14 御曹司は気が気ではない
そんなブルーベルの能力を聞き及んで、父上がとんでもないことを言い出した。
部下の舞踏会を開けっていうんだ。息子は未だ婚約者も無く独身なんだけど、ボクより若い連中の相手を見つけてやれっていうことだよね。おそらく父上の頭の中で、ボクとブルーベルとは既に一緒になっていて、下手をすると孫が二人ほど生まれているんだと思うよ。そういう人なんだ。えっ、ボク? ボクは似ていないよ。ボクは至って冷静だよ。断言できる……。
ブルーベルに舞踏会を経験させるようにと母上から言われた。おお、ウキウキする。場所はアーカス公爵邸だという。この国の二つの公爵家の一方で、ボクと因縁のあるブリネル家とはライバル関係だ。二人の令嬢の内、次女の婚期が遅れているので盛んに舞踏会を開いているとも聞く。まあボクは、ライバルのブリネル家にケチをつけられているから流石にターゲットではないよね……と思っていたが、あちゃあ! 狙われてしまった。ずっと踊る羽目になった。ブルーベルと甘い時間を過ごそうというボクの思惑は霧散してしまった。許せん。
帰宅して両親に事の次第を報告すると、母上が言う。
「一つ下のクラウディアさんね。上昇志向が強いのよねえ。お相手が決まらないのは、高望みのし過ぎ。とうとう、あなたを狙い始めたということね。残り物に福だと思われているのかしら」
「ああ、しばらくは迫ってくるかもしれんな。そのうちに情勢が変わる。我慢しろ」
と、父上が他人事のように続ける。
ははっ、ボクは残り物か。この歳で独身や婚約者無しってのは希少だ。傷もちといってもね。攻勢に耐えるのは辛いなあ。なにがなんだかわからない。
舞踏会は成功裏に済んだ。改めてブルーベルの凄さを知らされた。
あのデクノボウ……、いや、デクスターだったね。アイツをアゴで使ったんだよ。確かに、アイツに咄嗟の判断と行動が採れる器用さは無い。前線に出したら真っ先に死ぬタイプだね。でも、じっくり時間を与えると突拍子も無いアイデアを思いつく。後方部隊向きなんだ。
それを瞬時に見抜いて、ガラスの欠片を拾わせ、エスコートに送り出したんだ。指示されるがまま。言われるがママだったんだよ。年下の、しかも女性が助け舟を出したんだよ。デクスターにしてみれば地獄で仏だよね。ははっ、デクスターは一生、我が侯爵家、というかブルーベルに頭が上がらないよね。
参謀本部若手の舞踏会が済んだら、評判になってしまった。幕僚長が「お前らだけズルい」って言いだした。彼は先輩で、戦闘部隊の長ね。同じ軍務大臣の下なのだから、オレたちにも愛の手を差し伸べろっ、だとさ。お金のこともあるからね。父上に確認したら、やってやれって。
脳筋ばかりでダンスは大丈夫かって尋ねたら、胸を叩いたよ。練習させるって。
それなのに、あぁあ、心配したとおりじゃあないか。一人、軽食コーナーで口を動かし続けている奴がいる。おっ、案の定、ブルーベルが令嬢を連れて近づいた。
「ブキャナンさん。これからレッスンをしましょうね。こちらエメリーさん。ダンスの教師をされているのよ。せっかくですから、一つ、教えていただいたら、いかがかしら」
「あぁ、私のような武骨者はお邪魔かと」
「エメリーと申します。私、たくましい男性が憧れなんです。お会いできてうれしいです」
「なんの、なんの、ヒョロヒョロですよ」
あれえ? ダンスそっちのけで話し込んでいるぞ。まあ、くっ付けることが目的だから、これでもいいか。
おい、お前。どこを見ているんだ。
ブルーベルを目で追っている奴がいる。ダメだ、ダメ。それ、ボク。ボクとだけだからね。
こいつら、部隊を率いる指揮官ばかりだから、人物の評価はリーダーシップが中心になる。そりゃあ、これだけ女性がいて目移りするといっても、ブルーベルの働きに目を留めないわけがない。参謀本部の連中もそうだったが、一部の奴らが注目している。こりゃあ、危ない。先約があるんだと見せ付ける必要があるよな。
頃合いを見繕って声を掛ける。
「ブルーベル、一曲、付き合ってくれないか。いや、一曲の半分でいい」
「はい、喜んで」
ニコッと返事をした。けど、笑顔の下で怒っている。怒気が見える。まあ、そうだよね。忙しいのにゴメンね。僕の勝手な事情なんだ。見せ付けるために会場を一周して手を離した。続いて、おれもおれもと申し込まれたらたまらない。少し大きな声で聞こえよがしに言う。
「ありがとう。仕事に戻ってくれ」
あぁあ、損な役回りだよね、ボク。若い連中の面倒ばかり見ていて、もう、泣きたくなってきた。
そして、軍隊以外からも婚活ダンスパーティーの開催依頼が来るようになってしまった。定期開催だね。うちは結婚相談所と化した。母上はどうみても、シテヤッタリという顔なんだ。ボクはその意図が解らなかった。




