
お客さん2「随分頼りない恋人だな笑」
お客さん1「ってゆーか子どもかペットみたいだ笑」
お客さん2「茶子、そんな子どもっぽい男より、俺らみたいな大人な男にしときなって」
頼りない、自分が一番気にしていることを言われた湊は一段としょんぼりしてしまう。
しかし、すぐに茶子がそれを否定した。
茶子「いえいえ、そんなことないですよ、湊君は頼りになる素敵な彼氏ですよ」
湊「茶子さん・・・僕、あなたを絶対幸せにします!!」
湊はドーナツ屋の中で茶子の両手を握った。
茶子「湊君・・・」
お客さん1「なーんだ、ラブラブじゃんか」
お客さん2「やれやれ、フラれちゃったか、でも、また来るぜ!ここのドーナツは最高だからな!」
茶子「ありがとうございます、はい、またいつでもお待ちしています」
蒼太「なんだ湊、お前相変わらず甘やかされてんなぁ」
湊「甘やかされてないもん!」
颯斗「まぁ、彼女さん浮気とかしなさそうだし大丈夫じゃね?」
蒼太「そーそー、上手く受け流してるんだろう?」
湊「ま、まぁ・・・」
颯斗「ならいいじゃん、何が問題なんだ?」
湊「だって、だって茶子さん、日本にいた時は声かけられても全然相手にしてなかったのに、フランスに来たら満更でもなさそうな顔してるんだよ!」
言いながら湊はまた机に突っ伏す。
蒼太「あー確かにフランスの男の人ってカッコいいからなぁ、
ついに浮気されたりしてー笑」
颯斗「さーめじーま、あんまり湊を不安にさせるようなこと言うなって」
颯斗は隣にいる鮫島を肘でつつく。
蒼太「へーい、まぁそのうち慣れんべ?最初の頃は仕方ないんじゃねーか?てか、彼女はつーか、湊はどうなんだよ?」
湊「え?」
蒼太「フランスの女の人、めちゃ美人多いだろ?湊の方こそどうなんよ?」
湊「僕は、声かけられたことは今のところないよ」
蒼太「いや、じゃなくて目移りとかさ!」
湊「全然、茶子さんが一番可愛い」
蒼太「そうかよ笑」
颯斗「湊は彼女さんのことしか頭にないもんなー、もーさ、あれだ、結婚しちまえば?そんで指輪付けてもらう!どーよ?」
湊「え」
蒼太「颯斗ナーイスアイデア!結婚してたら声もかけられる回数減るんじゃん?」
湊「や、やだ」
颯斗「え、何、湊、結婚したくないのか?彼女さんのことこんなに好きなのに?」
蒼太「なーんで嫌なんよ?」
湊「だって、だって、結婚したら子ども作る雰囲気になるじゃん!そしたら茶子さんに構ってもらえないじゃん!」
蒼太「うわぁ、そう来たか・・・そんなストレートにぶっちゃけれるのある意味尊敬するわ」
颯斗「湊、成長したと思ってたけど相変わらずだなぁ・・」
二人はぶっちゃけた湊を呆れながら見ている。
湊「いーよ、笑えばいいじゃん、いつまでもガキみたいだって、でも僕は真面目だからね」
颯斗「それ、彼女さんには言ったのか?」
湊「結婚観については話したことあるよ、茶子さんも結婚はしたくないみたい」
蒼太「うっそ、まじか、レアなカップルだな」
湊「というか、今の話は一旦置いといて話すと、
僕も茶子さんも仕事と趣味に没頭してるし、休日は二人でカフェでのんびりするの好きだから、結婚してる余裕も暇もない感じかな」
蒼太「なるー!それなら問題ないべな?」
颯斗「ああ、お互い同じ気持ちなら問題ないよな」
湊「でも、僕の中で茶子さんが取られるかもしれない問題が解決しない」
蒼太「おまっ笑、わがままな子だなぁ笑」
颯斗「まぁ、そんな湊だからいいのかもしれないな」
蒼太「え、そうゆーもん??」
颯斗「うん、だって考えてもみなよ、もし湊が何の特徴もないただのサラリーマンでさ、適齢期になったら恋人と結婚して、相手には家庭に入って欲しいってタイプだったら、彼女さんは湊のこと好きになってなかったんじゃないかな?」
蒼太「言えてるー、そもそも出会ってもないだろうしな、なんつーか湊って放っておけないからな、
そういうとこが可愛いんじゃね?」
湊「そ、それは茶子さんにも言われたよ・・・そんな湊君だからこそ好きになったんだって、
可愛いとはよく言われる」
颯斗「好きになった理由、放っておけなかった、可愛いからじゃ不満なのか?」
湊「ううん、そんなことないよ、どんな理由だって一緒になれて嬉しいもん」
