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09 女スパイは発育する

 我が侯爵邸でもお茶会を開く。

 試雇のメイドのときに一度、お手伝いを経験している。そのときは単に指示に従ってテーブルをセットし、茶器を運んだだけだった。全体の成り立ちなんて考えてもみなかった。それが奥様のお供で参加するようになると少しずつ裏方の皆さんの動きが見えてきた。


 我が家では奥様が主催だから、私が中心にならなければならない。招待者の選定から招待状の発送、席次の決定、茶器や茶菓の手配など、たくさんの準備がある。それを奥様や侍女さん三人に教わりながら進める。出席者の選定は、呼ばれた呼ばれないで恨みを買うこともあるから意外と難しいとのこと。


 お茶会の目玉はスイーツだ。そりゃあ皆さん、楽しみにされている。

 目新しいものを用意して話題を提供しなければならない。かといって、そんなものばかりだと品が無くなる。その頃合いが微妙なのだ。

 今回は先日、坊ちゃんが持ってこられたタルトに目を付けた。手間はかかるが、小さく一口サイズに焼き上げた生地の上にレモンのソースと切片を載せることを考えた。パティシエにお屋敷まで出張してもらい、出来立てを賞味いただくこととした。

 三段重ねのティースタンドの上段にこのイエローを演出すれば食欲をそそるというものだ。もちろん下段にはお腹を満足させるサンドイッチを配して、中段には定番のスコーンを仕込む。

 おもてなしの主役は文字通りお茶だ。これが難しい。茶葉の選定、茶器の用意、そして淹れる温度に専門的な知識と技術が要る。茶葉は高価だし専門のメイドさんに任せる。要は丸投げね。はははっ。


 お茶とお菓子は、お茶会のメイン・ゲストの奥様方用のみならず、同道する侍女や従者、乗り物の御者の皆さんにも相応に用意する。ほんと、細心の心配(こころくば)りが要る。そんな事前準備に大きなエネルギーを費やす。そうそう、お馬さんには水と飼葉(かいば)ね。濁りの無いきれいな水と柔らかめの葉っぱを頼む。

 最大の問題は予算だ。これは執事長とじっくり交渉する。


 当日はお屋敷の皆さんが総出で取り組んでくださる。私は侍従や侍女の皆さんと共にお客様の出迎えから席への案内に気を使う。

 歓談の座そのものは奥様の役割りだ。会場では笑い声が絶えない。話題が豊富でツボを押さえておられるから、いやが上にも盛り上がる。見習わなければ……。


 一通り、お茶会が済んでお客様を送り出すと、後片付けと皆さんの慰労だ。それから、礼状を発送してひと段落。目が回るほど大変だけど意外と楽しい。

 

 侍女はご家族やお客様の話し相手を務めるので教育が必要ということで、勉強もさせられている。我が国と周辺国の歴史や地理、手紙の書き方などね。一応は母に仕込まれていたけれど知らないことの方が多い.教師はマーサさんやイレーネさん、それに執事長。受講するのは私とジェシーさん。加えて、科目によってメイドさんや男性陣も加わる。


 ダンスも習わされた。舞踏会で令嬢が足りないときのピンチヒッターだって。この講師は奥様。これはジェシーさんと私だけの特訓で、無茶苦茶に厳しい。いつもの柔和な御顔が鬼に変わる。ジェシーさんは経験があるから大丈夫だけど、私は全くの未経験だから叱られてばかり。相手は侍従の方々、しばらくすると坊ちゃんが加わった。ハニトラの標的ね。


「ブルーベルはスンフラ語が出来るのかい。今度、教えてくれないか」

「片言ですけど……。見よう見まね程度です。父に習っただけです」


 この"父"は実父ね。組織のグレインじゃあないからね。


「足を踏まなくなったね」

「私だって成長するんですよ」


 坊ちゃんとの雑談にスンフラ語を使うようになった。お遊びを兼ねた練習ね。なんか、秘密を共有しているようでワクワクする。こんな、たわいもない内容なんだけどね。

 話をできるようになったし、手と手を握り合った……ってダンスだけどね。次の段階は、胸のチラ見せかなあ。偶然のフリをして“豊”胸を腕に押し付けちゃおうか。私には高度過ぎるよね。あーぁ、ハニトラって難しい。


 護身術をイレーネさんに習う。これは母も教えてくれた。非力な女性でも大の男から身を護る術ね。スパイでも役に立つ。あれっ、おかしいなあ。潜入先でスパイの技術を磨くなんて……。


 組織には勉強のことは伝えていない。お茶会は開催のたびに報告しておいた。


 一年が経って、この暮らしにもだいぶ慣れた。髪のツヤはジェシーさんほどになったかな。肉付きも人並み、胸は……、正直に言おう。なんとかBカップだよ。

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