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01 女スパイは就活する

 私の名前はブルーベル、女スパイだ。

 スンフラ国によって派遣された腕利きの……、へへっ、正直に言おう。駆け出しなのだ。今回が初めてのお仕事で、任務は、この国グインランドの貴族のところに侍女かメイドで潜り込み、その動向を探ること。あわよくば御手付きされて囲われ者となり、機密を聞き出せと命令されている。ははっ、ハニートラップね。


 私はこの国の北方、ストッコランドの出身だ。父はスンフラ国の元貴族で、事業を起こしたものの、つまずいて借金が膨らんだ。母も元貴族で、一人娘の私に所作や知識を徹底的に仕込んだ。困窮を極める中、それが生き甲斐だったのだろう。母が亡くなると父は後妻を迎えた。連れ子が二人いた。懸命に働いたが暮らしはよくならない。そんな苦境を狙ってスンフラ国のスパイ組織から声が掛かった。父の出身をバラすと脅されたらしい。この国とは一触即発なのだ。給金という餌も撒かれ、家族は長女の私を差し出すしか選択肢がなかった。


 私は根が楽天家だから、家族の役に立てるなら構わない。自分自身の望みなんて無い。新しい境遇は色々と冒険できて面白いはず。人間だれしもいつかは御陀仏になる。それが早まったところで、どうということはない。この身が虐げられたとして恨んでも始まらない。どうとでもなれという心境だ。

 こんな思考は、最愛の母を亡くしたことが影響しているのだと思う。


 まずは王都の婦人職業紹介所に出向く。父親を騙るグレインに連れて行かれる。この辺り担当の頭目だ。履歴書を携える。もちろん、裏取りされてもいいように、書かれたことは口裏合わせがなされている。


 紹介所は王都中心部の本通りから一筋、外れたところにあった。父親役のグレインは何人も連れてきていて手慣れたものだ。木造の建物に入ると、壁一面にビッシリと数え切れないほどの紙が貼られている。求人票だ。もう圧倒されてしまう。その反対側にカウンターがあって、まずここで受付を済ませる。

 受付の中年女性は、怪訝(けげん)そうに我々二人を見比べていた。父娘にしては似ていないものね。ちょっと怪しいかな。グレインに見覚えがあれば、何人も連れてくるし、こいつ、何者? と(いぶか)しがられているかも知れない。私はさしずめ家出娘だろうか。顔を穴のあくほど見られた。髪は黒で珍しくも無い。容貌は十人並み、自分で言ちゃう程度ね。こりゃあ心配されているな。

 渡された受付票の空欄を埋めて女性に返す。一番の希望は高位貴族の侍女だ。読み書き計算ができる点が売りで、メイドでもいい。ご家族に直接に接する侍女がモアベターだ。侍女でないと情報に接する機会が格段に減る。


 壁の求人票を端から見ていく。商店の店員が多い。メイドも結構ある。家庭教師というのがいくつかあった。流石に御給金がいい。侍女はチラホラだ。下流貴族や商家ばかりで、指示に合いそうなものは無い。そりゃあそうよね。信用が大事なのだから、知り合いを介した紹介が多いはずだ。グレインが送り込んだ先は中流貴族止まりと聞いている。上流貴族ならメイドでも御の字(おんのじ)だ。まずはそれで潜り込み、実績と読み書き計算の能力を認めてもらって侍女に昇格するという算段だ。まあ、今日はそのあたりを探している。


 そのとき、先ほどの女性が声を掛けてきた。


「ちょうど、これを貼り出そうとしていたところだったの。どう?」


 一枚の求人票を見せられた。ダレーラ侯爵邸とある。侯爵だから上流お貴族様だ。職種はなんと、侍女で住み込み。願っても無い求人だ。グレインが覗き込んできた。女性が続ける。


「ここ、縁故採用をしないの。うちの紹介所を通してだけね。試しに受けてみる? 面接試験が厳しくて、不採用になる可能性もあるけどね。何人も落とされているわ」


 グレインは求人票を引ったくり、文面の隅から隅まで、さらに裏まで確認している。


「これにしよう」


「そう。ダメ元。一度行ってみたらいいわ。では、紹介状を書きます。履歴書を忘れないでくださいね」


 なにやら書き付けた紙を折り畳んで封筒に入れる。封筒の裏面に「職業紹介所、クララ」と書き込んだ。女性の名前なんだろう。紹介手数料を払う。グレインは気を良くしたのか、チップをはずんだ。

“ストッコランド”は誤記ではありません。もちろん英国の“スコットランドScotland”を想定しています。ただ、それだと現実世界を反映させる必要が出てくるので、こうしています。

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