蒼太「そっかそっかー、なら良かったじゃん!」
颯斗「ところで湊、お前、彼女さんも連れて式には出るんだろ?」
湊「うん」
颯斗「式も二次会も終わったらさっそく遊び行こうぜ!」
湊「うん」
蒼太「いやー、しっかし、土田の父ちゃんと湊の母ちゃんがくっ付くとはなー!最初聞いた時はビックリしたぜ!」
颯斗「俺もだよ」
湊「僕は何となく結婚するんじゃないかなーとは思ってだけどね」
蒼太「まじかよ!」
その時、颯斗の家の玄関がガチャリと音を立てて開く。
颯斗「わ、親父帰って来たわ、悪い!そろそろ切るぞ!」
蒼太「湊、日本に戻ったら連絡しろよー!迎えに行けたら行ってやる!」
湊「うん、ありがとう、また日本に戻ったら連絡するよ」
颯斗「ああ!じゃあまたな!」
湊「はー」
話しが終わり、パソコンの画面をオフにすると、湊はホッとし、小さく息を吐いた。
良かった。二人とも全然変わってないや。なんか安心したな。
ガチャ。
鍵を開ける音がして湊は扉の方へ速攻で向かう。
扉が開き、大好きな人の顔が見えた瞬間、湊の顔がぱああっと明るくなる。
茶子「ただいま」
湊「お帰りなさい!」
湊は元気良くお帰りなさいと言うとぎゅっと茶子の手を握った。
帰宅早々手を握られ、茶子は首を傾げる。
茶子「湊君どうしたの?」
湊「茶子さんの顔見たら手繋ぎたくなりました!」
茶子「か・・・!!」
茶子はニヤけそうになる口元を片手で押さえている。
湊「か??か、なんですか茶子さん?」
茶子「いや、君は相変わらず可愛いなーと思って」
湊「可愛い、ですか?」
珍しく可愛いという言葉に反応した湊はキョトンとした顔をしている。
蒼太と颯斗との会話の後だったので思わず反応してしまったのだ。
茶子「あ、可愛いって言われるの嫌だった?すんごい今更だけど」
湊「いえ、茶子さんの可愛いは愛情表現だって知っているので嬉しいです」
湊はにまーっと笑う。
茶子「ほんと、湊君には敵わないなぁ」
茶子はそう言うと微笑んだ。
茶子さんは僕のこと可愛いって言ってくれるけど、僕がおじさんになったら言ってくれなくなる。
仕方ないことだけど、やだなぁ・・・。
愛情表現が一つ消えるなんて考えただけで苦しい、不安だ。
そう思っていた。
茶子さんにそれを言ったら、それは私も同じだよと言った。
私だって、私がもっと歳を取って皺くちゃになったら湊君は私を可愛いって思わなくなるんじゃないか不安だよって。
それを聞いて、僕は自分の心配が杞憂だと分かった。
だって、僕は茶子さんがおばあちゃんになっても好きでい続ける自信があるし、可愛いと言える自信があるから。
茶子さんも同じなんだ。
僕がおじさんになってもおじいちゃんになっても、変わらず可愛いねって言ってくれる。
前に"可愛い"とは"愛おしい"という言葉と同じ意味だと茶子さんが教えてくれたから。
周りの人達の事情とか普通はこうなるとか
そんなの関係ない。
きっと僕たちは大丈夫だ。
繋いだこの手だけはどんなことがあっても離さない。
絶対に。
番外編 ペアルック
まだフランスに行く前。
服を買いに街へ出掛けた時のこと。
湊君がジーッとペアルックのコーナーを眺めていた為、声を掛けた。
茶子「湊君、ペアルックしたいの?」
湊「え!?あ、はい、茶子さんとお揃いの服が着れたら幸せだろうなって妄想してました・・・」
茶子「する?」
湊「え、いいんですか!?」
茶子「うん、私、ペアルック初めてだからどんな感じか気になっ・・・」
ガシッ。
初めてという言葉に反応した湊は茶子の両手を握る。
湊「やりましょう✨」
無邪気に喜ぶ湊に茶子の頬が緩む。
茶子「うん」
湊君めちゃくちゃ嬉しそう。
茶子「これお願いします」
店員「はい、兄弟でペアルックなんて仲良いですねぇ」
茶子「あはは・・・」
湊「むすっ・・・」
店員に兄弟と言われ、茶子の後ろで湊はむくれている。
店員「4000円になります」
茶子「はい」
店員「どうぞ」
茶子「ありがとうございます」
茶子は服が入った袋を受け取ると両手で持つ。
湊「茶子さん、僕が持ちます」
茶子「ありがとう」
湊はスッと手を出す。
湊「これで手繋げますね」
茶子「!うん」
店員(敬語、手繋ぎ・・・え、あの二人って恋人だったの!?)
