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10 女スパイは拗ねる

 我が侯爵邸で舞踏会が開かれることになった。坊ちゃんが参謀本部の軍令長をされていて、士官連中の慰労のためだという。早い話が婚活ダンスパーティーだ。軍隊って全くの男所帯で、お相手に巡り合う機会が無いものね。

 男性側出席者は坊ちゃんからリストをもらい、出自と人柄を子細に確認する。それに合わせて相手となる女性側出席者を、奥様と我々侍女が集めるという寸法だ。坊ちゃん、自分の相手もいないくせに、他人の尻を拭こうなんて烏滸がましいことではある。あら“尻”だなんて淑女にあるまじきセリフね。ごめんあそばせ。

 まあ、軍務大臣を務められる旦那様の指示らしい。


 もちろん、お茶会と同じで奥様が取り仕切る形だけれど、実際の立案実行は侍女である私が動かなければならない。舞踏会の経験なんて無いから、もう聞きまくる。


 そのうち、一度、舞踏会を経験して来いということになった。坊ちゃんが連れて行ってくださるという。ルンルンだ。

 何度か坊ちゃんと同伴したというイレーネさんから助言される。坊ちゃんには理由(わけ)があって令嬢が寄り付いてこない。ところが本音は別で、常に意識されている。だからパートナーとしては坊ちゃんにあまりクっ付かないこと。ヨソヨソしく振舞うことが重要。そうすれば皆、安心してくれて、敵に回すことはない。

 うぅぅむ。まったくもって理解不能だ。この歳で婚約者を持たずに未だ独身というのは、訳ありなのだと察しは付く。まあ、私の目的は舞踏会の仕組みを実地見聞することだから踊りは早々に切り上げて、あちこちの観察に徹するつもりだけどね。


 出かけたのは格上の公爵、アーカス様の御屋敷。奥様のお供で一度、お茶会に訪れたことがある。

 ドレスは奥様が若い時にお召しになったものをお借りした。型は古く薄いベージュで派手さは無いが上等な仕立てだ。馬車には侍従とメイドさんも同道してくれる。


 到着すると音楽は既に流れていた。家令の案内で主催者の公爵夫人のところへ出向く。坊ちゃんが夫人の手を取り挨拶し、私もカーテシーで挨拶する。


「ダレーラ卿、お待ちしていましたのよ。ほんと、お久しぶりね。そうそう、クラウディアが楽しみにしているの。次女のクラウディアよ。今、呼ぶわね」


 家令に言づけると直ぐにピンクのドレスの令嬢が現れた。おおっ、これが次女さんか。ブロンドの髪に立派なお胸。羨ましい。坊ちゃんは表情筋を全く動かさずにお面のようだ。令嬢の手を取り身を折って口づけた。まあ、それがマナーよね。ちょっと心臓がゾワゾワする。私もカーテシーをしようとするが無視された。ははっ。


「ご無沙汰しております。クラウディア嬢。お元気そうで何より」


 あっ、知り合いか。ただ、儀礼の域を出ない挨拶だよね。


「楽しみにしておりましたのよ。

 一曲、お誘いいただけないかしら」


「よろこんで」


 あちゃあ。なによ、それ。いやいや、お愛想(あいそ)よね。おべっかよね。

 連れの私は蚊帳の外か。まあ、公爵家は格上だし、主催者だし、そのくらいの横暴は許されるかな。坊ちゃんとは練習で何度も手を取り合っているから、ここで踊る必要は無い。早々に後方に引き下がって会場の風景に同化する。


 おお、これがダンスパーティーか。華やかなものだ。誰も彼もが優雅に振舞う。男も女も、運命の相手と出会う機会でもあるので皆さん、オスマシだ。

 ここは公爵家だから参加者は高位貴族ばかりで、全てが参考になるわけではない。知りたかったのは、とくに裏方の侍従やメイドさんと厨房の間の動き、それに楽団の扱いだ。おトイレを探す振りをして舞台裏を覗いて回る。私、スパイだから、お手のもの……。ふふふっ。

 先ほどの家令さんが暇そうにしていたので、そ知らぬふりで尋ねる。なるほど、裏方さんは事前の腹ごしらえが大事なんだな。テーブルに用意されている軽食を摘まんでみる。ほおっ、小粒でも高級な品々ばかりだ。飲み物はアルコール入りが多い。若い連中の婚活だと少し変えた方が良いかもしれない。演奏される曲目も聞き出す。これは専門家に任せるしかないか。


 ダンスに興じる参加者の動きを追う。結構、みなさん、相手をトッカエひっかえしている。いろんな人と踊るのか。えっ! 坊ちゃんはずっとクラウディア嬢……。どういうことだ。イレーネさんの言葉と違う。ムカッと来た。


 少し拗ねて壁に寄りかかっていると、坊ちゃんが寄ってきた。


「もう、仕事は済んだのかい。終わったのなら帰ろうか」


「はい」


 帰りの馬車で坊ちゃんがポツリとこぼされた。


「今日はごめんね。いろいろあるんだ」


 その後は無言だった。気まずい空気は御屋敷まで続いた。

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