双子を救ったのは(カールライヒ視点)
フォン男爵邸の前で馬から飛び降りると、リリアが全速力で駆け出した。
屋敷からフォレスティーヌが飛び出てきたかと思うと、それを父親が追っているではないか。
「お父様!!!!」
リリアは右手を前に突き出し、前を走っている父親を呼んだ。
「リリアか!子どもは二人ともフォレスティーヌが連れている!!!」
私もレントバーグ夫人も駆け出した。
(疾い!)
二人の赤子を抱きながら走っているとは到底思えない速さだ。
もし間違って落としでもしたら…それを馬で踏んでしまったら…そう思うと、自分で懸命に駆けるよりない。
王都の外れにある古びた教会。
フォレスティーヌは、最後の抵抗をするように、乱暴に駆け込んだ。
その後を、レントバーグ子爵、リリア、私、レントバーグ夫人と続く。
夫人はもう、ぜえぜえ言いながら何度も咳き込んでいる。
フォレスティーヌが祭壇の前でこちらを向いた。
両手に双子の存在を確認する。
まだ何も危害を加えられていないことにホッとする。
(あれが…フォレスティーヌか?)
鬼の形相であることを差し置いても、まるで別人の様に痩せて、目玉を剥いていた。
いや、狂気が滲み出ている。
みんな一様に、フォレスティーヌをいたずらに刺激しない様、ジリジリと近づいた。
レントバーグ子爵は必死に叫んだ。
「もうやめろ!!フォレスティーヌ!!その子達を返しなさい!!」
「あらそう!なら返すわ!!片方だけね!」
言いながら、ガイの方を思い切り放り投げた。
「いやああああ!!!!」
リリアが発狂した。
(間に合わない!!)
走り出したが、距離がありすぎる。
レントバーグ子爵は、投げられたガイを、地面すれすれでキャッチして自らの腹から着地した。
ごろごろと三回転したが、ガイの泣き声は聞こえなかった。
「ぐうっ…」
と子爵は僅かに唸ってから立ち上がり、ガイをリリアに渡した。
「お前が抱いていなさい。もう一人も必ず取り返すから、リリアはその子を見ているんだ、良いな。おお、おお、怖かったな、お母さんにな、あやしてもらいなさい」
ガイはきょとんと珍しい顔を見つめていた。
それにしても…
(あれが…レントバーグ子爵か?)
あのリリアの父親が、リリアの子どものために、フォレスティーヌと対峙している。
夫人もそうだ。
「フォレスティーヌ!もう馬鹿なことはやめて頂戴!!」
ゆら、とフォレスティーヌが首を傾げた。
胸元から小刀を抜き取ると、ケイに突き立てた。
思わず叫ぶ。
「やめろ!!!!」
「近づいたらこの子を殺す!!!」
切先がこちらに向く。
焦点の合わない目が、異様なほどに丸くギラついている。
レントバーグ夫人が、なんとか宥めようと前に出た。
「ねえ、やめて…っやめて!!フォレスティーヌ、お母様を見て?そうよ、そのまま、その刀を下ろして頂戴…」
「どうしてお父様とお母様はリリアの子どもを心配するの?おかしいじゃない!!!」
小刀を高く突き上げる。
その時、ケイが大きな泣き声を上げた。
「ぎゃあああああっ…ああん!!!」
フォレスティーヌは「うるさい!」と言ってケイを乱暴に掴んで高く突き上げた。
ケイの泣き声に呼応するかの様に、ガイも泣き喚き始めた。
「「ぎゃああああああああんん!!!!!」」
双子の大合唱が始まった。
「うるさい!!!うるさいうるさい!!!うるさい!!!!」
「フォレスティーヌ、赤ちゃんが泣いているわ、私があやしましょう」
夫人と私がそろそろと近づいて、フォレスティーヌまであと少しの距離となった。
「近づいたら殺すと言ったわよね!?」
噛み付く様な、その勢いにたじろぐ。
「まあ、近づかなくても殺すけどね!!!」
フォレスティーヌが刀を振り上げた。
その場にいた全員が駆け出す。
「やめてええええ!!!!」
レントバーグ夫人が叫びながら、ケイを庇った。
勢いそのままに振り下ろされた刀は、夫人の肩に突き刺さる。
へなへなへな、とへたり込んだフォレスティーヌは意味がわからないと言った顔でその光景を見つめている。
「ふう、ふぅ、よ、良かった…怪我はないわ。お父さんのところへおいき」
そう言って、私にケイを手渡した。肩から鮮血が滲んでいる。
「お、お母様…!!!」
夫人はきっとフォレスティーヌを睨み、「なんてこと!」と言いながら掴み掛かったその時、
ずんずんと熊の様な歩みでレントバーグ子爵が近づき、フォレスティーヌの胸ぐらを掴んだかと思うと、
バッチィィィィン!!