二度目のペアルックを着た日。
街で偶然、鮫島と土田に会った。
蒼太「おー!湊!あ、どうも」
茶子「こんにちは」
颯斗「こんにちは」
蒼太「なになに、ペアルックなんか着ちゃって!ラブラブじゃないの〜!」
颯斗「うんうん、ほんと仲良いな」
湊「えへへ」
蒼太「ペアルックまで付き合わせちゃってすみません、うちの湊が」
湊「あのねぇ・・・」
茶子「ううん、私もペアルックしてみたかったから」
颯斗「なーんだ、強引に着せたわけじゃないみたいだな」
湊「失礼な!そんな変態みたいなこと僕はしないよ!」
蒼太「まーそう怒るなって、あまりに二人が仲良いからちょっちからかいたくなっちまったのよ」
颯斗「そーそー、こう見えて蒼太もこっそり二人のこと真面目に応援してるんだぜ、な?」
颯斗が蒼太を肘でつつくと蒼太が顔を赤くしながら反論してくる。
蒼太「おい、恥ずかしいだろ!んなこと暴露すんなし!」
颯斗「へへーんだ」
蒼太「こいつー!」
颯斗「おっと、湊、デートの邪魔して悪かったな!俺らそろそろ行くわ」
蒼太「だな、じゃあまたな湊!今度は一緒に遊びに行こーな!」
湊「うん」
二人は茶子に会釈をすると街中へと消えていった。
湊「相変わらず元気だなぁあの二人」
茶子「元気で何よりだよ」(もはや保護者目線)
そして三度目のペアルックを着た日。
私達は時々、視線を感じていた。
「あの二人、兄弟かな?ペアルック着てる」
「仲良い兄弟だね、ってあれ?手繋いでるよ!カップルなんだよきっと」
「うっそ、あの女の人どうやってあんな若い子落としたんだろ」
茶子(う・・さすがにちょっと気まずいな・・)
湊「チラッ・・・」
(茶子さん、やっぱり気にしてるよね・・・僕が我儘言ったばっかりに・・)
その時、風が吹いた。その風が葉っぱを運んできて湊の頭の上に乗る。
茶子「!湊君、髪に葉っぱついてる」
湊「え」
茶子は湊の髪についていた葉っぱを取る。
茶子「ほら」
湊「ありがとうございます」
茶子「ふふ」
茶子はポンポンと湊の頭を撫でた。
歩きながらだった為、茶子は湊の顔が赤いことに気付いていなかったが、通行人達にはバれていた。
「ねぇ、なんかあの男の人の方が好き好きオーラ半端なくない?」
「うん、なんか勘違いしてただけで男の人の方からアタックしたのかもね!」
「あ、そうかもそうかも!」
ふん、当たり前じゃないか。僕が茶子さんに何年片思いしてたと思ってるのさ。
帰宅後。
茶子「え、ペアルック辞める?」
湊「はい、僕が言われる分にはいいんですけど、茶子さんまで変な風に言われるのは嫌なんです」
茶子「私は大丈夫だけど、それならこの服は部屋着にしようか?」
湊「はい、少し残念ですけどそうしましょう、
でもお揃いの服着られて嬉しかったです、
僕に付き合ってくれてありがとうございました」
茶子「ううん、私も嬉しかったよ」
さっきはああは言ったけど、その日の湊君はいつもより元気がなかった。
それからしばらくして・・・。
茶子「湊君、はい、プレゼント」
湊「え?プレゼントですか?でも僕、誕生日まだですし、クリスマスでもないですよね?」
茶子「プレゼントって言っても古くなってきたパジャマを変えようと思って新しいの買ってきただけなんだけどね」
湊「え、買ってきてくれたんですか!?」
茶子「うん、本当は一緒に買いに行った方がいいかなとは思ったんだけど、湊君にサプライズしたくて、気に入らなかったらごめんね」
湊「茶子さん・・・いえ!茶子さんが選んでくれたものを気に入らないはずないです!
