12 御曹司は黒歴史にまみれる
ボクは十歳のときに婚約者ができた。
相手は、家格では上の公爵、ブリネル家の長女だった。この国に二つある公爵家の一つね。あっちから話が来たんだ。両親は断ったんだけれど押し切られてしまった。王家からも口添えがあって、家格を振りかざされたら敵わない。幼かったボクに嫌も応も無いよ。こんなのは貴族として普通かな。でも、定期的に相手の屋敷を訪問して、さらに誕生日や祝祭日には忘れずプレゼントを贈ったよ。誠実にお付き合いを重ねていたつもりだった。
それなのに十六になったとき、相手から婚約解消の申し出があった。口実はウワサだ。ボクの趣味がアッチだというんだ。もちろん、もしそうだったとしても立派な貴族になれるし、本来の妻との間に子どもができないわけではない。
ただ、きっかけが最悪だった。学園で同級の王太子から突然、「オカマ野郎」って罵声を浴びせられたんだ。こっちは何が何だか分からず、眼を白黒させるばかり。真実は相手の誤解だったのだけれど、王太子に嫌われた人間というレッテルも貼られてしまった。
この王太子が使った侮蔑の言葉の件だけど、だいぶ後になって友人から聞いたんだ。王太子自身が歳下の護衛を相手に耽けっていたって。そういう行為しているのを見たというんだ。だから、年少の従者を同道していたボクも同類だと思い込んでいたのではないかって。性癖は各自の好みだから、ボクは、とやかく言わないよ。その護衛は、高貴な王太子殿下に可愛がられてうれしかったのかもしれない。だけどまあ、弱い立場の者に強いていたらマズいよね。それにしても、自分の性癖を罵倒するってどういう了見なんだろう。理解できないよ。
侯爵家のボクも彼よりも目下だから、甘んじなければならないことは、よくわかる。身分を笠に着るっておぞましいね。
本人は、どうも早とちりだった、勘違いだったと知ったようだけれど、謝罪が無かったことは、根に持っているよ。
そして、この罵倒を多くの者が聴いていたものだから、言葉が一人歩きをしてしまった。婚約者への接し方が淡白だったことも影響していたのかな。この歳頃なら、結婚前に一線を越える関係になっているのが当たり前で、相手にそれを望んでいた節もあった。その娘に誠実でありたいと願っただけで、普通だと思っていたけどなあ。人間、恋愛だけで生きているのでは無いからね。
両親は破談に対して喜んだよ。大歓迎だった。ボクは悪名が立って釈然としなかったけどね。
父上に言われたんだ。
「お前は面子を気にしているのか。多くの貴族はそうだな。そんなものを我が家は必要としない。恥をかかされても、軽んじられても、損をさせられても、甘んじて受け入れるのが我が侯爵家だ。いちいち反発していたら互いに憎しみが増していき、エスカレートするだけだ。また力を行使すれば相手のみならず周囲の警戒を招いてしまう。
耐えろ。今は雌伏のときだ。怒りをやり過ごせ。
なぜなら、我が侯爵家はそのときを、じっと待っている。人に知られず影響力や領地収益力を延々と培っているのだ。お前の伴侶はこの目的に合致する必要がある。残念ながら、あの娘では足りない。我が家が、なにを目指しているか、お前もおいおい分かってくる。それを悟られないように、特に王家に知られないように細心の注意を払え」
父上のこのときの言葉は記憶に残っている。心に刻んだつもりだった。ただこのとき、ボクも若かった。うわの空で耳に入ってきていた。王家と公爵家への恨みが強かったからね。慰めてくれているのかと思っていたくらいだ。
ブリネル家の件は、後から聞いた話だと最初、王太子に嫁がせるつもりだった。それが王太子がスンフラ国の王女を迎え入れることになって、ボクに狙いを代えた。
で、ぼくと破談後、侯爵家の後継ぎの弟を廃嫡して、歳下の第二王子を長女の婿に迎えたんだ。十も歳下の六歳というのだから名前だけの夫婦だね。王家と公爵家に何か事情があったんだろうけど、それが目的だったんだね。こっちは、好い面の皮だよ。
ボクは軍隊に入って、注意したよ。特定の人物とは親密にならない様にね。それが逆に依怙贔屓をしない人間と信頼に繋がったんだ。分からないものだね。




