03 女スパイは もうお嫁にいけない
「これから身体検査をします」
そう宣告されて連れてこられた部屋は、だだっ広くて殺風景だ。入り口近くに机と椅子、その他には机と並んで変な器具が置いてあるだけだ。あれっ? うちの組織の拷問部屋に似ていないか? ふと思った。
補佐だというイレーネさんがいう。
「それでは、衣服を脱いで、カゴに入れなさい。下履きも取って、裸足になったら、こちらに来なさい」
ぎょえー。厳しい。素っポンポンだ。栄養不足の貧弱な身体が恥ずかしい。先ほど気になった器具へ手招きされる。
「身長は一六〇センチ、座高は百十〇センチ、体重は四二キロ。痩せすぎで、少し胴長ね」
侍女頭のマーサさんが記録する。放っといてくれ。安産体形っていうんだ。背は高い方かな。
「スリーサイズは上から、七四、六〇、九二。お尻は大きめだけど、胸はAカップね」
そうだよ。これでハニートラップを掛けろっていうんだから、笑ってしまうわ。
「まず、これを飲みなさい。一気に」
コップを渡された。無色透明の液体が入っている。自白剤だろうか。拒否はできない。苦い。
「この机の上に仰向けに寝て」
素っ裸だから、背中の感触が冷たい。解剖でも始まる雰囲気だ。
「口を開けなさい。大きく。うむ。歯茎に何も隠していないわね。犬歯が少し尖っているけど、まあ常識の範囲かな」
内心、ギクリとする。これは疑われているってことだ。歯は私の隠れた武器だ。噛みつくことで相手を殺せる。こっちも相応のダメージを負うが……。
「足を左右に開きなさい。中を確認させてね」
あぁ、ここまで調べるのか。
「膜に破れはないから未使用ね。深さは九センチ、何も仕込んでいないわ」
凄いぞ、これは……。まるで諜報員相手だ。良かった。手つかずのまま派遣されてきて本当に良かった。あれっ、もう一つの穴は検査しないのかな?
「次、四肢は……、関節が柔らかいわね。股関節も十分に開く。筋肉も程よい付き方で、腕力は自分の体重を支えらそうね。脚力は、馬並みかな。ふふふ。内部の筋肉は……、骨盤底筋が弱そう。鍛える必要があるわ。体操を教えるから就寝前に毎日やってね」
何なのかは、よく分からない。
「次、これを飲んで」
はぁ、今度は少し黄色味がかっている。もちろん、一気にあおる。これは酸っぱい。
あれっ、胸、というか胃袋がムカついてきた。吐瀉剤か。すかさず補佐のイレーネさんが手桶を差し出す。胃の中のものを全て吐き出した。
おやっ、下腹がゴロゴロいい始めた。出したい。先に飲んだのは下剤だったのか。ここへきて効いてきた。指差されたとおりに、タライを跨ぐ。裸だ。苦しいー。あー、出たー。なるほど、さっき、こっちの穴を検査しなかった理由はこれか! 臭いは……。
そのときだった。
いきなりドアが開いた。男性が飛び込んできた。
「イレーネ! 書類、どこだ!」
目が合った。相手はキョトンとして立ちすくむ。高貴な身なり……。
私は素っ裸でタライに跨っているのだ。パニックだ。一瞬遅れて両手で顔を覆う。だって、顔から火が吹いたんだもの。あっ! 隠すのはこっちじゃないか!
「何するの!」
イレーネさんの怒声が響く。すぐに外へ連れ出された。
あぁあ、私、もうお嫁に行けない……。
マーサさんがチリ紙を渡してきた。
「ごめんなさい。リカルド坊ちゃん、おっちょこちょいなのですよ。ドアに使用中の札を掛けておいたのですけどねえ」
えっ、ハニトラの相手なのか? ここでオジャンになったのか? 頓挫したのか? もう、任務終了か?
イレーネさんが戻ってきた。
「きつく叱っといたからね。許してね」
と言われても……。姉が弟を責めたような物言いだ。主家の跡取り息子に対して、こんなゾンザイでいいのか? この身分制の厳しい社会で……。
その後、手桶とタライを交互に見入る。
「何も仕込んでいないわ。未消化の豆がわずかと、あとはパンと芋ね。肉付きが貧弱で肌は荒れているわけね。髪はパサパサで生理は不順そう。しばらくは肉類を多めに与えることにしましょう。厨房に言っておくわ」
私は、家畜か! でも、身体のことを考えてもらえるのは助かる。なにせ育ち盛りなのだ。
吐いて、下したものだから、お腹に力が入らない。へとへとだ。真新しいメイドのお仕着せを渡される。侍女ではなくメイド用だ。下着も真っ新だ。