開けていいですか?」
茶子「うん」
湊「え、これって・・・」
なんと茶子は湊に自分とお揃いのパジャマを買ってきたのだ。
茶子「パジャマなら家の中にいる時に着るものだからいいかなって思って」
湊「茶子さぁん!!ありがとうございます!めちゃくちゃ嬉しいです!」
湊は茶子に抱きつくとお礼を言った。
その嬉しそうな湊の反応に茶子はホッとする。
茶子「喜んでくれて良かった」
湊「そりゃあ喜びますって!」
尻尾ブンブンだなぁ。
その日の夜。
二人はお揃いのパジャマを着てソファに座りながらテレビを見ていた。
湊(お揃いのパジャマを着た茶子さん可愛いな・・・いや、パジャマじゃなくて茶子さんが可愛いのか・・いやいや!買ってくれたパジャマは可愛いんだけど!)
茶子「う、ん・・・」
湊「茶子さん?・・ね、寝てるのか・・・」
(はっ、毛布毛布!茶子さんが風邪ひいてしまう・・・)
湊は近くにあった毛布を茶子と自分の肩に掛けると、
茶子の肩に腕を回し自分の肩に眠っている茶子を寄りかからせた。
湊(これでよし!・・・てゆーか、僕も眠くなってきたな・・ベッドに茶子さんを運ばないと・・・・)
この日、二人は朝が来るまでソファで互いに寄りかかりながら眠っていた。
次の日。
茶子「か、体が痛い・・・」
湊「大丈夫ですか茶子さん」
茶子とは正反対に湊はピンピンしていた。
茶子「さすが湊君、若いねぇ・・・」
湊「すみません、僕が茶子さんをベッドに運んでいれば・・・僕まで眠ってしまったみたいで・・」
茶子「ううん!湊君のせいじゃないよ!
私がソファで寝ちゃったのが悪いんだし、
それより毛布と肩貸してくれてありがとう」
湊「いえいえ!」
茶子「これからはベッドの上に座りながらテレビ見ようか?」
湊「え・・・茶子さん、それは誘ってます?」
茶子「え、いやいや、今のはそういう意味で言ったんじゃないよ?」
茶子は慌てて手を振る。
湊「分かってます、今のはそうだったらいいなっていう僕の願望です」
茶子「でも、そうなったらいいなって私も思ってるよ」
湊「茶子さん、今のは誘ってますよね?」
茶子「うん、誘ってる」
湊「もー!!」
湊は茶子を腕の中にぎゅっと閉じ込めた。
茶子「きゃ!?」
湊「悪い子にはお仕置きですよ?」
茶子「あらあら、どんなお仕置きかしら」
湊「そんな余裕ぶってられるのも今のうちですからね」
茶子「ふふ、お手柔らかにお願いします」
湊「えーそれじゃお仕置きにならないじゃないですか〜」
今日も二人仲良く暮らしています。
番外編 土田パパと湊
颯斗の父親と湊の母親の結婚式の後。
土田家にて。
颯斗の父親、颯斗、湊の三人になった時のこと。
湊「颯斗のお父さん、母さんのことよろしくお願いします」
颯斗の父「ああ、湊君、君は凄いな」
湊「え?何がですか?」
父「話は聞いているよ、俺が湊君と同じ年齢で同じ立場だったら母親を恨んでいただろう」
湊「え」
父「今までよく戦って来たな」
颯斗の父親はそう言って湊の頭を大きな手で優しく撫でた。
ゴツゴツしているのに温かくて優しい手だ。
湊「!」(ほわほわ)
颯斗「親父!俺も頑張った!」
颯斗は自分の頭を親父に向ける。
父「?お前は何を頑張ってるんだ?」
颯斗「ガーン・・・どうせ俺なんて・・」(いじいじ)
