02 女スパイは面接をうける
目的の御屋敷までは歩いて三十分だという。道順も教わる。早速、徒歩で向かう。
道々、グレインが言う。
「こりゃあ軍務大臣だ。息子も確か軍の重鎮だぞ。まさに狙いどおりだな。ラッキーだ。こんなことがあるんだなあ。
石にしがみ付いても雇ってもらえ。絶対に合格しろ。屋敷のどんな扱いも全て従え。絶対に逆らうな。信用されるまで情報はいい。三か月ぐらい後にまた来る。小遣いの無心だといえば怪しまれない。細かいことはそのときだ」
場所は直ぐに判った。途轍もなく大きい。周囲に高い柵を巡らし建物は白亜の殿堂である。
裏口へ回り、門番に来意を告げる。待たされた後、中肉中背で渋めの女性が出てきた。侍女頭だという。連れていかれた部屋は、こじんまりとしている。中央に細長いテーブルがあり、両側に四脚ずつ椅子が並ぶ。背もたれ付きだ。
立ったまま紹介状を渡す。文面はもとより封筒の裏までツブサに読まれた。そして、こちらをジロリと睨んできた。私の頭のテッペンからツマ先まで舐めるように見分される。特に顔は、射殺されるかと思うほど見詰められた。紹介所の女性と一緒だ。ははっ、見つめ合う恋人かな。
椅子に座ったら、もう一人、女性が入ってきた。おおっ! ズボンだ。スラっとして、有能そうなオーラがにじみ出ている。補佐だという。侍女頭さんは、その補佐さんに小声で耳打ちをすると急いで出て行った。何だ?
しばらく待たされ、再び二人が揃った段階で改めて面接が始まった。補佐さんが尋ねる。
「出身地と名前、年齢を言ってね」
履歴書に書いたんだけどなあ。まあ、これが面接のセオリーか。
「ストッコランドの生まれで、そこで育ちました。名はブルーベルといいます。十五歳です」
好印象を持ってもらえるように、ハキハキと答える。侍女頭さんは履歴書を見ている。
「これを解いてくれるかしら。ペンはこれを使って」
渡された紙には、あらかじめ足し算と引き算の問題が印刷されている。難なく解くと、次は掛け算と割り算の紙が出てきた。それもスラスラと解いた。ふふっ、私って才女なのよ。あっ、才媛っていうのかな。グレインは所在無げだ。こいつ、計算は苦手だな。
向かいのお二人は互いを見つめて、うなずき合っている。こりゃあ満足されたってことよね。
「それじゃあ次は書き取りね。ここへ私が言うとおりに書いて」
ほいきた。朝飯前だ。
「誓約ならびに許諾書。
一つ、私は、お屋敷で見知ったことを口外しないことを誓います。二つ、お屋敷からの要求は、いかなる苦痛を伴うものであっても甘んじて享受します。三つ、試雇期間は三ヶ月で、待遇等が不満で辞めたい場合はその期間内に申し立てます。四つ、本採用になれたあかつきには、お沙汰の限りお屋敷で働くことに同意します」
げっ、なにこれ? 就職条件か? えっ、永久就職なのか? ここで一生を暮らすのか? もう疑問しか無い。
「ちょっと見せてね」
二人で筆跡を確認し終わると、こちらに戻してきた。グレインは、目をパチクリさせている。
侍女頭さんが口を開く。
「一つ目は当たり前ですね。分かりますね。二つ目は、お手打ちにあっても不服は無いということです。もちろん、理不尽なことはしません。三つ目は、辞めたくなったら試雇期間の三ヶ月のうちということです。ちなみに、試雇の間は侍女ではなくてメイド扱いとなります。お給金も出ます。四つ目は、それを過ぎると勝手には辞められない、御屋敷の了承が要るということです。
どうしますか? 嫌だというのなら、もう帰っていいですよ。納得したのなら、ここに署名してください」
ぎょえー、手打ちって、その場で殺されちゃうってことだよね。スパイがバレれたら、そういうことか。流石にブルっと来た。辞められない点は御屋敷の秘密を握ってしまうのだから当然か。辞めても行くアテはないしなあ。私には都合がイイかも。
そりゃあスパイに危険は付きもの。任務だから、拒否なぞ出来ない。スゴスゴと名前を書いた。父親役のグレインは私の運命なんかに関心は無いから嬉々としてペンを走らせた。
その下に侍女頭さんと補佐さんも署名した。マーサさんと、イレーネさんか。
ああ、これで侯爵家に潜り込めたということだ。三か月で首になるかもしれないけどね。
お給金は、本人への現金支給と家族への送金を別々にしてもらえるという。グレインが半分ずつでお願いすると言葉に出した。送金先はグレインとされてしまった。一応、父親役だものねえ。これとスパイとしてのお給金を合わせて家族に渡してもらえるものと思いたい。今度の面会のときに確認しよう。
「では、よろしく」と、グレインは言い残して帰って行った。
たった一人で乗り込むのだけれど、なんか、ワクワクしてきた。