05 女スパイはコラーゲンを摂る
しばらくすると、その人がやってきた。
「ブルーベルです。よろしくお願いします」
「私はジェシー。
採用試験、ビックリしたでしょ。あれで半分が逃げるわ。
明日からメイドの職場を順繰りに回るのよ。今着せられている衣装はそのためね。メイド業務の習得段階で残りが脱落。そりゃあ、侍女になるつもりだったんだから耐えられないわよね。
私? 私は、子だくさんな男爵の末娘で、ここにシガミ付くしかなかったの。親なんて頼りにならなかったわ。あなた、家事の経験はあるの?」
「はい、貧乏な平民の娘で、母が厳しくて、何から何までやらされていました」
「それは頼もしいわ。でも、それでよく合格できたわね。平民の女性では、なかなか勉強は難しいでしょう? ああっ、ご両親が元貴族なのね。爵位は……聞かされていないの? 不思議ね。メイドの仕事、頑張ってね。お屋敷のことがよく分るわよ」
夕食時となり、二人で食堂へ向かう。使用人が代わる代わる摂るのだという。カウンターで声を掛けられた。キッチンメイドのオバさんさんだ。
「おっ、あんたかい。新入りのブルーベルちゃんというのは。こりゃあ、瘦せっぽっちだねえ。特別メニューの煮込みスープを用意したよ。美容にいいよ」
ああ、連絡が通っているのだな。なるほど、私の肌ツヤはジェシーさんとは較べものにならない。髪もパサパサだ。そういえば侍女頭のマーサさんや補佐のイレーネさんも美しかった。食事の違いだよね。この御屋敷だけだろうか。
料理は大きな鍋から自分で寄そう。欲しい量を欲しいだけ取っていいのだという。欲張ってお腹を壊してもいけないから自重する。それに今日は胃と腸をきれいに洗い流している。急激な負担増は避けなければいけない。うーん、どれもこれも美味しそうなんだけどなあ。特にパンの白さには驚いた。トレイに載せてテーブルに着く。
口に運び始めると、ジェシーさんに呆れられる。
「貴女、平民? ほんとに平民なの? パンのちぎり方とか、スプーンの使い方とか、優雅ね」
「ごめんなさいね。両親がうるさかったのよ。特に母が厳しくて、染みついっちゃっているの。早く食べられないのよ」
「そうじゃないって。直さなくてもいいわよ」
特別スープはトロトロで無茶苦茶に濃かった。栄養が煮詰まっている感じだ。ふふっ、私もピチピチになれるかな。ハニトラには大事よね。
部屋に戻って御屋敷のことを教わる。
お仕えするのは旦那様と奥様、それに坊ちゃんの三人家族。その三人を支えるために、侍女とメイド。男性陣は、執事長と執事、侍従、護衛、僕者、営繕庭師、馬丁と多い。
ご家族のお世話をする侍女と侍従以上は本棟で寝起きし滅私奉公だ。お給金が良い代わりにお休みが無い。時間差で息抜きをするくらい。採用は、必ず職業紹介所を通す。なぜかは分らないという。
それ以外の者は使用人宿舎に居住する。月イチのお休みをいただける。また、年に一度は長期休暇があって家族の元へ帰ることもできる。採用者は侯爵領からと決まっているらしい。
必死で顔と名前を覚え、気配りして仲良くするようにいわれた。
お風呂は一週間に一回で、各人の曜日と時間帯が決まっているとのこと。今日は初日だからと案内された。こりゃあ嬉しい。これほど贅沢な待遇とは思ってもみなかった。女の身体を磨き上げることはハニトラの基本よね。えへへっ。ふと、お風呂掃除やお湯を沸かす人たちのことを思った。
就寝前に骨盤底筋体操を習う。効能は何かと尋ねたけれど、うふふっ、とばかりに、はぐらかされた。