ともの凄い勢いで頬を叩いた。
「へ?」
蚊の鳴くような声を出したフォレスティーヌが頬に手を当てて、じわじわと襲来する痛みにポロポロと涙をこぼした。
「痛ああぁぁいぃ!!!!痛い!!痛い!!!!何するのよ!!!うわあああああん!!!!」
子どもの様に泣き出して、発狂している。異様な光景だった。
レントバーグ子爵は、なおも胸ぐらを揺すり、怒っている。
「馬鹿者が!!!リリアとカールライヒ伯爵と、それから二人の子どもに、心から謝罪しなさい!!」
「嫌よ!!なんでよ!私は悪くないでしょう!?私がやったことなのに、なぜ怒るのよ!!!」
「お前…狂っとるよ……いや、フォレスティーヌをこんな風に育ててしまった私たちが悪いのだ。リリア…カールライヒ伯爵、申し訳なかった…」
レントバーグ子爵が深々と頭を下げた。
「ごめんなさい…ごめんさいね…うぅっ」
夫人は嗚咽を漏らしながら、リリアを抱きしめている。
フォレスティーヌは、ステンドグラスの天井を仰ぎ見た。
「おかしいわ、この世界は狂っているのかしら?」
小首を傾げている。
レントバーグ子爵は、青い顔でその光景を見て言った。
「…フォレスティーヌよ、お前は然るべき罰を受けなさい」
気が狂ったらしいフォレスティーヌは、きりきり、と首を捻って嗤う。
「この世の誰が私を裁けるというのかしら?アハハハハハハ!!!!」
その場の誰もが閉口してそれを見つめた。
ソバタやメイフェが呼んだらしい、何人もの衛兵が傾れ込んできて、フォレスティーヌを捕えて連れて行こうとする。
なおも抵抗して叫び散らす声が、夜に反響している。
「やめなさいよ!離しなさいよ!お父様!お母様!この人たち私に乱暴するわ!ねえ!ねえ!!!」
声は次第に遠のいていき、やがて聞こえなくなった。
ほっと胸を撫で下ろす。
「お父様、お母様、ありがとうございました」
「私からもお礼を…二人がいなければ、どうなっていたか。ありがとうございます」
揃って頭を下げる。
「いや、あんな風に育つとは…。親の躾がなっておらず、娘がご迷惑をおかけしました。リリアも…すまなかった」
驚き、リリアと目を合わせる。
「お父様、頭を上げてください」
「関わるな、と言われておったが、こればっかりはどうも、理性よりも先に行動してしまったな」
「いえ、それは…」
「いい。約束は違えた。元より老耄には過分な豪邸だ」
これには実に驚いて、リリアは「本当にどうしたの?」とまで言った。
夫人がはにかみながら言う。
「自分たちでまた建て直すのですって」
「いや、でも」と食い下がったが、完成予定が200年後とは言い出せない。
「いいのよ、お父様は言い出したら聞かないから」
「お父様、お母様……。ねえ、良かったら双子を抱いてやって?」
「ケイとガイです」双子を渡すと、二人とも目尻を下げて抱いた。
「目元はリリアにそっくり」
「髪の色は伯爵かな」
「あら!あなた、そうじゃないわよ、こう抱っこするのよ」
「おお、難しいな。いやはや、私もじぃじになったらしい」
「かわいいわねぇ」
「それより、お前、痛むだろう?」
「あら意外とかすり傷よ」
これには私が名乗り出る。
「後で早馬で医者に連れて行きましょう」
「ありがたいわ、そうしてくださる?」
「もちろんです、お義母様」
夫人は「あら」と言って笑った。
天井のステンドグラスから、レントバーグ子爵と夫人を照らす月光が伸びる。
リリアがぽつりと呟いた。
「今回よくわかりました。復讐するよりも、気持ちを分かり合う方が心が解れるんだって」
「ああ、本当に良かった。フォレスティーヌは許すわけにはいかないが、双子に感謝だ。…君もご両親も、きっとこれからだ」
「ええ」
涙をぽろぽろ落としている妻の肩を抱いた。