颯斗は床にしゃがみ込み、床に人差し指で円を描いている。
父「そんなに落ち込まんでも・・・」
湊「まぁまぁ颯斗!颯斗のお父さんは颯斗が頑張ってることちゃんと分かってくれてるって、ですよね?」
父「ああ、颯斗が彼女とデートする前にはカフェやテーマパークの下調べを一生懸命しているのを知っているぞ」
颯斗「な、なぜそれを・・・」
父「ん?鎌をかけただけなんだが本当にそうなのか?」
颯斗「ガーン・・・」
湊「え、颯斗ってばそんなことしてたの?案外可愛いとこあるじゃん」
颯斗「お前たちずるいぞ!タッグなんか組んで!俺をからかってそんなに楽しいか!」
父「人聞きが悪いな、からかってなどない」
湊「そうだよ、ちょっとお茶目しただけじゃない」
父「うむ」
颯斗「お茶目て・・・なんか親父キャラ変わってない?頭とか撫でるタイプじゃなかったじゃん」
父「そんなことはない」
帰り際。
湊「颯斗は父親に似てない似てないって言ってたけど僕は颯斗に似てるなって思ったよ」
颯斗「え、そんな事初めて言われたんだけど!
どのへんが?」
湊「どのへんって言われても困る」
颯斗「何だよそれ気になるじゃん」
湊「秘密だよ」
だって颯斗、お父さんと撫で方そっくりなんだもん。
番外編 茶子の浮気?
茶子の浮気?
湊「浮気です」
ドーナツ屋が終わった後。帰宅するや否や湊が茶子にそう言った。
突然湊に浮気と言われ、茶子が何が何やらといった様子で首を傾げる。
茶子「え?私、浮気なんてしてないよ?」
湊「だって茶子さん、こっちに来てからフランスの男の人に声かけられて満更でもなさそうじゃないですか」
茶子「そんなことないと思うけど・・・」
湊「そんなことあります」
茶子「んーあ!ほら、絵画と同じだよ」
湊「むぅ、絵画ですか?」
頬を膨らませながら不服そうに湊が質問をする。
茶子「そうそう、ほら、絵画見て綺麗だなーとかかっこいいなーとか思うことってあるじゃない?」
湊「ん、まぁ、それはありますけど・・・」
茶子「ね!それと同じだよ」
湊「なるほど・・・ん?てことは茶子さん、やっぱり声をかけられたフランスの人たちに綺麗とかかっこいいとか思ってるってことじゃないですか」
茶子「う、しまった墓穴だった・・」
湊「茶子さんのうわきもの〜!」
湊はソファで足と両手を駄々をこねた子どものようにジタバタとさせている。
茶子「で、でもさほら湊君だってフランスの女の子達可愛いとか綺麗とかくらいは思うでしょ?」
湊「僕は茶子さんしか可愛いとか綺麗とか思いません」
茶子「え〜?そんなことある?」
湊「じと〜」
茶子「わ、分かった・・・じゃあ茶子さん今日は湊君のお願い何でも聞くから」
湊「何でも・・・?」
何でもと聞き明らかに湊の目に輝きが募る。
茶子「ね?だから機嫌直して?」
茶子は両手を顔の前に合わせて謝る。
湊「じゃあ茶子さんには今日は一日中僕と一緒にいてもらいます」
茶子「うん?でも普段から仕事も一緒だし家で仕事する時も一緒だし、出かける時も一緒、
お風呂も一緒に入ってるし寝る時も同じベッドだよね?」
湊「あれ?本当ですね・・・??」
頭の中に盛大にはてなを浮かべる湊。
湊君ってほんとずっと可愛いなぁ・・・。
終始ニヤニヤが止まらない茶子さんであった。